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09 目隠し鬼ごっこ 第4パート

 ルーヤは、またしても変わった景色に息を呑んだ。ルーヤは見慣れた古い部屋いた。傍には血だらけの父と母がいた。目を持っていかれ、水を手から出し、糸に変え、ルーヤはルーヤが見ている前で、ついに男を殺した。

 ルーヤが殺した男が、気色悪くゆらりと立ち上がった。生気なくとも覇気のある男の目を見てしまい、ルーヤは思わず後ずさった。そんなルーヤに向かって、男は一歩足を踏み出した。ルーヤはもう一歩後ずさろうとして、踏みとどまった。

 逃げてはいけない。――違う。逃げられない。男をこうしたのは自分なのだから。

 男は歪んだ表情で笑った。

「恨むぞ、神の窓の守り子」

 ルーヤは歯を食いしばった。

「俺の母さんと親父を殺したあんたがそれを言うのは筋違いじゃないの」

「俺はあれが許せなかった」

「俺だってお前を許せないよ! ……だからわかるんだよ、許せなかったから殺しちまったなんて、馬鹿みたいに真っ直ぐ人道から外れた気持ちがさ」

 本当は知っていた。ルーヤの行為は男のものとなんら変わらないものだったことを。ルーヤは拳を握ってうつむいた。

「俺は、生き残りたくてあんたを殺した。俺があの場で死んでたら、やっぱり俺はあんたを恨んだと思う。だから俺はあんたに、俺のことを恨むななんてこと、本当は言えやしないんだ。俺は、それだけのことをしたんだから」

 みんな生きたがっている。それを奪う権利は、本当は誰も持っていない。しかし人はできる限り笑顔で、できる限り長く生きたいと願ってしまう。だからそれが奪われそうになると、ルーヤのようにこうやって馬鹿なことをしてしまう。本当はそんなこと、言い訳にもしちゃいけないのに。だから、恨んでくれて良いのだ。自分はリティのように割り切って強くは生きられないから、せめて、受け入れる。

「……ごめんね」

 ルーヤは男に一歩近づいた。謝る権利も、きっとルーヤは持っていないのだろう。それでもルーヤは、男に手を伸ばした。

「俺は馬鹿だから、目先のことしか考えられない。だけどその代わりに、自分がやったことは、ちゃんと目をそむけずに受け入れようって決めたんだ」

 どんな馬鹿なことをしでかしてしまったのか、その結果、誰がどんな状況に陥ってしまったか、それがどれだけ目をそらしたくなるようなことでも、ルーヤは責任を取らなければならない。

 ルーヤはもう一歩踏み出した。

「本当は、あれからずっと考えてたんだ。殺さずになんとかできたんじゃないかって。けど、やっぱだめだ。俺、死にたくないの一心だったから。後悔は、できない」

 男を殺したことを後悔するということは、代わりに自分が死んでも良かったと思うことと同義だから。ルーヤには、自分の命を手放す選択はできなかった。

「だけどさ、俺、あんたに感謝もしてる」

 男がわずかに目を見開いた。ルーヤは男との距離を詰めて、男の手を取った。

「あんたがいたから、俺は力に目覚ることができた。あんたの糸があったから、オレはヘスティアを助けられる。あんたのおかげで、俺は自分の無力さに絶望せずに済んだんだ。後に続く道を用意してくれたのは、あんただ」

 ルーヤは男を見上げた。まっすぐその目を見つめて、決してそらさず、そして笑った。

「ありがとう」

 男の姿が揺らいだ。周りの景色が歪んだ。幻影は消え、ルーヤは元の氷の迷路の真ん中にいた。

 ルーヤは息を大きく吐いてぺたりとその場に座り、守り袋に手を当てた。ルーヤの唇がわずかに震えたが、噛まれたことでそれはかろうじて収まった。ルーヤは一度守り袋を握り締めると、すくっと立ちあがった。

「よし。ほかの二人探すぞ」

 それがきっと、今の俺にできる精一杯だから。せめて、馬鹿な俺のために命を落としてしまった人に恥じない生き方をしたいんだ。もどかしくてほっぺたつねりたくなるかもしれないけど、もう少し辛抱して見ててくれ、親父。


 逃げ続けたジルはついにラルドに追いつかれ、後ろから首を掴まれた。ジルの顔は恐怖に歪んだ。ジルからラルドの表情は見えなかったが、笑っているようだった。

「一体何を怯えている? あの時の貴様は何も恐れていなかったというのに」

 ジルは肩を震わせた。耐えられなかった。ラルドから向けられる憎しみに。それに起因する行動に。するとラルドは大声を上げて笑った。

「貴様はすでに今まで鞭打ってきた奴隷の数だけ憎まれているというのに、何を今さら!」

「だって、あれは……」

「そう、命じられてしたこと。そして従わなかったならば貴様は生きていけなかった。全て周囲の状況と他人のせいだ。貴様は責任から逃れる口実を持っていた」

 ジルは言い返すことができなかった。事実だ。

 ラルドはジルの入れ墨を指でなぞった。

「奴隷に憎まれるのは貴様のせいではなかった……そう思っているのだろう?」

 ラルドの声音は、馬鹿にしているというよりも、むしろ憐れんでいるようなものだった。その声を聞いて、ジルの中で何かが切れた。

 わかったような口きいて!

 ジルは息を吸うと、静かな低い声でつぶやいた。

「ああ、そうだよ、あんたの言う通りだ、旦那。オレは飼われた動物で、責任は全部飼い主にある、そう思ってた。そう思えば、しんどいことも全部耐えることができたから」

 他の組員が、自分が休みたいからと売り物の見張りと調教を任せてくる。逆らえば鞭を食らうのはこっち。それで奴隷の前に立てば、恐れられるか恨まれるかで。会合で酔った幹部の怒りを受けることも、余興即興という名の無理難題を押し付けられることも、残飯処理も排泄物処理も、何もかもが最下の役目。飯はその役目をこなした対価としてしか与えられない。

 ジルは弱かった。しかし、弱さの原因を自分に求めるには、あまりに状況が酷過ぎた。だから周りを責めた。奴隷を傷つけなければならないのは組員のせい。オレが逃げ出せないのは頭領のせい。

「でも、もう誰のせいにもできないって気づいたんだ」

 一瞬だけラルドの手が緩み、その隙にジルはラルドを振り返った。

「オレ、旦那を鞭打って後悔してた。憎まれるくらいなら、憎まない方がよっぽどましだと思ったんだ。でも、無理だ。オレ、やっぱりあんたが憎い。その気持ちを捨てちまったら、レイヤ姉が好きだったオレが死んじまう。だから、オレは受け入れるよ。あんたの憎しみも、オレの愚かな行動も」

 ジルは自分の左手を右手で包んだ。

「オレは今まで、奪われることと与えられることしかなかった。でも、今のオレは奪いもするし与えもする。オレは、そんな当たり前の人生をやっと始めたんだ。オレはあんたにとって理不尽なことをした、傷付けた、それはわかってる。だから、恨んでいいよ。オレはオレのために、それを背負うから」

 過去からなんて、逃げて逃げられるものじゃない。ずっと付きまとってくるものだ。付き合う方法はただ一つ、向き合うことだけ。

「こんなこと、本当は当たり前なんだろうけど、オレは知らなかった。教えてくれたのはあんただよ、旦那。覚悟を決めさせてくれたのもあんただ。ちょっと癪だけど、あんがとね」

 ジルは肩をすくめて笑うと、ラルドの表情が緩み、やがて姿が消えた。ジルは元の氷の迷路の中にいた。ジルは大きく息を吐き出してそのばにしゃがみ込んだ。

「は――っ………………って、え、うそ、『迷路』?」

 ジルは辺りを見渡して悟った。ルーヤたちの姿がない。

「……やば。オレってば迷子」


 爆弾魔が死人顔のままリティに言った。

「知ってるよ、活人剣って言われたその刀のこと。その刀で俺を殺しちゃって、育て親に孝行の一つもしないね、お嬢ちゃん」

「だからあたしはここにいるんじゃない。やっちゃったことの取り返しはつかないから、上書きしてやるの。人の代わりに神を生かすのよ。活人剣通り越して活神剣にしてやるわ。あたしだけにケチがつけられるならともかく、バカマンモスの刀にまでケチつけられたくないもの」

 リティの言葉に、死人顔が笑った。

「お嬢ちゃんが神を生かすの? 人殺しのお譲ちゃんが?」

「ええ、そうよ。人殺しと呼ばれようがなんだろうが、あたしは生き伸びてやるわ。ばかげた爆弾魔なんかのために渡す命なんて持ってないし、誰かのための命も持ってないの。あたしはあたしのためだけに生きるわ」

「神を生かすってのは、神のためなんじゃないの?」

「いいえ、何もかもあたしのためよ。あたしが刀の誇りを守っていきたいだけ」

 そのためだけにここに来たのだから。

 リティのきっぱりとした言葉に、爆弾魔は笑みを深めた。

「人を殺すのは楽しかったかい?」

 リティは呆れかえってため息をついた。

「あんた、うちのリーダー以上の馬鹿ね。楽しくてやったわけがないじゃないの。誰かを殺すってことは、その人の人生を背負うってことよ。楽しいわけないでしょ。本当ならまっぴらごめんよ、面倒くさい」

 その後の人生は何倍にも重くなるのだから。

「でも、重いからって潰れたりなんかしてやらない。背負ってみせるわ。あんたはあたしのために死んだ。だから、あたしがあんたの分を生きてあげる。もちろん、あたしのために」

 自分の誇りのために。

 爆弾魔の仮面顔が揺れたが、リティは続けた。

「恨みたいなら恨めばいいわ。それも背負ってあげる。人殺しと呼びたいならそう呼べばいいわよ。あたしが生きるためになったものだもの」

 人を殺す勇気が、誰にでも備わっているわけではない。それをリティは十二という若さで絞り出し、立派に生き伸びた。生きる意志は人一倍、それをけなされてはたまらない。

「さあ、さっさと消えて。あたし、しつこい男は嫌いなの」

 リティが言うと、爆弾魔の姿は消えて景色は迷路に戻った。


「全員幻影を破った……」

 驚愕を語るアルテミス声に、ヴァフスルーズニルはにやりと笑った。やれると思っていた。だって。

「あいつらはちゃんと意志のある奴らだ。入れ墨はちょいと心配ものだったが、いいじゃないの。ほれ、さっさと迷路を消した消した」

 アルテミスは一度渋い顔をすると目を伏せた。


 リティは目を見開いた。一瞬にして氷の迷路が消えてしまった。おそらく、ヴァフスルーズニルが交渉に成功したのだろう。首をめぐらすと、離れた所にルーヤ、もう少し離れた所にジルがいた。その二人がリティの元にやってくると、リティは二人の顔を見て一言つぶやいた。

「憑き物、落としてきたようね」

 ルーヤとジルは顔を見合わせると苦笑を浮かべた。

「ばれてるし」

「ですね」

 そのそばでリティはすまし顔だ。ルーヤは頭をかきながら、上へと続く坂を見上げた。

「――よし、行くか」


 目隠しされて なんにも見えない 見えているのはまぶたの裏 自分自身の姿だけ

 手を鳴らされて どう歩く? 引きずられずに どう歩く?

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