9 竜的健康管理
残った4体も文字通り撲殺したアイサンスは憂鬱な気分を引きずりながら焚き火の準備をしていた。
一応、先ほどの戦場とはかなり離れた場所に陣取ってはいるが物を運ぶ時間を考えるとそう遠くまで行くことも出来なかった。
寝るのは木の上でも良いが、食事に火を使うためどうしても地面に居る必要がある。問題は火種の確保だが、絞りに絞った【グラヴィング・フェノメノン】でこれを解決した。
事象を生力によって発揮するこの【能力】は便利である。でなければ夜通しで原始的な木の棒で擦って火種を作るという極めて面倒なことをしなければならなかった。
そうして徐々に枝と葉っぱを燃やし、焚き火に当たる。木屑があれば尚よしであったが流石にそんな加工物を持ち合わせてはいなかった。
火から送られる熱は心地よく、また捌いた鹿肉を焼いていく。
無骨に鹿肉を引きちぎって枝に突き刺しただけの野性味あふれるものだが肉汁が溢れて肉の焼ける香ばしい香りが仄かに漂う。
「味はそこそこだけど五臓六腑に染み渡るわぁ」
なんとも爺臭い台詞回しだが一戦交えたため空腹感が強まっていたため余計に美味しく感じているため自然と口から出てきてしまっている。
なんとも暢気な声を上げるアイサンスとは別に今後起こりうるであろう問題に頭を悩ませている者がいた。
『・・・やはり消耗しすぎている』
神妙な声色でスランブリングが独りごちた。
どうやらアイサンスのメディカルチェックなるものを行っている模様だ。
「まあ色々と能力を使ってましたからね」
アイサンスとしては調節の具合が適当なのも認めざるを得ない。
割とフルパワーでフィジカル・ブーステットを使っていたのだろう。
スランブリングの理想とは程遠い練度なのは事実だ。
無駄な消耗をするのも一種の経費だと考えるほかないが。
『うーむ・・・そう激しく消耗するものではないはずなのだが』
数拍置いてから解せない、とスランブリングは締めくくる。
使い方が雑なのは見てもわかる、のだがスランブリングはそれを加味しても消耗が早いと言うらしい。
どうやらあのスランブムルを倒してそのうえで外部からエネルギー源たる肉を摂取したのだからそれがとんでもない速度で消費されるのは腑に落ちないという。
確かにかなりの量の肉を放り込んだのに半日もしないうちに小腹が空くなどありえない。
消化が早過ぎるし、その割には便意が来ないのも不思議だ。
そもそも後ろの穴が存在するのだろうか、とふとアイサンスは気になってしまった。
あるものだ、と思い込んでいたがその【違和感】に気付いてしまう。
「・・・・無い」
『?何が無いのだ?』
「穴が、無い・・・!?」
どうなっているんだこの身体、と今更ながらアイサンスは真面目につっこみを入れ始めた。
元々トン単位ありそうな肉を放り込める身体じゃないのにあっという間に入っていくわ、とその時点で怪しい気配を感じるべきであったが。
つまるところ、放り込めば放り込めるだけそれをエネルギーにしてしまう疑惑が俄かに浮上する。
『・・・・・・・・・まあ無い生き物もいるだろう?俺みたいに』
「あんたも無かったのかぁ・・・」
『食い物すら要らなかったからな』
確かに外部から栄養素の吸収が不要な意味不明な身体なら不要なのだろうがスランブリングに訊くのは間違っていた、とアイサンスは溜息をひとつ吐いた。
このことに関してはもっと第三者視点からの調査とかが必要なのかもしれない。
人間だって亡くなった人物を解剖してスケッチしたりと並々ならぬ調査の積み重ねの果てで色々なことが分かっているのだ。
しかし人の肉体ですら小宇宙と揶揄されるほど複雑怪奇を極めるのだ。
飯を食うのにその【カス】すら残さず消化しつくす身体など、そうやすやすと解明できたりしないはずだ。
飲むカプセルカメラとかあれば調べられそうだが、アレはそもそも排泄されたのを調査するのだからやっぱり調べようが無い。
「・・・やめましょうかこの話」
アイサンスはこの点においても負けを認めるしかなかった。
自分は普通のいきものより変な身体なのだと、嫌でも感じざるを得ない。
「えぇい。飯を食うのに下のことを語っててもしょうがねぇ・・・!」
香りが良くなっていく他の鹿肉にアイサンスは涎の分泌を促され無理矢理に頭を切り替えていく。
焦げ肉を食うのは真っ平だからだ。
―――
食事も終わり、食べれそうに無かった部分の処分も終えたアイサンスは焚き火を消して樹木の上に登って就寝の準備に入った。
初めてこの世界の夜空を見てまず気付いたのが月というものが二つあるということだ。
「うわ・・・地球じゃないんだなぁ・・・」
ひとつは地球にあるような黄色が薄く混じった白なのだが、もうひとつは火星のように赤茶色の色をしたものだった。
月があるということはかつて何らかの原始惑星の衝突が起こった可能性・・・いわゆるジャイアントインパクト説がこの星でも起こったことになる。
しかし原始惑星の生き残りだと言われる火星に良く似た衛星がすぐ近くで安定してこの星を公転している。
あれほどの質量を持つ惑星とその上で月みたいな衛星をも持つこの惑星は一体なんなのだろうか、とアイサンスは満天に広がる星の海を眺めながら考える。
しかし、答えを得るには些か情報が足りない。
アイサンスはこの世界のことを余りにも知らな過ぎる。
『【地球】という単語なにを指すかは良く分からぬが、人間共はこの星のことを【イス・モルド】と呼んでいるそうな』
スランブリングがどこか遠い目をするような口調でその単語を発した。
どこか聞いたことがあるような響きである。
意味は【大地がある世界】という感じらしくどこも似たような発想に至るものだな、とアイサンスはちょっとした親近感を抱く。
「【イス・モルド】ねぇ・・・」
『俺が降り立った時から既にヴェルステリアは繁栄を謳歌していたのは覚えているな』
スランブリングもまた過去の姿に思いを馳せているようである。
どのくらいの時期から生まれ、どういう経緯で大陸ひとつをその手にしたのか、そういうのが好物であったアイサンスは興味を抱く。
けれどもスランブリングの印象とは違い末期に近い状況だったのだろう。
でなければたかが数十万人が巨大なバケモノ同士のぶつかり合いで死のうと痛手は負うが回復は見込めるはずだ。
国が分裂する、というのはそれこそ余程の大異変がなければ起きないものなのである。
別に隣に地域大国がいる訳でもなく、巨大な国家が崩壊するということは財政破綻を迎えていたのだろう。
とはいえこれ以上のことは情報がない以上、推測の領域を越えない。
「そういやスランブリングさん。さっき消耗が激しすぎるって話してますけどそれってどういう・・・?」
自分が下手ということ以上に何らかのトラブルで生力が消耗し過ぎているということなのだというのは聞いたが詳しくは聞いていない。下手なら下手で経験を積むしかないが、そうでないならどうするべきだろうかと頭を悩ます。
『恐らくだが・・・俺の吸収も含めて、内包する生力の量、使用量が大きすぎて体内の調律が乱れている可能性があるな』
「・・・身体が急激な変化に対応し切れず疲れが溜まっている、とかそんな感じですかね?」
『概ねその認識で間違いないだろう』
能力を始めて作動させたときに感じた感覚。
よく思い出すと身体をまるで網目のように何かが広がっていくようなイメージがあった。
リンパのような体内に生力を運ぶ【腺】がこの身体には張り巡っているのだろう。
生まれて間も無く、負荷が続いたためそれに溜まっているダメージで不調を訴えている、とアイサンスは推察した。
アイサンスはこれを由々しき問題と認識した。
健康を損なっている上で疲労の回復ができていないのだからいずれ遅かれ早かれ【破綻】を招く。
「不味いですね・・・」
『うむ。早急に解決せねばならん問題だな』
だが、その方法が皆目検討がつかない。
まあ食って寝てればいいのだろうがそうも言って入られないのが現状だ。
「養生すれば良いんですけどねぇ・・・この状況だとちょっと」
冒険心もさることながらアイサンスの置かれた状況は半ば遭難に近いものだ。
もともと人間ではない(愛嬌がある)怪物になっているのでそういう意味では遭難より更に性質が悪い物であろう。
人間の癖として安全に、風雨を凌げる拠点を求めているがその見通しは立っていない。
『だが寝ないというわけではないのだろう?』
スランブリングの物言いにアイサンスは少し意味を捉えかねた。
「そりゃあ・・・確かにもう今晩は寝るつもりですけど」
『その時にでも俺が何とかしておくよ』
何やらよからぬことを企んでるな、とアイサンスは訝しんだ。
スランブリングは確かに率直に物を言っていくし嘘は言わないというのは今までの動向で理解できた。
とはいえまだ何をするかを聞いていないので一抹の不安が過った。
「・・・大丈夫なんですか?」
『任せておけ。俺を誰だと思っている?』
そうまで言うなら仕方がない、とアイサンスは折れた。
そもそも自分自身ではどう対処するか分からない以上、腹案があるスランブリングに任せるしかない。
『まあそんな大したことではないぞ。お主はただ寝ておれば良いだけだ』
「ホントにそれだけで良いんですか?」
『疲労を治すには寝るのが一番なのは竜だろうとフィエンスだろうと変わりないものさ』
スランブリングの様子を見ると【竜】は完全無欠の生命体と思えるのだが、そういう生き物としての能力が備わっているのは意外だ。
所詮は生き物、ということなのだろうかとアイサンスは星々を眺めながら食後の満足感からくる眠気に身を委ねた。
―――
視覚情報が消えてから行くばか時間が過ぎて、ようやくアイサンスが放っていた強い【隔たり】の圧が弱くなった。
途端に意識体として本来あるはずのない睡魔にスランブリングは襲われたが、気合で何とか意識を保つ。
「さて、どうしたもんかねぇ」
大見得を切ったのでやることはやるが物理的に不安定な状態であるスランブリングには危険を伴う。
とはいえ依り代が死んでしまっては元も子もない、退くも進むも地獄なら前に進むのがスランブリングの持論だ。
「まずは【心臓】だな・・・これは問題ないようだな。【首】も異常なし・・・ここら辺は自己回復が追い付いているか」
【心臓】は生力の出力器官でもある。
ここに何らかの異常があると大変不味いが幸いそういうことではないようだ。
危険がないなら次は【首】にあるイメージを伝える【線】を確認する。
伝達効率が悪すぎたり、不調があると生力を無駄に消耗しやすくなる経験がスランブリングにはあった。
だが、ここでもない。むしろ効率が良く、スムーズに生力が流れていくのを感じる。
他にも調べ上げていく箇所はある。
内臓の各種器官にも生力を循環させるモノは伸びており、流し目ではあるが確認する。
多少、ダメージを追っている部分があったので【治療】を行うこととする。
とはいってもスランブリングからアプローチをかける訳ではない。
「ほーれ【材料】だ。しっかり味わえよ?」
そスランブリングの【魂】を構成する生力が彼から剥離し、内臓に届けられる。
あとは自己治癒の力に任せればアイサンスが消耗することなく肉体は保たれるという寸法のようだ。
詰まるところ身を削ってその血肉で補填する、かなり捨て身に近い方法である。
この程度なら殆ど影響が無いので慣らしがてらにスランブリングはやっているが予想通りの箇所はそうも言っていられなくなった。
「やはり【終末出力部分】らへんに疲労が溜まっているか」
簡単に言うと、腕、脚、といった部分のことだ。
使用者の想像力が何よりも生力の操作に欠かせないため、基本的にはそういった部分に事象を出現させる。
全身から出力させることもできるが、必ず未鍛錬部分が悲鳴を上げて碌でもない結果にしかならないのが一般的な認知だ。
一応、スランブリングは生きている間は暇だったのでそういう自主練をやっていたのでいざというときは急速的に開放して目くらましのような爆発を引き起こすことはできた。
とはいえ使って思ったのは「効率悪過ぎて効果薄いから意味ないのでは」と身も蓋もない結論だった。
「腕は予想済みだったが、脚が思ったよりキツイな」
腕は戦闘もあってかやはり伝達効率が悪くなっていた。
思いのほか脚部が悪くなっているのは【フィジカル・ブーステッド】を使用して長距離を走っているためだろうか。
さて、ある程度の目星は付けたのでただ生力を与えるだけではない具体的な治療になる。
とはいってもあくまで自己応急処理のみをしてきたスランブリングにできることは多くない。
「まあ、成る様に成るだろうよ」
少なくとも【貯金】は十分ある、とスランブリングは踏んでいる。
とは言ったものの自分の身を切って与えるというのはやはり恐ろしさを感じてしまう。
「さっきみたいにちゃんと【食べて】くれよアイサンスくぅん・・・」
傷ついている腕の【線】を包み込むように生力を流し込む。
途端にヒリヒリと強い【圧】がスランブリングの魂に襲い掛かった。
「やはり【抗体】が反応したか」
あまり考えたくなかったが、アイサンスの【無意識】で執り行われる肉体の反射がスランブリングという【異物】に反応してしまった。
下手をすると治療どころか却って負荷を与えかねない上にスランブリングが【敵】と認識されてしまう可能性がある。
「ふんっ!居候の分際でという奴か?」
意外と気高い、とスランブリングは鼻で笑う。
生まれたてのヨチヨチヒナが粋がられては困る。
「だったらちゃんと自分で治し方ぐらい把握しろってんだコノヤロッ・・・」
強まる圧と合わせるように少しづつ流量も増やす。
こうやるのだ、とアイサンスの【身体】に教えるように生力を【線】に変換させて修復していく。
「むっ!?」
少し時間が経ち、いきなり圧が無くなったと思った感じた直後にスランブリングの意志とは関係なく生力が持っていかれた。
「くっ・・・『もういい』ってか?」
まだ腕の修復の途中なのだが取られた分の生力で脚も同時に自己治癒を始めていた。
そして【引っ込んでいろ】と言わんばかりの強い【睡魔】にスランブリングは襲われる。
「ぐっ・・・げん、か、い」
然しもの災火竜もその睡魔にだけは打ち勝てなかったようである。
分けたの生力をどう補充するか、とぼんやり考えながらスランブリングの【魂】も眠りについた。
すみません。やっと仕上げることができました