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09 目隠し鬼ごっこ 第5パート

     上へのぼるは幸か不幸か

     氷柱の女神が待ち受ける

     女神の従者を溶かしうるは

     炎だけとは限るまい


 巨大な螺旋状の坂を上りきり、豪華に彫刻された氷の扉をルーヤは勢いよく開けた。

「お邪魔しまーす!」

 残念ながら、老人の詩の不幸の文字は、ルーヤの思考の範囲外である。だが、緊張感の欠片もなく部屋に入ったルーヤと、ルーヤの調子に苦笑するジル、そして呆れしか出てこないリティは、アルテミスを見て目を見開いた。

「あれ、繋がれて…?」

 ルーヤがそう疑問を口に出しかけたと同時だった。ルーヤの横を疾風が駆け抜け、次の瞬間にはジルがアルテミスの目の前に。風を生み出した犯人は、他の者の存在も風景も眼中外にはじき出し、ただただアルテミスの前で膝をついて言った。

「超キレイ! こんな美人さん、オレ初めてですよ!」

 部屋内は沈黙が支配した。確かにアルテミスの顔立ちは、それはそれは艶麗なものだったが、相手は神サマである。思わず頭を抱えたのはリティだった。なぜここにはバカしかいないのだ。

 アルテミスはしばらくジルを見下ろしていたが、ふいに目を細めた。

「お前、ロキのにおいがする」

「におい? オレ、香水とかつけてないですけど……」

「とぼけるな! 貴様、奴の仲間だろう!」

 言うと、アルテミスは氷の矢を作りだし、ジルに向かって放った。ジルは叫び声をあげながら泣き顔を浮かべ、それをかわした。

「へっ? わーっ、アルテミスさん!?」

 何が何だかわからない。ろきって何だ。奴ってののことか? それとも何だ、食べ物か? 毒キノコか? 毒殺を疑われたのか!? というか、それよりなによりこんな美人に敵意むき出しにされるなんて悲しすぎる!

 ルーヤ張りのヘンテコな思考回路に陥るジルをしり目に、アルテミスはルーヤたちの方に向いて、眼に剣呑な光を宿した。

「お前たちからも微かににおうぞ。番人、お前も騙されている!」

 ヴァフスルーズニルが言い返す前に、アルテミスは手下であるニンフを呼び寄せた。ヴァフスルーズニルの顔に、少なからず驚きが浮かんだ。ニンフは本来特定の場所に住みつき、その場を守護する精霊だ。アルテミスの従者になるニンフもいると聞いたことはあったがしかし。

「氷のニンフなんて聞いたことねぇし」

 頭をかきながら、ヴァフスルーズニルはルーヤたちを助けてやろうと、アルテミスに恐る恐る近づいた。

「あのー、アルテミスさん。たぶん、あいつらに対するあんたの疑惑は誤解だと思うんですが……」

 言いかけた番人に対し、アルテミスは氷の視線を向けた。

「貴様も仲間か!」

「いえとんでもございません滅相もございません」

 というわけで、万歳をするしかないヴァフスルーズニルは助けに入る機会を失った。

 そのやり取りの間にも、戦闘は進んでいた。ニンフたちの一斉攻撃に対し、ルーヤたちも応戦するが、砕いたり斬ったりしても、破片から新たなニンフが生まれて数が増える一方だった。

「ったく、どうしろっていうのよ」

 リティが舌を打った。平静を取り戻したジルは、防衛しながら老人の詩を思い出した。

(氷柱の女神ってのはアルテミスさんだから、その従者ってこのニンフさんたちですよね。溶かす、溶かす……)

 ジルはルーヤを見てはっとした。ルーヤの糸が川の水であることをすっかり忘れていた。

「リーダー! リーダーって、糸じゃなくて普通の水もそのまま出せるんですよね!?」

「うん、出せるけど……戦力になんないよ?」

「その水って、あったかくできないですか!?」

 ルーヤはあっと叫んで、糸を元の水に戻し、夏の川原石に熱せられた故郷の川を思い浮かべた。そんなに水温は高くないかもしれないが、これが精一杯だ。

 真夏の水をニンフたちに浴びせていくと、ニンフはたらたらと溶けていった。氷の床も少々溶けたが、アルテミスの神力によって大きな被害はなかった。

 舌打ちしたアルテミスを、リティが鋭い眼光で捉えた。気付いたヴァフスルーズニルが頬をまともに引きつらせた。この女同士の戦いはこの世の終わり並に非常にまずい。斬りかかったリティと矢を放とうとしたアルテミスの間に、ヴァフスルーズニルは割って入った。

「ちょ――いストップ。金髪嬢、こいつは敵じゃぁないんだわ」

「じゃあなんで攻撃してくるのよ!」

「まあ待て。『ロキ』ってのは神の名前だ。しでかすことは阿呆だが頭の良い厄介者。一、二を争う狡猾神。アルテミス、お前を繋いだの、ロキなんだろ?」

「そうだ。そして奴等からロキのにおいが!」

「落ち着けっつってんだよ。なんだか色々ごちゃごちゃしてやがるが、オレの頭はなんとか整理されかけてる。眼帯クンらが来るのが遅かったおかげで、考える時間は仰山あったんでね」

 その場の全員がヴァフスルーズニルを振り返った。ヴァフスルーズニルは指を立てて言った。

「まず、前提の確認。ヘスティアが囚われたのが八週前、アルテミスが繋がれたのが六週前、お前らのところにじじぃが来たのが四週前。間違いないな?」

 ルーヤたちとアルテミスが頷いた。

「よし。で、アルテミスは繋がれた後で迷路を作り、その後一切誰とも接触していない、と。そこでおかしなことが一つ。どうしてヘスティアの使徒と名乗るじじぃは、『氷の内部は冷たく入り組む』ことを知っていたんだろうね?」

 一番飲み込が早いジルが息をのんだ。ヴァフスルーズニルはにやりと笑った。

「使徒とはいえ、奴らは人間。自分の主と神の窓で通じることでしか、神の領域の状態を知るすべはない。だが、ヘスティアの使徒と名乗るじじぃは、自分たちの主であるヘスティアが知らぬ事実を知っている」

 どれだけ必死に頭をひねっても理解できないルーヤに代わって、ジルが手を打った。

「アルテミスさんが繋がれる前に囚われたヘスティアさんは、アルテミスさんが繋がれたことを――迷路が作られたことを知り得ない。ヘスティアさんが知らないことはじっちゃんが知らないことも道理。なのに、じっちゃんは迷路の対抗策を預言という形でオレたちに伝えてる。迷路ができてるって知ってたんだ」

「そ。この状況で、アルテミスがこの氷の城を迷宮にしたと知っているのはロキだけだ。知り得る人間は、ロキの使徒のみだ」

 ルーヤとヴァフスルーズニル以外の全員が息をのんだ。ヴァフスルーズニルは笑った。

「お前らの元に行ったのはヘスティアの使徒なんかじゃねぇ。ロキの使徒だ。だから、お前らから微かにロキのにおいがする。ま、それにしちゃあアルテミスの嗅覚が尋常じゃないがな。……おい、アルテミス。ロキがヘスティアに関して、何か言っていなかったか?」

「いいや、何も。ただ、面白いことを始めているのだと言っていた」

「面白いこと、ね。十中八九、ヘスティアを捕らえたのはロキだな。ヤだねー、ロキが絡んでるなんて。そう思わねえか、入れ墨坊主」

「……待って、ヴァフさん。そのロキって神サマ、オレ知らない」

 不安げな表情で言ったジルを、ヴァフスルーズニルは瞠目を伴って見返した。しばらくの無言の後、ヴァフスルーズニルはにやりと笑った。

「まだなんか、キナ臭ぇな」

「ですね……。ねえ、そのロキさんって、何のためにヘスティアさんを捕らえたんだと思う?」

 不安を振り切るように問いかけを持ちだしたジルに、ヴァフスルーズニルは肩をすくめて答えた。

「お前らにここに来てもらうため、だろ。お前らを神の領域に連れてくるには、神助けという名目が必要だったんだ。何のために神の領域に連れてきたかったかまではわかんねぇけど」

「名目だけなら、本当にヘスティアをとらえてはいないんじゃない?」

 それなら行くだけ無駄、とリティが言ったが、森番は首を振った。

「そこだよ、金髪嬢。例。お前らは神の領域に踏み込んでから、神々に取材をしまくった。結果、ヘスティアは捕らえられていないことがわかった。そしたらお前らどうする? 今金髪嬢が言ったように、帰るだろ? だが、ロキはそれをお望みじゃない。だから、ヘスティアはほぼ間違いなく、囚われの身だ」

「ロキさんがオレたちに帰られたくないって、どういうことですか?」

 ジルの問いに、番人は腕を組んだ。

「ロキの奴、犯人は自分だって痕跡をわざと残してやがる。アルテミスのところに来さえすれば、主犯がロキだってわかるようになってたからな。つまり、『俺の所に来い』っつってんだよ。しかも『生きたまま』。じゃなきゃ、預言でお前らを助けたりしねえだろ」

「アルテミスさんを経由するなんて面倒な事したのは?」

「あのねえ……」

 ジルの問いに一度呆れてから、ヴァフスルーズニルは三人の人の子を指した。

「さっき言ったろ。ロキってのは狡猾な神ってので有名なの。仮にお前らが簡単な預言を与えられて、真犯人がロキだとすぐに分かって、ロキの元へ行こうしてみやがれ。俺は止めた。罠かもしれないって思っちまうのも当然だろ」

「罠、か。もう半分はまってる気もしますけど……」

 ジルが苦い笑いを浮かべた。そこに、ぼそりと言葉を落としたのはルーヤだった。

「……ムカつく」

 ジルたちが振り返ると、ルーヤは何も分かっていない頭を抱えて叫んだ。

「そのロキって神様むかつく! なんかわかんないけど、手の上で踊らされてたんでしょ!」

 単純ばかがまた始まったと、一同は呆れ顔を浮かべたが、リティはすぐに肩をすくめて笑った。

「まあ、これにはあたしもちょっとイラついた」

「姐御、それ、だいぶの間違い。ま、そんなムカつく神サマの所にいるヘスティアさんも助けなきゃなんないですから、いっちょロキさん宅にお邪魔しますか」

 ジルが言うと、ルーヤは大きく頷いた。

 リティはアルテミスに歩み寄り、鎖に刀をかざした。斬ろうとするそぶりを見せる人間の子どもに、アルテミスは言った。

「それは斬れんぞ。神の鎖だ」

 アルテミスが六週間繋がれたままだった、それはアルテミスの神力を以てしても斬れる代物ではなかったということだ。だが。

「あたしに斬れないものはないわ」

 リティは鎖に切っ先を当てずに刀を薙いだ。鎖は音を立てて砕けた。


 軽い腹ごしらえの後、三人はヴァフスルーズニルの案内でロキの住処に向かっていた。ルーヤの勝手な妄想では、ロキの根城とは黒くてどんよりとしたものだったが、たどり着いてみればまったくの正反対で、真っ白な外郭に鮮やかなステンドグラスが埋め込まれていた。しかし、入り口の大門はいばらに覆われている。

 どうするもこうするも言う前に、問答無用でリティは斬って捨て、ついでと言わんばかりに扉も大破させた。

「いつになく過激ですね、姐御」

「気のせいよ」

 リティはジルの言葉に澄まして返して、刀をおさめた。

 ルーヤは建物の中を睨むと、先陣を切って、何の迷いも無く突き進んだ。

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