思い出
「タキオー!」
家の前から、ぼくを呼ぶいつもの声がする。
ぼくは家から飛び出した。
「しずく!行こ!」
通い慣れた山道を駆け上がる。舗装されていない道は、柔らかく子供たちの足を支えた。森に入ると、小川のそばの小さな平地で、三人の子供が踊っていた。ぼくとしずくはその輪に飛び込んだ。三人はきゃっきゃと笑ってぼくらと手を繋いだ。
「歩いてみてよ ふかふかふわ
黒い地面は 生きてるよ
葉っぱをふんで さくさくぽく
茶色い落ち葉 木のめぐみ
小枝ふんだよ ぱきぱきぺき
こげ茶の枝も 土のごはん
ふかふか土の 下にはね
石 砂 泥
いろんなものが 隠れてる
むかーし昔は 生きていた
草も木も 動物だって
いろんなものが 眠ってる
ひらひら今年も 葉っぱが落ちて
たくさんの昔の その上に
新しい今が 重なってく
春夏秋冬
数える指が 足りなくて
それでも積もる 時の土
歩いてみてよ ふかふかふわ
時間の上に 立ってるの
いのちの歴史 森の土」
ふかふかの土を踏みしめて、ぼくらは笑った。落ち葉と木の根と小枝と、足の裏から沢山のものの上に立っている感触が伝わってきた。
「あのね、お池のそばに、つるが引っかかってるの!遊ぼうよ!」
コヨミ――踊っていた三人のうちの一人――が山の中腹にある池の方を指して言った。子供たちはいっせいにうなずいて、池へと駆け出した。
池のそば、小さな崖の上に、コヨミが言っていた「つる」があった。太くてしっかりした藤蔓が、頑丈そうな木に絡まっている。子供一人の体重なら、軽く支えられそうだった。となれば、やることは一つだ。
「あーああー!!」
一番手はヒメ。少年は藤蔓を握って後ろに下がると、池の方へ思いっきりジャンプした。足が地面から離れて、空に舞う。池の上を飛んだあと、藤蔓が戻ってくる。とん、と元の地面に降りて、彼は笑った。
あとは代わりばんこだ。
自分の順番を待っているうちに、ぼくは太い藤蔓の周りから細い藤蔓が生えていることに気づいた。しずくの肩をつつく。振り向いたしずくに、他の三人にばれないように、こっそり耳打ちする。キラが不思議そうな顔でこっちを見ていたが、わざと無視する。
しずくが笑顔になった。
ぼくとしずくは細い藤蔓をむしって、編み始めた。
「なにしてるのー?」
コヨミがのぞき込んでくる。
「ひみつ!」
しずくが得意げに答える。コヨミは頬を膨らませた。
ぼくとしずくはくるくる藤蔓を編んでいく。最後に丸くまとめて、出来上がり。
「なぁに?」
「リースだよ!クリスマスの飾りなんだって!しずくのパパが教えてくれたんだ」
「すごーい!」
コヨミは目を輝かせて、しずくが作ったリースを眺めている。ぼくはその間に、落ちている木の実とその辺の葉っぱで、リースを飾り立てた。
「じゃーん!!」
「「わぁー!!」」
いつの間にかヒメとキラもやってきた。みんなはあっという間に編み方を覚えて、リースが量産されていく。思い思いに飾り立てるのはそれぞれの仕事だ。
そのすきにぼくは、ぶら下がった太い藤蔓に飛びついた。ぼくのリースはできてるんだから、遊んだっていい。思い切り助走をつけて、池の上へ飛び出した。
がくん、と首が落ちて、俺は意識を取り戻した。
いつの間にか眠りこけていたらしい。懐かしい夢だ。不安も、怒りも、不満もなかった子供のころ。たまの帰省だ、面倒な人間関係やら会社のしがらみやら、日頃の鬱憤を忘れて、幸せだった子供時代に浸るのも悪くない。
「まもなく、中渓~。中渓~。」
電車の車内アナウンスが流れる。実家最寄りの駅だ。いいタイミングで起きた。電車から降りると、初夏の爽やかな風が吹き抜けた。都会のクーラーの風とは違う、やわらかい自然の風が心地いい。
さぁ、子供時代を思い出そうじゃないか。
古びた駅の階段をスキップで降りる。寂れた駅前に淡い黄色のミニバンが止まっているのを見つけて、俺は手をぶんぶん振った。
「雫!」
運転席に座っていた雫がひらひらと手を振る。トランクが開いた音がした。荷物をトランクに放り込んで、助手席のドアを開ける。
「久しぶり」
「ただいま。お袋が来るもんだと思ってた」
「小母さんは畑。意地でも今日中にトマトの収穫終わらせるんだって」
「へーえ」
俺がシートベルトを締めたことを確認して、雫はアクセルを踏んだ。
「で」
雫がいたずらっぽく笑う。
「山?家?」
負けず劣らずいたずらっぽい顔を作って、返した。
「山一択だろ」
「当然ね」
俺たちは山が好きだ。一般的な意味ではなくて、この地元の山限定で。勿論、単なる地元愛以上の理由がある。
道幅がほぼ車幅しかない田舎の細道を難なく通り抜けて、雫は山の入り口に車を止めた。森に入ると、すぐに小さな広場に出る。
「しずくー!!」
車の音が聞こえたのだろう、小さな影が三つ駆け寄ってくる。
きらきらした空色の服を着て、満面の笑顔を浮かべる少女、コヨミ。全体的に黒で胸元だけ赤い服を着た、はっきりした性格の少年、ヒメ。淡い緑と黄色の服を着た大人しい少女、キラ。
俺たちが子供のころと全く同じ姿で、彼らは現れる。彼らが何なのか問い詰めたこともあったが、まともな言葉が返ってきたことはなかった。今は、精霊みたいなもんだと思って、深く考えないようにしている。
相変わらず友達なのだから、それでいい。
「タキオだ!」
俺を見て、コヨミが目を輝かせる。こちらの成長は認識しているらしい。
「よう、お久」
俺が片手を挙げて応えると、いつものように俺の前でコヨミはくるりと回った。そのまま、歌い出す。俺は耳を澄ませた。俺はコヨミのうたが大好きだ。
「しろ しろ きいろ しろ きいろ
みどり 波打つ 草原に
きれいなお花 浮かんでる
きいろはきんで しろはぎん
キンラン ギンラン お花の名前
らんのお花の その下で
地面の中に 生きている
小さな生き物 支えてる
キンコンキンっていうんだよ
きんこん きんきん こんきん きん
かんかん 照ってる お日さまを
さえぎる木陰で 咲いている
らんは一人じゃ 咲けないの
キンコンキンが 作ったごはん
森が作った 木漏れ日の家
全部全部 ないとだめ
みんなが全部 そろってね
力を合わせて やっと咲く
きんらん ぎんらん
やっと咲く
きんこん きんきん こんきん きん
しろ しろ きいろ しろ きいろ」
踊るコヨミの足元には、背の高い草に隠れるようにして、咲いている草が二つ。
片方は小指の先くらいの小さな黄色い花が、先端に七つ八つ付いている。咲いているものを見ると花びらが六枚。下側の一枚が筒を半分に割った形のように丸まっていて、上に赤褐色の突起が見える。葉っぱには深い縦筋が刻まれ、茎を抱くように互い違いに生えている。
もう片方は花が白い。そして、草丈がだいぶ低い。花びらの先が黄色い方よりとがっているせいか、花が細く見える。黄色い方より花が低い位置からついている。それ以外は、黄色い方とよく似ている。
黄色い花に指先で触れて、キラがくすくす笑っている。キラの髪には、黄色と白の花――キンランとギンランの花冠が光っている。俺と雫は、キラはこのキンランとギンランの精霊だと思っている。
俺は、花冠を落とさないように注意しながら、キラの頭を撫でてやった。
「そういえば、もうキンランの時期だったな。忘れてたよ」
キラは俺を見上げてにっこり笑った。にっこりしなかったのはコヨミだ。悲しげな表情になってしまった。
「タキオはキラちゃんのこと忘れちゃうの?」
「あー……いや、そういうわけじゃないんだけど」
俺の頭が仕事中以上の勢いで回転する。
「……街中で生活してると、花なんて花屋ぐらいでしか見ないからな。自然に咲いてる花がいつ咲くのか、ついつい忘れちゃうんだよ」
花どころか、野菜や果物だってそうだ。年中店で見かけて、いつが旬なのやらさっぱりわからなくなっている。ニンジンやダイコン、リンゴやミカンの旬はいつだ?キンランとギンランが咲くのは?コンクリートとアスファルトに囲まれて、冷房暖房が完備された屋内で過ごしていると、旬どころか季節さえも忘れそうになる。
「むぅー……」
コヨミは納得していないようだが、俺はあえて明るく言ってやった。
「俺は、今日はキンランとギンランが見れてよかったよ!もう忘れないって!」




