表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

10 馬とび 第3パート

 どさ、とロキが倒れる音がした。ルーヤはしばらく無言のまま、倒れ込んだロキを見下ろしていた。ロキが肩越しにルーヤを振り返る。しばし双方のにらみ合いが続いた。だが。

「はぁ――っ! スッキリした――っ!」

 突然ルーヤは満面の笑みを浮かべ、肺を空にするように息を吐きだした。そして、ロキに向かってにんまりにやにやと笑ってみせた。

「へっへっへー、俺の勝ちぃ。どんなもんだい!」

 これにはさすがのロキも虚を突かれたようで、ぱちくりと目を見開き、数秒後につぶやいた。

「……そんだけ?」

「え、他になんかあんの?」

「うちのリーダーはこんな人なのよ。だから馬鹿って言われるの」

 リティは肩をすくめてロキを起こさせ、そして間髪いれずにロキの頬を張り飛ばした。

「リーダーに毒気抜かれちゃったわ。あんたが全部の元凶だって分かった時、ぶった斬ろうと思ってたのに」

「オレもですよ。けど、オレは殴るなんてもんで済ます気もないですね」

 皆が懸念を含めてジルを見返したのもつかの間、ジルはにやりと悪戯顔になって、次の瞬間にはロキの両頬を引っ張っていた。ロキの何とも言えない間抜け面に、ルーヤは思いっきり吹き笑った。元が美形なだけに、落差がひどい。

「ぶわっは! ジル! お前最高!」

「でしょでしょ! ほれもういっちょ!」

 ジルのにやにやした顔に遊ばれたロキは、目じりを引っ張られて猫顔に。その次は鼻を持ちあげて豚顔に。

 ルーヤはこらえきれずに笑い転げた。肩を震わせているリティも、どうやら笑いを押し殺しているご様子。ヴァフスルーズニルはアルテミスに笑ってみせた。

「おい、見ろよ。ヘスティアとアルテミスを捕らえたかの狡猾神が、ただの人間の子どもに遊ばれていやがる」

「それはわたしに対しての皮肉か?」

 言いながらも、アルテミスも笑っていた。

 ルーヤは、ふてくされて仏頂面になっているロキに向かって、自分も変な顔をしてみせた。

「お前、今こんな顔だよ! こーんな! っはは!」

 びみょーん、ひにょーん、とそこら中を引っ張って、ルーヤは自分の顔で遊んだ。今度はジルが笑い転げた。ロキはそっぽを向いて知らぬ顔をした。ルーヤはそちらへ回りこんで、自分の目じりを引っ張って頬を膨らました。

「こーんな変な顔!」

 見てやらないとこのうるさい子どもが永遠に黙らない気がして、ロキはそちらを見てやった。それだけのはずだった。だが、そこでロキはこの世のものかと疑うほどのヘンな顔を見て――思わず、抑えきれずにくすりと笑った。

「っはは、キミ、やっぱ馬鹿だよ。筋金入りだ。ふつう自分からやらないでしょ、そんな変な顔。恥さらしもいいとこだ」

「……やーっと笑った」

「なんだって?」

 聞き返したロキにルーヤは笑った。

「今、本当に笑ったでしょ。今までのロキの笑い方、人形みたいで、本当に笑ってる感じがしなかった。でも、今はおもしろそうに笑った。やっぱ笑う時はそうでなくちゃ」

 ルーヤはしゃがむと、笑顔でロキの鼻をつついた。

「俺たちはさ、今の笑顔のために生きてんの。ほら、楽しいでしょ?」

 ロキは目を見開いた。屈託なく笑う子どもがそこにいた。

 南で生きる人間とは、滑稽な生き物のはずだった。一人ひとりの価値などあるかどうかも怪しく、たった数十年で尽きる命を必死で守る様は見ているだけで愚かしい。それに見てみろ。この三人の中で、ちゃんと産みの親に育てられているのはルーヤだけ。人はいとも簡単に人道を捨てる。命の売り買いだってするし、殺し合いもする。そんな生き物だったはずだ。それなのに。

 バカバカしいまでに必死に幸せを掴もうとする。必死に生きようとする。だがそれは、愚かな行動ではないと言うのだ。ただ、笑っていたいだけ。その時は苦しくても、いつか楽しい日が来るかもしれない。そう思って生きることは、綺麗事を抱えているわけでも阿呆なことでもなんでもない。そんなことが、本当にあるのか。

 そうなのだ、と人の子は言っていた。

 ロキが複雑な顔をしていると、そこに明るい声が割って入ってきた。

「うわあ! 楽しそうだねえ!」

 その場にいた全員がロキの居城の入口を振り返った。そこには女神と男神が一柱ずつ。声の主は女神だった。女神はルーヤを見つけると、ルーヤの方へすっ飛んできた。

「わあ! やっと会えた!」

「ふぇっ? ちょっ、だだだだ誰!?」

 ルーヤは声を上げると、アルテミスが肩をすくめながら息を吐いた。

「私が呼んだ。まさか、人間の子どもがロキを打ちのめそうなどとは思っていなかったからな、応援を要請したのだ。お前たちの特徴を上げたところ、心当たりがあったのがこの二人のようだが」

 ルーヤは上目遣いに女神を見つめた。

「えっと……一体全体どちらさまで?」

「あれ、君のお家の神社、わたしんとこの窓に繋がってるんだよ?」

「えっ? じゃあ、淤加美神って、お姉さんのこと!?」

 ルーヤの言うことになど耳も貸さず返事も返さず、その女神はたいそう嬉しそうにルーヤに飛びついた。

「どうしよう、ルーヤくんったらすっごい可愛い! いつもお掃除、ありがとね!」

「ちょ、ちょちょちょ…!」

 ひっしりと抱きしめられるわ、頭をなで繰りまわされるわで、ルーヤはしばし困惑の渦の中に一人放り込まれることになった。

 ルーヤにご執心の人懐っこい女神は固まりかけているルーヤに預けておいて、ジルはもう一人の神を見つめた。

「で、そちらは、えーっと……」

「リティさんに覚えがありまして」

 男神は言って、リティに笑いかけた。

「工芸の神、ヘパイストスです。リティさんの匠の村にわたしの窓があります。リティさんからよく刀の奉納がありましたので、放ってはおけず」

 リティは、そう、と一言つぶやいてから、ちらりとヘパイストスを見上げた。優しげではあるが、お世辞にも整った顔とは言い難かった。

 一方、ルーヤに愛情をぶつけまくっていた淤加美神は、ひとしきり神主を愛で終えると、ルーヤの首に腕をまわして言った。

「で、ロキはどうするつもり?」

「え? 尻叩きしたから、もう終わるつもりだったんだけど」

「あらま、ほんとに馬鹿だったんだね。そこがまた可愛いんだけども」

 淤加美神はさらりと言うと、若干傷ついた風のルーヤを気遣うことなく続けた。

「このままじゃ、また悪さしちゃうかもよ。ルーヤ君が筋金入りの馬鹿なら、こっちは筋金入りの悪党なんだから。それでもいいの?」

「そ、それはこまるけど、殺しちゃうのもいやだし……」

 ルーヤがうつむくと、ヘパイストスがルーヤと視線を合わせるためにしゃがんだ。

「ロキの時間を戻してみますか?」

「え?」

「神の力は歳と比例します。ロキを幼い頃に戻せば、ロキの力はぐっと抑えられます。ただし、記憶はそのまま引き継がれ、戻したその時間から再び成長しますが」

「それいい! でも、そんなことできるの?」

「そういう武器を作ったことがあります。リティさん、これでロキを斬ってください」

 ヘパイストスが右手を前に出すと、そこに一振りの短剣が現れた。リティは受け取り、鞘を引きぬいた。ヘパイストスはロキに言った。

「痛くもかゆくも何ともありません。その代わり、九歳まで戻っていただきます」

 その顔を憎悪に歪ませたロキは何かを言いかけたが、言わせる前にリティが短剣でロキを斬った。ロキの体は光に包まれたかと思うと、みるみる小さくなった。そして光がおさまると、そこには小さな小さな九歳男児がちょこんと座っていた。

「……うわ、可愛い」

 ジルが思わずつぶやいた。こうして、ロキとの戦いに決着がついたのである。


 ルーヤは糸を消し、ロキの元にしゃがんで、その小さな頭に手を置いた。

「お前、かっわいいなーっ」

「……こんなことしていいと思ってるの?だいたい、僕の信徒が黙っちゃいないよ」

「この状況で何を言ってるのかな、たった九歳のロキくん。黙らせるのはあなたのお仕事でしょう」

 於加美神が満面の笑みを浮かべながら、すっと右手を前へと出した。敵わないとすぐに察し、ロキは顔をゆがめて、わかったよと一言つぶやいた。そして窓を開けると、これまた短く「長く籠る」とだけ使徒たちに伝えた。

 その様子を見ていたルーヤは、ロキが窓を閉じた瞬間に駆け寄り、その頭をぽんぽんと叩いた。

「ねえねえ、こいつの面倒、俺が見ていい? 南の人間界に連れて行きたいんだけど」

 え、と空白の時間が漂っていることも知らず、ルーヤはほくほくと続けた。

「今からさ、こいつにおもしろいこととか楽しいこととか、いーっぱい教えてやるんだ」

 これは、あれだ、誰が何を言おうとも聞かないテンションだ。

 皆がとりあえず初めに諦めにたどり着き、それから論理的に考えた。まあ、ロキが人間を知らなすぎていることも事実だ。九歳から成長した後のことを考えると、ルーヤに面倒を見てもらうのも悪くはない、だろう。

 こうして皆があきれ半分で納得する中、一人お花畑にいるルーヤは反論がないのを見ると、守り袋をロキに見せた。

「これ、持ってて」

「なんで」

「お守り。前、俺が守りきれなかった人が持ってた。今度は守ってみせるから」

「人間が神を守るの? 馬鹿みたいな話だね」

「俺は馬鹿だから問題なし」

 ルーヤの即答に反論の糸口も見つけられないロキである。ルーヤはロキの手に守り袋を握らせると、ロキの小さな手を包み、おでこを突き合わせた。

「それに、今は俺の方がお兄ちゃん。何があっても守るから」

 それが、今できる精一杯のこと。

 ルーヤは笑った。

「ここにはお前が知らないものが詰まってる。これ見て勉強するんだぞ」

「……捨てるよ」

「あーだめだめ。それは人としてやってはいけないことです」

「人間じゃなくて神なんだけど」

「そこがまず間違い。たいした違いなんてないよ、俺たち」

 にんまりと笑ってから、ルーヤはロキの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 リティはルーヤのあらゆる様子に息を吐くと、ロキを見下ろした。

「ヘスティアはどこにいるの?言っとくけど、嘘言ったら承知しないわよ」

「言わないって。こっちだ」


 馬にならなくたっていいんだよ その苦しみさえわかったなら

 子どもになった子どもの神様 小さな子どもたちに 前へならえ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ