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03 お人形

 匠の村。七月二十日、午後一時。

 リティは、自宅兼鍛冶屋の裏庭で刀の試し斬りをしていた。今朝、育て親であり鍛冶職人でもあるロウが鍛え終えたばかりの刀だ。

「どうだ、今回の刀は」

 わらをばっさりと斬ったリティに、ロウは尋ねた。リティは別段表情も変えずに言った。

「今までの中じゃ、一番いいんじゃない?」

「マジか! う――っし!」

 両拳を握ったロウは、試し斬りの礼を言うために拾い子の少女に歩み寄った。だが、リティの金髪がきらめいたかと思うと、白刃がロウの目の前で薙いだ。思わず両手を上げて降参の格好を取ったロウは、三週間剃っていなかったヒゲが斬られてぱらぱらと落ちていく様を見た。リティはすました顔で刀を鞘に収めながら言った。

「ちゃんと剃ってよ、むさ苦しい。それとも、毎朝あたしに斬ってほしいの、これで」

 リティは刀をポンと叩いて、猫のような瞳を光らせた。ロウは両手をあげたままひくひくと笑った。

「リティちゃん、寿命が縮むからヤメナサイ」

「じゃあちゃんと剃ってよ。クマ通り越してマンモスよ」

 リティはロウに向かって刀を放り投げると、鍛冶場の中へ入って行き、ろくに掃除もされていなかった鍛冶場をほうきで掃き始めた。ロウはリティから解放されて、ふうっと息を吐いた。

 いつの間にこんなにさばさばした娘に育ったのだ。これは元々の気性なのか。それとも、男手一つで育てると見目の麗しい少女もこんな風に育ってしまうのか。だとすると、これは俺のせいか。

 などとぶつくさと考えながら、ロウは鍛冶場を通り過ぎて茶の間まで行き、そこに座った。

「おい、リティ。お前も座れ」

「なによ。うちのマンモスさんのおかげで埃まみれなのよ」

「いいから」

 リティはしぶしぶ茶の間に向かい、ロウの隣に腰かけた。

「なに」

「これ、お前にやる」

 そう言ってロウが差し出したのは、さきほどリティが試し斬りをした刀だった。

「今日は俺がお前を拾った日。お前の産まれた日じゃねえだろうが、リティが生まれたのは今日だ。十二歳、おめっとさん」

「よく拾い子に一番いい刀をやれるわね。売ったら相当の値段になるわよ」

「なあに、拾い子だろうがなんだろうが、俺の娘さね」

 一拍、リティが返事をするまでに間が開いた。その後に、一言。

「わかったわ。あんたのヒゲ剃り用にもらっといてあげる」

 さらりと放たれたリティの言葉に、ロウの口角がぴくりと動いた。

「あのね、そんなもん斬るためにやるんじゃないの」

「うざったいものは全部斬る主義なの」

「あらま、うちのお嬢さんの恐いこと。……そうじゃなくてね」

 ロウはいったん言葉を切って息を吐いてから、再び口を開いた。

「活人剣って言葉がある。人を活かす剣、生かす剣。刀は使いようによっちゃ、人を生かすことにもなるってことだ。俺は、殺す剣を作るのはまっぴらごめんでね。生かせよ」

 すると、リティは特に何も感じていないような様子で淡々と言った。

「わかったわ。じゃあ、あんたがむさ苦しいって嫌われないようにヒゲを斬ってあげる」

 ガクッとロウの身体がかしいだ。

 リティは父からもらった刀を持って、もう一度裏庭に出た。鞘から抜いて、刃を太陽にかざす。刃は澄んだ輝きを放ち、一振りすると心地の良い重さが腕に染みた。鍛え抜かれた、強くて美しい刀だった。

「打った人によく似てること」

 リティがほんの小さな声でつぶやいて、もう一度刀を振ったその時だった。側の竹林ががさがさと音を立てた。リティが目を竹林へ移すと、そこには見たこともない老人がいた。リティは用心のために刀を鞘にしまわないまま、黒い服に身を包む老人に歩み寄った。

「何者?」

 リティの問いかけに老人は答えず、ただ神にでも出会ったかのように手を震わせた。

「おお、そなたは……、そなたは神の窓の守り子か」

「はあ?」

「――内に傷負う人の子よ

   神の窓の守り子よ

   代価を払い、心に描け

   関わり深しもののすべてを

   さすれば夢は現となる――」

 それだけ言うと、老人は力なくその場に崩れた。リティは手を差し伸べようともせず、老人は地面に激突する。リティは老人を奇妙な物を見る目でしばらくの間見下ろし、それからロウを呼んだ。

「ちょっと、ロウ。妙チクリンな翁様が湧いて出てきたんだけど」

「おめえ、もうちょい言い方ってもんをだな」

 これも俺のせいなのかと思いながら、ロウは裏庭に出てリティが指差す地面を見下ろした。そこには確かに砂まみれの老人がいた。ロウは老人を抱き起し、息を吐いた。

「気絶してやがる。竹林通って迷ったのかね。ほっとくわけにもいかねえか。リティ、布団敷いてこい」

「どこに? 茶の間、人が寝られるほどの場所なんてないわよ」

「二階でいい。背負って運ぶくらいなんともないからな」


 その後、リティはロウから老人の面倒を無理矢理押しつけられた。曰く、女子らしいことの一つもしてみろ、だそうだ。リティは刀を抱えて窓辺によしかかった。

 まったく、面倒なことを押しつけて。

 リティがそう悪態をついたのと、それは同時だった。階下から派手な爆発音が聞こえてきた。リティは眉根をひそめ、老人には見向きもせずに刀を持ったまま部屋を出た。

 後でロウから、病人をほったらかすなとどやされるかもしれない。だが、そんなことは知ったことじゃない。リティにとって大事なのは、知りもしない老人ではなく、世話のやけるマンモスなのだ。

 そもそも、鍛冶屋で爆発だなんて冗談じゃない。むすっとした顔で階段に足をかければ、また爆発音が聞こえた。リティは階段を降りて茶の間をのぞきき込み、そして目を瞠った。

 ロウが刀を抜刀し、玄関先をにらんでいた。玄関には見慣れない男がすらりと立っており、その男の手には爆弾が握られていた。リティはつぶやいた。

「ロウ?」

「リティ! ばかが、来るんじゃねえ!」


  * * *


「神助け?」

 老人の言葉をそっくりそのまま返しし、リティは息を吐いた。

 娘の誕生日に死んだマンモスが活人剣と言った刀で、リティは人を殺した。いいや、実際には刃は届いていなかったから、刀が活人剣でなくなったわけではないかもしれない。だが、リティが活人剣の使い手でなくなったことは確かだった。それなら。

「いいわ、行ってあげる」

 爆弾でさえ斬って見せた。それなら、どんな敵がいようと、きっと。そう、右足が吹き飛ばされていようと、左足が代償に持っていかれていようと、きっと。


 さあ 半分お人形のお人形ができあがったよ 何をして遊ぼうか?

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