彼女はヒロインその2、又は、臆病なピアニスト、でした。7
全校あげてのハロウィンを賑やかに終え、迎えた十一月の初め。今晩はグツグツと煮えてるすき焼きを囲みながらの家族団欒。ちなみにうちは東京生まれの父に合わせて割り下を使った関東風なの。そして当然、
「あ! それ僕が育ててたお肉ー!」
って、感じの姉弟での争いがおこり……当然勝利したわ。
「うう、酷いや姉ちゃん……」
食後、両親がお風呂に入りに行き、リビングに残された私達姉弟。未だに弟が拗ねてるから仕方なくアイス選択権とテレビのチャンネル権を譲ってあげたわ。すると、
「……何故、彼が出ている番組を?」
私が逃げまくっている男性──岸元一宏さんの出ているクイズ番組をかけたの。
「良いじゃん別に、むしろ何でカズ兄さんは避けるの?」
他のもっとあれな連中とは仲良くなったのに。弟は不思議そうに尋ねるわ。……それは、
「……なんか会ったら不幸にする気がするのよ」
胸がザワザワするような確信を持った予感。
出会ったら終わりだという言葉が頭から離れ無い。
「……姉ちゃんにも生まれた時から消せない『不安』と、イケメンに対する苦手意識があるとは聞いたことがあるけど……」
「……多分それと同じ……覚えていない『過去』の記憶から来ていると思う」
私には前世の明確な記憶は無いわ。けれどそれに起因するとしか考えられ無い感情──イケメンと呼ばれる顔の良い男への恐怖、恋されることへの抵抗、そして『彼』に対する申し訳なさがあるの。
「……きっと縁があって……そして不幸にしたんだわ」
だから会いたく無いの……幸せになってほしいから、
「……姉ちゃん。これから僕の意見を言うね。返事はいらないから……もし仮に、姫様に記憶があって、僕を不幸にするから会いたく無いって言ったら僕は怒る。だって僕には不幸になる権利があるから、その権利を侵害する権利は姫様にも無いから」
弟は私の目を見つめ続ける。
「ねぇ、姉ちゃんにカズ兄さんから姉ちゃんを奪う権利があるの?」
と、
臆病な私は目を逸らしたわ。
「まさか弟に諭されるなんてね」
翌日の放課後、私は沈みそうな気分を回復させる為、練習前に自治会室でちょっと働いてお茶をすることにしたわ。
「さすがシスコンな兄姉に妹さんが好きです宣言をしただけあるわ」
小さく感嘆を漏らし私は階段を上る。
……弟の言うことは多分正しい、けれど、
「幸せになってほしいのよ」
穏やかな人生を送ってもらいたいの……今世では、
「……幸せになりたいのよ」
有り触れた平穏な人生で。
「伴奏、ですか?」
自治会室で軽い仕事をしていると、優菜先輩からちょっとした要請を受けたわ。
「ええ、ダンスパーティー初出席の皆さんから元治君がコーチングを頼まれて……使えるボールルームにはオーディオ機器は無いけれどピアノがあるから……百合恵さんの今年の演奏曲はワルツだったでしょう?」
練習のついでってことでお願い出来る? と、なるほどねぇ……、
「でしたら構いませんけど……ええと、ピアノはどんな?」
出来たら大きめのグランドピアノが良いけど……、
「うむ、確か……」
そして桐生君が出したメーカー名は世界最高峰のピアノメーカーであり、しかも昨日調律をしたばかりだと聞いた私は、
「じゃあ、行きましょう! すぐ行きましょう! 何時間でも弾きます!」
と、皆さんを急かしたわ。……だって、
「講堂と第一音楽室にしか無いと思ってたあの名器を弾けるなんて!」
競争率が高くてコンサートぐらいしか弾け無いんだもの。
私は弾き心地と音色が最高なピアノに浮かれながらワルツを奏でるわ。メンバーは生徒会と風紀のみんなとそのパートナー達。ダンスの先生が開いてる公式のダンス講習会もあるけど、気を使わせたく無いからって週に一、二回は優菜先輩とレッスンを受け、プロ級の腕前らしい桐生君に頼んだそうなの。……でも、
「……人選ミスだな」
バイト先の三年生、エキゾチックな美少女の末永先輩にパートナーを頼まれたという果報者の明石君がため息をつくほど、
「元治君は教えるのは苦手でしたのね……」
桐生君には教師の才能がなかったわ。
「……うーむ、今気付いた。……一を聞いて十を知るような弟妹にしか教えたことがなかったからな……」
どうやら今まで優秀過ぎる生徒しか持ったことがなかったから自覚がなかったらしいわ。
「……とりあえず、優菜と気をつけるべきポイントを言いながら一度踊るので、何と無く続けて踊って下さい」
……大丈夫なのかしら?
結論から言うと大丈夫ではなかったわ。
「……同僚に大会に出るようなペアがいるので……連絡します」
と、同級生のバレー部のエースな彼女とラブラブな三澤君が言うくらいに、そして、
「……すまない、頼む」
こんな感じに桐生君がヘニャリとするくらいに、ね。
ちなみに今日の出席者はコーチを頼まれ失敗した桐生君と優菜先輩のロイヤルな見た目のカップルに、微妙に苦笑気味の明石君と人見知りらしく彼に縋り付いてる末永先輩──可愛すぎて優菜先輩と一緒に連絡先を教えてもらったわ──のじれじれなカップル。言動は男前な三澤君と、とにかく言動が可愛らしい蜜音さん──可愛すぎて……以下略──の初々しいカップルに、
「いや、練習場所を提供してくれただけで充分助かっている」
見た目は厳ついが後輩思いで優しい春日井先輩と、身長は小柄だけど風格が大物な子鞠ちゃんの身長差44cmカップルの四カップルに、私を含めた計九人、ちなみに場所は、
「この御三家フロアは一般生徒は使えませんものね」
小中高大の四校舎に囲まれた中庭にある中央塔の、創立者の子孫と彼らが招待した人間だけが入れる二階のボールルーム。
「そうですね、優菜様……けどこんなお部屋もあったんですね。初めて入りました」
とは子鞠ちゃん。彼女は友人である初等部のお姫様達に良くここに招待されるそうなの。
「ふふ、私達もあるのは知っていたけど使うのは初めてなの……そもそも普段はあまりここは使いませんし……」
基本的にここは、生徒会で忙しい二人と、部活に忙しい桐生君の弟さんは使わず、初等部のお姫様達がお茶や中高等部の友人やファンとの交友に使っているらしいわ。
「まあ、とりあえずサロンに行きましょう。妹……お嬢様が色々置いといてくれたそうですので」
三澤君の提案に従い私達はサロンに向かったわ。……色々……楽しみ!
扉を開けました。ダークスーツの美人がいました。メイドさんもいました。お姫様がいました。お姫様とメイドさんはトレーディングカードゲームで対戦中です。
……ええと、
「あら、元佳ちゃん達は今日は使わ無い予定じゃなかったかしら?」
……うん、そう聞いてたわ。だから気兼ね無く使えるってことだったらしいけど、
「あ、先輩方こんにちはー」
今璃ちゃんもいたわ。多分キッチンスペースな良い香りがする場所からピョコンと出て来たわ。
「……今璃、説明お願い」
白熱しているらしくお姫様は今璃ちゃんに説明を投げたわ。
「んー? ……ああ、ここにいる事情っすねー。……あのメール来てません?」
……ん? 集中する為オフにしといたのよね。ええと、
「不審者?」
携帯には学園周辺に不審者の目撃情報があったとの注意喚起情報が届いていたわ。
「はい、で、学内の警備の何割かが出入り口と捕縛に向かったんで、安全の為に帰宅せず一番安全なここで待機っす」
「……ここは一階が警備室だし、仄さんと楪がいるから」
勝負がついたらしくお姫様がやって来たわ。……近くで見てもびっくりするくらいの美少女な。
「ふふ、元佳様勝敗は?」
今璃ちゃんが笑いながら尋ねるわ。……仲良さ気ね。
「また負けたわ……楪、何でそんなに強いのよ!」
「ええと、あの、親友がこういったものが好きで……ええと、一応兵法を学んでいますし……」
勝者らしき楪さんというらしきメイドさんもやって来たわ。……お姫様と並んで遜色無い美少女な。すると、
「……仄、今璃、楪、皆様をお席に……」
と、もの凄い美少女が現れ、威厳たっぷりに命じたわ。……割烹着と三角巾を着けている、ね。
と、いうことでダークスーツの美人──多分仄さん──に、エスコートされ思わずときめきながら一番大きなテーブルに着席したわ。ちなみにサロンはいくつかのテーブルセットや応接セットがあって……とても広くて豪華で上品で、でも居心地が良い部屋だったわ。
そこで今璃ちゃんが立ち上がり、
「……んー、じゃあとりあえずボクが紹介役しますねー……じゃあまず、先着組、この美人がママです」
と、紹介を初めたわ。……何と無くいい加減な感じで、で、紹介されたダークスーツの美人、今璃ちゃんの実母では無いママさんは、
「はじめましてもお久しぶりの方もこんにちは。六崎仄です。……皆様には何時もうちの愚息がお世話になっております」
と、きっちりとした礼をしたわ。……ええと、つまり、
「まあ史ちゃんのママです」
……うん、予想は出来ていたけど……大学生の息子がいるようには見えないです。二十代でも通用します。そして美人です。
「で、楪です」
「はじめまして。六崎楪です」
次いで紹介されたのはメイドさん……ええと六崎ってことは……、
「史ちゃんの妹で……別名ヒロインです」
「それは止めて下さい!」
よね。……うん……この子がツンデレで恥ずかしがり屋なヒロインさん……がんばって。
「で、ボクの主の紗々蘭です」
「はじめまして。圓城寺紗々蘭と申します」
配下は適当な紹介なのに、驚くほど優雅で丁寧な礼をした美少女──紗々蘭さんは国内トップ企業の総帥令嬢。のはずなんだけど……、
「それで皆様、コーヒーと紅茶どちらになさいますか?」
何故か一人割烹着姿でサーブをしています。
「で、ボクが紹介するのもおかしいんですが元佳様です」
「はじめまして皆様。何時も兄がお世話になっております」
そのことには触れずもう一方のお姫様の紹介。……良いの? 主にメイドさん。
「じゃあ、先輩方の紹介を……まず、同僚で風紀委員の楡兄さんです。元佳様」
「はじめまして元佳嬢。三澤楡晶と申します。……その、愚弟が……」
「お気になさらず」
で、次いで三澤君をお姫様に紹介……愚弟……ああ、あの、
「で、その彼女で色々あってうちに来た蜜姉っす」
「はじめまして。二条蜜音です。弟がお世話になっています」
「いえ、逆にお世話になっているくらいですわ」
そして彼女の蜜音さんを紹介。彼女は色々あって圓城寺に仕える家の養女になったらしいわ。そして彼女の義弟はしっかり者らしい……うらやましい、
「で、うちのバイトの明石先輩です」
「は、はじめまして。明石英俊と、申します!」
もの凄い緊張した表情で明石君がテーブルに頭を打ち付けそうな勢いで頭を下げる。……まあ未来の上司がいるものねぇ。
「で、同じくバイトの末永先輩です」
「……末永アミタです。よろしくお願いします」
消え入りそうな声で末永先輩も挨拶するわ。……明石君の制服を掴みながら。
「で、ええと……あれ? 優菜先輩と柊耶先輩と元治先輩と子鞠先輩は必要無いっすね……じゃあ最後、百合ちゃんです」
なんだかんだで全員と面識があるらしい四人を飛ばし、今璃ちゃんが残った私を紹介してくれたわ。……よし、いざ、
「はじめまして。桃園百合恵です。……何と言うか……元佳さん! 愚弟がすみません!」
私は椅子から立ち上がり元佳さんに頭を下げるわ。……ずっと決めてたの。お会いしたら全力で謝罪することをね!
弟のお姫様はお気になさらず。と、苦笑しながら言ってくれたわ。……いい子ねぇ……ほんとごめんなさい。
主に弟ネタにまみれた挨拶が終わりお茶会が始まったわ。
「こちらはハムサンドでこちらはタマゴサンド、こちらはマフィンです。で、このお皿のクッキーは右から紅茶、チョコ、プレーン、抹茶です。それから時間がありましたので元佳さんとパウンドケーキを焼きましたので今、持って来ますね」
そして変わらず一人クルクルと働く紗々蘭さん……ええと、
「お手伝い……」
「お気になさらず」
しなくて良いらしい。
「あー、そのお嬢はお茶入れるの好きなんで」
そして美味しく無いお茶が嫌いらしいわ。……なるほど六崎君のあの紅茶の腕はそこから。
「……そのせいで私は外で紅茶が飲めなくなったんだけど」
とは、元佳さん。舌が肥え過ぎた弊害が……、
「まあ、そんなに褒めないで下さいませ。照れますわ」
そんな苦情をクスクス笑いながらいなす紗々蘭さん。仲良しねぇ。美しいわ。……すると、
「おいしそうな匂いがするー」
と、長身で優しそうな白衣姿の美人がニュルリとやって来たわ。……この自然体なのに気品にあふれた女性は……、
「あら、姉上もいらっしゃったのですか?」
やっぱり桜花院さんね。
「うん、あー君が危ないからここにいろって。で、仮眠してたのー」
……ああ、だから白衣がしわしわで寝癖が……すると今まで席でゆったりとしていた美少女達がすたっと立ち上がり。
「梨絵姉この席」
「姉様おぐし直しますね」
「もう、梨絵は仕方が無いんだから……はい、パウンドケーキ」
「ふふ、姉上、白衣を、しわを伸ばしますわ」
……ええと?
「……うむ、なんだ、梨絵さんは天性の被保護者なんだ」
別名妹たらし、なんですって。
「梨絵姉はチャイですよね」
紗々蘭さんもたらされた妹らしいわ。
そんなかいがいしい妹達によって美人度が増した梨絵さんは、
「でー、そのかわいこちゃんだれー?」
と、唯一初対面だった私を──他の面々はバイトや何かでお知り合いだったらしいわ──紹介するよう優菜先輩にねだるわ。……可愛らしい方ねぇ。
「ふふ、芸術特待生の桃園百合恵さんですよ。……百合恵さんうちの姉の梨絵です」
「はじめまして」
「はじめましてー」
ニコニコとした邪気の無い笑顔……ほんと可愛らしい方ねぇ。
「んー、じゃあずっとピアノ弾いてたの百合恵ちゃん? すっごく楽しそうで気持ち良く眠れたー」
「それはそれは……安眠妨害にならなくて何よりです」
どうやらこのフロアはそれほど防音性はなかったみたい。
「ええ、本当に素敵なピアノで……一緒に弾きたくなりました」
元佳さんも笑顔で褒めてくれ、紗々蘭さんも頷くわ。
「ふふ、ありがとうございます。ではお二人もピアノを?」
「いいえ、私はチェロで紗々蘭がヴァイオリン……トリオが組めますね」
あら、それは楽しそうな、
「ふふ、それは素敵なこと……紗々蘭ちゃんの歌うようなヴァイオリンと元佳ちゃんの華やかなチェロを百合恵さんの力強く正確なピアノが支えて……是非ともお聞きしたいわ」
演奏は全然だけど聞くのは大好きな優菜先輩が珍しくわがままっぽい発言をするわ。
………………、
「……ええと、お二人楽器は……」
「……予備をここに」
お茶を終えたら三人で三大ワルツを演奏することになったわ。……以前の使用者、桐生君のお爺様がチェリストとしてピアノトリオを組んでいらしたらしく、楽譜がいっぱい置いてあったからなんだけど……、
「……宝の山だわ」
そのトリオのピアノと編曲を担当していた人物は日本作曲家界の第一人者だったわ。
ちなみにヴァイオリニストは現在大臣なんですって。
「……この学園って凄すぎる」
その後三人で初見ってことでちょっとズレたりとかしたけど楽しく演奏し、三澤君が呼んでくれた新たな先生の指導の下、練習会は成功したわ。……そして、
「また、一緒に演奏しましょうね」
と、私は美少女の連絡先をさらに二人、増やしたのだけど……、
「……ヒロインさんの連絡先は手に入れそびれたわ」
これは彼女に……、
「まだ彼がいないからじゃないわよね?」
婚約者のいない紗々蘭さんと一応フリーな元佳さんと末永先輩のは手に入れられたんだから。
十一月のヒトコマ
十一月の初め。図書館で調べものをしてて日が暮れてから帰った僕に、軽やかな三拍子の曲を弾きながら姉ちゃんが、
「今日『姫』に会ったわよ」
近くで見ても素晴らしく美少女よねぇ。と、爆弾発言をした。
「……うええ!?」
なんで!?
「今日中央塔に行くことになってばったりと」
月末の学園祭の後夜ダンスパーティーの生徒会メンバー練習会を中央塔で行ったそうで、姉ちゃんは音楽を担当したらしい。
「あー、そういやピアノあったねー……」
「あと、一緒に紗々蘭姫とメイドさんとも会ったわ」
素晴らしく目の保養になったわ。と、姉ちゃん……イケメンは嫌いなのに美少女は好きだよね……、
「……えー、で」
姫様どんな反応を……、
「ふふ、脈ありっぽいじゃない、良かったわね」
!?
「ほ、ホントに!?」
あくまで私の私見だけどねぇ。と、笑う姉ちゃんに僕は思わず抱き着き関節を決められたのである。
……姉ちゃん……ホント外見詐欺。




