11 小さな旦那様、小さな奥様
ロキに案内された地下にて、檻に閉じ込められ、鎖で繋がれた女神ヘスティアは、あろうことかそこですやすやと眠りこけていた。その安らかな様子たるや、その場の全員を呆れさせるに十分なほどだった。
「……ここで気持ちよさそーに寝てらっしゃるのが、囚われの女神ね。まー、呑気ですこと」
ヴァフスルーズニルが半眼になってつぶやくと、ジルもひくりと笑った。
「ヘスティアさんが囚われたってことは、ヘスティアの本当の信徒さん達は窓で通じることができなくなったわけでしょ? なんで本物の信徒さんたちはヘスティアさんが囚われたことに気付かなかったんだろって今まで思ってたんですけど、もしかして……」
ジルの言葉を、於加美神が引き継いだ。
「そう。この子ったら、よく眠るの。わたしたちに時間なんて関係ないから、そりゃあもうどれだけでも。人間界の時間で九週十週なんて当たり前」
「うわあ……」
「わたし、ヘスティアとは結構仲が良いんだけど、訪ねても出てこなかった時は寝てるって判断してて、正直、今回は囚われたことに気付かなかったんだ。信徒もたぶん同じかな」
「……ロキさんが捕虜にヘスティアさんを選んだのは、それも踏まえてだったわけですね」
ジルの言葉に、さしものルーヤも乾いた笑みを見せつつ、リティに言った。
「リティ。とりあえず、この檻と鎖壊して」
「了解」
リティの力で檻と鎖が壊されると、すさまじい音がした。それでも起きないヘスティアの肩に手を置き、ルーヤは容赦なくぶんぶんと前後に振った。手荒すぎだ馬鹿! と突っ込みを入れようとした残りのメンバーだが、がくんがくんとヘスティアの首が振り子になっているところを見ると、眠り姫はどうやらまだ起きていないらしい。うわあ、とルーヤ以外の全員がある種の尊敬を抱いたところで、ヘスティアの眉と目蓋がようやく微かに動いた。そして、生ぬるい視線が注がれていることなど知らず、彼女は非常にゆっくりとした動作で体を起こした。何度か頭を振り、大きなあくびを一発。そして寝ぼけ眼で辺りを見渡し、見知らぬ人間の子どもたちを見たヘスティアは、目覚めの第一声を発した。
「まあ、かわいいお客様」
思わず、ルーヤも含めたその場にいた全員が脱力した。ルーヤは乾いた笑みを浮かべながら於加美神を振り返った。
「ねえ、俺とヘスティアと、どっちが馬鹿?」
「んーとね、ルーヤ君が馬鹿で、ヘスティアは天然」
「なんつー不毛な会話」
ヴァフスルーズニルが肩を落とす中、ジルはなんとか踏ん張ってヘスティアに笑いかけた。
「お、覚えますかね。ヘスティアさん、ロキさんに捕まえられちゃったんですけど……」
「あらまあ、それは大変ですねえ」
「……うん。大変だったんですよ、とっても。ずっと寝ててよくわかってなかったかもしれないですけど」
「しかし、今は全く捕まっている気がしません」
「それはね、オレたちが助け出したからですよ。わかってもらえますかヘスティアさん」
「そうでしたの。それは御礼申し上げますわ、お坊ちゃん」
にっこり。
三人の子どもたちは確信した。間違いない。ヘスティアは別の時空に住んでいる。
脱力に沈む三人の子どもたちを見つめて、ヘスティアはふとつぶやいた。
「……あなたたち、みなしごですのね」
三人がはっとして見返したヘスティアの笑みは、綿菓子のようだった。
「知っていらして? 私、孤児の神でもあるんですのよ」
ヘスティアは手を伸ばし、にこにこと笑ったまま三人の子どもたちを順々に撫でた。白くて小さくて細い手が、神を救い出した人間の子どもの頭にふわりと乗った。
「みなしご、か……」
ルーヤはつぶやいた。あまりに色々ありすぎて、そんなことなど忘れていた。ルーヤは撫でられるがままになっていたが、しばらくして言った。
「ねえ、ヘスティアの神殿って、大きい?」
「どうかなされたのですか?」
「ジルの過去を見た時にさ、街道の左右にぽつんぽつんと子どもがいたんだ。あれ、たぶん孤児だ。そんな奴らを、ヘスティアの暖かさの下に置いておいてやりたい」
「……残念ですが、私は力が弱いので神殿は一つしかなく、その神殿は孤児を受け入れるほどの大きさも金銭もないのです」
「じゃあ、俺が稼ぐ」
ルーヤの言葉に一同が瞠目した。ルーヤはこぶしを握った。
「賞金稼ぎでもいいし、怪物が出るってとこで退治してもいい。とにかく金を作るから、ヘスティアの神殿に子どもを置いてやってほしいんだ。ちゃんと傍にいてくれる人がいないと……」
ルーヤは傍にいたチビロキを真顔で指差した。
「こーゆー奴になる」
なんという説得力。
その場にいたヘスティア以外の全員がしてやられた。ジルは一度苦笑を浮かべた後、腕を組んで笑った。
「ま、南に帰ったところで、行くところもすることもないですからね。オレも一緒にやりますよ、賞金稼ぎ」
「本当!?」
「もちろん。二人のほうが稼ぎはいいっしょ。三人のほうがもっと良いんだろうけど……、姉御、どうですか?」
ジルがリティに視線を投げると、リティは目を伏せて言った。
「どうせ暇だし」
満場一致の子どもたちを見て、ヘスティアは微笑んだ。
「私は孤児の神、断る理由がありません。お連れくださいまし」
ルーヤはにっこりと笑った。
「ありがとう。そしたらさ、連絡取りたいこともでてくるだろうから、あんまり寝ないでくれると嬉しいんだけど……」
「それは不可能です」
「ふ、不可能なんだ……」
「寝ないヘスティアはヘスティアじゃないもんね。暖炉に暖かな火をともし続けるには、一度火を眠らせて掃除をする時間が必要だから」
笑って言ったのは於加美神だった。彼女はルーヤに視線を移して続けた。
「よかったら、わたしを経由して、ルーヤ君。せっかくわたしのとこの神主なんだから。伝言はいつでも承るよ」
「わかった、ありがとう」
「じゃあ、賞金稼ぎの本部はリーダーのお家ですね」
情報収集や依頼はルーヤの神社にて。実行した後、得た金銭をヘスティアの神殿へ送る。新たにするべきことが見えてきた。あとは動き出すだけだ。
ロキの城の二階で一夜を過ごすと、翌日の朝、少年少女は神たちに別れを告げた。
「オカミさん、また連絡するね」
ルーヤに言われて、於加美神は頬を膨らませた。
「もー、せめて若女将にしてって言ってるのに」
「……じゃあ、一体いくつなの、若女将さん」
「うーん、一万歳?」
笑いながら首を傾げた於加美神に対し、苦笑するのはアルテミスとへパイストスである。
「サバ読んだな」「サバ読みましたね」
「それで!? やっぱり若くないじゃんオカミさん!」
くわっと口を開いたルーヤを、於加美神はひっしりと抱きしめた。
「あー、もうお別れなんてつまんない! いつでも窓開けてね。楽しみにしてるから」
「うん」
笑顔でルーヤは頷くと、於加美神の腕の隙間から顔をだし、ヘスティアに言った。
「これからまたお世話になるよ。協力よろしくね」
「皆さんもお気をつけて。ロキさんは、早く身長が伸びるといいですね」
嫌味でもなんでもなく、本気でそう思ってほほ笑んでいるヘスティアに対し、皮肉の一つも言えないロキである。
「……余計なお世話だよ」
そう言ってそっぽを向くしかないロキの頭を、かわいいなあと言いながらぐりぐりと撫でまわしつつ、ヴァフスルーズニルはルーヤたちを促した。
「ほら、そろそろ行くぞ」
「うん! お世話になりました! ありがとう!」
ルーヤは神たちに大きく手を振った。ジルもルーヤと同じく手を振り、リティは軽く会釈をした。神たちはどこか名残惜しそうに、小さな子どもたちを見送った。神たちの淡い期待を裏切り、子どもたちは二度と振り返ることはなかった。
ヨトゥンに着くと、ヴァフスルーズニルは少しまぶしそうな顔をして子どもたちを見つめた。
「オレに手伝えそうなことがあれば言い来いよ。話くらいは聞いてやる」
「ありがとう、ヴァフ。また会おうね」
ルーヤは右手を差し出した。ヴァフスルーズニルは笑むと、それを強く握り返した。ジルも同じように手を差し出す。
「ありがと、ヴァフさん。楽しかったです。またクイズ勝負やりましょ」
「それもいいな。……ほれ、金髪嬢も手ぇ出せよ」
「なんでそんなことしなきゃなんないのよ」
「オレのおかげでシャンデリアと結婚せずに済んだから」
リティはむすっとした顔で番人の腕をちらりと視界に入れ、しぶしぶ手を差し出した。
「……ありがとう」
「ほい、どういたしまして。おいロキ、グレんじゃねーぞ」
ヴァフスルーズニルに頭をぐりんぐりんとなでられ、ロキは仏頂面を作った。
ヴァフスルーズニルは、今にも森を出ていきそうな三人を見つめた。別れるのがもったいないと思うのは初めてだった。
「……まぁ、なんだ、その、……がんばれよ」
ヴァフスルーズニルが不器用に浮かべた柔らかい笑みに、ルーヤたちは幾分か照れながら頷いた。
神殿に寄付をたくさんくれる 小さな旦那様と小さな奥様
目指しているのは みなしごたちとの舞踏会 さあ 一緒に踊ってみよう




