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ビヨンド・ザ・モルド・ホライズンズ  作者: 四重茶
プロローグ
1/14

0 死が理不尽として降りかかる

その日の俺――片沼駿太は、珍しく外出していた。


有休がたまっていたので多少は消化しておかないと却って会社に怒られるからだ。

片沼が働いてる会社は休みがあまり取れないのにこういうところだけはマメである。

まあそれなりに繁盛してて嬉しい悲鳴なのだが。


行き先は取り敢えず適当。

おいしい物でも食べながらぶらりと散歩してみることにしてみた。

とはいっても何を食べるか。


ファミレスはダメだ。

いつでもいけるチェーン店に行く意味がない。

さりとてご当地系のおいしいお店は通ではないのでネット頼りになる。

当然、近所で済ますのも味気がないので電車で少し遠出だ。


電車賃が勿体無いとは感じたがまあ偶には良いか、と思う。

どうせ電子マネーで駅の改札で自動でお金が振り落とされるのだ。

行き先は電車の中でも揺られながら考えるとしよう。


昼間のそれなりに人が居るが座る席が容易に見つかる。

何と無く土方を感じさせるあんちゃんの隣にでも座ることにした。

無難にラーメンでも食べるか一人焼肉でも食うかそれとも変化球を付けるべきか。


あれこれ考えていたときにそれは唐突に目の前に佇んだ。


花粉症かなんか知らないがマスクとサングラスを着用して如何にも怪しい男と思わしき人物が電車の中に入り込んできた。

身長は180センチの超身長ってやつである。

変装なら一般人ピーポーな俺にも怪しいと感じるから二流どころか三流だが正体を隠すにはもってこいな服装だ。

「気持ちわるっ!」と思ったがスルーである。

こんなので一々反応していたら厄介ごと地獄で生きていけない。


隣に座っていたあんちゃんも異様な気配を感じ取っていたが手に持っているスマートフォンを弄る事でその場を凌ごうとしている。

実に普通の反応、俺もスマホでも弄って無視するかと思ったときであった。


目の前の気持ち悪い奴の懐から。なんかでっかい包丁が出てきた。


え・・・?


有無を言わさず、そのまま刃渡り20センチほどの万能包丁こと牛刀が心臓めがけて突き刺された。

途端に激痛が走り、思考にノイズが走る。

隣のあんちゃんは絶句してこちらを眺め、すぐ近くに居た女性客の悲鳴が意識の隅で響いた。

何が起こったのか理解できないまま片沼は電車の床に倒れ伏していた。

これは、いわゆる無差別殺人っていう奴に巻きこまれったてことか。

身体の感覚は左胸の激痛だけでほかは殆ど無くなっていた。

運が無いで済ませたくない事態。

だが悔もうがもう自分の思考すら殆ど動かない。

死ぬって、こういうことなのだなぁとぼんやり考えながら意識は闇の底へ消えていった。




かくて日本人:片沼駿太の人生はこうして唐突に、そして理不尽に終わった。





――――――





そこは明度の高い渚であった。

目の前には海が広がっている。

俺は・・・どうなったんだっけか。



「おや?どうやら面白いものが転がり込んできたようだ」



後ろから声がした。

振り向くとそこにはいつの間にか大きな男が居た。

齢は50かそこらに見え身長はかなり高い。



「ほう・・・今の私を【認知】できるのか。どう見ても普通の魂だが―――」



なんか勝手に値踏みするようにこっちを眺め。



「なるほどなるほど、これはすこぶる・・・【運が悪い】みたいだな」



いきなりこの一言である。



「いやいや、失敬した。なにぶん珍しいがあまりよろしくない状態だったものだからの」



よろしくない状態とな?



「見たまえ、あの海に向かっていく者たちを」



その言葉に釣られて一度海の方向を見てみる。

よく見ると小さい人の頭が幾つも幾つも浮かんでいる。

浜にはまるで壊れかけた機械のように、のっそりと海の中へと入っていく人影がこれまた幾つもある。

言われるまで一切気付くことが無かった。



「君はどうやらあの【法則】から外れてしまったようだ。私みたいにな」



なにやら良く意味が伝わらない文言を言い出した。

【法則】から外れる?

それはどういうことだ?



「普通はこの【海】を泳いでいけるが、今の君では無理だろうな」



それはどういうことだ?

泳ぎに関してはそこはたとなくできるが。



「泳ぎに自信があるように見受けたがそういう問題ではない」



曰く



「ここは【忘却の海】だ。次の一歩を踏み出すために【厄】を洗い落とすための【概念】の塊、と言っておこうか」



この海の越え方は魂の奥深くに刻み込まれているらしい。

が、何らかの事情で俺のそれは機能しなくなっているとのことだ。

なんだそれは。



「訳は知らんが君は【意識】を持ちながらここに居る。それが大きな理由なのかもな」



長身の男は適当そうにまとめた。

なんにしても面倒くさいことこの上ない事態なのは確かなのだろう。



「理解が早くて助かる」



長身の男はコクコクと勝手に頷くと静かに海へと向かいだした。

ちょっと待って、これどうすればいいの?



「さぁな・・・このままぼうと海を見続けるのもありだ。

いつかは燃え尽きる、そうすればまた流れに戻れる」



要は何もするなってことであろうか?

というか燃え尽きるってなんだよ。



「そのままの意味だ。君の魂を【燃料】と例えるならいつかはそれを使い果たし、意識は消える」



そうすれば【機能】が作動する、という寸法か。

肝心の燃え尽きる時間は分からないけど。



「それは私ですら見当がつかないな」



それだけ永い時間必要なのだろう。

この娯楽も暇つぶしもない世界でただ己の意識が無くなるを待つだけ。

簡単ではある。



「なにやら不満そうな表情をしておるの」



どうやらやっこさんに悟られてしまった。

なんかこう、気に食わないのだ。

明度が高すぎて眺めようにもまぶし過ぎて暇つぶしにもならない。



「ふむ・・・その見上げた反骨精神、気に入ったわい」



長身の男はにやり、と笑うと再び海へと向かい。

彼の足元が波打ち際へ来たとき、海に一筋の氷でできた道ができた。

モーセの奇跡みたいな感じだ。



「ついて来るが良い。こういう【()】もできるというのを見せてやろう」



まあ此れを歩くだけなのだがね、と長身の男は綴った。

これは恐らく分岐点だ。

普通に呆けて流れに戻るかそれとも流れとは違う道を歩むか。


いや、今はこの氷の道こそが俺の【流れ】だ。

肝心なときに役に立たない【機能】なぞクソ食らえ。

ちょっとした反抗心から悠然と歩く長身の男の後に続いた。

だが、その道のりは決して楽ではなかった。


ただただ続く氷の道。


最初はどうと思ってなかったがやがて【足】のほうが冷たくなっていく。

感覚は無くならず中途半端にじくじくとそれが続く。

長身の男は歩みを緩めない。

ただただ、進み続ける。

なんなんだろうか。

本当について行って大丈夫なのだろうか?

あとすごく【退屈】だ。

歩いているだけましな状況なのかもしれないがそれでもこの【退屈】は【苦痛】に感じる。


ふと横を見つめると。

海をまるで犬掻きのように不安定に泳ぐ人の頭が見えた。



「あまり見ないほうが良い。引っ張られるぞ」



長身の男が緩めなかった足を止めてそう語りかけてくる。

いつの間にか俺は歩みを止めていた。

なるほどこれはかなり厄介な現象だ。

注意しなければならないだろう。


風もない、薄暮の海に架かる氷の道をその後も黙々と俺は歩み続けた。

あの目の前の夕日はなんだろうか?

そんな答えのない自問自答をしながら長身の男の後をひたすら追いかけた。

ひたすら。

ひたすらに。

ただただ歩み続けた。

いつ【ゴール】に辿り着くか、そもそも都合の良い【終着点】なんかあるのだろうか。



「おめでとう。どうやら【行くべき場所】に辿り着けたようだ」



気が遠くなるほど歩き続けちょっとした反抗心に後悔しかけた時、唐突に長身の男が語りかけた。


なんのことだ?

え?ゴール?


長身の男が遮る先を見ると。

不思議な扉が見えた。


六角形の周りに大きな円が二つ覆いその中心にすべてをつなげるように二つの円がある不思議な彫刻が刻まれている。



「なるほど、因果なものよ」



長身の男は勝手に何かを納得していた。



「いやいやこちらの事だ。気にしないでくれ」



長身の男は振り返りながら語りかける。



「正直なところどこかで【海】に呑まれると思ったが・・・良い意味で裏切られたよ」



まあ一回は確かに危ない瞬間があったがそれはあんたが引きとめたからだろ。

間違いなく自分ではあそこでただ呆然としていただけで終わっていた。



「そこを【踏みとどまった】のは君の【強さ】だ。誇るが良い」



いきなりこそばゆい褒め言葉を言ってくる。

むず痒くってしょうがない。



「【コレ】は餞別だ。きっとこの先で役に立つだろうさ」



そういって長身の男は俺の【頭】を優しく撫でた。

何かが刻まれるような感触がした。



「ではさらばだ。私はもう少し【先】へ行く」



長身の男が別れの言葉を紡いだ。

途端に目の前の扉が開く。

うお、吸い込まれる!

長身の男を何事か!と見るが彼はただ羨ましそうに微笑んでいた。

なんだよそれ、訳が分からない。



「ここで起こったことはきっと【君】は覚えていないだろう」



長身の男は静かに語る。



「だが確かにここであった出来事は紛れも無い【事実】だ」



ついに【身体】が浮き上がるような感触がすると一気に扉の先の眩い白い光の中へ引き込まれる。



「健闘を祈る」



そして【片沼駿太】の意識は光の中へ吸い込まれていった。



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