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10 馬とび 第2パート

 言うや否や、ロキはそのしなやかな右腕をすっと横に伸ばした。ロキの神力によりステンドグラスが割れる。ロキがその腕を前方へと伸ばすと、ステンドグラスがルーヤたちを襲った。四人は咄嗟にかわしたが、その後に反撃の隙は生まれなかった。リティはガラスを力を使いつつ斬ってみたが、氷のニンフと同じように破片は動きを止めることはなく、数だけが増えていった。

「どうするのよ! あたしが斬っても意味はないわ!」

「破片を操るロキを直接攻撃するしかないだろうが……」

 答えたヴァフスルーズニルは言葉を切った。ロキに近寄ればガラスの餌食だ。リティがロキを力で直接攻撃しようとしても、その一瞬をロキは見逃さないだろう。リティを守ろうにも、ガラスの攻撃を受ける中、一度目の攻撃で散らされた四人が再び集まるのは困難だった。

 右目を失っているルーヤには会話をする余裕もなかった。さらに、ルーヤの糸は防御にも向かない。後ろから飛んできたガラスがを慌ててかわしても、間髪いれず、そこにも右方向からガラスが襲い来る。左は壁、逃げ道は前のみ。だが、前方数メートル先には、シャンデリアから降りたロキがいる。完全に誘導されていた。

「姐御! リーダーがヤバイ!」

 気付いたジルとその声を受けたリティが、危険を承知でルーヤの元へ行こうとしても、ロキが新たにステンドグラスを割って二人の行く手を阻む。新たなガラスが二人にいくつかのかすり傷をつけた。

「ち…っ、ヴァフさん、なんとかならないですか!?」

「無理だってーの。残念ながら、武器もなけりゃ、得意の森でもないんでね。オレもよけるだけで手一杯だ」

 必死で逃げていたルーヤは、ロキが三枚目のステンドグラスを割る音を聞いた。その破片全てがルーヤに向かう。逃げ道はロキの元へ向かう方だけ。これではそちらへ行くしかない。

 ルーヤの方ばかりを気にしていたジルは、ふと何かが切れる音を聞いた。ジルは音がした上を見上げ――瞬間、顔から血の気が引いた。

「姐御!」

 リティの真上にあるシャンデリアが落ちてくる。リティがはっと上を見上げた。ガラスに気を取られて気付かなかった。シャンデリアは重力で落下が早い。――間に合わない。

 歯を食いしばった瞬間、リティは首根っこを掴まれると同時に抱きかかえられた。間一髪、真横でシャンデリアが地面に激突する。ヴァフスルーズニルはリティを抱えたまま言った。

「良かったね、オレがロキの手の動きに気付いて」

「こっ、この馬鹿!」

 リティが叫んだ。ヴァフスルーズニルの左腕には大量の破片が突き刺さっていた。

「あんた、あたしに集ってたガラスを全部腕で払ったわね!」

「それ以外に、金髪嬢をつまみあげる方法が思いつかなかったもんでね」

 ヴァフスルーズニルは涼しい顔で言い、リティを下ろした。だが、その瞬間に前方に視線を移して動きを止めた。ジルやリティも気がついて息を止めた。ルーヤがロキに後ろから羽交絞めにされ、ガラスの破片の群衆にさらされているところだった。

 ルーヤは、シャンデリアが落ちたすさまじい音に思わず振り返った。その瞬間、ぐっと体を抱かれて動きが取れなくなった。

「捕まえた」

 ロキだった。シャンデリアは、リティを狙ってではなく、ルーヤの注意をそらすために落とされていた。ロキはルーヤの体の向きを変えさせ、後ろから腕を絡めて羽交絞めにすると、ガラスの破片に身動きが取れないルーヤを捧げた。

「さ、これで一人」

 そこに、厚い氷の壁がルーヤの目の前に落ちてきた。盾になった氷の壁が、ルーヤに向かってきたガラス全てを阻む。驚きつつも、ロキの腕から一瞬力が抜けたのを感じ取ったルーヤは、ロキの顎に頭突きを食らわして腕からすりぬけると、ロキに向かって糸を放った。ロキは間一髪でかわしたが、ルーヤが氷の壁を超える時間は十分に作ることができた。仲間の元へ走るルーヤに向かってロキはガラスを飛ばしたが、全てが氷の壁に阻まれた。

 ルーヤは氷で四方を囲まれた空間へ急いだ。仲間がみなそこにいる。氷の壁を飛び越えて中へ入ると、アルテミスがいた。ルーヤは笑いかけた。

「さんきゅ、助かった。来てくれるなんて思ってなかったよ」

「……そうなのか?」

 アルテミスの意外そうな声にルーヤが首をかしげて周囲を見渡すと、皆はむしろ呆れに近い顔でルーヤを見ていた。よくわかっていないルーヤに、ヴァフスルーズニルは説明してやった。

「あのね、眼帯クン、気づいてなかったの、お前だけ」

「えっ!」

 ヴァフスルーズニルの言葉にルーヤが叫んで目を剥くと、ジルが苦笑を浮かべた。

「まあ、アルテミスさんの性格上、ロキさんに面目潰されたまま引き下がるとは思えなかったですし……」

「初めからあたしたちと一緒に来たんじゃ、狡猾神相手に枷を負う可能性があるけれど、途中参戦なら問題ないものね」

「な…っ、なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ! みんなのいじわる!」

「教えたらおめー、顔に出るだろーが。ただでさえ予測してたかもしれねえロキに確信与えたらどーすんだ」

「う……」

 ルーヤが反論できないでいると、上からガラスの破片が降ってきた。アルテミスが素知らぬ顔をして氷を築き、その空間にふたをする。そこへ、ロキが歩み寄って来て、氷をこんこんと叩いた。

「ひっきょくさいよね。出てきてよ、臆病者さんたち」

 確かに、ここにこもっていては埒が明かない。リティは柄を握り締め、小声で言った。

「あたしが氷もろとも奴を斬る。たぶんロキは気付くだろうけど、氷は目くらましになる。上手くここから出てちょうだい。後は、奴と同じ方法を取るまでよ」

 ルーヤが首をひねると、リティはルーヤを見つめた。

「あたしたちで奴を誘導する。どれだけ奴が素早くても、誘導されて一か所にまっしぐらになれば、あんたの想像力も追いつくでしょ。あんたの糸でとらえてちょうだい」

 ルーヤは大きく頷いた。それしか方法はないだろう。

 リティがロキに向かって刀を構えると、ロキは腕を広げた。

「僕を斬ろうっていうの? でも、キミたちの力は夢によるもの。今ここにいる僕を斬る夢を描くんだから、その場から離れれば夢は行き場を失って僕は無傷。そうでしょ?」

「うざったいわね、やってみてあげるから黙ってなさいよ」

 リティは言うなり刀を薙いだ。ロキが笑って移動する同時に、氷も崩れる。氷に押しつぶされる前に、全員がその場から脱した。それを見たロキは手を上げて破片を集め始めたが、その腕を狙ってリティが斬り込む。腕をかばったロキの動きに合わせて、集まりかけていた破片は散った。思った通り、破片を操ろうとする際のロキの神力は、腕と手を通してでないと働かない。ならば、阻止するのは十分可能だ。

 ロキは後ろに跳び退ってリティの斬撃をかわしたが、飛び退った先にはジルがいた。振るわれた鞭をロキは舌を打って左へよけるが、そこにいたのはヴァフスルーズニル。繰り出された拳をかがんでよけると、今度は背後から氷の矢。ロキは再び飛び退り――体に何かが巻き付いた。ロキは体の均衡を崩されて倒れこんだ。

「やった!」

 ジルは拳を握り、リティは刀を収めて息をついた。だが、ロキは不敵な笑みを消さなかった。

「こんなので神を捕らえたつもり?」

 ロキはそう言って腕を動かしかけ、ぴりりとした痛みを覚えてやめた。顔をしかめたロキは、痛みを感じた二の腕に視線を移した。服と一緒に肌がうっすらと切れている。ロキは目の前に歩み寄ってきたルーヤを見上げた。ロキを捕らえたルーヤの糸は、左手から出ていた。

「下手に動かない方がいいよ。……さあて」

 ルーヤはロキの肩口をひっつかんだ。これで決着をつけてやる。失くした悔しさ、自分の弱さ、全部全部ぶちこんで。

「覚悟しろよ!」

 ルーヤはロキの向きをぐるんと変えさせると、全力をもって尻に一発叩き入れた。

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