08 陣取り鬼ごっこ 第2パート
「はぁ――っ、スッキリしたーっ」
仏頂面で木によしかかるヴァフスルーズニルの前で、ルーヤは満足げな表情を浮かべていた。先ほどまでの苛立ちは影もなく、リティはぼそりと単純馬鹿とつぶやいた。ルーヤは聞こえているのかいないのか、ともかく気にした風もなく、むしろ笑顔で礼を言った。
「リティ、力使わずにいてくれてありがとう。ジルもバンジージャンプお手柄!」
「あれはリーダーの手柄っしょ。オレには思いつきません」
ジルも笑みを浮かべて返しつつ、番人の様子をうかがった。
「さ、番人さん、クイズの正解はマルでした。オレたちの勝ちです。通してくれますね?」
ジルの言葉に番人は肩をすくめた。
「仕方ないじゃん? そういう約束だったわけし。通っていいよ」
「よっしゃ!」
ルーヤとジルは笑顔を浮かべて拳を突き合わせた。リティはそっぽを向き、一緒になんかやらないわよと背中にでかでかと書いてみせた。
ひとしきり喜び終えると、ルーヤはヴァフスルーズニルの前にすとんとしゃがんだ。
「じゃ、次は番人さんね」
「は?」
怪訝そうな顔で見上げてきた番人に、ルーヤは右手を差し出した。
「一緒に来てよ! お前がいたら、絶対楽しい!」
一拍、いや三拍ほど空白の間があった。唐突な態度の翻しっぷりに、ジルやリティも言葉を返せない中、ヴァフスルーズニルが半眼になって言う。
「お前さ、馬鹿って言われるだろ?」
「うん、初対面の人からは、大体二、三言目にはその確認される」
「そうだろうて」
だが、無思慮という意味の馬鹿とは少し違う馬鹿らしい。
リティはようやく気を持ち直し、息を吐いた。
「せめて、戦力が増えるからとかって理由にしなさいよ」
「あ、そっか、そんな考えもアリだな」
「あんたね」
「はは……、それに、オレたちよりヴァフさんの方が神サマの領域に詳しいはずですからね。ヴァフさんがこの森を留守にしてもいいってんなら……」
三人の子どもたちは、森の番人を振りかえった。ヴァフスルーズニルは、それぞれの顔を見返した。
油断をしていたとはいえ、八百年森を守ってきた番人を負かした少年少女。こいつらと一緒に行けば、とてつもなく楽しいことに出会える気がする。誰も足を踏み入れなくなって久しい森に居続けるなんてことと、天秤にかけることすらばかばかしい。森を離れて神の領域に入ったとて、人間が森内に入ってくればわかる。森番の務めを放り出すことにはならない。それなら。
「こんなしらけた森よりもずっとおもしろそうじゃん。行ってやろうじゃないの」
ヴァフスルーズニルはルーヤの手を握り返した。
こっちも正解 あっちも正解 互いに譲らない陣取り合戦
最後に負けたのは鬼の番人さん 次の鬼は だあれ?
食べられる木の実をぼちぼち採りながら、四人は森を歩いていた。ヴァフスルーズニルは事の次第を聞いて顎に手を置いた。
「ヘスティア……、暖炉の女神か。ちょい引っかかるな」
「何が?」
ルーヤが尋ねると、ヴァフスルーズニルは言った。
「ヘスティアは、戦い断固拒否、平和よ尊しって女神なの。そのヘスティアがお前らを森に来させてオレと戦わせ、なおかつ助けろってのは、なんかしっくりこねぇな」
「だけど、助けろって言ったのは使徒のおじいちゃんだよ? 使徒は主を助けるのに必死なんじゃないの?」
「オレもてっきりそうだと思ってたんですけど……」
ルーヤの推論にジルは同意するが、ヴァフスルーズニルは半信半疑だった。
「かもしれねえが、様子が……なんつーか、ヘスティアの使徒がなんか企んでるみたいに見えるんだよな。だって前ら、誰がヘスティアを捕らえたのか、知らされてねーじゃん」
「聞こうと思ったんですけど、その前に気を失っちゃって……」
「そこが変だっつってんだよ、入れ墨坊主。三人ともぶっ倒れただぁ?そんな偶然あるかよ。それに眼帯、お前まるで『生きてる』じゃなくて『生かされてる』みたいじゃねーか」
「それは俺も思ってたけど……」
ぐるぐると頭を回す男性陣を見て、リティは息をついた。
「かったるいことしてるわね。ヘスティアが囚われているところへ行って首謀者に聞けば分かることでしょ」
「うぅん、そのヘスティアさんが囚われてるトコって、やっぱ氷ですかね? だとしたら、ヴァフさん、アルテミスさんだと思う?」
ジルの問いかけに、番人は頷いた。
「氷に限れば、そうだろうな。アルテミスは氷の象徴だし、住処も氷の城だし。けど、犯人というにはちと早合点すぎるような……。いや、でも有り得なくはないか……」
「有り得なくはないって、アルテミスってどういう奴なの?」
ルーヤが問いかけると、ヴァフスルーズニルは言った。
「一言で言ってすげー良い奴。人間に神力宿った実なんぞ与えてるし。正義感強いし。ただ、ちょいと頑固で思いこみが激しくてな」
「じゃあ、何かの拍子でヘスティアさんを敵視した可能性も?」
ジルが言うと、ヴァフスルーズニルは頷きながら付け加えた。
「あるいは誰かに思いこまされたか」
森を抜けると、ヴァフスルーズニルは三人を氷の城に案内した。十階ほどありそうな巨大な建造物を見上げて、ジルは言った。
「ね、ヴァフさん。この城の内部、どうなってるか知らないですか?」
「オレは森の番人。この領域の建物の配置は頭に入ってるけど、その中までは知らないの」
「……使えないわね」
リティがぼそりとつぶやくと、ヴァフスルーズニルはにこりと笑ってリティを見下ろした。
「何かおっしゃいましたか、金髪嬢」
「なんでもないわ」
「深く考えなくていいじゃん。入るしかないんだから入ろうよ。お邪魔しまーす」
そう言ってルーヤは緊張感皆無で扉を押しあけたが、そのルーヤを止めようとして一歩遅かったジルとリティと共に、表情を凍りつかせた。中は、氷の壁でできた迷路が延々と続いていた。
あまりの規模に呆然と立ち尽くした三人を見て、ヴァフスルーズニルは首を傾げた。
「どーかした? 入らねえの? ただのでかいホールじゃん」
「……え?」
さあ 次は目隠し鬼ごっこをしよう 目隠しをするのは鬼じゃなくて子どもだよ
手の鳴る方へ行ってはいけない そこには鬼がいるんだから




