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こよみのうた  作者: sathor
8/10

ただいま

俺がぼけっとしながら仕事していても、雫が引きこもっていても、世界は回っていくらしい。

 身を切るようだった寒さはやわらぎ、駅前に植えられている桜が咲き始めた。処分場は遅滞なく運営されている。そういえば、俺がこの処分場に勤めてからもう一年になるのだ。あの子に出会うまでは必死に働き、悩み、行動した濃密な時間だったが、会ってからはまるで空白のようだ。

 今も悩んではいるのだ。

 コヨミや、あの子の存在について。

 だが、俺の中の必死さがなくなってしまった。処分場を潰す、という目標が霞んでから、俺は真剣に考えるのを止めてしまった。面倒になってしまったのかもしれない。いくら努力したところで、予想外の出来事が起こって考え方から修正しなければならないのだから。

 いつもの時間に朝起きて、あたりまえに身支度を整え、機械的に朝食を食べ、決まりきったルートで処分場に向かう。指定された位置に車を止めて、ぼんやりと空を眺めた。霞がかった春の空は、薄ぼんやりとした空色だった。

 そこに。

 秋の青空のような、澄み切った空色のものが、浮かんでいた。

 ばちり、と視線が合って、俺の脳は一気に覚醒した。


「そら そら そらららら

ねぇ顔上げて? お空とってもきれいだよ!

あのビルより高くまで あの線路より遠くまで

そら そら 青いよ どこまでも

ずっとずっと飛んでいくんだ


そら そら そらららら

ねぇわかる? 春のお空はとっても寒いんだよ!

空は青くて 風は寒くて

ちり ちり ほっぺた 冷たいよ

でもね、ずっとずっと青いから

もっともっと飛びたくなるの


そら そら そらららら

ほら見て! あの雲きんいろだよ!

青い青いお空で もくもく雲を

きら きら 太陽 照らしてる

ずっとずっと青い空

もっともっと飛んでって

ちかちか雲を つかむんだ


そら そら そらららら

そら そら そらららら」


 くるくると空を舞って、俺の前に音もなく降り立ったのは、間違いなくコヨミだった。

「ただいま、タキオ!」

 俺はスマホを取り出して、見原室長の番号を呼び出した。

「風邪をひいたので休みます」

「お前駐車場にいるだろ!? 見えてるぞ!?」

 混乱した声が聞こえたが、混乱しているのはこちらの方だ。俺は電話を切った。

 いつの間にかコヨミはあの、処分場の子と手を繋いでいた。

 コヨミが駆け出す。それに引っ張られて、あの子も走り出した。そのまま二人は、ごくあっさりと処分場の敷地の外に踏み出した。

「おい、待て!」

 突然叫んだ俺に周りにいた職員たちが振り返ったが、気にしている場合ではない。

 俺は二人を追いかけた。

 二人、というかコヨミが向かった先は、雫の家の方向だった。ちなみに、普通車で移動する距離である。走っているとはいえ子供の足だ。俺には速足くらいのスピードだったが、明日は筋肉痛確定だ。

「しずくー!」

雫の家の前で、コヨミが思い切り叫ぶ。

「しーずーくー!!」

 二回目で、雫が窓際に姿を現す。コヨミを見ると、身を翻した。

 そして素足のまま、外に飛び出してきた。雫が感情を顔に出しているのを、久しぶりに見た気がした。

「コヨミ!?本当にコヨミなの!?」

 雫がコヨミを抱きしめる。コヨミは、確かにそこにいた。雫の頬を伝った涙が、コヨミの服に落ちた。

「ただいま!」

 ちょっと遊びに行ってきた程度の口調で、コヨミが笑う。

「もう!心配したんだよ!!」

 コヨミの肩をつかんだまま顔を合わせて、雫が叫ぶ。

「コヨミ、大丈夫って言ったもん」

「そうだけど……どうしていなくなったの?」

 コヨミは首を傾げた。雫のが何を言っているのかがわかっていないようだ。

「……いいの。おかえり、コヨミ」

雫は微笑んでコヨミの頭を撫でた。コヨミはにっこり笑った。

「あのね!あたらしいおともだち!さんぎょーはいぶつ……かりがた?さんはい……サンちゃんだよ!!」

 おおすげぇ略し方。そうやって名前つけてたのな。

 コヨミに捕まれた手をぶんぶん振られながら、あの子、サンが頭を下げる。

「アンジョウ環境株式会社、中渓管理型最終処分場、です……ごめんなさい」

 雫が固まった。サンは怯えたようにコヨミの背後に隠れた。コヨミが困ったように俺を見上げる。

「いるって言っただろ?」

「嘘でしょ……」

 茫然と雫が呟く。


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