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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

止む蝉の聲、その刹那

作者: 工藤 纇噐

あれは確か私が四歳の、丁度小暑だった。当時シングルマザーだった私の母は、束の間の休みにも関わらず私をドライブに連れ出してくれた。ある時は母の職場近辺のビル群、またある時は潮風が気持ちの良い海沿いへと車で出向いた。私は母が大好きだった。もちろん、母と共に過ごせる数少ないこの時間も大好きだった。


ある時、母は山嫌いにも関わらず県北の山にドライブに行った。どうやら峠から見える秀色神采な景観が素晴らしいと雑誌で見たらしい。車で2時間程目的地まで走ると、いよいよ目的地の峠までの路が一本になった。母はここぞとばかりに思い切りアクセルを踏み、車もそれに応えて急加速した。厚い窓越しに聴こえる鳴き始めたばかりの蝉の声が一瞬途絶えたその刹那、軽くも重い衝突音がし、フロントガラスに焦げ茶色の物体が飛び散っていた。どうやら虫を撥ねたらしい。母は突然の出来事に驚き、ハンドルを対向車線の側に切った。幸い事故は起こさなかったが、母は気が滅入ってしまい、結局峠には寄らずそのまま車を洗い家路に就いた。


母はそれ以来、私をドライブに連れて行かなくなった。行きたいといえば車を出したが、運転しながら溜息を漏らす不機嫌そうな母はドライブを楽しんではくれなかった。





それから月日は経ち、私は大学生になった。大好きだった母は去年、車に撥ねられ死んだ。まだ初老と呼ばれる年にもなっていなかった。そして私は車を買った。母と同じ日本製の軽自動車だ。ナンバーは母の誕生日にしてもらった。高かったが、私にとっては安かった。


今日、私はサークル内で知り合った友達三人とドライブに行った。目的地は共通の趣味である釣りの穴場として名が知れている山奥の沢だ。私の運転する車はいよいよ田園地帯を抜け、路の両側を木々に囲まれた見通しの良い一本道に入った。私はここぞとばかりに思い切りアクセルを踏んだ。ほんの一瞬、鳴き始めたばかりの蝉のけたたましい鳴き声が止んだ気がした。その刹那、









山奥に入り電波を受信出来ず途切れがちになったラジオは、今日が七夕であることを嬉しそうに告げた。


オチが分からなかった方は、"小暑"と"七夕"の関係性を調べてみて下さい。自ずと分かる筈です。

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