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ビヨンド・ザ・モルド・ホライズンズ  作者: 四重茶
セストラリア海篇
13/14

12 未知への足掻き

その獰猛さ、アバーストの名に恥じず極めて凶暴なり


その吐き出す炎、極めて熱く防ぐこと敵うべからず


その身を覆う鱗、極めて頑丈、刀剣では敵うべからず



メーセナーたちの間で伝わり続けたスランブレラの評価はこれである。

以前は数が多く、今より頻繁に人里を襲っていたこのアバーストは積極的討伐対象として狩られた。

しかし見たら問答無用で殺せ、という通達がありながら事実上それは不可能に近い困難という矛盾を抱えた悩みの種であった。

多くの人命を使って動きを封殺し、強力な霊術士(プリメンタラー)や希少金属を鍛造した武器で何とか倒せる。

空を自在に素早く飛行するため奇襲をかけることも困難だ。

現状、100人以上の戦士と10名以上の霊術士が集まらない限りスランブレラに対抗できないと評されており、その戦力以下で遭遇すれば逃げろということである。

いま、彼らの戦力はほぼ10分の1としか言えない。


「クソ!活動域から大きく離れているところだろうよ!」


他のパーティーのリーダーである男が忌々し気に言い放った。

目の前の樹々に引っかかりそうなほどの長大な翼を広げ、存在を誇示するスランブレラはその声に反応する。


「やべぇ!散開しろ!ブレス来るぞ!!」


スランブレラと対峙するのはこれが初めてであったが、リーダーは直感を頼りに叫んだ。

口元に橙の輝きが瞬いた現象はそれを肯定した。


まるで線のようにまっすぐと青白い炎がスランブレラの口から放たれた。

二人ほどが反応できずその炎を浴びた。

悲鳴すら上げれず、二名は炭化した。


「おいおいおい、図鑑じゃスランブレラの炎は赤だったはずだぞ!?」


何とか避けれた真面目な誰かがそう叫んだ。

そう、スランブレラの生態記録にはそう記されている。

しかし目の前の個体はそれを覆す光景をはじき出した。


特異個体(セトレインジア)ってやつか!」


忌々しげにリーダーは呟く。

稀に通常とは異なる生態、行動、能力を持つアバーストが現れる。

アバーストはアバースト同士で激しい生存競争を繰り広げているため、必然的に戦闘能力がひでる存在が生き残る。

そのため、特異個体とされるアバーストは弱小とされる種であっても非常に警戒しなければならない。

彼らはただでさえ、戦力が不足しているのに何をしでかすか分からない特異個体という特大級の大外れを引いたのである。

もはやここで死ぬのが確定したようなものだ。

何をしても無駄だと理解している各員はじりじりと下がりながら相対している。

その姿にどこかスランブレラは呆れた様な雰囲気を一瞬、醸し出し。


「ひっ」


地球の感覚で30メートルほどの間合いを一気に跳躍して一人を咥えた。

数回ほど生きたまま咀嚼したので悲鳴が上がったがすぐにそれは消え、嚥下された。

その瞬間、メーセナーたちの士気は崩壊した。

あるものは恐慌し、あるものは呆然と動けなくなった。

特異個体のスランブレラが放出する界力風(モルナ・ワイブ)に精神が耐え切れなくなったのだ。


「なんて奴だ・・・」


いくらスランブレラといえども屈強な精神を破壊するほどの界力風を放つなど聞いたことがない。

戦いは地獄を極めるという記述は多いが、精神面への負担なだけでここまで露骨に界力風に当てられた症状が出るのは初めてだ。

錯乱状態になって脇目も振らず逃げた何人かにスランブレラは容赦なく蒼炎を放ち、炭に変えた。

その炎に荷車が巻き込まれ、依頼主の行商人たちの断末魔が響く。

炎に包まれながら何人かが外に飛び出し、転げまわる様にのたうったがすぐに動かなくなる。


地獄絵図


その情景を現すならこれほど相応しい言葉はないだろう。

焼け焦げたものなど目もくれず、スランブレラは動けない者を捕食していく。

リーダーも意識が刈り取られることはなかったものの身体は硬直し、動けなくなっていた。

それなりにアバーストを狩ってきて実力はついていたと思っていたがあっけないものだ、と嘆く余裕があるのに身体が言うことを聞かない。


「ロドリガ!」


自分の名前を叫ぶ声が響くと同時に文字通り身体に電撃が走った。

リーダー、ロドリガのチームに所属する霊術士・・・アルーハの気付け代わりに打ち込まれた電撃霊術であった。

だがそれは同時にスランブレラの注視を集める結果にもなる。


ぎょろり、と赤く憎しみが煮えたぎるその一対の瞳が二人を睨みつけた。


「やば―――」


アルーハが思わず声を上げる。

しかし、同時にスランブレラへ果敢に切り込む人影があった。


「ウオオオオオララアアアアアア!」


大きな背丈を超えるまるで棍棒のような両刃剣を携えたスキンヘッドの男がスランブレラの死角から足に向かって一撃をねじ込む。

その堅牢な鱗に激突し、甲高い金属音を森に響き渡らせる。


「おっそくなりやしたアニキぃ!このカンクロウ、ただいま復帰いたしやしたぁ!」


ロドリガに向かって叫びながらスキンヘッドの男、カンクロウは大剣をシーソーの要領でスランブレラから一気に距離を置く。

離れた瞬間に彼が居た空間に向かってスランブレラが足を払った。

巨大な質量が空気を切り裂く重低音が響き、空ぶった足が地面をえぐり飛ばす。


「お前、自力で復帰したのか?」


「すいやせん、ちーっと伸びちまってて・・・」


申し訳そうに語るカンクロウだが、ロドリガは彼のタフネスにただ驚くばかりであった。

彼、カンクロウは【能力持ち(モルデフィナー)】であり、身体強化を使える。

比較的ポピュラーな能力(モルデフィソン)ではあるが有無の差は歴然としている。

彼が補助もなしで界力風による自失茫然から立ち直れたのも一般より多い生力のおかげであろう。


「情けないところを見せちまったな」


ロドリガは自身の剣を構えながら身体強化霊術【ベイタルディス】を起動する。

勝てない事ぐらいはわかっている。

ならば、何とか隙を作って逃げるしかない。


「腱を狙うぞ!アルーハは奴の翼を!」


「無茶いうわね・・・!」


焦燥を滲ませながらも霊術師アルーハは術式を展開していく。

その前を二人が一気に駆け抜ける。

強力な身体強化がかかった肉体は常人を遥かに超える速度でスランブレラの足元へ肉薄する。

ロドリガの持つ両手剣もかなりの質量はあるがカンクロウの持つ大剣と比べれば軽いものだ。

ゆえに、切断役はカンクロウに委ねられる。

言葉を多くかわさずともその役割分担をこなす二人はかなりの年月、戦列を共にしたことが伺える。


連続してロドリガの剣がスランブレラの足の甲に叩きつけられる。

その打撃すべてが甲高い音を発してはじかれた。

反動の振動で手が痺れそうになるがロドリガは連撃を止めようとしない。

しかし振動が煩わしいのは何もロドリガに限ったものではない。


スランブレラも足を小突いてくる敵をうっとおしく思い、ひと蹴りをかまそうとするが直後、前方から鋭い紫電の一条が翼めがけて走る。

脆弱な翼を守るべくスランブレラは狙われた左の翼を捻らせて紫電を躱す。

キッと不快感を紫電が走った方向を睨めつけるとブレスを吐く準備をした。

空を飛ぶのに大切な翼を狙う不届き者は最優先で始末する本能か、それとも?

だがそれが足元にいた敵への注意を霧散させる大きな隙となった。


「おおおおおおおああああああああ!」


カンクロウの渾身の一撃がスランブレラの無防備な腱目掛けて叩き込まれる。

鎧のような鱗も柔軟に移動するために若干の隙間があり、そこに向かって大剣が打ち込まれる。

甲高い音に交じり、何かがへしゃげる鈍い音が響く。


スランブレラが激痛に絶叫する。

同時に身体から発せられる界力風が一気に膨れ上がる。


「ぐっ!?」


それを至近で浴びたカンクロウは意識こそ飛びはしなかったが身体が硬直してしまう。

致命的なまでの静止だ。

無防備な胴体に向けてスランブレラは怒りの尾のひと薙ぎを叩き込んだ。

いくら身体が強靭になる能力を持とうが、それでも埋まらない質量の一撃がカンクロウに直撃した。


「カンクロウ―――!」


ゴム人形のようにへし折れるように彼は一直線に弾け飛ぶ。

そのまま【重要荷物】が載った貨車に直撃し、数回転して地面に転がった。

常人ならバラバラになっても可笑しくない出来事であるが彼の身体はそうはならなかった。

だが、アレはどう見ても戦列に復帰できない。

呆然と見るしかできなかったロドリガは現実逃避のように考える。

後ろにいるアルーハの様子を伺うと彼女も界力風をもろに浴びたのか意識を手放し、崩れ落ちていた。


「・・・・ちくしょうめが」


軽く羽虫でも払われたかのように蹴散らされた。

その事実がロドリガの抵抗心を粉砕する。


動かない彼らを見てスランブレラは食事を再開した。

カンクロウが叩きつけられた貨車は横転し、幌から荷が放射状に散乱している。

ただ、【荷】と呼んだそれは力なく蠢く幼さが残った少年少女たちであった。

彼らもまた、この怪物にとってはただの餌に過ぎないのだ。




―――




鬱蒼とした森の藪を物凄い速度で駆け抜ける影が一つある。

生まれ間もない新龍、アイサンスだ。


「うえ・・・なんか遠くでドンパチやってますねこれ」


アイサンスは先ほど頭上を通過した影によからぬ気配を感じて後を追いかけていた。

とはいえ向こうは飛行、こっちは持久走。

速さでも大きな差があり、障害物の対処を含まれるとあっさりと振り切られてしまった。

しかし、気配を失探した訳では無いのでそれを頼りに藪だろうが何だろうが突っ切って追跡している。


『戦いにはなっていないようだがな』


つまらなそうな口調でスランブリングはぼやいた。

実際、巨大な生力(ルラーナ)の塊が小さいそれを蹂躙しているように見受けられる。

近づくたびに状況が分かっていくが、小さい勢力が組織的抵抗を繰り広げたのも最初だけでそれを退けられてから戦いは起こってない。

だが、次々と大きいものが小さいものを飲み込んでいくのが確認できる。


食っている。


元人間の影響か、アイサンスは言いようのない不快感と恐怖を抱く。

急ぎたいがこれ以上は速く走れそうにない。


「もっと」


もっと速く。

だが身体に広がり始める熱と倦怠感、喉奥に痰が詰まるような感覚も呼吸をしづらくして走るのがやっとだ。

しかし、ふと脳裏にある閃きが走った。

相手は飛んでいるのならばこちらも飛べばいい、と。

翼がないし、推力を生み出せるものも無いのにどうしろというのだ。

その閃きをアイサンスは一回、破棄する。

螺子が吹き飛んだようなその突拍子もない発想が受け入れることが出来なかった。

とはいえ、本当にそれはできない事なのだろうか。

人間・片沼駿太では確かに不可能であるが、今のこのアイサンスならどうだ?

スランブリングは語ったではないか。

無地のキャンパス、それはつまり無限大の可能性があると。

そしてあのスランブムルを荼毘したときの光線化した炎を思い出す。

アレをもう少し工夫をすればジェットエンジンのようなものができるのではないか?


「これだ」


アイサンスは透かさず肩甲骨辺りに単発の見えない筒のようなものを【ルラーナ・ゾルディフィション】で形成する。

空気を吸い込むコンプレッサー、高温にするための燃焼室、それらを【グラヴィング・フェノメノン】で代用し、最低限の形を作った。

テストなしのぶっつけ本番。

薄らぼけた浅い知識で無理矢理作ったお粗末なこと極まりない形なのは確実である。

だが、アイサンスは失敗を気にしている余裕はなかった。


『ほお・・・面白れぇなこれ』


ジェットエンジンの存在を知らないスランブリングはより効率がいい推進方法をアイサンスが披露していることに関心を示した。

生力を流し込んだ途端に筒にかかる圧力が増し、生力の消費量が一気に増えた。

だが爆音を吐きながらジェットを吐きだすそれは紛れもなくターボジェットエンジンと同じ結果をアイサンスにもたらした。


「いっけぇええええ!」


その言葉に応えるかのように半透明のそれは爆轟の光を垂れ流しながら轟音を立てて圧縮、熱したジェットを噴き放つ。

一気に加速するべく生力を流し込む量を増やし、推力を爆発させる。

枝々を薙ぎ払いながら一気に樹上に飛び出すアイサンス。

亜音速に近い速度をたたき出しながら一気に目標に突っ込む。


「おっ―――ごっ」


重力加速度と風圧でアイサンスは喋ることもできなかったが、その双眸は正確に目標を捉え続けた。

大きな顎を開ける竜のような怪物と力なくそれを見上げる少女らしき人影。

間に合え。

膨れ上がる焦燥が無意識に込める生力を高める。

それが仇となった。

ボン!と背中から爆発音が響く。

おそらく構造物が耐えきれなかったのか、炎が弾けている。

幸いにしてすべて生力で作り上げた霞のようなもの。

燃料などといった危険物はなく、制御から離れた瞬間から形は崩壊して破片の被害もない。

そんな無茶を押し通したおかげで間に合った。

疑似ジェットエンジンの形状維持をやめ、リソース配分をより戦闘重視に変える。

そして慣性と高度を使ってアイサンスは竜の顎目掛けて突撃した。

爆音に気づいたのかこちらを見ようとしているのが見えたが、遅い。


「ううううおおおおおああああああ!」


雄叫び一発。

アイサンスは咆哮しながら竜の頬目掛けて拳を一撃、打ち込んだ。



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