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04 回転木馬

 狼遊街。七月二十日、午前十時。

 ジルは街のはずれにあるあばら家にいた。頬杖をついて、ひたすら物思いに沈み、沈み、沈み切った果てに――バキベキガシャンドタンッ!

「ああん!?」

 なんという不吉な音。

 ジルは物思いから抜け出し、その明るい茶髪を翻しながら、音がした玄関を振り返った。見れば、壁の一部が壊れてぽっかり穴があいている。朱色の入れ墨があるジルの頬が引きつった。

「げっ。これ以上壊れるとこもないと思ってたんですけど、って……」

 壁の残骸の上に倒れているあれはまさか老人か。

「ちょ、ちょっと、じっちゃん! まさか、こんなあばら家によしかかったんですかっ?」

 ジルはあわてて駆けより、真っ黒な服を着込んだ老人を起こした。

「うん、体は大丈夫ですね。でも、見るからにボロいこんな家によしかかるなんて、頭の方は大丈夫ですか」

「神の、窓の守り子よ」

「はい? カミノマド? じっちゃん、マジで頭大丈夫?」

「――内に傷負う人の子よ

   神の窓の守り子よ

   代価を払い、心に描け

   関わり深しもののすべてを

   さすれば夢は現となる――」

 意味不明な言葉をつぶやいた老人は、次の瞬間、足場の悪い瓦礫の上で立ち上がり、歩き出そうとした。ジルは止めたが、一歩遅かった。老人は派手に転んで瓦礫の上を滑っていってしまった。ジルは再び老人を起こし、その足首に触れてため息をついた。

「もう、くじいちゃってるじゃないですか」

 ジルはとりあえず布を水でぬらして老人の足首に当てた。そして、ぼろ家を見渡して再度息をつく。怪我を負った老人がゆっくり休めるような家ではないことは、確認するまでもない。何しろ、雨風さえしのげればと思って確保しただけの、本当に一時的な住まいだ。ジルは老人のそばに膝をついて背を差し出した。

「ほら、じっちゃん、乗って。医者まで負ぶってくから」

 そうして、ジルは表の街道を歩いて行くことになった。これがなければ、この先のことも起こらなかったのだろう。歩くジルの耳に、怒鳴り声が飛び込んできた。

「この役立たずが!」

 何気なくそちらを向いたジルは、群衆の隙間から怒鳴る男と怒鳴られる女を見て息を呑んだ。

 ラルド! レイヤ姉ちゃん!


  * * *


 老人はジルの左手をそっと握った。傷付けられたわけではないのに血を流し、突如鞭を出して見せた手を。その鞭の先端では、ナイフが冷たくきらめいていた。どこか苦い顔で笑ったジルを見上げて、老人は言った。

「ラルド、といいましたか、あの男はよろしいので?」

「旦那の荷車の影に隠れて小さくなってる御者がいましたからね。大丈夫でしょ。そんなことより、ほら、病院行きましょうぜ」

「いえ、先にお話ししたいことがございます。わしの足はご心配なく、そなたの手はわしが手当ていたしましょう」

 街道から少し外れた路地に入り、ジルは手当てをしてもらいながら話を聞いた。

「ふうん、ヘスティアさんねぇ。いいですよ」

「おお」

 ジルの返答に、老人の目が細められた。ジルは包帯が巻かれた自分の左手を見つめ、もう一度鞭を思い描いた。一瞬で出現した鞭とナイフを見て、ジルは肩をすくめた。

「憎悪で生み出しちまったこの力、それが誰かの助けになるってならそれもいいかなあ、なんてね」


 さあ 回転木馬も動き出したよ 乗っているのは だあれ? 動かしたのは だあれ?

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