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09 目隠し鬼ごっこ 第3パート

  * * *


「ロウ?」

「リティ! ばかが、来るんじゃねえ!」

 ロウが叫んだと同時に、爆弾魔が爆弾をロウに向かって投げた。リティの瞳は、爆弾が美しいまでの曲線を描いてロウを襲う様を捉えた。ロウはそれに気づいたが、遅すぎた。

「ロウ!」

 リティは叫んだ。ロウは爆弾に向かって刀をかざした。斬れるはずはなかった。

 リティが見ているその前で、ロウは爆弾の勢いで中庭まで吹き飛ばされた。リティは縁側に倒れたロウに駆け寄った。

 血のにおいがひどかった。ロウの胴は無残な状態だった。吹き飛ばされた腹には穴があき、焦げ、ぐちゃぐちゃだった。生死を確かめるまでもなかった。リティは今朝ロウにもらったばかりの刀を握った。

 剣とは、人を斬って不幸にするだけのものではなく、人を生かすこともできるもの。そしてロウは、リティが振るう刀がそういう刀であるよう願った。――だが。

 リティは、歩み寄って来た爆弾魔を睨みつけた。リティはこの男を斬らなければならない。だって、ロウを殺したから。そして、リティが生きなければならないから。

 ロウを殺した男が爆弾をよこしてきた。リティは咄嗟にかわして中庭におりた。それでも奴は小型の爆弾を幾十も投げてきた。同時にいくつも投げてくるものだから、リティはよけることで精一杯だった。一体いくつ持っているのかとリティが悪態をついた時、右足に爆弾が当たった。瞬間、男の口が笑みで歪んだと同時に、リティの右足は吹きとんだ。

 リティはその場に倒れ込んだ。だが、歩み寄って来た爆弾魔に向かってなお、鋭い目と刀を向けた。爆弾魔は掌大の大きな爆弾を取り出し、リティに向かって投げる構えを見せた。リティは目を細めた。男に刀が届くような距離ではなかった。投げてよこされるはずの爆弾も斬ることができる代物ではなかった。だが――。


  * * *


「それでも斬らなくちゃならない。そう思ったわ」

 リティは過去の己を見て腕を組んだ。

 まだまだ死なない、死んでたまるかと、そう思った時だった。

「残った左足が突然血に染まったわ。代価として持っていかれたの」

 だが当時は、ふいに足が傷ついた理由も激しい痛みも、何もかもがどうでもよかった。重要だったことは一つだけ。爆弾魔がよこす爆弾を斬らなければならないということ。

 爆弾魔が過去のリティに爆弾を投げつけた。

「その時あたしは力のことなんて知らなかったわ。でも、本当に斬ろうとしていたのだから、力の存在を知っていたか知らなかったかなんて関係なかったの」

 リティは爆弾を斬る様子を頭で描きながら刀を薙いだ。そしたら、斬れたのだ。

「刀で斬った感覚がなかったからすぐに気付いたわ。尋常じゃない何かが作用しているって」

 だから、呆気にとられた爆弾魔も斬れると思った。立てない自分でも、刃が届かなくても、斬ろうとすれば斬れると思った。

 過去のリティは爆弾魔に向かって刀を薙いだ。刃は届かなかったが、爆弾魔は肩口から大量の血しぶきを上げて即死した。

「あたしの足は両方とも義足よ。あたしたちの鍛冶屋があったのは匠の村。色々な匠が集まる所。その中には人形師もいて、副業として義手や義足を作っていたの。ヨトゥンへは五日もあれば着けたから、義足に慣れるまでの時間は十分にあったわ」

 そう言ったリティの足下に、爆弾魔の血が流れついた。リティのブーツは血を吸って赤く染まった。それを目にしたリティの様子に、変化は見られなかった。

「あたしは後悔も何もしていないわ。だって、ここでこいつを殺さなきゃ、あたしは生きていないもの」

 すると、傍でずるりと音がした。リティが殺した男が立ち上がった音だった。爆弾魔はにやついた笑いを仮面のように顔にこびりつかせ、瞬きをしなかった。完全なる死人の顔だった。リティは感情に任せてその顔を斬った。

 腹が立った。苛立ちがつのった。生きる権利をもぎ取ったのはこっちだというのに。なんだ、あの馬鹿にしたような笑い顔は。

 だが、切り口は元に戻り、その腹立たしい顔は消えなかった。続いてリティはその能力を使って斬ろうとしたが、今度は斬り口さえできなかった。力を使っても斬れなかったということは、これは幻影だ。

 爆弾魔はリティを挑発しながら駆けていった。リティは一度目を細めると、不機嫌を丸出しにした顔で追いかけた。

「ちょ…っ、リティ!」

 取り残されたルーヤは戸惑いを隠せなかった。一応追いかけてみようとはしたものの、どうにも足手まといのような気がしたうえ、リティを一人にしておくべきとも感じて、足が思うように進まなかった。そうこうするうちにリティとの距離が随分と離れ、ルーヤはまた氷の迷宮に戻っていた。

「リティが行ったのは上に向かう方向か。ジルと真逆じゃん……」


「で、どうしたら氷を消してくれるんですかね、アルテミスさん」

 ヴァフスルーズニルが言うと、アルテミスは笑みを浮かべた。

「私がどうこうするつもりはない」

「あんたって奴は……、譲歩って言葉を知らねぇのかな? それとも、オレが信頼している奴だって言ってんのがわかんねぇのかな? 八百年森を守ってきたオレが」

 ヴァフスルーズニルの挑発的な言い方に、アルテミスがあからさまにむっとした。

「……わかった。奴らが氷鏡の幻影を断ち切ることができた時は、迷路を消してやろう」

「それってどーゆーこと?」

「鏡の惑わしに惑わされなければ、幻影は消えることになっている。氷が映しだす憎悪、恐怖、あるいは快楽から抜け出せたならば、迷路での惑わしは免除してやろう」

「……あ、そ。まあ、その程度が妥当か。あんたにはオレを介してでじゃなく、直接あいつらを信用してほしいし」

 言ってから、ヴァフスルーズニルは老人が言い残したという詩を思い返した。惑わしの路は断ち切るがよし、か。敵も武器も本人というわけだ。

「けどさ、いっつもそんな氷置いてるわけ? 性格悪いねー」

「いや、惑わしの氷を作ったのは初めてだ。身動きが取れぬ故、余計な外敵から身を守るために」

「ふーん…?」

 ヴァフスルーズニルは顎に手を置いた。

 身動きが取れないから罠を作った。つまり、繋がれてから罠を作った。

「……あん? 繋がれてから? あんた、繋がれたのってどれだけ前の話?」

「かれこれ六週になる」

「六、だと?」

 ヴァフスルーズニルは怪訝な雰囲気を込めながら復唱し、重ねて問いかけた。

「なあ、繋がれてから他の神が訪問してきたり、神の窓を介して人間と話したりしたか?」

「いいや? 訪ねてきたのは、今下にいる人間共が初めてだ。窓は私と一緒に封じられている」

 ヴァフスルーズニルは眉をひそめた。それって、つじつまが合わなくはないか。

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