襲撃
夜半を過ぎた頃だろうか、部屋灯りを消した後も、未だ寝ずに考え事をしていた。
この部屋はいい部屋らしく喧騒とした表通りではなく奥まった敷地内にある宿屋なので、静かに過ごせる良い部屋なのだ。物事を考えるには、丁度良いくらいに静かであった。
明日の事を考えると中々寝付けない、どう持って行きどう解決をするのが良いのかを。
そう考えていると、ほんのり嗅ぎ覚えのある匂いがする。
生暖かい微かな風に乗って、ほんの僅かな甘い香りと少しだけ香る特徴的な匂い。直ぐに思い出せない。指先に違和感を感じる。
思い出したコボフォ毒だ、だが何故今此処で。
と、暢気に考えてる場合じゃない、コボフォの毒は効きが早い。
だがこれは水に溶かして熱し、蒸気だけを送ってきている。若干効きが遅い筈だ。
短時麻痺毒だからイシオンだ、狩りに必要かもしれないと思い持って来ていた。
イシオン回復薬A/B何方でも良いからと思えば、先にイシオンBが出てきたので直ぐ様飲む。
掌まで僅かに麻痺が来ていたのが直ぐ治った。
しかし何故今・・・。
宿屋に嵌められた?ホールに嵌められた?何方にしろ一緒だ嵌められた事には違い無い。
まだコボフォが効ききる前だから今為べき事は、各種解毒剤・耐久薬・強化薬・回復薬と毒を厳選し鎧の薬入れ10本を入れ替える事だ。
今回睡眠薬のツメリは持って来て無いから眠らせて逃亡は諦める。
鞄ごと持って行くと邪魔になる為、最低限の荷物で動く。
鎧に挿せる薬10本と革袋に最低限入れて括りつける。
持っていく物の厳選は終わった。
革袋用
綿を詰め、金を入れ又綿を詰める。そしてキルムスの葉を入れる。
これは傷薬になるから固定用の布キレと紐も入れる。
鎧用
アンシー毒、体力低下移動制限毒、吹き矢で使用。
アンシー強化薬、体力二倍が一時間半、今少し飲む。
ケングス鎮痛剤、感じる痛みを減らす事で痛みで動けなくなるのを防ぐ。
コボフォ麻痺毒、奴等が使った自作の強力版。
サーリ遅効性致死毒、どうしようも無くなったら吹き矢で使う。
シズー喉の渇き無効、すぐ街を出れるか分からない、これも今少し飲む。
タノール魔力回復薬、徐々に魔力回復。
エポシオン全ての麻痺回復、麻痺耐性一日。取り敢えず今少し舐める。
エラギ猛毒解毒剤、猛毒耐性。黒字になり一般毒耐性も追加された。
エクラグ即効性劇毒解毒剤、此れがあれば毒はなんとかなるはず。一番使いやすい所に入れておく。
以上が厳選10個(小瓶)
背嚢は仕方ないので、置いて行くしか無い。
最後に極小フランキスカの一本に、5mのロープをしっかり括りつけ、7・8個の結び目を作る。
遅遅のロープがこんな所で役に立つとは、人生先が見えないもんだね。
一応だが扉の前の護衛を見てみる、これでホールに嵌められたかどうか、完全では無いが分かる。
少しだけ扉を開けて除くと、護衛の虎豹族が突っ伏している。僅かに動けるがいつ倒れても可怪しくない。
と、思った瞬間通路の奥から、俺に気付いた私兵らしき者が武器を持って走ってくる。
(見張られていたか、しくじった・・・しかし鎧の真ん中に紋が付いてるな、代表家かクーオンズ家の紋では無いな)
内鍵があるので一応締め窓を開け下を見ると、既に数名待ち構えている。
(今だけは礼を言うさ、父さん有難う)
窓から屋根の方を向きながら体を乗り出し、窓枠に腰を乗せる。
ロープの付いた極小フランキスカを、屋根から上に向いたポールに向かって投げるが上手く引っ掛からない。
それを見た下に居た奴等の半分が、他所へ向かった。
部屋の扉はガンガン叩かれている、いつ開いても可怪しくない。
しかし焦ったら終わりだ。
深く深呼吸をした後もう一度投げる。
するとこれは上手く引っ掛かった。
逃げ口が一つも無い時は、"脱兎"が発動しないのだ。
だが此れで逃げ口を一つ作れた。
と思った矢先、魔力が流れるのを感じ取った。
"脱兎"の発動だ。
いつもの俺なら、こんな事出来る能力は無い。
ポールとしっかり繋がったロープにしがみつき、宿屋の壁を左右に走りながらドンドン登って行く。
やがて振りも少なくなりポールの根本に辿り着く。
フランキスカとロープを外し、武器は腰元に戻しロープを其の儘腰の少し上に巻いていく。
そしてタノール魔力回復薬を少し飲み、"気配"を最大限に使い屋根を伝い敷地の壁に乗りそこを走って行く。
相手の奴等も俺の能力を知っているとしたら、"気配察知"能力持ちを連れてくる筈だ。
"脱力"をいつどんな時でもどのような形でも、出せる様に準備をしながら闇に紛れて兎に角逃げる。
城下町は騒がしい、結構な人数が動いてる様だ。離れた屋根に人影が見えた。
そろそろ危険かもしれない、完全に退路を断たれると身動きが取れなくなる。
壁を降り街の明るい酒場の方へ逃げ、ポツポツ歩いてる市民の流れる方向へ走る。
まださっきの私兵は見えない。
取り敢えず行けるか分からないが、今日入ってきた南門の方へ行ってみる。
来た時にいた門兵の鎧じゃない、さっきの私兵と同じ鎧だ。
ヒルリアは門が南北しか無い。
どっちも塞がってると見るべきだな。
しかもこの街は城壁かと言う位壁が高く、登り口も恐らく私兵が見張っているだろう。
八方塞がりだ、街から出れない。
だが街中なら逃げれるから、"脱兎"は使える。
逃げ回って突発的に遭遇するよりも、この南門近くに潜伏した方が良いだろう。
"気配察知"を持つ者を、南門への伝令にするとは考え難い。
ここは見張っているし抜けられた場合、音か何かでの即座に連絡出来る手段が有るべきだと考えれる。
だとしたこうした門近くより、もっと街中や屋根伝いに使う筈だ。
今夜は徹夜になるな、朝になれば気配を消しつつ人混みに混ざれる。
気配を消しているなら、絡まれる事もほぼ無い筈だ。
そうして南門付近に潜んだのが、功を奏し見付かる事無く朝を迎えた。
***
──同刻、ドルイドの森こと聖域の森にて。
エリオの元へドルイドが転移してくる気配が来る。
僅かに空間が歪み、見覚えのあるドルイドが出てきた。
「どうしたの?確かヒルリアのパリムールさんでしたよね?」
そのドルイドはそうだと言い慌てた様子で、ガルゼリア様は何処におられるか聞いてくる。
「ガルゼリア様は最近長老様の所へ行ってらっしゃいますので、最近は見掛けておりません。緊急連絡方法なら承っておりますが、ガルゼリア様を長老様の所から呼び戻す程の事でしょうか?」
慌てていたパリムールは一旦落ち着き、事の次第を話していく。
「昨夜ヒルリアで兵士が騒いでおりましたので、聞き耳を立てていると『アールはまだ見付からんのか』と聞こえて来ました。
ですから私の"傾聴"で出来る限りの範囲で聞いておりました。
あやつ等ヒルリアにアール様をお呼びした後、今日話し合いをすると言っていたに拘らず、夜半過ぎに宿屋を襲撃したそうです。
アール様はなんとか逃げた様ですが、明るくなればどうなるか分かりません。
奴等武器を持ってアール様を追いかけております。この件をガルゼリア様の耳へ届けて頂けませんか。」
「分かりました急ぎ連絡を取ります。」
そう言い奥の部屋に行ったエリオは、小さな枝を持ってきた。
「これはガルゼリア様が力を込めた霊木の一部です。これを触媒に連絡を取ります。」
エリオは両手を小さな枝を包み込み、魔力を出来るだけ込めていく。
「(我じゃ、どうしたエリオ。それは緊急時に使えと渡したはずじゃが?)」
「(今がその緊急時に御座います。)」
そうしてパリムールから聞いた事を、全てそのまま伝えた。
「暫し待て」
ガルゼリアがそう言うと、転移で空間が歪み直ぐに元に戻る。
「待たせたのう、時間が無いかも知れぬ。パリムール連れ合いは今ヒルリアにおるか。」
「申し訳ございません、今ヒルリアを離れております。」
「分かった、触媒を取ってくるので待っておれ。」
そう言い残しガルゼリアはまた転移し、暫くすると戻ってきた。
「触媒で"単移"を使い我が先にヒルリアへ向う、二人共すぐ我を追ってヒルリアに飛べ。」
そう言い残しガルゼリアは直ぐ様転移を開始した。それを追って二人も転移する。
「エリオよ、お前は本来こう言う事の方が向いておろう、力を使え。」
エリオの"雑草"以外の能力は、"見えざる者" "気配察知" "探察" "追考"だと言う。
こう言う事態では非常に役立つ。
見えざる者は、気配はあるものの姿を消せる。気配察知は、そのままの意味だ。探察は、探し物や探し人で重宝する。追考で、状況を纏め深く考え答えを導き出す。
「パリムールは、"傾聴"の他に"強請査察"も許可する、もっと情報を集めてまいれ。エリオは我が友アールを探せ。兵に止められたら我がヒルリアに来ている事、我の命である事を伝えよ。我は奴等を止める。」
ここで我が友と敢えて付け加え強調した。
返事をしたパリムールは、急ぎ街中へ消えていった。
ガルゼリアは、また転移をした。
その頃高級宿屋の門に着いた者が居る、ホールである。
ホールは門を潜りまだ朝も早い為、ゆっくりと敷地を歩いていると好ましくない臭いがしたので宿屋へ急いだ。
そこである光景を目にしたホールが激昂した。
大量に流れる血と、自分が派遣したクーオンズ家の私兵が惨殺された姿である。
腰の武器を抜き激昂しつつも冷静を装い、戦闘体制で宿屋に入る。
可怪しな事に入っても誰も出てこないし、誰もその場に居ない。
アールの部屋は二階の大部屋をとった筈、忍び足で階段を登り二階の通路を静かに覗く。
そこにも入り口と同じく惨殺された私兵の姿を目にした。
怒りで武器を持つ手に力が入り過ぎ、上半身が震える。
こんな状態で戦いになると不味いと言う事は、商人で有ると共に優れた戦士でもあるホールは良く知っている。
死んでいる私兵の元へ行くと、抵抗した姿もなく惨殺されている。
(・・・毒を使われたか)
──その頃アールはと言うと。
明るくなってくると共に、騒がしかった私兵が一気に静かになった。
しかし門兵は私兵のままだ。
流石に明るい状態でこの場所に居続けると見付かってしまうので、潜伏場所を変えることにした。
探し回る私兵達を尻目にアールは裏を掻いて、宿屋のあの部屋に戻ろうとしていた。
宿屋の外壁を乗り越え、あの部屋の下に来たが見張りは居ない。
フランキスカの付いたロープを部屋に投げ入れたが、誰も反応がない。
窓を覗き誰かが居て危険なら、また逃げればいい。
出来るだけ音を立てぬ様に宿屋の壁を登って行き、窓からこっそり覗くが誰も居ない。
暫く覗いていたが、行けそうなので部屋に入ろうと窓枠を跨ぐ。
ギシシッ・・・。
片足が付くと微かに部屋の床が音を出す。
しかしその音を聞き逃さなかった者が居た。
バーーン!!と扉が開く。
「誰だ!!」
片足は外で片足は部屋の中と言う、最悪の状態だった。
大部屋の入り口の扉へ目を向けると、そこに居たのは怒りを露わにした形相のホールだった。
「ホール、お前は敵か味方かどっちだ・・・。」
そう言いながらいつでも逃げれる様に、部屋に入れた片足を少しずつ浮かせていく。
「我が家の私兵を殺したのは、アールお前か?」
と言いながらじわりとゆっくり寄ってくる。
「敵か味方か分からん、これ以上来るな。」
ホールは一旦止まり、そこでもう一度口を開く。
「答えて貰う、お前に付けた護衛四人を殺したのはお前か?」
「俺に倒せると思うか?」
「争った痕跡がない、毒を使われている。」
「あれは麻痺毒を空気に載せて使ってきたから解毒して俺は窓から逃げた。」
「その時こいつらはどうしてた?」
「毒にやられ突っ伏しているのを扉の隙間から見たが、その時物陰で見張ってた奴が武器を持って走ってきたから内鍵を締め窓から屋根へ逃げた。
その二人に解毒剤を飲ませてやれなかったのは俺の責任だ。これがこいつらを殺した事に為るなら、そいつらを見殺しにしたのは俺になる。」
「分かった」
そうホールは言い武器を下ろしたが、厳しい気配はそのままだ。
「ホールは俺を殺すのか?」
ホールは静かに首を横に振る。
「先ず部屋に入れ、どこの家の者か分からんが情報を集めねばならん。恐らく宿側も強力してたんだろう。今誰もおらず蛻の殻だ。」
「鎧の真ん中に、丸に槍と盾の紋らしき物が書かれてたぞ。」
怒気が溢れ出たかの様なホールの殺気が、犇々(ひしひし)と伝わって来てかなり怖い。
「モゼレールの獅子共め!!!!」
「だが襲ってきたのは虎豹族だぞ。」
駄目だ怒りやら何やらで、強烈過ぎる殺気が駄々漏れのホールが怖すぎる。
「ホ、ホールさーん、駄々漏れの殺気が・・・怖すぎます・・・。」
「スマンが暫く抑えれそうに無い。」
「そんな事を言わずに、そろそろ抑えてくれませんかね。」
誰も居ない方向から声がする。そして姿が見え出してくる。
「そんなに激昂してるから、私の気配に気付かないんですよ。もう少し落ち着きましょう。」
そう言いながらエリオが姿を表した。
「エリオが何故ここに居るんだ?」
「ヒルリアに住むドルイドのパリムールさんが、知らせて下さいました。私はアールさんを見付けたと連絡致します。」
そう言うと両手で何かを握り締め何かをしている様だ。
「少々お待ち下さいませ。」
少しすると転移で空間が歪み、パリムールさんが来る。ガルに紹介され一度会っている。
「アール様良くぞご無事で。」
パルムールさんが、森へ知らせてくれた事への感謝を伝えた。
また空間が歪むもう一人ドルイドが来るようだ。
「ガル・・・来てたのか。」
「今回は根が深そうでの。我で止めれれば良いのじゃが。」
「ガルゼリア様、ホール=ズィン=クーオンズです。お久し振りで御座います。」
片膝を突き挨拶をするホールの姿に、違和感しかない。
「今は良い。パリムールよこの件どうであった?」
「相当色々な者が関わっておりました。
まずは獅子族のモゼレール家、巳犀族のレニアイル家、亥酉族のイヴァリーン家、
クーオンズ家は裏で当主が関わっており、ダリュセから呼んだ虎豹族を使い、モゼレール家の紋が入った鎧を着させ、実行犯とさせた様です。
今回頑なに拒んだ、熊猛族のセダルリア家当主は幽閉されております。」
「当主のヴァン=エーダ=セダルリアを先に助け出そうかの。離れ牢か?地下牢か?」
「地下に御座います。」
「殆ど調べ終わっておるではないか、流石じゃのパリムール。行って来るので少し待っておれ。」
そう言い残すとガルが地下牢へ転移し、ヴァン=エーダ=セダルリアの牢を見付けると中に転移し、そこからヴァンを連れ宿屋へ転移し戻った。
「待たせたの、ヴァン=エーダ=セダルリアを連れてきたぞ。
衰弱し気も失っておる、アールよ何か良い薬は無いか?」
手持ちでは足りないので、夜中から微動だにしていない背嚢を取ってくる。
先ず気絶を何とかする為に、ナウィンAよりが気付け薬になるので擦り潰して少しだけ口に含ませる。
流石即効性気付け薬、目がゆっくり開いたがかなり力無い状態なので、
アンシー体力強化薬を飲ませた後、ケングス鎮痛剤も飲ませる。
残り僅かな体力でも一時的であれ二倍になれば、少しは動ける様だ。
「立とうとせず、少し良くなるまで寝てな。」
毒を使う奴等の事だ、直接か間接か分からんが微弱な毒を盛られてる可能性も有る為、チベラギ解毒回復薬
も飲ませる。即効性では無いが比較的解毒が早い。
あとは魔力が枯渇してる可能性も高いから、タノール魔力回復薬を飲ませ魔力を徐々に回復させていく。
そして最後に、シズー耐久薬で喉の渇きを無効化させる。
「どうじゃ?」
「気が早いよガル、まだ全ての効果が出て来ないから。あと五分・十分待てば良い筈。」
この熊猛族の代表さんが、喋れる状態にならないと根本的な問題点が分からず話が見えて来ない。
仕方無くもう暫く待つ事となる。
──十分後。
ガルが声を掛ける。
「ヴァンよ我が誰だか分かるか?」
「ガ・・・ガルゼリア様、何故この様な場所へ。」
「具合はどうじゃ、少し位なら話せる様になったかの。」
「ガルゼリア様が直して下さったのでしょうか?」
「我は牢から出したに過ぎぬ、治したのはお主も知っておる、そこに居る人間のアールじゃ。」
「貴方がアールさんでしたか。熊猛族代表を務め、名をヴァン=エーダ=セダルリアと言う。」
「今は挨拶よりも、何故こうなっておるか詳しく教えて欲しいのじゃ。頼めるか?」
俺とホール、エリオやパリムールも、同じ考えで頷く。
「話はかなり長くなるので、ここでは無い方が宜しいかと思われます。」
「そうかの・・・ならばお主等、我に掴まるんじゃ。」
全員が掴まり、ガルがヴァンを掴んだと思った瞬間視界が揺らぎ戻ると、我が家だった。
久々に5時間とか掛かってしまった。
この話はあと数話続きます。
が、一旦寝ます。




