彼女はヒロインその2、又は、臆病なピアニスト、でした。8
【冬~Winter Wind】
秋の終わりに三日間に渡って行われた学園祭も賑やかに終わり。桜花市は本格的な冬に突入したわ。……けれど、
「学園祭が終わって告白ラッシュも終わるかと思ったけどまだ続いてるのは何でー……」
「そりゃクリスマスにお正月、バレンタインデーがあるからだろ」
十二月に入ってすでに四回目の告白に自治会室でグッタリとしながらぼやくと生徒会長に就任した桐生君がどうでもよさ気な相づちを打ったわ。……それはわかってるわよ……でも、
「彼氏はいらないって言ってるのに、なんで告白して来るのー……何なの、マゾなの、嫌がらせなのー……」
「あわよくば、でしょうね」
クスクス笑いながら優菜先輩がチョコをくれるわ。……うん、美味しいわ。……けど心は晴れないの。だって、
「……めんどくさい」
あわよくば、なんで起こす予定は無いもの。
「んー、そんなに百ちゃん恋愛したく無いのー?」
「そうそう、さすがに一生独り身の予定じゃ無いよね?」
私の心底からの呟きに双子がからかうように聞くわ。
「……まあ、結婚はしたいけど……恋愛はいいなぁ……お見合い結婚したい」
そして出来れば、真っ当な勤め人と、平凡な結婚生活を送りたいのよね。
「……いや、お見合い結婚は良いが……恋も愛も無い結婚はどうかと思うぞ」
楽し気にパソコンを叩いてた明石君がすかさずツッコミをくれるわ。……常識人って便利よねぇ。
「まあ、さすがに愛や情が生まれる相手と結婚すると思うけど……でもねぇ、恋をして告白して付き合って色々あって結婚……めんどくさくない?」
「……めんどくさく無い、桃園には情緒が欠けてると思う」
あら、桐生君まで真っ当なツッコミ、
「くくっ、じゃああれが良いんじゃないかな? ほら、遺伝的相性による……百ちゃんも圓城寺にDNA提供したでしょ?」
DNA? ……あ、
「あー、特待生が任意でってやつね……いいえ、私は提供して無いわ」
正直音楽的才能が遺伝で決まるとは思えないし……まあそれはともかく、
「遺伝的相性による、ってなに?」
何と無く面白そうね。
面白くはなかったわ。
「……なんか人工天才児計画って感じねぇ」
優良な遺伝子を残すって感じで、
「んー、いや、聞いた感じではどちらかというと天才児よりも健康な子供が生まれやすいって感じだったね」
けれど、いやいやと栄次君が否定する。
「え? そうなの?」
「あー、そうだね~、遺伝的相性っていうのはいわゆる欠けたものを補い合うって感じだから~、優秀な子供は生まれやすいかも知れないけど、紙一重感のある天才児はどうかな~?」
物理教師なのに生物学が得意な覚先生が続けるわ。
「え? そうなんですか……じゃあ良いのかしら?」
結婚を望む男女にわかりやすい指針って感じで……、
「まあ、とはいうものの収集している遺伝子が、基本優秀なものだから……くくっ、人工天才児計画ってのも無くは無いんじゃない?」
………………は?
「……やっぱりどうかと思うわ」
……否定まではしないけど、ため息は出るわ。すると、
「そもそも百合恵さんはどういった男性がお好きなの? ……お聞きしておけば将来ご紹介出来るかも知れませんし」
優雅な手つきで紅茶を入れながら優菜先輩に少し遠慮がちに聞かれたわ。ちなみに今日はそれほど仕事が無く、圓城寺の二人も風紀の方達も中学生もいないの。だから優菜先輩が紅茶を入れてくれているんだけど……、
「手伝います」
……何故この学園のお嬢様達はこうフットワークが軽いのかしら。……そして私って気が利かない女?
「で、どういった男性、ですけど……適度に優しい普通の男性が良いですね」
過度に優しいのはめんどくさいし心配だもの。
「あら、じゃあ百合恵さんは面食いでは無いのね」
「……正直美形は苦手です」
魂に刻まれた感じで、恐怖症に近い苦手意識があるのよねぇ。
「……そう……それは残念ね。私は美形が大好きだから百合恵さんが男前な男性に大切にされているところを鑑賞したかったのだけど……」
………………ええと、
「美形がお好きなら婚約者の顔を見てれば良いんじゃ?」
王子様のような美男子ですよ? ……顔は、
「……え? ……ああ、元治君の……」
そして見つめ合う婚約者達、映画のワンシーンのような光景、赤く染まる桐生君の頬……けど、
「んー? やっぱり元治君は元治君ですから美形云々では無いですね~」
頬に手を当てふうと、ため息を漏らす優菜先輩、机に打っ伏す桐生君……落ち込んでるみたいだけど、
「……今の発言、とんでもない惚気だよな?」
「だねー」
「くくっ、だね」
「……冬なのに暑いわ」
末永くお幸せにね。
二学期の終わり頃、私は特待生の友人達六人と高等部一階を奥へ奥へと進んで行くわ。目的は腕に抱えている包みを、
「梅子先生ー、お時間よろしいですかー?」
お世話になっている美女カウンセラーに渡す為、なんだ、けれど……ええと、
「お取り込み中、ですか?」
カウンセリング中の札が無かった為、ノックはしたけど返事を聞かず入ったカウンセリングルームには先客がいたの。
「ああ、俺のことは気にしないで~、サボってるだけだから~」
学園一番人気の物理教師が……いや、何と言うか、
「……とりあえず梅子先生、特待生女子有志からのクリスマスアンド誕生日プレゼントです」
まず当初の目的を果たすことにしたわ。で、
「失礼しましたー」
と、立ち去ろうとしたんだけど……、
「まあまあコーヒー入れるから~、それに……」
それに?
「世界大会で優勝したパティシエさんのロールケーキがあるよ~?」
私達は顔を見合わせ頷き、グループカウンセリング用の部屋に困り顔の梅子先生を連れ向かったわ。
……女の子ですもの。
我が物顔でコーヒーメーカーのスイッチを入れたり食器を取り出したりしている覚先生を無視し、梅子先生は私達に、
「プレゼントありがとうございます。なんだか照れますね」
と、笑いかけ、
「開けても良いですか?」
と、リボンに手をかける。
「え、あ、はい、気に入っていただけると、良いのですけど……」
その度量の大きさからか一番に立ち直った子鞠ちゃんが返事をしてくれたわ。最高学年の皆さんは強張った表情のままだしねぇ……中等部一年時に色々あったのね、きっと。
「あら綺麗な色合いのカーディガン! ふふ、着てみますね?」
ちなみにプレゼントは軽やかなニットの浅黄色のロングカーディガン。有志四十人ほどで出し合って買ったからかなり質が良い品なの。
「まあ……軽くて暖かで……ふふ、似合いますか?」
カーディガンを羽織った梅子先生はクルリとターンをするわ。裾がフワリと広がって戻る……これは……想像以上に、
「「「「「とってもお似合いです!」」」」」
この場にいないけど……選んだアミタ先輩……グッジョブ!
「と、言うか本当にサボっているんですね……」
普通にコーヒーを注ぎ普通にケーキを八等分──家にも買ってあるからだそう──し、くつろぎながらコーヒーを飲んでいる覚先生に私は呆れた声をかけるわ。私はなにげに一緒にいる時間が長いからそこそこ踏み込んでも平気だって知っているの。
「はは、だってね~、いきなり担任押し付けられるし~、いきなり生徒会顧問だし~……みんな俺が新米教師だって忘れて無いかな~?」
実はちょっと前から担任のるー先生が奥さんと発掘に行っちゃったのよねぇ。だから副担任の覚先生にスライドされたのだけど、
「まあ、先生図太いですもの、緊張や気負いとは無縁ですよね」
常に七割ぐらいで生きてる感じがするのよね。
「……桃園さん、ほんと辛口……事実だけどね~」
まあつまり、
「本当にサボっているんですねぇ……」
「俺じゃなくても出来ることは押し付ける。それが先生の健康法だからね~」
押し付けたのは同級生の会長と副会長らしいわ。
「ま、ただ働きが大嫌いな先生ですから報酬はちゃんとあげていますよ~」
あげたのは妹の情報と四本買ったロールケーキの内の一本だそう。……どうなのかしらそれ。
「……覚先生、生徒を買収、は駄目でしょう……」
うん、やっぱり駄目よね。
その後超美味なロールケーキを堪能した私達だけど、根本的な疑問が解決していないことに気付いたわ。
「……そういえばどうしてここでサボっているんですか?」
ってことを。それに対する先生の返答は簡潔。
「癒されたいからだよ~」
……なるほど、
「じゃあここですね」
梅子先生がいるここは、森の奥の滝壺の側かってぐらい癒されるもの。
まあ、あの場では流しといたけど、
「あの二人って相思相愛よね!」
「「「「「「だよねー!」」」」」」
視線一つでわかっちゃうくらいの糖度だったもの! ……まあつまりケーキはね……口止め料、か。
「……梅子先生の平穏の為に黙っていましょうね」
決して買収された訳では無いって言っとくわ。
三学期が始まったわ。……クリスマスもお正月も家族で過ごしたけれど何か?
まあ、それはともかく私は今燃えているわ。何故なら、
「キルシュ財団の全日本学生音楽コンクール、優勝するわ!」
学生達が一月から四月まで、四ヶ月間をかけて競うコンクールの高校生以下の部に出場することが決まったからよ! と、言う訳で、
「桐生君、しばらくお茶以外では来ないわ」
「……お茶は飲みに来るんだな」
ええ、私、息抜きは必要だと思っているの。
「ふふ、それでは百合恵さんの分のお茶菓子を切らさないようにしないと」
「ありがとうございます優菜先輩!」
やるわ! 私! ……お茶を飲んでから。
「ずいぶんと珍しい時期のコンクールだね……ああ、まずビデオと書類選考か……録ったの?」
お茶を飲んでいると、インターネットで要項を調べていたらしい栄次君が聞いて来るわ。
「ええ、先生が回してくれたわ。今は来月の関東予選と再来月の東日本予選の練習中よ」
先生に決勝には間違い無く残ると言われているから。……でも、
「……ああ、けど……決勝厳しいね」
……うん、君も気付いたのね。
「え? 百合恵さんの腕前なら優勝間違い無しでは?」
……技術では負けないと思うわ。……でも、
「……決勝は自由曲と課題曲の二曲を弾くんですが……その課題曲の方のリストがこれです」
……二回の予選の課題曲は技術が際立つ曲や重い感じや楽しい感じの曲なんだけど……、
「……あら……あー、すべて恋の曲ですね……」
……色気が欲しい……恋抜きで。
「百ちゃん。家に来ない?」
二月十五日、授業が終わりさて練習、と席を立ったところで栄次君にとりようによっては告白紛いな言葉をかけられたわ。
「行かない」
彼と弟はともかくお兄さんへの不安とご両親へのファンとしての遠慮があるもの。
「で、どうしたの急に?」
これまで私のファン道に配慮し言って来なかったことを……、
「いや、昨日バレンタインデーだったでしょ?」
「ええ」
君にもチョコあげたよね? 私もファンや友人から大漁だったし、
「で、光君ヒロインさんにチョコもらって……」
「あら、おめでとう」
本当に脈ありなのねと思いながら片割れの隣で何故か拝んでる光三朗君に笑いかけるわ。
「ありがとー!」
光三朗君はニッコリと笑いそしてまた拝むわ。……何なの?
「それを見てた兄さんが羨ましそうで切なそうで……」
「……ん、うん?」
つまり彼女が欲しい? それとも弟離れが寂しい?
「だから百ちゃんに家に来てもらえたらなー……って」
なるほど…………………………ってならないわよ!
「だからの意味がわからないわ!」
何でその流れで私が君達の家に行くことが出て来るのよ!
「んー、夜、幸せを願う弟達として兄さんの好みを聞いて」
「兄さんはちっちゃくって可愛い小動物や砂糖菓子系が好みの外見で」
「それで自分の意見をきっぱりと言える子が内面的な好みで……」
「音楽の趣味が合う子と」
「「家族思いで俺達に色目を使わない子が最低条件なんだよ!」」
…………………………、
「……桃園のこと知ってるのか?」
明石君が思わず疑ってしまうほど、双子が気持ち悪いくらい仲良く言った条件は尽く私に合っていたわ。
「……行かないわよ」
あまりの衝撃に練習どころじゃないと自治会室で落ち着くことにした私は、温かいミルクティーを飲み干しもう一度拒否したわ。弟の方は部活に行き、人格があれな中間子との一対一での戦いが始まる……かと思ったら、
「あら、どうして?」
場外から優菜先輩に撃たれたわ。……ええと? 何故敵に、
「お会いするくらい良いじゃないですか。何より岸元家に行けば静留様からアドバイスがもらえますし……お二人が並んだところが見たいですし……」
優菜先輩? 後半おかしいですよね? ……本当に美形好きは婚約者でお願いします。
「そうそう決勝の課題曲、みんな母さんのお得意だから」
後半スルーで栄次君が乗っかるわ……それは魅力的……いえ、駄目よ、それは、
「ファン道に反します」
「ファン道?」
キョトンと首を傾げる可愛らしい優菜先輩に私は、
「息子の友人の立場を使い静留様にレッスンをせがむなんて撃たれます、叩かれます、ハブられます!」
崇拝者としての心得を語るわ。
「ファンとは遠くから応援するもの、ファンとは決して求めないもの、ファンとは……私は一ファンとして静留様を崇拝したいんです!」
CDを買い、コンサートは一般販売で敗れる。……娘になるとかないわ。
「……そんな理由でこれまでチケット受け取らなかったの?」
……いえ、お兄さんに会いたくないっていうのも理由の過半数だけど、
「ファンだからね!」
こちらもあるわ。
「……いや、俺達としては演奏家の息子として才能ある百ちゃんを応援、のつもりだったんだけど……」
え、才能あるって……それは嬉しいわね。
「ありがとう」
「だから家に……」
「行かないわよ」
それはそれ、
「……どう転んでも色気が身につく最高のチャンスでしょ?」
静留様に教えていただくか、恋に堕ちるか、ね。……うん、無いわ。
「……美形は苦手だってずっと言ってるじゃない」
日本一男前とか呼ばれているでしょ君の兄!
「家の兄さんは顔以外も素晴らしいから! 賢いし」
「知ってる」
クイズ番組でちょくちょく優勝してるわよねぇ。
「運動も得意だし」
「知ってる」
スポーツ特番でも活躍してたわよねぇ。
「家事万能で料理上手だし」
「知ってる」
トーク番組で腕前披露、良くしてるものねぇ。
「……性格もすごく良くて家族思いだし」
「あら、そうなの」
それは、初耳だけど……だから弟達があれな性格に?
「……どこが不満なのかな?」
「主に顔、そして完璧過ぎるところ」
……改めて聞いてて無い、って心から思ったわ。
「私、言われているほど図太く無いのよ」
完璧超人の隣は謹んでご遠慮したいわ。……申し訳なさも凌駕するくらいに。
──その夜私は幸せな夢を見た。
そして真夜中に目覚め、
温かなベッドから出て、
濡れた頬を拭いもせずに窓を開ける。
午前三時の街は静かで……、
「……雪」
白く染まっていっている。
身を切られるような寒さと失った温もりの夢に私は思わず一生隠し抜く予定の願いを口にしてしまう。
「……私も会いたいわ。……王子様」
夢の中の、顔の見えないあの人は、優しく私の頭を撫でながら、
──早く会いたいよ、俺のおちびちゃん。
そう願ってくれていた。
二月の終わりのヒトコマ
このところ姉ちゃんの様子がおかしい、ずっと危機迫る感じでピアノを叩いてる。弾いているのはコンクールの課題曲である超絶技巧曲、練習に熱中しているとも言えるんだけど……、
「……姉ちゃんなんかあった?」
どこか折れそうな雰囲気があるんだよね……、
「…………何も……何も起こさないわ」
手を止めること無く言い切った姉ちゃんに、僕はそれ以上踏み込むことを止めた。




