08 陣取り鬼ごっこ 第1パート
知恵者が見張る神の森
豪俊なる子よ、いざ向かえ
切り開く術は力か知恵か
そこはうっそうとした森だったが、リティはひたすら雄々しくすたすたと歩いていた。
「リティ、もしかして道知ってるの? ラッキー」
迷いのないリティの足取りにルーヤが喜んでいると、リティはきっぱりと言った。
「なに寝ぼけてるの。知るわけないでしょ。一応禁域なんだし」
「え、じゃあなんでそんなに自身満々なんですかリティさん」
「……おばか」
リティは一言こぼしてから、森の奥に目を凝らした。
「あの翁様の預言には、あたしたちが一番助言を欲しがるはずの道すじに関して、何一つ含まれていない。ようは、言及する必要がなかったってことよ。あたしたちが進みさえすれば、知恵者の見張りさんが勝手に現れて立ちはだかってくれる」
「えー、楽観的すぎない?」
ルーヤの疑念に、ジルが笑った。
「いや、そんなこともないですよ。実は、ここの見張りの番人さんって――…」
ジルは言いかけたが、リティが立ち止まり、言葉を切った。前方に注意を向けてみれば、もう少し先で、金髪碧眼の青年が木によしかかって不機嫌そうな顔でこちらを見ている。三人が歩みを進めて青年との距離を詰めると、その青年は頭をかいて気だるそうな声を発した。
「お前ら、ここ通ろうっての? うぜえんだよ、そういうの。帰ってくれない?」
口悪っ!
ルーヤとジルが顎を落とし、リティが頬を引きつらせた。そんな三人の様子におかまいなく、青年は人差し指を立てた。
「こっから先は神サマの領域。わかったらとっととお帰んなさい」
ルーヤはひくひくと笑いながら、ようやく口を開いた。
「あんた、誰?」
「オレ? 妖精」
ウソこけ!
ルーヤは呆れを通り越して拳をわなわなと震わせた。見れば、リティも刀に手をやっている。自称妖精の青年は肩をすくめた。
「あ、ウソだと思ったでしょ。まあ、大昔は巨人だったんだけどね、縮んだの」
さらにウソくさい……。
「まさか、オレの事も知らねえで森に入って来たの? ばっかだねー。それとも、人間は番人ヴァフスルーズニルがいることすらも忘れちまったのかな?」
「いっちいち言い方がむかつくやつだな! もうちょっと礼儀ってもんを覚えんかい!」
感情を丸出しにして飛び掛らんばかりのルーヤを、ジルは慌てて押さえた。
「リ、リーダー、落ち着いてええ。番人さん、オレたち訳あってヘス――…」
「あ――――――」
ジルの言葉を、ヴァフスルーズニルは片手を上げてさえぎった。
「あのね、ゴタクはよしてくれる? 何が何でも通さないから」
あしらう程度にしか思っていない番人の反応に、ルーヤは青筋を立てた。
「こちとら用事があってここに来てんだからな! 人の話をちゃんと聞かない奴にはお仕置きだ! 一発尻叩いてやる! そこに直れ!」
「何言ってんの、家宅侵入罪で尻叩きされるべきはそっちでしょうよ」
「ああ、わかったよ! じゃあ正規ルート教えろ! 手順も道順も踏んでやる! 玄関どこ!」
「玄関はオレがいるところ。またぐ条件はオレを倒すこと。でも勝負なんてヤだよ。オレね、頭もよくて腕も立つの。見るからにひ弱そーなキミたちとは戦ってもおもしろくなさそうだから、正直戦いたくないわけ」
ぶち、とどこかの血管を切ったルーヤだったが、ふいに首根っこを掴まれた。振り返ると、ジルが楽しそうな、だが何か企んでいそうな笑みを浮かべてそこにいた。
「番人さん、今『頭が良い』って言いましたね? それで勝負しませんかい? クイズ勝負、やりましょうぜ。それなら、ひ弱も何も関係ないでしょ? ねえ、広大な森のどこに人間が立ち入っても察知できて、なおかつそこへ移動することができる番人さん」
恐らくここを拳で解決して通るには、この番人を殺さなければならないか、そうでなくとも再起不能になるくらいまで伸さなければならない。こちらには確かにリティがいるが、何百年も森を守ってきた番人がそうやすやすと倒れてくれるとは思えなかった。無論、切り開くすべを知恵に賭けてみたとて、簡単にはいかないだろう。だが、ここを突破する糸口が見つかるとするなら知恵だろうとジルは思っていた。
言葉遊びも含めた無理難題をふっかけられやすい立場にいたジルのためにと、頭領が与えてくれた本の冊数は膨大な数にのぼる。その中から得た知識で、ジルはこの森番がヴァフスルーズニルであることも知っていた。まあ、こんなふざけた性格の妖精だったとはどこにも――本当にどこにも書いてなかったが、それはともかくとして、過去この森番を前にして武装軍隊などはまるで役に立たなかったことは確かなのだ。
「交互に問題を出していって、先に間違えた方が負け。あんたが勝ったらオレたちは帰る、オレたちが勝ったらここを通してもらう。どうですかい?」
「人間ごときの知恵袋で、勝てると思ってんの?」
「猿だって木から落ちるし、窮せば鼠も猫を噛むと思ってます」
言って笑ったジルに対し、ルーヤはギャーっと叫び声を上げた。
「だめだめだめ、だめだって! だって俺、頭ないもん!」
「いやいや、ちゃんと立派なのがついてますよ、リーダー」
頭にポンッと手を置かれたルーヤは、手を乗せられたまま、ふるふると首を振った。
「物理的な話してないからね! 中身の話! 戦力外もいいとこだからな!」
「自分でそこまで言っちゃうんですね」
苦笑を浮かべたジルを見上げて、リティは腕を組んだ。
「言っとくけど、あたしも教養が高いわけじゃないわよ」
「姐御は休んでてください。オレ一人でやります」
「負けたら承知しないわよ」
「うわ、恐あ」
どことなく嬉しそうにへらっと笑ったジルは、ヴァフスルーズニルと向かい合って座り、一つ膝を叩いた。
「いっちょやりますか。そっちから出していいですぜ」
ルーヤは眉根を寄せた。これではキリがない。
クイズの幅は広かった。なにぶん頭が足りなくて、詳細がわからないどころか、正直何を言っているのかすらサッパリだったが、この世の成り立ちから錬金術まがいのことまで、ありとあらゆることが問題にされたらしかった。それでも、ジルは博識だった。ヴァフスルーズニルが吹っ掛けた難問に、いとも簡単に答えていく。そして同じく難問を吹っ掛け返すのだが、ヴァフスルーズニルもことごとく答えていった。このままでは時間がただ過ぎていくだけ――
という建設的な思考は軽くすっ飛ばし、ルーヤは早くこの番人の尻を叩きたくて仕方がないという感情にのみたどり着いていた。かの馬鹿はついに我慢できなくなって、問題を出しかけていたジルの口を塞いだ。
「じゃ、次は――…むごっ」
「次! 俺から問題出すよ、いいね!」
すると番人は涼やかに答えた。
「どうぞお好きに」
「じゃあ、答えてみろ! 『俺たちが勝負した時、俺たちはお前に一発お見舞いすることができる』、マルかバツか!」
ジルとリティが思わずルーヤを振り返った。ヴァフスルーズニルはにやりと笑った。
「――バツだ」
「じゃ、確かめてみようぜ」
「あ?」
「やるんだよ、ガチンコ勝負!」
ルーヤは言うなり右手から糸を出した。事の次第に気付いたジルとリティも戦闘態勢に入った。再起不能になどしなくてもいい、一発殴るだけでここはパスだ。しかもこの番人は三人の力を知らないのだから、ただの人間、ただの子どもと思って油断してくるはず。
このような細々とした利点について、出題者本人はもちろん気付いていないわけだが、残りの二人が期待した通り、番人は余裕しゃくしゃくで構えていた。ルーヤは番人を一睨みすると、リティに言った。
「リティは力使うなよ、危ないから」
「悠長ね。本当に馬鹿なんじゃないの」
「血を流すの嫌いなんだ。そう思うのが馬鹿なことなのかどうなのか、俺は馬鹿だからわからない」
リティはちらりとルーヤを見やった。ルーヤはまっすぐ前を向いていた。
血と死を知っている目だ。
リティは一度目をそっと伏せると、力は使わず、実力のみで番人に斬りかかった。番人はその一太刀をかわしはしたが、その速さと力強さに思わず舌を打ち、標的を移しにかかった。番人はリティに蹴りを入れて彼女を遠ざけると、加勢する機会をうかがっていたルーヤに掴みかかろうとした。だが、ルーヤから水の糸が伸びてきた。番人は危うくそれをかわしたが、飛びのいた番人をリティの刀が再び襲った。それを避けたとき、番人は気がついた。クイズ坊やがいない。
危険を感じた時には遅かった。ヴァフスルーズニルは自分の体が抱えられて宙に浮くのを感じた。ジルは長い鞭を高い木の枝に巻き付け、ぶらんぶらんと揺れながら番人をさらっていた。技名はリーダー式バンジージャンプにでもしようかと、ジルは笑った。
普段の番人だったなら、ジルの気配にも気付けただろう。だが、予想以上の腕を持つリティと予想外のルーヤの水糸に気を取られて、番人はこの状態だった。
ジルはヴァフスルーズニルが反撃に出てくる前に、番人をルーヤに向かって放り投げた。
「おまちどおさま、リーダー! 一発どうぞ!」
ルーヤはにっと笑みを浮かべて、飛んでくる番人を殴り返した。無論叩くは尻である。