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ビヨンド・ザ・モルド・ホライズンズ  作者: 四重茶
セストラリア海篇
12/14

11 襲来

強大なエネルギー源であり、緩衝でもあったスランブリングの消失は火山山脈であるスランブリング山脈に少なくない影響を与えた。

それまで地下深くより湧き出る界力(モルナ)の捌け口であり、地上への緩やかな噴出を兼ねていた主が消えたことにより再びマグマ溜へ熱が込められ始めたのだ。

いずれは何処かで大規模な噴火という形で現れるだろう。中にはスーパーヴォルケーノが潜んでいるためこれが一度火を吹けばこの世界の人類たるイス・フィエンスは立ち所に絶滅に瀕するであろう。

最も、今までため込まれた界力の殆どはアイサンス誕生のために消費されており現在は空にも等しい状況だ。

これらが危険域に達するには恐らく億年単位は掛かることであろう。

界力の動きが変わったことは生態系、特にアバーストの行動に大きな影響をもたらした。

簡単にまとめると行動範囲が拡大し、アバースト同士での抗争はもちろん、それまで入ってこなかったイス・フィエンスの生活圏にまで侵入するようになったのである。

それを抑えていたスランブリングの存在は平穏のためには必要なモノだったのだろう。

奇しくもアイサンスは、今まで抑えられていた地獄の蓋を開けてしまったのである。




―――




「せーの!」


危険な道を行く行商一行は荷車が泥濘にはまってしまい立往生をしていた。

6人ほどの護衛であったメーセナーの男手で何とか押そうとしているが重量も相まってなかなか抜け出せないでいた。

荷を若干でも降ろして重量を軽減したいところだが雇い主が頑なにそれを拒否したため押し問答になっている。


「かぁー!キリが無いぜこりゃ!」


一人のメーセナーが苛立ちを抑えきれなかったのかその愚痴を零す。


「半分、せめて三割ぐらいは降ろさないと無理だぜ・・・」


別の男が誰もが思っている事を口にするが奥から聞こえる護衛隊のリーダーと雇い主の交渉を聞くに厳しいであろう。

この時点で子細を知らされていない各メーセナーたちもその【荷物】の危険性に気づかされている。


「おーい!霊術士(プリメンタラー)のねぇちゃんや!アンタも手伝ってくれ!!」


傍から見ると泥で汚れるのを嫌い、離れて静観しているように見える女性に男たちは業を煮やして怒鳴る。

霊術士なら身体強化を施し、例え女子であってもそこらの成人男性よりも遥かに強い力を発揮できると言われている。

そのような存在がただ突っ立っているのは彼らにとっては甚だ不愉快な話であろう。

だが霊術士は彼らの言葉を無視するように言葉を発しなかった。


「おい、この野郎・・・・!」


ここ数週間の旅の影響で苛立ちが膨れ上がりかけているのが祟り、男たちは殺気立つ。


「まあ待ってくだせぇ。姐さんは【術式の調節】て奴でどうしても動けないんですや。勘弁してやってくだせぇや」


霊術士と同じパーティーメンバーであろうスキンヘッドの男が何とか宥めようとするがパニックはうつるものである。

他の5人の男は苛立ちを抑えきれなずにスキンヘッドに集る。

まさに集団リンチでも行われようとしていた時に肌同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響いた。


「・・・・あんた達、煩いわよ」


男の一人が怪訝そうに声を上げようとしたが霊術士から放たれる界力風(モルナ・ワイブ)に怯む。


「姐さぁあん・・・!」


「霊術を使うから、全員そこから離れてちょうだい」


その剣幕に男たちはいそいそと馬車から離れる。

彼女の足元より界力風と霊術による冷風が渦巻く。


「【キャルト】」


霊術士は使用する術をそっと唱えると馬車を飲み込む泥濘がシャーベット状に凍り付いていく。

延々と泥濘を掘り返す賽の河原から脱することができるだろう。


「これで良いかしら?」


淡々とした表情の霊術士に荒くれ共はおっかなびっくりに荷車に取り付く。

今度は非常に苦労しながらも何とか荷車は泥濘から脱出することができた。

非番だった他のメーセナーたちはいそいそと宛がわれた荷車へと戻っていく。


「まいったなぁ・・・」


スキンヘッドの男は手入れができず、薄っすらと生える髪の毛を掻きながら愚痴を零す。


「私だって髪の毛傷んじゃってるし身体は洗えないしで・・・ああもう・・・!」


霊術士の女性はメーセナーたちが帰っていった荷車の方を見ながら忌々し気に呟く。

この中で霊術を使えるのは彼女のみであり、割とハードなスケジュールを取らされていることもあってこちらも不満をためて居る。


「・・・・中継点のファーウムまであともう少しの辛抱だ」


隊列の前の方よりリーダーであるメーセナーが申し訳なさそうな雰囲気でやってきた。

彼は荷を一時的に降ろすよう交渉していたが、押し問答という形で膠着していたのであった。

結局、霊術の作動を察し、こちらに戻ってきた訳である。


「霊術士の生力はここでは生死に直結するというのに・・・どうせバレてるんだから少し軽くするぐらいいいだろうに・・・」


こちらもこちらで忌々し気に前方のクライアントが居る荷車を見てそう零した。

どこもかしくも融通の利かない状態が続いている。


「ファーウムでパーッとやらないとこりゃあ不味いですね・・・」


スキンヘッドはどこか悲し気に(ハルース)によってふたたび動き始めた荷車を見ながら呟く。

元は陽気な彼であったがこの危険地帯の旅とメンバー同士の衝突でなりを潜めつつある。


「そうだな。付き合ってくれた連中も労ってやらねぇと反乱でも起こされかねん」


しかし、この騒動でまた旅程は狂い、遅れが生じるのは確かだ。

一日も早く、この薄気味悪い森から出たい、そういった焦燥が広がっていた。




――――――



更に数刻、移動したのち休憩に向いている場所を発見した。

このため多少早い物の野営の準備を始めることになった。

しかし、すでに自前で携帯した食料は無くなりつつあり、半ば現地調達と化している。

近くの沢から水を補充し、風雨を凌ぐ場所を設営するとこれでも日没ギリギリとなるだろう。


今夜は狩りの釣果次第では少し羽目を外したことをしようとメーセナー隊のリーダーは考えていた。

朝の一件でメンバー内の不和が表面化しつつあることに重大な懸念を抱いたためだ。

クライアントに反乱の危険性が持ち上がっていると話すと多少の備蓄を融通した。

恐らく彼らもかなりまいっている様子であり、乗じてリラックスしたいのだろう。

狩りの釣果が宴のグレードに直結すると分かればなんやかんやでやる気を出す連中も多くかなりの数の人員が狩りに出向いてくれた。


それから数刻ほど経ち、夕焼けが染まりあがり始めた頃に問題が浮き上がった。


「遅いな・・・」


リーダーは狩りに出た者たちが向かった方向を見ながらそうつぶやく。

そろそろ戻ってきても良い頃合いだが、誰一人として一向に戻ってくる気配がないのだ。

逃亡の可能性も否定できないがそもそもこんな危険地帯、逃亡した方が危険なのは明白。

何か起こったのか。

野営の準備に残った連中も最初は茶化すように文句を言っていたが時間が経つにすれ心配、そして不安で浮足立つ。


「落ち着けお前ら!アバーストが近くにいるかもしれねぇから武器持って準備しておけ!」


その言葉で我に返ったのか、防具と武器を取りに各々が動き始める。

喝を入れればいつものように素早く準備を終えるあたり、よくできた連中ばかりである。

自分の命が掛かっていて、それを日常的に経験しているのならば自然とそうなっていく。

しかし、そのような緊張感を持ち続ければは行きつく先は命を落とすか燃え尽きて引退だ。

クライアントの商人たちもいそいそと幌馬車の中へ避難している。

一応、抗堪性を高める特殊処理や素材を使っている丈夫で高級なもののため外にいるよりかはずっと安全である。

遭遇率はばらつくが大陸中で発生するアバーストと遭遇しない行商などあり得ないとさえ言われるため、彼らも手慣れた行動を取った。

時間にして数分もしないうちに彼らは武器を手にし、迫っているかもしれない脅威に備える。


「全方位警戒。特に茂みは念入りに見ておけよ」


今更気づいたが、虫や鳥の囀りが聞こえなくなっている。

少し前はギーギーと言っていたのに何かから隠れるようにピタリと止んでいる。

近くの生唾を呑む音も聞こえてしまいそうなほど静かだ。


「・・・・?」


リーダーは気づいた。

大きなものが空から降ってくるときのような風切り音が徐々に近づくように聞こえてくる。

まさか、と最悪な結果が脳裏に浮かんだ。

さっと意識を上の方に向ける。

しかし背の高い木が邪魔で上手く遠くの方まで見ることができない。


「なんだ、この音?」


他の連中もどうやら気づき始めたようだ。

だがその音が何を指し示しているかは分からないようである。


「こっちに近づいて・・・?」


そう疑問を誰かが零した直後であった。

突然、木の上から巨大なモノが空高く舞い上がった。


「―――――」


誰も反応できなかった。

直前でポップアップをして高度を確保をしたそれは自身の質量と速度を活かして急降下。

凄まじい轟音と砂煙を巻き起こして着地する。

近くにいた何人かがそれに吹きとばされ。


「ぎゃっ!」


煙の中から飛び出した大きな顎に捉えられた。


「ぎえああああああ!!!」


断末魔が響く。

リーダーの視界が晴れたとき、その巨大なモノはもがき苦しむメーセナーを咥えながら最小の動きで辺りを見回し。

まるで見せつけるかのように一回目の咀嚼を始めた。

その一回目の時点で断末魔はピタリと止まり、あとは骨ごと砕きながら肉が潰れる極めて不愉快な音が響く。

そして乱雑に丸呑みして嚥下する。

それは狩りの本能が満たされ、喜ぶかのように咆哮する。


「ま、まじかよ・・・」


誰かが呆然と呟く。

彼らの前に現れたのは不幸の権化。

積極的討伐対象に指定されるアバーストの中でも最悪な存在。


「スラン、ブレラ・・・!?」


災火竜の残り火、と揶揄される亜竜種スランブレラ。

軍の一個隊を一方的に打ちのめす文字通りの怪物が目の前に現れたのであった。


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