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こよみのうた  作者: sathor
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産廃処分場

雫に送ってもらって実家に着くと、もう夕食が出来上がっていた。

実家とは恐ろしい場所だ。何もしなくても料理洗濯掃除その他諸々が片付けられてしまい、しかも食事は高確率で好物が出てくる。それも大量に。いつも実家で養分を摂って、一人暮らしの間に消費している気がする。

今日も今日とて俺の大好物のハンバーグがトマト特盛で出てきた。一応言っておくがトマトは別に好物じゃない。今日母親が収穫したから並んだだけだ。うちの畑は基本的に自家用だが、結構な広さがある。

特大のハンバーグにかぶりつこうとした瞬間、母親の口からとんでもない言葉が飛び出てきた。

「このあたりの山を開拓して、産廃処分場を造る話があるのよ」

「産廃処分場?」

聞き慣れない単語に、思わずハンバーグを食べる手が止まってしまった。

「ガチで?」

「こないだボーリング?とかいう調査やったみたい。話が進んでるんだ」

ボーリング調査。深い穴を掘って、地層を採取する調査だ。地盤の強さや、水はけといった地盤の状況を調査した、というか、しているのだろう。

「……へー」

 俺はハンバーグを口に運んで、噛んで、飲み込んだ。

 正直味はよくわからなくなっていた。

「なによ、その反応は。よく考えてみなさい。こんな田舎にいい話じゃない。水道設備が整うだろうし」

 この辺のど田舎はいまだに川からくみ上げた水をろ過するだけで上水としてつかっている家もあるし、下水道の普及率も低い。それは確かに、いいことなんだろうが。

「あんたも帰ってきてそこで働いたら?」

 言いたいのはそれか。余計なお世話だ。

 俺は露骨に顔をしかめた。母親は一人息子の俺に実家に戻ってほしいらしく、あらゆる出来事が俺が帰ってくるきっかけに見えるらしい。

 もう一度言おう。余計なお世話だ。

「……まだできると決まったわけじゃない。それぐらいにしておきなさい」

黙って食事していた父親が、誰にともなく呟いた。

俺は一気に夕食をかき込んで、さっさと席を立った。自分の食器を食洗器に放り込んで、自室に逃げ込む。スマホで雫にメッセージを送る。

「飯食い終わった」

 メッセージはすぐに既読になった。

「行こー」

 返信を見て、俺は家を出た。雫のようにこの細い道を運転する自信がないので徒歩だ。

幼いころ毎日通った道だが、道幅が狭く、距離が短くなったような気がするのは、俺が成長したせいだろう。そんなことを考えながら歩いているうちに、初めは立ち並んでいた民家の明かりがまばらになっていき、ついにはなくなった。

月明かりだけが道を照らしている。山の木々が枝を伸ばすと、その下は完全な闇だ。都会では全く感じないが、月というのは結構明るいものだ。その周りには、星々が瞬いている。

小川に出た。川面は月明かりを反射して、きらきら輝いている。

一歩踏み違えれば川に落ちそうな土手道を進む。ちかり、と足元で何かが小さく光る。

きらり。

また光った。

すう。

今度は、光の帯が目の前を横切った。

よく見ると、小川のそばには小さな光が沢山きらめいている。のんびりと点いたり消えたり、月の光ではない光が、闇を溶かしていた。

と、川とは反対側の地面で、ちかちか、ちかちかとひときわ速く点滅する光があった。

自然と俺の口角が上がる。

「ヒメ」

「おっせーよ」

光は一呼吸の間もなく膨らんで、少年の姿になった。少年の周りには、素早く点滅する光がいくつも浮かんでいる。

ヒメボタルだ。

森に棲む蛍で、この辺りではちかちかと短い周期で発光する。蛍というと川辺に住むゲンジボタルやヘイケボタルのイメージがある。実際小川の方で光っているのはゲンジボタルだ。が、ヒメボタルはそれらよりやや小さく、陸上で暮らしている。

「もう光るの終わるとこだぜ」

「そりゃ間に合ってよかった」

 ヒメの頭をかき回してやると、ヒメの体がちかちか光った。ヒメの光があれば木陰の暗闇も敵ではない。

 川側にはゲンジボタルのゆっくりとした光、陸側にはヒメボタルのはっきりした輝き。それを一望できる光景に、俺は無意識のうちに微笑んでいた。自然というものは、ただ見ているだけで心を癒す。

 ヒメは唇を尖らせた。

「なータキオ」

「何だ」

「お前もゲンの方が好きか?」

俺は思わず噴き出した。ヒメはゲンジボタルに嫉妬しているらしい。

「笑うのかよ!?」

「笑うっつーの」

「……だってよー、ホタル見に来るヤツらたくさん来るけどよー、川ばっか見てんだもん。俺が森で光ってても無視だぜ、無視」

「まー確かに、あいつらの方が派手だもんな」

舌打ちされた。だがこれから好感度を取り戻す予定なので怖くはない。

「川の方が視界広いからな。だからたくさん見える。そしたら、派手に見える。それだけだろ」

ヒメにデコピンしてやる。

「痛ぇ」

「お前だって人に見られるために光ってんじゃねぇだろ。つまんねぇこと気にすんな」

「……ん。そうだよな」

ヒメは頷いた。

ちょうどその時さしかかった曲がり角で、向こう側から強力な光が射した。闇に慣れた目にはツライ。俺が腕で影を作って目を閉じているうちに、ヒメが飛んで行った気配がした。

「しずくーっ!車のライトつけんなよー!」

「ライト点けなきゃ運転できないでしょ!!」

 どうやら雫は車で来たらしい。この真っ暗な細道でよく運転できるもんだ。

「もう!遅いから様子見に来たのに!」

 歩きと車の速さを同列にしないでほしい。

 ヒメと二人で雫の車に乗り込むと、一瞬でいつもの森に着いた。いやはや、科学の進歩は偉大だ。道中のゲンジボタルは全く見れなかったが。

雫が車のライトを消すと、小さく光るものたちに気付く。ヒメが飛んで行った。


「ちかちか きらり ちかり きら

森はお空を映してる

森の中にもお星さま

ヒメボタルっていうんだよ


ちかちか きらり ちかり きら

森はお空を映してる

今日は満月

お池に映って まん丸だ


ちかちか きらり ちかり きら

森はお空を映してる

お空を流れる 天の川

山から流れる 森の川


見上げる空の 星の光

とってもとっても遠くから

何年もかけて来るんだって


見下ろす森の 蛍の光

ずっとずっと昔から

何代も続いてきたんだよ


ちかちか きらり ちかり きら

森はお空を映してる

対称軸は地平線

上でも下でも 光ってる


ちかちか きらり ちかり きら

森はお空を映してる

ちかちか きらり ちかり きら」


 歌うコヨミを照らすように、ヒメボタルが舞う。照らし出されたコヨミの空色の服の上で、森の星が光る。青空に星が光っているような光景だった。

俺はヒメの額を小突いた。

「ゲンの奴は、川だけでふらふらしてやがるから、森の星にはなれないな?」

「ああ!」

俺とヒメは拳をぶつけ合った。

「なぁにー?」

歌い終わったコヨミが首をかしげる。

「秘密だ!」

「おう!」

仲間の弱音をさらすほど、俺たちは落ちちゃいない。

「まったくもう」

雫に肩をすくめられたって、それはそれ、これはこれだ。

次第にヒメボタルの明滅が減っていく。ヒメの言う通り、もうすぐ今回の盛りが終わるのだろう。この地域のパターンでは、次は零時前後だ。

「もう終わりみたいね」

「タキオが来るのが遅いんだよ!」

 残念そうな雫にヒメが反論した。雫が甘えた声を出す。

「ねぇヒメ~、もうちょっと光らせてよ~」

「え、何で?」

ヒメ、そんな純粋な瞳で見つめてやるな。雫が困ってるだろ。

「あいつらはあいつらの都合で光ってんだから、雫の都合で光るわけねーだろ」

「ヒメが大人になってる……!」

ついさっき話したネタだけどな。俺は内心で爆笑しながら、二人に声をかけた。

「おーい、ピークも終わったしそろそろ帰るぞー」

「えーもう?」

「こちとら今日帰ってきたばっかなんだよ。休ませろ」

「はいはい。じゃあみんな、また明日ね」

ヒメがきらりと光って、手を振るコヨミとキラを照らし出した。あいつらはいつも森に帰っていく。ヒトではないのだ。どこで寝ているのかなんて、気にする方が無駄なんだろう。

彼らが去っていくと、やたら静かに感じられた。

「なぁ」

「なに?」

「産廃処分場の話、知ってるか?」

「ああ。……聞いたのね」

「何で教えてくれなかったんだよ」

「小母さんがなんて言ってたかは想像つくけど、できるわけないじゃない」

「だよな。この辺めずらしい生き物もいるし、水源地だし」

 キンランやギンランを初めとした絶滅危惧種はいるし、この辺の山々から流れ出す川は、北側や南側の都市部や住宅街の水源となっている。

「そうよ!それに、歴史だってある。参勤交代のルートで、たくさん史跡があるじゃない。建てられるわけない」

「そういや、そうだったな」

「もう。あんたホントに歴史に興味ないよね。ここは宿場町で栄えてたんだから。地元民として誇りに思いなよ」

そう言われても、今はただの田舎ですし。有名な建物があるわけでもないし、観光客を呼べるほどの歴史じゃあない。むしろそれしかないんだから誇りにならんのではなかろうか?

「……ま、産廃反対の理由になるなら何でもいいさ。山の南側の広場に不法投棄とかされてるだろ。そーゆーことする無責任な業者に建てさせるかよ」

 正直言って、産廃処理業者、産廃処分場、と聞いていい感情を持つのは少数派だろう。

「それよそれ!汚水たれ流すような産廃なんて阻止してみせるわよ」

そうに違いない。この山が変わってしまうなんて、あり得ないことだ。

その時、俺はそう信じこんだ。


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