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ビヨンド・ザ・モルド・ホライズンズ  作者: 四重茶
スランブリング大洞窟篇
3/14

2 無垢なる者

「誰だ・・・!?」


自分以外いないはずの空間で突然、話かけられた。

その事実に慌てる片沼は思わず強い口調で返す。


『誰だ、と聞かれればこう答えよう』


雄大な声は語る。


『私の名は【スランブリング】。この世に住まう者達からは【災火竜】とも呼ばれているな』


「スランブリング・・・?」


その単語を反芻するように片沼は呟いた。


『うむ。その通りだ』


雄大な声の主、スランブリングは満足げに肯定する。

しかし、この声はどこから聞こえているのだろうか?

キョロキョロと辺りを見回すとスランブリングが苦笑したような口調で語りかける。


『私の居場所かね?簡単なことだよ』


まさか、と片沼は中央にある宝石のような岩塊を見る。


『ご明察通り。それが私の今の身体だ』


あーやっぱりな、と思うと同時に新たな疑問ももたげる。

彼が発した自身を指す単語だ。


「貴方は、【竜】なんですよね?」


『一応、【彼ら】の語るところにはそういう存在なのだそうだ』


竜・・・片沼の想像が正しいのなら、この宝石の塊のような存在は今の自分と同じドラゴンのような存在だったのかもしれない。

まったく以って信じられないがドラゴンは居るのだろう。

とはいえ現に自分がそれっぽい存在にはなっている。

無駄に愛嬌たっぷりなのだが。


『・・・・お主、私が恐ろしくないのか?』


あれこれ考えているとスランブリングが小さく尋ねてきた。

確かにこいつから溢れる熱気は熱いし赤い光は目の毒なこと極まりないのだが。


「うーん・・・怖いという感じはしませんでしたね・・・」


その言葉にスランブリングは力なく笑いながら返してくる。


『【怖くない】とな?【災いをもたらす害悪の火】とも呼ばれる私が怖くないと?』


こいつの身なり過去なりなんか生まれて直ぐこんな洞窟、しかも暗闇の中に放り出された自分に分かるわけない。

まあ、そんなえげつない異名を名づけられているのだから碌でもないことをして成敗されたというところだろう。

というより、今の彼から発せられる感情というか雰囲気がとても恐ろしいというものを感じないのだ。

どっちかという【諦観】、【倦怠感】を感じる。


「なんというか、疲れてます?」


思わずそんなことを聞いてしまった。

スランブリングは豆鉄砲を食らったかのようにポカンと一呼吸黙りこくったあと。


『ん・・・プ・・・・!』


盛大に笑い声を上げた。


『ハーッハーッ・・・・確かに、あれこれ考え事をしているのにも疲れてはいるな』


自嘲するかのようにスランブリングは呟いた。


『あいつらとの戦いからはや995年は経ったな・・・』


「またえらく刻みましたね」


細かい年数に思わず片沼は突っ込んでしまった。


『うむ、日付の感覚はしっかりしておるからの』


ドヤ顔で語ることではないとは思うのだが、と片沼は思うが言わぬが吉。

とはいえそんな日数に耐え、そして飽きずに考え続けてきたのは素直に凄いとも思うのだ。


「戦った、と言っていましたけどが、何があったんですか?」


この世界のことを少しでも知りたくて片沼はスランブリングに少し不躾な質問をする。

答えたくなければ答えなくてもいいし、吐けばそれなりにすっきりする物だ。


『・・・・・簡単に言うと私・・・この一人称はやっぱり合わんな・・・俺は同族と戦ったのだよ。世界でたった4体しか存在しない同族とな』


あーやっぱりなー、と片沼は思った。

しかし、そこまで深刻に悩むことなのだろうか。

意見や考えの違いから戦いに発展するのは良くある事だ。


『もしかしたら戦わなくても良かったのだが・・・結果は戦い、俺は惨敗した』


とはいえその戦いは凄まじいものだった。

スランブリングと同等の格を持つ者たちである水を操る激水竜【イヴェリス】、砂を操る呑砂竜【デザヴェリス】、風を操る爆風竜【ディアナウス】、これら3体の竜がスランブリングの討伐に動いたのだ。

凄まじいリンチかと思ったがそうでもなく、戦闘能力に尖ったスランブリング相手には苦戦していた、と誇らしげに彼は語った。

しかし数の劣勢は覆しきれず最後は大技同士のぶつけ合いに負け、スランブリングの肉体は消滅した。

そのときのクレーターは現在、淡水の内海と化しているそうだ。

何故それが理解できたかというとここまで、その淡水を作り上げる力が伝わってきている、とのことだ。

結果として、当時存在していたこの大陸【ジェグローリス】を統一していた国家【ヴェルステリア】が今までの負債や内部腐敗も相まって崩壊した。

スランブリングは外界からの情報は遮断されているため詳しい情勢は不明だが以後は国家の群雄割拠が相次いでいると予想している。


「戦国時代かぁ・・・でも1000年近く経ってるから多少は落ち着いてるかも?」


片沼は軽い願望を抱いたが果たしてそうなのかどうかは分からない。

日本の戦国時代は100年で終わったが、新しい国家等でぶり返している可能性もある。


『こちらからも質問したいが、お主は今、自分がどんな状況下にいるか把握しておるか?』


唐突にスランブリングから話を振られて片沼は面食らう。

そういえば、飯も水も補給しておらず熱中症に近い症状も出してたはず。

今はなぜか問題ない状況だ。


「食料、飲料水がなくて生存に絶望的でクソ熱くて真っ暗な洞窟を彷徨ってます・・・」


そう、スランブリングと駄弁ってはいたが状況に何の変化もない。


『ほう、あの致死な環境を【クソ熱い】という感覚で一蹴するか』


「え?何か可笑しい事でも?」


呆れたようなうなり声をスランブリングは上げつつその種を明かした。


『俺の影響下でもあったのだが、今ここの気温は大体300度だぞ』


一瞬、片沼の思考がフリーズする。

300度というと火砕流とかの温度よりも高いような気がする。

肺が焼けるってレベルではない。

それが摂氏か華氏かで分かれるがニュアンス的には前者なのだろう。


「・・・マジすか?」


思わず素で返してしまうほどである。

意外と自分は非常識な存在なのでは、と思うがせめてスポーン地点はまともなところにして欲しかった。


『マジ、という単語は良く判らないが真偽を問うならこれは紛れも無い事実だ』


ここは休火山であり、スランブリングの性質も相まって酷い極限環境になっていたそうだ。

微生物以外は住むに耐えない不毛な地である。

ちょっと乾燥していれば植物も自然発火しそうなレベルなのだから仕方ない。

休火山のそれにしては火山性ガスとかの発生が少ないのだが運がいいだけなのだろうか。


「予想より俺すげぇな・・・」


『うむ、自分の性能の高さに気付けて何よりだ』


なぜか満足げな様子のスランブリングを訝しげに思うが有難かったのも事実だ。


「それでも、せめて真っ暗闇の中でも視界を確保したいなぁ・・・早めに出たいし・・・」


光源でも欲しいがスランブリングが目の毒な赤色光線を放っているだけだ。

他は発光したりする物体は存在しない。


『ふむ、外に出たいのか・・・提案があるのだが良いか?』


それを聞いてスランブリングがすかさず話題を振ってきた。

恐らく彼が自分に話しかけてきた最大の理由だ。


『俺を取り込んでみないか?』


「また大胆なこと言いますね・・・」


取り込む、と言ってもどうすべきか片沼は全く知らない。

あの宝石みたいなスランブリングをムシャムシャするのか。

岩なんか食ったら胃袋と腸が破裂して死ぬので却下だ。


「具体的にはどうするんです?」


『うむ。とても簡単だが、お主の方に俺の意識、そしてこれに内包している力を移譲する』


簡単だろう?とスランブリングは言うが要は憑依だ。

つまるところ・・・。


「俺の意識を乗っ取ろう、という魂胆ですか?」


『そういうつもりは毛頭無い。だがこの世界は弱肉強食、弱い奴は糧となり強い奴は繁栄を享受する』


あっけんからんとした感じでスランブリングは語る。

確かに生物である以上、その【概念】から逃れるのは不可能と言えよう。

だがこれから殺すぞ宣言されて「はいそうですか」と頷くバカなんか普通は居ない。


『普通なら俺の全てを受け取る前に精神と身体が崩壊してしまうだろうよ。だが、お主ならいけるかもしれないぞ?』


満足げにスランブリングは語った。

彼の言っていることが本音かどうかは分からないがそこまで腹芸が得意そうな感じではないと思える。

これで油断させて、となると相当な役者だ。

だがそういう奴は得てして何らかの【胡散臭さ】というのを滲み出しているものだ。


『失敗すれば俺は即消滅、よくて新しい【殻】を求めて彷徨う亡霊のような存在になるだろうよ』


それも本当かは分からないが、本当ならば文字通り命がけである。

彼も、自分も。


『それに、お主の精神には強固な【防御】が施されているようだ』


精神を守る防御機構?

いつのまにそんなのが備わっていたのだろうか。

生まれたその瞬間からあるとしたらそれはどういうことだろうか?


『俺どころか知ってる連中でもお主の精神に干渉することはまず不可能だろう。故にお主の精神が破壊されることは気にしなくても良い』


まことしやかは分からないが、お前を殺す宣言しちゃうぐらい実直なスランブリングが言うのだから恐らくそうなのかもしれない。


「ということはスランブリングさんの意識は消えちゃうのかな・・・」


意識はひとつしかないかもしれない、という常識的観点からそんな危険性を考える。

彼も在りたいはずだ。


『うん?俺の自我などお主では消せないだろうし、消えるつもりも毛頭無いぞ』


何を当たり前な、という感じでスランブリングは語った。

まあそんな軟な存在ではなさそうなのも事実だが、どうやって生き残るつもりだろうか。


『恐らくは並列意思としてお主の身体を間借りする形を考えているが・・・』


どこか残念そうに呟くスランブリングである。


「未練がましいですよ」


『う・・・すまぬ』


取引そのものが流れてしまうのは流石に不味いと思ったのかスランブリングは即座に謝ってきた。

やはり、自分の足で世界を見て回りたいのだろう。

その気持ちは何となくだが分かるが、自分を殺してまで譲るべきものではない。

彼の為の肉体とか作れればいいんだろうけどそんな神様染みたことは今もこれからも出来るとは思っていない。


『ところで、だ』


話題を変えるようにスランブリングはこう振ってきた。


『お主の名前をまだ聞いてはおらんかったな』


タイミングを失っていたのかスランブリングは少しまごつきながらその話題を振ってきた。


「名前・・・名前かぁ・・・・」


暫定的に片沼駿太である、とは思うが問題があった。

片沼駿太、というのは前世の名前だ。

死んだ人間の名前を引き摺るのはどうかとは思っていた。


「実は――――」


ここで片沼は前世の記憶を持った存在であることを打ち明けた。

これから身体に同居する住民に隠し事はできないと思っていたからだ。


『ふむ、前世の記憶持ちか・・・』


吟味するようにスランブリングはその要約を反芻させた。


『なるほど、数刻前に【ルラー】と【ルナ】がとある場所で急速に凝固するのを感じ取ったが、それはお主の誕生する瞬間だったという訳か』


気になる単語が出てきたがスランブリングは多くを語らず話を進めた。


『しかし、前世の名は使いたくないと?』


「この世界で浮いた名前でしょうし、何より生まれ変わったのなら心機一転したいので」


『なるほど面白い心意気だ。よし、ならば俺が名付けとるとしよう。一目見て相応しい名がひとつあると思ってな』


なんだろうか、少し不安であると片沼は思った。

まあ、変な名前だったら拒否すれば良いだけの話だ。


『お主の第一印象は【無地のキャンパス】と言った所だ』


まだ絵の具をつける前の無垢な姿。

生まれたての新しい存在。

故に、スランブリングは無限の可能性を秘める目の前の【新龍】にその名を贈った。


『【無垢なる者】を指す言葉。お主には【アイサンス】という名を贈ろう。お主の描く世界を楽しみながら特等席で見ることとしよう』


思ったよりしっくりとする名前だった。

無垢なんて言われてちょっと小恥ずかしいが案外いいものだと思う。

片沼駿太は無事理不尽に死に、今ここで愛嬌たっぷりなトカゲ人間?なアイサンスとなった。


「ありがとうございます。不肖ながらもアイサンス、貴方様のご期待に添えるよう誠心誠意、頑張らせて貰います」


小恥ずかしいのでなんか慇懃染みた台詞回しをしてしまった。

スランブリングは苦笑するも直ぐに雰囲気を真剣なものに変えてくる。


『では、行くぞ』


ぶわっと熱風が吹き荒れた。

何もない宙から火が突然あらわれては消え、火の粉が舞う。

あの宝石の中に押し込められていた強大な存在がついに姿を現す。

その圧倒的存在力にアイサンスは気圧されそうになるが必死で踏ん張る。

ここで負けたらこいつに食われる、そういう予感がしたからだ。


『怖いか?』


引け腰を感じ取ったのかスランブリングが語りかけてくる。


「ちょっとビックリしただけですたい」


『そんな引け腰では俺の【ルラーナ】に食いつぶされるぞ?』


再びその単語が飛び出してきた。

ルラーナとは一体なんぞや?と思うがそれを気にしている暇は無い。

荒れ狂う熱風と火の粉に面と向き合いながら己の意識を強く踏ん張らせる。


「アヂヂヂヂヂ!アッヅ!アッヅ!アヅヅヅヅヅヅ!アドゥウウウウウウイ!!!!」


入り込んでくる熱気に身が焼かれるような激痛に襲われる。

舌を噛みそうになるのを必死でアイサンスは堪えた。


『なんとも情けない声を上げるなぁ・・・』


声色からまだ余裕なのだろうと思ったのかスランブリングは茶々を入れるが当の本人のアイサンスは至って真面目である。


「いやマジで熱いねん!このままじゃ融ける融ける!!」


『そりゃあ普通の奴だったら炭になるような状況ではあるが』


サラッと恐ろしいことを告げられて戦慄がアイサンスの背中を走る。

マジで災いの火ですよこいつ、と心中(しんちゅう)に愚痴をこぼしながら身体に入ってくる熱気と戦う。

数分が経った頃、空間にたむろする彼のエネルギー量が減ったのかその熱さも光も和らいでくる。


『お、早速【炎熱耐性】がモリモリ上がっておるな。さすが俺』


スランブリングの発した単語にアイサンスは首をかしげる。

この世界にはそういうゲームチックなシステムが存在しているのだろうか。


「なんです、それ?」


文字通りの意味なのだろうがアイサンスは訊いてみることとする。


『書いた字の如く、火炎と熱に対する抗堪性を司るアビリティだ。アビリティのことは分かるか?』


狙い通り、知らない単語が再び出てきた。

能力、これまたゲームチックなものだ。


「いえ、何のことやら・・・【アビリティ】ってなんです?」


『ふむ・・・【アビリティ】というのはなんというかな、世界からの【ギフ】とでも言うべきものか』


スランブリングは唸りながら【アビリティ】の有り方を語った。


「祝福、ですか・・・」


『実際のところ、それがどういうルーツで発生したのかは俺にも分からん』


自分たちがこの星に降り立つ以前からあるとされる物だそうだ。

【概念】という物だろうか。

もう説明では出来ない、【そうあるべき】という力そのものと考えるしかない。

あれこれ考えている間に吹き荒れていた熱風と火の粉は収まっていた。

どうやら、無事にスランブリングはこの身体に居候することができたみたいだ。



2018.12.26

段落ミスの修正と若干の内容変更

2019.10.21

死火山という表現が間違っていたのでそれに伴う内容修正。

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