始まりはいつも欺きのツケ(2)
「ふう……」
ようやくあのゴロツキのようなやつらと話が付いた。
いや、ゴロツキで間違いないか。
金を出し渋るもんだから難航してしまったが、やっとまとまった。
「夕飯の買い出しに行くか……」
そう考え市場に移動しようとすると、よく焼けた肌のおっさんが目的の方向からやってきた。
「おおカインじゃないか!!珍しいな外を出歩いているなんて!」
元気が有り余っているのか、無駄に元気だ。無駄に。暑苦しい。
「うるさいよ。元はと言えばあんたのせいだろうが。俺に依頼なんてよこしやがって。」
カイン――つまり俺が仕事をしているのは、このおっさんのせいだ。
「まあそういうなよ。話はもう終わったんだろ?どうだったんだ?仕事のほどは。」
「儲け話で食いついてくれたからな。きっちり金を頂いたさ。ほらよ。今回巻き上げた分だ。」
「おいおい、金は大事にせんといかんぞ。それに、これは別にいらん。お前が稼いだ分だろう。」
俺が投げ渡した金袋を、おっさんがこちらに投げ返す。
いや、おっさんも投げてるじゃないか。
「まあ、あれだな。あのゴロツキどももかわいそうにな。」
なんなんだ急に心配して。中々厳めしい面構えなんだから、そんなに眉間にしわを寄せると余計に怖くなるぞ。元から怖いが。
だがまあ、おっさんの言う通り、あいつらはかわいそうな奴らだ。
「だいたい素行の悪いゴロツキを懲らしめろって依頼出したのあんただろ?そのあんたが同情してどうするんだよ。」
「そうはいってもなぁ……。このあとあいつらに降りかかることを考えると、少しやりすぎた気がしてな。」
おっさんが哀れみの感情を浮かべるとは。ますます怖くなるな。ちょっと直視したくないです。怖い。
というよりも、なんなんだその言いぐさは。まるで俺が悪事を働いたみたいじゃないか。
まあ、そのとおりなのだが。
「今頃奴らは買い出しにでも行ってるのか?売れもしない商品を。」
おっさん。それ言っちゃだめじゃないか。
どこで誰が俺たちの会話を聞いているかわからないというのに。
今は至って普通の通りなんだぞ。警備兵も巡回している可能性だってあるんだ。
しかしまあ、あのゴロツキも簡単に騙されてくれたもんだ。
ニヘルに怪物出現、なんてただの嘘なのに。
騙した俺も俺だが、騙される奴も問題だな。
「しっかしなんでだろうな。」
どこか納得のいかない様子で、おっさんが首をかしげてつぶやく。
「なにがだよ?」
「いや、おつむの足りん奴らだとは思ったけどな、カインの言うニヘルの噂は俺だって聞いたことないぞ?なんでそれを信じたんだろう、って思ってな。」
この辺で顔の広いおっさんが知らないのなら、それは相当眉唾な噂だろう。
それに、噂程度の話にそのまま食いついてしまうのは、いくら頭が足りないといっても少し変だ。
――まあ、そこにカラクリがあるんだが。
隠すことでもないか。ただ単に昨日酒場でゴロツキに噂を話したのが俺ってだけだ。
あと酒場客全員にサクラになってもらってただけの話。
なんで騙されたのかは、まあ、秘密だが。
「それだけ残念な奴らだったってだけの話だろ。騙されてくれて金も貰った。俺から言うことは特にないよ。」
「まあ、それもそうか。しかしな、お前もたいがい変だよな。」
「は?俺が?」
まさか俺も変な奴扱いされるとは思わなかった。とばっちりじゃないか。
くそあのゴロツキども覚えていろよ。元はと言えばあいつらが恐喝紛いのことなんてするからだ。
おとなしく商売してればよかったものを。
そんなんだからこのおっさんに話が行きついてしまうんだよ。勝手にこの辺を自警しているおっさんにな。
そしてゴロツキを懲らしめてくれと、俺のところに依頼が来たわけだ。
事の顛末なんてそんなもんだ。
可愛そうに、ゴロツキども。
「いや、俺が依頼してるんだぞ。なんで俺がカインから金を受け取るんだよ。普通逆だろ?お前が勝手に得た分の金だ。それはお前のもんだろうよ。」
「いや、まあ確かにそうかもしれないんだが……。」
「……ま、この話はここまでにするか、カイン。ほれ、これが今回の報酬だ。」
話を切って、こちらに金の入った袋を投げ渡すおっさん。
いや、だから言った本人が金を粗末に扱うなって……。
「……ん?」
袋を受け取ったときに違和感を感じた。
いつもの報酬より少しばかり重い。
「ああ、今回はこの辺の商人たちからの合同依頼だ。少しづつ色を付けてくれてるようだぞ。よかったカイン。」
ああ、そういうことか。しかし別に気にしなくてもいいのにな。
おっさんもそのあたりのことを隠さずに話すもんだから、やはり根が善人なんだろう。
「じゃあ、俺はそろそろいくわ。夕飯の買い出しする必要があるからさ。」
「おうよ!そんじゃあカイン、また困ったことがあったら頼んだぜ。」
去り際まで暑苦しいとは。あのおっさん本当に元気だな。
さて、報酬も貰ったことだし、そろそろ夕飯の買い出しに行きたいもんだ。
まとまった金が入ったしな。多少贅沢もできる。
そうだな。今の時期ならホルムの肉と乳が店先に並ぶ頃か。
よし決めた。煮込み料理にしよう。
そんなこと考えながら市場を物色していると、見慣れぬ男がこちらに向かって歩いてくる。
挙動から見て私服の警備隊だろうか。動きが一般人よりも固い感じがする。
大方、事件の捜査か巡回でもしているのだろう。
ご苦労なことだ。サボって休んでしまえばいいものを。
一点を見つめて歩いている様子を見ると、ピンポイントに調査の対象がいるのかもしれない。
さっさと捕まえて調べ挙げてしまえばいい。頑張れよ、どこぞの警備さん。
勝手に推測していた警備兵らしき人物は、そのまま俺の元へと向かってくる。
「すまない、お時間よろしいか。少々話を伺いたい。」
……調査の対象俺かよ。