3年3組荒木さんを護衛する係 事後報告書
誰かのために、クラスは一致団結をする。
『エンジョイ3組・フィーバー3組!!』
明るいクラスを目指すためにつけたこの学級目標。僕、秋田蓮司は先生の目を盗み、その学級目標を見やる。
少なくとも、僕らのクラスの『明るさ』は無いといっても過言ではないだろう。
周りのクラスメイトは一応黒板を見たふりをしているが注意は一点に集まっているし、先生も授業を進めるというお仕事を仕方なくこなしているようで、実際怯えてばかりだ。
それもこれも全て、4月に転校してきた荒木明日香のせいである。
そして僕は彼女を好いている。可愛いのだ。彼女が微笑んだら世界が割れて粉々になってしまう程、笑顔が素敵だった。
ミディアムカットで少しウエーブを巻いた黒髪、形の良い目、吸い込まれそうな黒曜石色の瞳、通った鼻筋、薄い唇、雪のように白い肌…………そして口から紡がれる妖精の歌声のような声に、僕の心は一瞬で奪われた。
そして同時にクラスの平穏も奪われた。
「は……っ」
何事もなく進んでいた授業が、突然ストップした。彼女が息を吸い込んだ瞬間にだ。
先生の目は恐怖に染まり、生徒の目はこれ以上被害を出すわけにはいかないと行動を起こす。
荒木さんの隣の席で、両親が発明家の山田くんがこっそり荒木さんの机の近くに設置した『超小型空気洗浄機』を起動させ、仲の良い酒井さんがティッシュを差し出す。
僕は…………何も具体的なことができない。だから神様にいつも祈る。
神様、どうか荒木さんの荒ぶる何かを沈めてください……。
「は……っん。うぅ~」
荒ぶるものは鳴りを顰めたらしい。クラス中が安堵の息に包まれる。
神様、ありがとうございます。貴方はやはり慈悲深いのですね。
「ッくしゅん!!」
その瞬間、一年間土の中で花咲くこのときを心待ちにしていた蝉を、突如現れたカラスの大群が襲撃し、一匹残らず食い尽くした。今年の夏は例年より暑く、長く続くらしい。もしかしたらこの蝉も長く生きられたのかもしれない。
しんと静まり返る教室に響いたのは、蝉の悲鳴と荒木さんが鼻をすする音とクーラーが正常に作動する音だけだった。
―――神様。貴方はやはり残酷でした。