彼女はヒロインその2、又は、臆病なピアニスト、でした。10
二年生になったわ。そして決勝にも残ったわ。色気獲得の目処は無いけれど何か?
「……また狂わされている」
午前に入学式があり午後も短めの授業だった今日、私は練習しようと入った練習室で何度目かわからないため息をついたわ。そして教官室に向かい、
「野々宮先生ー、またでーす」
今日もスマートなスーツ姿の担当教官に報告するわ。
「……またなの!? もう調律師を常任させるよう要望すべきかしら?」
「ですねー、で、空いている練習室あります?」
「ええ、調律済みのを故障中ってことにしといたから多分平気なはずよ」
ついてきなさい。と、言われついて行った練習室のピアノは無事で私はなんとか練習を行えたわ。……でも、
「……多分私狙いですよねー……」
「そうね。あなた以外にピアノで決勝に残った子はいないし……新入生がヴァイオリンで残っているらしいけど」
色気が無い、とにかく色気が無い、そんなただ楽しげで軽い演奏じゃ優勝なんて夢のまた夢! と、毎度過ぎるダメ出しを受けた私は、話をそらすつもりでも無く──いや、ちょっとはあるけど──先生に確認をしたわ。時期的なことを考えるとそうなのよね……、
「ま、今のあなたの演奏を聞けばそんな無駄骨は折らないでしょうけど」
「……はい」
反論出来無いわ。
「……なんでコンクールなのに表現力重視なのー」
「ふふ、家は技術者よりも芸術家を求めていますもの」
入学式の後始末を手伝うと言う名目で訪れた自治会室でお茶を飲みながら愚痴った私を慰めるように撫でながら優菜先輩がばっさりと切り捨てるわ。
「……っていうか良いんですか? コンクールの主催財団の母体だった家の作った学園の生徒、とか」
そうキルシュ財団は桜花院家が立ち上げ、長らく代表を勤めていた組織なの。けれど、
「ふふ、すでに我が家は一般の理事ですもの。と、言うよりも公平性を見せる為に逆に学園の生徒は厳しめに審査されるようですよ?」
優菜先輩は家は没落してる、けれど、見栄があるから贔屓はしない、と、涼しいお顔……ええと、
「……厳しめ、ですか」
「ふふ、今プロな方々はそれでも優勝なさったもの」
有名作曲家の方やコンミスの方など、ね……ううう、
「頑張ります……」
……色気……欲しい。
「はじめまして! 芸術特待生でヴァイオリンを専攻しております栗原綾那です! 今はコンクール中ですのでしばらくはお手伝い出来ませんが終わりましたらちゃんと働きますので! よろしくお願いします」
キャラメル色の髪の可愛らしい女生徒が挨拶し生徒会の一年生の自己紹介が終わったわ。今日は高等部生徒会の初顔合わせ、持ち上がりの桜庭君に加えこの栗原さんが常任で入ってくれそうなのよ! やったわね! ちなみに、
「はじめまして、風紀委員会に入りました六崎楪です。……何故か生徒会との連絡係に任命されました」
ヒロインさんこと楪さんは風紀委員会に入ったそうよ。
そして私達二三年生も挨拶したんだけど……、
「生徒会長の桐生元治だ。よろしく頼む」
桐生君は去年と同じく安定の警戒と人見知り……うーん、優菜先輩が隣にいるし気にしすぎじゃないの?
そして去年同様親睦をはかる為のお茶会に移行……去年は私が空気を壊しちゃったのよねぇ。けれど今年は、
「楪、楪、こっちのリーフパイも美味しいよ」
「何で食べさせようとするんですか!? 変態ですか!? 変態ですね!」
と言う、ほんとに恋人同士? って感じの光三朗君と楪さんの攻防をニヤニヤと見つめる時間になったわ。……あら、やだ、
「栗原さん大丈夫? ビックリしちゃった? けど大丈夫よ、基本的にみんな性格はあれだけど有能だし、仲間思いだから」
学園一年生の栗原さんは顔色を悪くするくらい驚いていたわ。当然よね。
「え、えーと、お二人、は、その」
「付き合ってるよ!」
栗原さんの躊躇いがちな質問に光三朗君が満面の笑みで答え楪さんが頬を染めながら頷いたわ。……ああ、そうだわ、色々教えとか無いと、
「栗原さん、この場にいる人間、全員嫁持ちだから……まあ、桜庭君のは画面の向こうだけど」
「いや、その、多分彼女? は、現実世界で生きてますし……ゲーム上では僕が嫁です」
……何時聞いても不思議な関係ねぇ。
「で、この学園での最大のタブーが相手がいる人にちょっかいをかける。なの。だから他の生徒に勘違いされ無いようにしましょうね」
私は可愛らしい後輩が苦労しないように忠告をするわ。……私みたいに図太くなさそうだもの。
「え、あ、は、い」
頷く彼女の声は震えている。……うーん、これは厳しいかも。
「そういえば栗原さん、コンクールってキルシュ財団の?」
「あ、はい」
「私もピアノで残っているのお互い頑張りましょうね」
「あ、はい、ありがとうございます」
……うーん、
「栗原さん、このクッキー美味しいわよ。どんどん食べて、タダだから」
「あ、はい、ありがとうございます」
…………うーん、
「栗原さん、私も去年この学園に来たばかりだからあれだけど出来る限り助けたいの。なんでも相談してね?」
「あ、はい、ありがとうございます」
………………駄目だわ、会話が続かない、さっきの忠告で怖がられちゃったかしら? それに……、
「……………………」
普段はかわいこちゃんには即近付きあれこれと世話を焼く優菜先輩は穏やかな笑みを浮かべ沈黙……、
「……………………」
普段は困っている生徒には優しい覚先生も穏やかな笑みを浮かべ沈黙……、
「……………………」
普段は婚約者に尽くしたり友人達と騒いでいる桐生君は仏頂面で沈黙……、
「……何なの」
……今日の自治会室は初めてなくらい居心地が悪かったわ。
翌日、生徒会のことは色々気になったけれど、まずはコンクールってことで教室から練習室に向かう途中で、
ガッシャーン!
と、言う何かが割れた音を大音量で聞いたの。慌てて二階に下りると、
「……何、これ!?」
全練習室の窓が割れている光景を目の当たりにしたわ。
「あ、野々宮先生! お怪我は?」
「私は大丈夫、まだ確認はしていないけれど怪我人は多分いないわ。……けど」
「……練習は多分無理ですよね」
うーん、今日は自室で自主練か……、
「あら、大丈夫よ。大学の練習室は無事だから……まあ一部屋しか取れなかったけれど……大学にはファイナリスト結構いるみたいで」
う、大学っ! すると背後から遠慮がちな声がかけられたわ。
「……あの、野々宮さん……家の栗原にその練習室を譲っていただきたいのですが」
振り返ると、優しそうな女性と一緒の栗原さん……うん、
「どうぞ、私は自宅で自主練しますので……頑張ってね栗原さん」
そして何か言いたげな先生に頭を下げ私は階段を下りるわ。
……いくらコンクールの為でも大学は無理だもの。
「「あれ、百ちゃんどうしたの? 練習は?」」
一階についたところで双子と遭遇したわ。光三朗君は部活、栄次君はバイトに向かうところみたい。
「さっきの大音量聞こえなかった? 練習室が使えないから自宅で自主練」
「あれ練習室の……でも課題曲まだ全然なんでしょ? 一人で平気?」
う、それは……、
「……はあ、ちょっと待って学内で使えるピアノが無いか聞いて見るから」
無言で目をそらした私にため息をつき、栄次君が端末を操作するわ。そして、
「お、良いピアノが使えそう……行こうか」
と、私を弟と共に連行するわ。……ちょっと何処よ!?
中央塔だったわ。そしてそのまま二階へ、
「いらっしゃいませ百合恵さん……災難でしたわね」
そして当然な感じで紗々蘭さんに出迎えられたわ。……栄次君、お嬢様と連絡とれるのね。そして秋に使ったボールルームに向かった訳だけど……、
「うわ、埃っぽい!」
ついて来た光三朗君が思わず窓に走るくらい使用されてなかったみたい。
「……すみません、最近は元佳さんとも家で練習をしているので」
以前は結構使ってたらしいわ。まあ、
「大丈夫です! ピアノさえ無事なら!」
そしてぱっぱと埃を払い椅子を調整しとりあえず自由曲──得意なベートーベンにしたわ──を弾いてみたわ。
「…………………………」
「狂ってるねー」
「狂ってるな」
「……すみません、普段使わないので調律スケジュールがどんどん後回しに」
……それは私にも責任があるような、
「でも平気です。こんなこともあろうかと先程楽器店に連絡をしときましたから」
おお! さすがね!
「んー、そういえば先生への連絡は?」
「……今するわ」
……そして私は駄目駄目ね。
野々宮先生に連絡したところ練習室のあれこれがあるから調律が終わる頃に来るとのこと、だから私は、
「「うう、気持ち悪くなるから止めて!」」
狂ったピアノに堪えられ無いと、叫ぶ双子に──早く予定の場所に行けば良いのに──構わず自由曲をリピート中、合流した愚弟と元佳さんと紗々蘭さんはお掃除中、そして紗々蘭さんの配下達は練習室の件の調査中らしいわ。
「んー、やっぱり狂ってるわねぇ」
ちょうど最後の一音が間の抜けた音で私は思わず苦笑する。これって直ぐ直るかしら? と、思いながら、
すると……、
ガチャッ、と、
背後でドアが開き、
振り向くと青年がいて、
彼はどんどんとこちらに近付き、
呆然としている私の足元にひざまずき、
「結婚して下さい」
と、言った。
「あら、あら、本当に色気が無いわねぇ」
隣に立つ美女が私のピアノを聞き終え、楽しげに感想をおっしゃるわ。長身、豊かな黒髪、豊かなバスト、滴るような色気のその美女の名は岸元静留。私が世界で一番敬愛するピアニストであり友人達と、
「ですが硬質で真面目で力強い音色……愛しています」
何故か足元で正座中の男性──岸元一宏さんのお母様でもあるわ。……っていうか、
「……何故私はここにいるの?」
「カズ兄さんに拉致られたから?」
「ボールルームのピアノが直らなかったからじゃないの?」
「兄様のお嫁さんになる為でしょう」
私の現実逃避気味なつぶやきに応えをよこしたのは城生院学園初等部五年A組の三人……とりあえず、
「……紗々蘭さん、色々とツッコミたいわ」
『兄様』とか『お嫁さん』に、ね。
約一時間前、一宏さんは私の足元にひざまずいたわ。そして何故かプロポーズをし、
「やっと見つけた。俺のおちびちゃん」
と、何とも縁を感じさせる一言を続けたわ。……ええと、あの、
「結婚、無理です」
私は理性の支配を逃れようとする肉体を動かし、引き攣る喉と口を使い、拒絶の言葉を何とか紡いだわ。すると彼は不思議そうに首を傾げ、
「ではおちびちゃんは高校一年生なんですか?」
と、聞いたの。……ええと、
「いえ、二年生ですが……」
あの、なら良いよね? って表情は止めましょう。いや、無理ってのは法的にって訳じゃなくて!
「兄様、未成年者の結婚は保護者の許可がいります」
法的にって訳じゃなく……はっ!?
「兄様!?」
紗々蘭さん!? 何故兄と!? すると紗々蘭さんはキョトンとした表情で、
「婚約者の兄だから……兄様?」
と、言ったの。
……………………、
「ロリコン?」
「六歳差だよ? 兄さんと百ちゃんとの差と一歳しか違わ無い」
「百ちゃんっていうんですか? 珍しいお名前ですね」
「ううん、百ちゃんは俺達だけのあだ名ー」
「苗字だと弟の僕と紛らわしいのでー」
「いや、やっぱりロリコンよね?」
「十年後も変わらず愛してるから平気」
「え、栄次さん……」
パンッ! 乾いた音が響き、全員音の発生源を向くわ。そこには、
「……とりあえず外野は黙って……それからあなた方、まずは自己紹介しあいなさいな」
呆れ果てた表情の弟のお姫様。そして彼女は続けるの、
「そしてピアノの調律を……その為にここにいるんでしょ?」
と、
「「「「「「はい、すみません」」」」」」
私達は謝ったわ。
「俺は岸元一宏二十一歳、大学で音楽史を学ぶ傍ら、楽器店でピアノの調律を学び、芸能活動で小銭を稼いでいます。家族構成は演奏家の両親とそこの高校二年生の双子の弟。……あなたが望むなら専業主夫でも総理大臣にでもなります!」
彼はピアノを調べながら自己紹介をするわ。……小銭稼ぎ……総理大臣はいいです。ええと、
「桃園百合恵十六歳、城生院学園高等部二年A組、芸術特待生でピアノ専攻、家族構成はサラリーマンの父と看護師兼助産師の母とそこの初等部五年の弟の四人家族。……将来はピアノで食べて行きたいです」
……言ってて思ったわ。完全にお見合いじゃない! って、家族構成と将来の夢は要らなかったわよね……、
「……で、直りそうですか?」
これは満足そうに私達を見ていた元佳さん。……うん、そうよね。まずピアノよね。
「……うーん、ちょっと無理かな? 色々と部品の交換がいるし……今日は大学から直接来たから部品は持って無いし大学にもこのピアノに合う物はちょっと無いかなぁ、明日以降に師匠ともう一度来るよ」
……うーん、やっぱりかぁ、弾いてて何と無くそんな気がしたのよねぇ。……よし、逃げましょう!
「……では今日は帰ります。先生にもそう連絡を……」
「じゃあ家で練習しましょう」
鞄を持ち、端末を取り出したところで彼に腕を掴まれたわ。そして鞄を取り上げられる……って!?
「え!? いや、あの」
「白姫ー、僕達の自転車、家に届けといてー」
いや、ちょっと!? 翔馬!?
「何とかなりそうだからじゃあ俺バイトに行くよ」
「俺も部活ー」
「私も配下達の報告を聞きませんと」
って、ちょっと!? 君達!?
「……百合恵さん……時には諦めも必要よ」
最後に気の毒そうな元佳さんにそっと頭を下げられ、そして私は岸元一宏さんに自宅に拉致られた訳よ。
ちなみに塔を出たところで遭遇した野々宮先生には、
「あの静留様に直接指導!? 行きなさい直ぐ行きなさい、っていうか羨ましいぞ、桃園!」
と、野太い声で応援されたわ。……味方は何処に?
私の鞄と左手を質に取った一宏さんは現在、高等部校舎と大学部本校舎間の連絡通路の下を通っているわ。歩く速さは私や元佳さんのコンパスに合わせてかゆっくり目、そして図書館の裏をグルリと通り……右手にあった小さめの小屋をノックするの、
「おや、一宏君、それに元佳様、そちらの方々は?」
ノックに答え出て来たのは警備の制服を着た線の細い美青年、
「家の客人です。通行許可と記録をお願い出来ますか?」
すると青年は渋面を作るわ。
「……通行は……身分証明が……」
「大丈夫よ、この姉弟はあの、神定善彦さんのお子さんだから」
「どうぞお通り下さい! あ、通行許可は恒久的にしますか?」
元佳さんの言葉で青年は幻のしっぽがブンブンと動くのが見えるくらいにキラキラとした目で私達を見るわ。……お父さん、
「……神定? あの百合恵さんのご両親は……」
……ねぇ一宏さんひっかかるのはそこじゃないと思うわ。
そして恒久的な通行許可なんてものを手に入れてしまった私達姉弟はとても凝ったデザインの門をくぐり校外へ、元佳さんとはそこで一時お別れ、彼女は出て直ぐ左手にある蔦に覆われた白い壁と水色の屋根のご自宅に帰って行ったわ。別れ際に、
「着替えましたらお菓子をいっぱい持って駆け付けますから」
って言ってくれたのには思わず涙腺が……味方はここにいたわ。
そして三人になった私達は白い壁に赤い屋根のお屋敷を横目に進み……、
「ここが俺の家です」
深緑の壁と屋根のお屋敷──岸元家に辿りついたわ。ちなみに中央塔からここまで十五分ほど……近いわ。
「ただいまー」
若干現実逃避気味につらつらと考えていると、一宏さんはすたすたと前庭を抜けポーチを通りドアを押し開く、え?
「鍵は?」
思わず口に出たわ。
「男三兄弟だし、不審者は入って来れないからあまりかけませんね」
……なるほど? ……って!? え、あ、きゃあ!?
「宏さん!? 今可愛らしい女の子の声が……って!? 声以外も可愛いー!」
「か、母さん! 潰れる絞まる窒息する!」
「え、あらいけない……で、宏さんこの美少女何! 彼女以外の返答は認め無いわよ!」
「うーん、彼女じゃなくてお嫁さんなんだけど」
「なら許す!」
いや、あの!
「まだ、プロポーズには頷いていませんから!」
部屋履きのままポーチまで走って来て、そのまま私を豊かで暖かな白い胸に抱き寄せた美女に私はとりあえず訂正するわ。
……静留様ってこんなにはっちゃけた方だったのね。と、思いながら。
その後、静留様にキュッと抱きしめられたままリビングに連れて行かれた私は、先程一宏さんにした自己紹介をもう一度し、課題曲の楽譜を提出させされ、まず一番好きで読み込んでいた楽譜をピアノ──リビングに鎮座していたわ──にセットされ、期待のこもった目で見られ、弾いたわ、曲を変えて合計三度。そしていつの間にか合流していた元佳さんと紗々蘭さんとくつろいでる弟達の前で楽しげなダメ出しを受けた訳なのよ。
……何なの、もう。




