表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビヨンド・ザ・モルド・ホライズンズ  作者: 四重茶
セストラリア海篇
14/14

13 新龍 対 災火の残り火

強烈な横殴りの衝撃に胡乱とした意識であったフィアナは強引に覚醒を強いられた。

誰もが短い悲鳴しか上げられず、横転する馬車の幌に圧し掛かる。


「ぐぇ」


そんな断末魔のような声が誰からともなく呻かれ、幌を重さで引き裂いた。

支えを失った塊は地面に撒かれた水のように広がる。

一番下にいた【荷物】はこの時点で圧死したであろう。

フィアナは幸いにもその塊からズレており、五体満足で切り抜けられた。


「うっ・・・」


しかし過酷な生活は彼女の行動力を著しく奪い去っていた。

倦怠感が思考を睡眠に誘うが必死でそれに抵抗する。


「ギャアッ!」


微睡むうちに大きな動きが起こった。

ぶちまけられた【荷物】を貪るものがそこにいた。

フィアナは父の話や書物でその存在―――スランブレラを知っていた。

踊り食いをするスランブレラの姿を見た瞬間、ぶわりと全身に悪寒が走る。

このままじゃ死ぬ。

フィアナの意識は脳内麻薬でたたき起こされる。

力の入らない身体に鞭を打って動かす。

しかし、よろよろと動く様はあまりにも弱々しい。


「ぅ・・・くっ・・・」


呻きながら茂みへ移動するが、その途中で鋭い視線に気づいた。

口に放り込んだそれを咀嚼しながら、スランブレラは憎悪に狂った眼差しを送っていた。


「っ!」


悲鳴すら上げられなかった。

餌を嚥下しながらスランブレラはフィアナの方へ向き、その口を大きく開ける。



フィアナの脳裏にその言葉が打ち付けられる。

もはや抵抗する力も意志もなく、命を懸けて逃がした父母に唯々詫びるしかなかった。

そんな極限状態だっただろうか。

彼女は大きくなっていく妙に甲高い音に気付かなかった。


スランブレラは思考へ劈くような爆音を聞いて咄嗟に振り返ろうとした時である。





「ぅぅぅううううおおおおおああああああ!」




樹々の枝を吹き飛ばしながら猛然と突っ込んでくる小さい存在に頬をどつかれた。

鉄板が弾け落ちたような凄まじい爆音が辺りに響き渡る。

メートル法で言うなら10メートルを超すような体長がある生物が3メートルほど吹き飛ばされ、横転する。

スランブレラに猛然と切りかかったそれは辛くもという形で着地する。

それはフィアナの方へ少し視線を向けると、まるで安心したかのように表情を緩めた。

助けてくれた。

なぜ助けたのかフィアナは全くわからなかったが小さい身体の持ち主の背中が妙に大きく見えた。



何とか間に合ったのだろうか。

周りの腕や脚らしきものや肉片、血糊が散乱する地獄絵図にアイサンスは不快感を覚えながら殴り飛ばした怪物を見据える。

でかい、博物館で見たティラノサウルスの化石よりもなお巨大な印象がある。


「そら人間なんぞ食っちまうサイズだな・・・」


思わずアイサンスはそうぼやく。


『やはり先ほどの気配は奴か』


スランブリングは目の前で必死に立とうとする飛竜を見て苦々しく呟いた。


『俺の余剰生力を食ったその上で人畜を貪るというか。成り損ない風情が』


珍しくスランブリングが不快感を露わにしている。

アレを嫌なモノと感じている辺り、自己険悪に近い感情なのだろう。


「これじゃあスランブリングさん、相変わらず嫌われてそうですね・・・」


『全くだ。別に俺は構わんがな』


スランブリングのその言葉にアイサンスはただ苦笑する他ない。

どこか孤高の存在という雰囲気があったが、性格も相まって余計孤立してしまうのである。

彼らと同等であった残りの竜たちも不用意な干渉は避けていた印象がある。

思考に更けこむアイサンスであったがこちらに向けられる敵意を感じて構える。


「あいつ・・・堪えてる感じじゃないのに妙に起き上がるのが遅いですね・・・」


『どうやら左足を少しやられているらしいな』


確かによく見てみるとびっこを引いている様子が分かる。

だがそんなことお構いなしの敵意と怒気が伝わってくる。

まるで先ほどの餌より小さい奴に殴り飛ばされたことを腹立てている様子だ。

獣畜生と思いきや自負があるぐらいには知恵が回る、ということにアイサンスは一層の警戒感を強めた。

態勢を整えたスランブレラはその翼を大きく広げ、自身が一番大きく見えるようにする。

威嚇に近いポーズだがアイサンスは直感的に何か来ると感じた。

次の瞬間、スランブレラはけたたましい声をアイサンス目掛けて放った。

空気の振動と共に界力風が今までにない勢いで周りに放たれる。


「ひっ」


射線上にいたフィアナはもろにそれを浴び、気絶まではしないものの完全に動けなくなってしまった。

本来は被っていないはずのロドリガですら腰を抜かしてしまうほどの風圧がそれにはあった。


「・・・・・」


だが。


「・・・・てめぇ」


アイサンスはそれを【小生意気な挑発】と受け止めていた。

まるで顔面に汚泥を投げつけられた気分だ。

そんなことをされて怒らない奴など存在しないであろう。





「ナメてんじゃねぇぞ!クソトカゲ野郎がァァァアアア!!!」





アイサンスの小さい身体からは信じられないほどの強烈な界力風が辺りにまき散らされた。

辺りに漂っていたスランブレラの生力が混じり焼けこげるような嫌な雰囲気が一気に消し飛んでしまった。

ヘドロような淀んだ空気が、カラッとしたものとなる。

アイサンスから放たれた界力風にスランブレラはギョッとするような動作を見せた。

どうやら彼の考えから大きくかけ離れた状況のようだ。


『いいぞアイサンス!今日の晩飯はアレで決まりだな!』


高揚するアイサンスを更に煽るかのようにスランブリングが叫ぶ。

それを合図にアイサンスはフィジカル・ブーステッドを全開にして一気に距離を詰めた。

虚を突かれたスランブレラはそれに対応しきれず、懐に飛び込ませるのを許してしまう。

強烈なアッパーカットが跳躍のエネルギーを含めて下顎に直撃した。

10センチかそこらか、スランブレラの意志に関係なくその身体は浮き上がり、意識を一瞬だが刈り取る。

しかしアイサンスはそこから追撃を仕掛けることはできなかった。

普通は体高8メートルはあろうかというところを跳躍するだけも異様である。

自身の6倍はあろうかという高さに跳躍というのはまるで猫だ。

あの配管工出身冒険家でも2メートルであり、それも常人の域ではない。

そこから空中を蹴るなんて所業はさしものアイサンスといえども出来なかった。

崩れ落ちるスランブレラを見ながら空中で何もできない状態にアイサンスは若干の焦りを覚えた。


「せめて、踏み込みできる足場があればなぁ・・・!」


無いものねだりだ、と思いながら着地し一旦距離を置く。

堪えはしたスランブレラは致命傷ではないと言わんばかりに怒りを湛えた瞳でこちらをねめつけた。

口を開け橙の輝きが瞬く。


「お約束の火炎放射ですかい?」


ならば真向から行ってやる。

いつもなら一旦避けようとアイサンスは動いただろう。

だが、今回は周りに自分以外の誰かが居る。

好き勝手に動けば彼らが巻き込まれる。

せっかく、助けたというのにそれでは何の意味もない。

そして最大の理由は。


「てめぇの専売特許じゃねぇんだよなぁ!」


こいつに撃ち合いで確実に勝てる、という出処不明の自信があったからだ。

スランブレラより遅く態勢を取ったのにそれが放たれたのは同時であった。

蒼い炎と白い光のような火炎がぶつかり、一条となる。

しかし、蒼い炎は真ん中を白い炎に押しのけられ散らされながら押し込まれている。

勝てないと判断したのかスランブレラは炎を打ち止めると首を器用に動かし、アイサンスの白光炎を避けた。

とはいえ完全に避けることはできず、頬を掠める。

特異個体としてのプライドが高いのかそれともアバーストの性質か、恐らく両方が作用してスランブレラは増々怒気を膨らませる。

大いに不快なこの小さい奴は何としても殺さねばならない。

腱を半ば砕かれたことなどお構いなしに羽ばたきながらスランブレラはアイサンスに突撃する。

巨体の質量と速度、体表を覆う極めて硬い鱗そのものが大きな武器だ。

直撃すればアイサンスと言えどひとたまりもないだろう。

当たればの話であるが。


「とぅあ!」


直線的な動きは見破りやすい。

タンッと飛び跳ねてアイサンスは避ける。

しかしここで大きなミスを犯す。

横に良ければまだ手はあっただろうに、アイサンスは【上】に避けてしまったのだ。

それはスランブレラも考えてやったわけではない、自身の尾が偶々上へ跳ねたのである。


「あっ」


とアイサンスは短い言葉を発するしかなかった。

そのまま硬い尾がアイサンスの全身を打つ付ける。

悲鳴を発することもできないままアイサンスは吹っ飛び地面を数回バウンドしつつ更に転がりながら木にぶつかる。

そこでようやく肺から空気が押し出されたかのように短い悲鳴を上げる。


「カッ――――」


全身に激しい痛みが襲い掛かる。

アイサンスがこの身体になってから初めての被害らしい被害を受けた瞬間である。

その心内に広がる感情は何なのか。

恐怖か、それとも怒りか。



「け」



それは意外にも



「けけけ」



愉悦(タノシイ)に近いものであった。


「けけけけけ」


そう来なくてはならない。

とアイサンスは小さく笑いながら思う。

片沼駿太(ニンゲン)ならきっと心折れて諦めて逃げているだろう。

だがアイサンスは怯まない。

それが龍の身体を手にした者の祝い(ノロイ)である。

痛みを引きずりながらゆっくりとアイサンスは立ち上がった。

まだまだこれからであると闘争心を燃え上がらせながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ