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この学園には攻略対象者はいません。  作者:
第三章 攻略対象者な彼と攻略対象者やモブな彼女のお話。

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彼らは物静かな会計と悪役執行部員、又は、ボクっ娘執行部員と熱血漢な当て馬、でした。~お姫様と犬と狐。前編~

男女交互視点です。

 


 【八分の一レアチーズケーキとムチ】



 昼休みに俺が卑怯だと、謂われ無い謗りを受けた日の放課後。今日は休みだと聞いていた紗々蘭(ささら)が中央塔の最上階にある本来は理事長の応接室で身内だけの茶会を開いた。


 メンバーは紗々蘭と俺と今璃いまりと双子とゆずり、そして楡晶にれあとその彼女の蜜禰みつねさんだ。緑郎ろくろうも誘われていたが、


「いやあ、いくら俺っちでも四カップルと同席はいたたまれないさー」


 と、断っていた。……一応、楪と光三朗こうざぶろうはまだカップルじゃないが……時間の問題か。


「今日は伸び盛りの皆さんに、カルシウムとタンパク質、ビタミンCとコラーゲンが豊富なカッテージチーズのレアチーズケーキ、ブルーベリーソース添えです。あっ、同じコンセプトでおからクッキーも焼きました」


 そんな四カップルでの茶会のメニューは色気は少ないが愛は多い品だった。……確かに、双子と今璃は半年で10cm以上伸びたし、楡晶と蜜禰さんも10cm近く伸びた。俺と楪はそれ程急激には伸びていないが、それでも5cmぐらいは伸びた。……紗々蘭は本当にいい子に育ったな。そんな俺の感想はこの場の全員の共通認識であり、


「あーもー! 紗々蘭は可愛いなー!」


「紗々蘭ちゃん世界一可愛い!」


「……紗々蘭さん……大好きです!」


 と、紗々蘭は女性陣に抱きしめられ、もみくちゃにされた。ちなみに楡晶と光三朗は幸せそうにその光景を見つめ、栄次えいじは口元を押さえ静かに悶えている。……ああ、では、


「……紅茶を入れて来る」


「あ、手伝うよ。ひとし君」


 もみくちゃ状態の紗々蘭に変わって俺と楡晶で紅茶を入れることにする。



「美味しいなー」


「美味しいねー」


「美味しいよー」


「美味しいですー」


「美味しい!」


「……美味い」


「……カッテージチーズから手作りか……うん、爽やかで美味しい」


「ふふ、お口に合ったならば幸いです」


 俺達がダージリンを入れ終わる頃、漸く紗々蘭はもみくちゃから解放された。そしていただきます、と、口に運んだレアチーズケーキもおからクッキーもとても美味く。俺達は幸せな気分で暫しゆっくりと食を楽しんでいた。が、突然、けたたましくドアが開き、男が乱入して来た。


「姫ーっ!! 会いたかったーっ!!」


 と、叫びながら。


 俺は食器を置くと素早く闖入者を拘束する。紗々蘭の方を見るとこの場の全員が紗々蘭を守るように移動していた。


「あら、鳴滝なるたきさん、お仕事ですか?」


 そんな守られている紗々蘭は紅茶を一口すすり闖入者におっとりと声をかける。そう、この闖入者は、


「はい! しーちゃんの命令で書類を取りに来ました!」


 ご当主の第三秘書の鳴滝(たすく)だ。……ど変態の、


「……ならば、とっとと持ち帰れば宜しいのでは?」


 俺同様、鳴滝が紗々蘭に接触するのを嫌がっている楡晶が氷点下の視線と声で退去を要請する。……厄介なことにこの人は管轄的に俺達が無理矢理排除することが出来ない。


「えー! 楡晶ちゃん酷い! 頑張る社会人には飴が必要ですのに!」


「……ええと、その人知り合い?」


 とっさに紗々蘭の前に行ったらしい光三朗と蜜禰さんは困惑した様子だ。


「はい、光君、蜜姉さん、紹介しますね。父の第三秘書の鳴滝さんです」


「はじめまして! 鳴滝祐でーす! しーちゃんの忠実な奴隷兼姫のペットです!」


 ……この人はこう言った類の変態だ。なので、


「いえ、私は鳴滝さんを飼った覚えはありません」


 紗々蘭の冷たい反応も、


「即答ありがとうございます! ご馳走様です!」


 褒美として受け取る。……本当に厄介な……、


「……用が無いならご帰社なさって下さい」


 わりと切実に要請した。……いい子に育った紗々蘭にこの変態は害毒だ。


「わー!? 用ならある! 姫にご相談したいことが……ある!」


「相談、ですか?」


 こんなだが鳴滝は学園担当のエリート秘書だ。……もしや此処で何かトラブルでも……、


「………………姫。彼女へのプロポーズ、頷かせるにはどうすれば良いでしょうか?」


 ものすごく私事だった。


「………………」


「わっ!? 史君!? 無言で追い出そうとせーへんで!?」


 全力で追い出されるのを拒絶する鳴滝、そして微妙な相談をされた紗々蘭は、


「…………将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。その逆も又真かと……とりあえずウエディングドレスカタログと打ち掛けのカタログを、そして美少女メイドとちびっ子執事についてお話しすれば大将を射抜けるのでは?」


 と、真面目に策を授けていた。……ベストアンサー。


「おお!! 流石姫!! 実に素晴らしいアドバイス!! …………ではお礼にこれを……」


 心からの感謝を口にした鳴滝が、驚くほど真剣な表情で差し出したのは可愛らしくリボンで飾られた──乗馬鞭だった。


「………………」


 俺は無言で鳴滝を排除する。そして紗々蘭は、


「え? 私は鞭打たねば走らないような駄馬は飼っていませんので」


 キョトンと首を傾げ、持ち帰るよう告げる。そんな彼女の冷静な対応にも鳴滝は素敵! 最高! 等と喚いていたが今度はおとなしく追い出された。当然受け取り不可のプレゼントも投げ捨て鍵をかける。


「……………………ふう」


「……お疲れ、史ちゃん」


 ……本当に凄く疲れた。



「ええと、お疲れ様? ……あの、あの人大丈夫な人?」


 光三朗が困惑顔のまま尋ねる。……大丈夫とは言いたくは無いが……、


「……ご当主の命令には絶対服従だから」


 ……本当に奴隷のように仕えているからな、あの人。


「……と、言うか……彼女、いるんですね……」


 接触するのは三回目だった楪が信じられないと言う。


「……あー、うん、学園時代からの十年来の彼女がねー」


 今璃が疲れたように言うように鳴滝は高校生の頃から一学年上の女性と付き合っているらしい。……その彼女とは、


「えっ? この間紹介された時、理事長あの人のことロリコンって言っていたけど」


 ご当主がそう言いたくなるような、


「……あの人の彼女はお前達の向かいの家のご令嬢だ」


「「……………………合法ロリのミナモさん」」


 凄まじく童顔で小柄な女性。


「「……つまり大将は………………」」


 ……美少女が大好きな某副会長だ。


「彼女さんとは面識が無いのでその主を……なかなか良いアドバイスだと自画自賛しているのですが……」


「「………………うん、ベストアンサー」」


 双子は力無く紗々蘭を讃える。……本当に疲れた。



 【彼の嫉妬、主の怒り】



 ──これは…………困ってしまいますわ……。


 眼前にはきっちりと纏められた焦げ茶の髪も清楚な上品な印象の少女。現在彼女に詰め寄られております偽装ボクっ娘なわたくし一戸いちのへ今璃は、現実逃避的にそう思いました。彼女の言い分は、


元樹もとき様は白姫様の婚約者候補なのに馴れ馴れし過ぎでは? もう少し周囲の視線もお考えになって? それとももしや過ぎた野心でもお持ちになっているの?」


 で、ございます。……何が困るかと言えば、この方の立ち位置が紗々蘭の味方ファン(本心から)だと言うことでございます。……その上本当に紗々蘭と元樹は以前お見合いじみたことをし、あの性悪はつい先日まで婚約者候補筆頭でございました故、彼女の言い分はあながち的外れでは無いのでございますが……、


「聞いていらっしゃるの!」


 ……場所と時刻が悪すぎますわ。


「ええと、池内いけうちさん、おしゃっていることはごもっともですが……ええと、少し場所を移しませんか? ここでは皆さんのランチタイムの邪魔になりますし……」


 そう、ここは中高等部の食堂なのでございます。そして時刻はお昼の十二時を回ったところ……曜日が土曜であることがせめてもの救いですわね……。



 さて、こんな困ったことに陥った本日は中高合同体育祭の前日。最終準備を終えたわたくし共生徒会は午前で解散となり、帰路につこうとしたわたくしは部活に来ておりました親友とばったりと会い労働に報いろ、と、昼食をたかりました。


 そして昼食を買いに行った親友を見送り、どの席に座ろうかと、考えておりましたところ隣のクラスの女生徒に隅に連れて行かれ冒頭の注意を受けた訳でございます。


「……確かに……そう、ですわね……ではわたくしのクラスに……」


 あら、池内さん? どうなさったの固まって……わたくしの背後に何か……、


「きゃっ!?」


 唐突に鳩尾の辺りを圧迫され地に足が着かなくなったわたくしは思わずキャラに合わない悲鳴を上げてしまいました。……こんなことをなさるのは……、


「なんで元樹君のことでいっちゃんを責めるの?」


 少し硬質な響きのバリトンの持ち主でございますわたくしの恋人以外、おられませんよね……ええと、少しお怒りで? ……何故?


「いっちゃんは俺のなのに」


 ………………まっ、まさか!? 嫉妬!?


「………………このタイミングでそれを言う史ちゃんが謎だよ……」


 これまで公表していませんでしたのに……、


「? まずかった?」


 頭上で首を傾げたのがわかりました。……顔が緩みそうでございます。


「…………別に良いけど」


 ……実はとても嬉しいのでございます。


「………………じゃあ帰っろっか?」


 ……親友とランチを放置することになりますけれど……まあ、良いでしょう。


「ふふ、うん、じゃあ池内さん、御機嫌よう」


 と、わたくしは常の少し少年じみた笑みとは違う紗々蘭曰く、蠱惑的な悩殺笑顔を浮かべ優雅に辞去を告げました。……ぬいぐるみのように抱えられていては格好が付きませんがね……。


「ご、御機嫌よう?」


 ふふ、池内さん、これは互いにとって最善な……、


「……残念だけど、もう手遅れ」


 ……突然表れた親友から不穏なお知らせをされました。その片耳には携帯電話、人前では常に浮かべております温和な笑みも珍しく引き攣っております。……まさか、


「……池内さん、でしたね? あなたにある方からお電話です」


 親友は聖人じみた笑みで池内さんに携帯電話を差し出し……って!?


「だっ駄目だ!! 池内さん!! その電話に出てはっ!!」


 けれど、時既に遅く……彼女は電話を耳に当ててしまいました。その顔色はどんどん白く……、


「「!!」」


 史ちゃんが彼女が崩れ落ちる前に携帯電話を奪い乱暴に電源を落としました。わたくしはわたくしでポケットから自らの携帯電話を取り出し短縮ダイヤルの一番に掛けます。……ああ、せめて色のついた声で……、


「……もしもし」


 ……完全に感情の色の無い声でわたくしの大好きな主は電話に出ました。


「ひゃあ!?」


 ……こっ、これは……ここ数年で最悪の状態!?


「お、お嬢!? ……ええと、そのさっきまで電話で……ええと」


「……別に怒鳴ったり詰ったりはしていない。ただすこぶる不愉快な妄言を口走ってる生徒がいると聞いたから……原因と勘違いをしているお嬢さんにくだらないことでお姉ちゃんを煩わせるなと、そうお願いしただけだ」


「ひゃあ!? お、お嬢! き、君のお願いは不穏過ぎるんだよ!! っていうか誰から聞いたのさ!?」


「ソースは明かさん、それより……月史つきひとは?」


 ……あ、少し怒気が滲み出しましたね……これは何とかなりそうです……頭上で電話を共に聞いていた史ちゃんもほっとした空気に変わりました。そして電話を代わります。……え、何故このタイミングでわたくしを下ろしますの? ……え、電話を聞かせて……下さらない、の、です、ねぇ。


「……はい………………先程言いました…………はい、俺が悪いです…………はい……はい……はい……」


 じと目で睨むわたくしの頭をポンポンと叩きながら史ちゃんは紗々蘭との電話を続けます。


「……では直ぐに帰宅します」


 そして電話を終え、わたくしに返します。……ええと、


「お嬢何だって?」


「……とりあえず……そこの君……池内さん、で良いですね……ご主人様から伝言です。……『先程は言い過ぎました。あなたの気遣いは嬉しく思いますが今璃は私にとって大切な姉であり。桐生きりゅうの次男とは赤の他人ですので……これからは余り噂に踊らされることの無きよう……若輩からの忠告です』……だ、そうです」


「は、はいぃ!!」


 池内さんは潤んだ瞳で頷きます。先程は紙のようでした顔色も、頬に朱がさし大丈夫そうでございます。……ですがなんでしょう、どうやら紗々蘭の心の広さに心酔の度合いが強まったような……実はわたくしの主は飴と鞭を無意識で振るうと言う厄介な性質が……ああ、又しても『奴隷イヌ』希望者が……ええ、考え無いことにしましょう。


「……ああ、後、元樹君、そう言うことだから……今後、女子避けには家の姫達を使わないように」


「……了解しました」


 史ちゃんの通告の形の警告に元樹は完璧な穏やかさの笑みで頷きました。……これから苦労なさるでしょうね……ふふ、いい気味。


「……で、いっちゃん……帰ろう」


「はーい」


 表面的には平然と史ちゃんが誘い、明るくわたくしが応じました。……けれどその心中は、


 ──ああ!! 愛しい主兼妹が無表情なまま泣いている!! 早く慰めねば!!


 ……紗々蘭は非常に内罰的な性質でございます故。



 【紗々蘭の毛布(精神安定剤)



 紗々蘭は過保護だ。特にその性質は俺達配下に対して強く表れる。中でも女子である今璃と楪に対してのそれは顕著で……それと内罰的な性質と自らのファンの暴走が組み合わされると……、


「……ごめんなさい、お姉ちゃん。……私のせいで……」


 非常に落ち込む。……どうやって気分を上げさせよう……、


「え、いや、紗々蘭? 別にボクはちょっと的外れな注意受けただけで別に傷ついて無いよ?」


「……でも嫌な思いをさせた」


「……うん、確かにちょっと不快だったけど……ええと、紗々蘭は関係無いからね?」


 ……数多くのファンを持つ紗々蘭だ。全員の動向を把握するのは不可能に近い。


「……でも私のことを思ってあの人も言ったんだし……そもそも私がちゃんとあれとの婚約は無いって表明していなかったから……」


「うん、それは家と桐生双方の事情だからね? 紗々蘭は関係無いからね?」


 婚約話が出たのは家と桐生の共同子会社が出来た頃、両家の円満さを示す為完全に話が消えることはなかった。


「……それに、あの人にもきついことを言ってしまった」


「いや、フォローちゃんとしたじゃん! 彼女帰る時には元気だったし平気!」


 ……むしろ喜んでいたような……考え無いことにしよう。


「……でも」


「あー、もうっ!! 紗々蘭は関係無い! 悪くも無い! 主に悪いのは元樹と史ちゃん! それに異論は無いよね!?」


「……うん」


 ……女子避けに二人を使っていた元樹君、今璃との関係を明言していなかった俺、確かに今回の騒動の責任は俺達だろう……些か釈然としないものを感じるが……ちなみに先程の電話で叱られたのはそれ、今さっき言ったと伝えたら、遅い! と、更に叱られた……言う必要性を感じなかったのだが今璃の為に春には言うべきだったらしい……難しい。


「じゃあ、責任のある史ちゃんがあんな風にへらへらしてるんだから紗々蘭はそれ以上にへらへらする!! 良いね!!」


 ……へらへら……しているつもりは無いのだが……、


「……無理」


 紗々蘭は俺をちらっと見て今璃に向き直りぶんぶんと首を振る、


「……うん無理だよね……紗々蘭は恥を知ってるから」


 今璃は今璃で俺をちらっと見ると額に手を当て大仰なため息をつく…………、


「……酷く無いか?」


「「そっちが酷い!!」」


 ……ハモって言わなくても……。



 ──さて……。


 未だ落ち込んでいる紗々蘭を今璃に任せ、紗々蘭の台所で今日の昼食を考えながら俺はひっそりとため息をつく。紗々蘭は内罰的なことこそ口に出さなくなったが気分はまだ底辺に近い。この状態を何とか出来る数少ない人物である梅子うめこさんと元佳もとか様の両名は共に出掛けていて連絡が着かない。


 ……とりあえず紗々蘭の好きな和食を作ろう……冷蔵庫に卵が多いから親子丼で……後副菜と味噌汁を……、


 とりあえずまず米を洗っていると、携帯が震えた、手を拭き確認すると祖父からで、玄関に行け、とのこと、紗々蘭が落ち込んでいる報告はしたので余人は立ち入らないはずだが……首を傾げながら玄関に行くと、


 ──あ、こいつがいた。


 紗々蘭の唯一が魔性じみた笑みを浮かべ立っていた。……怖いのだが。



 来訪者に動揺している紗々蘭をその最愛に任せ、今璃と二人で昼食の準備を続ける。……蕪の味噌汁と茸の焼き浸しにした。刃物を扱うのが苦手な今璃には茸を裂いてもらう。ソファーセットでは婚約者(仮)達が会話中の模様、小声で話しているので内容はわからないが穏やかな様子だ。


 そしてほぼ作り終え、ガスレンジに炊飯を任せ、リビングの様子を確認すると……ものすごく動揺している友人に縋るように見つめられた。……貴重だ。


「……どうした?」


 声を掛け今璃と近づくと困惑した色の滲む抑えた音量の声で栄次は言う、


「紗々蘭さんがその、抱き着いたまま寝ちゃって…………どうしよう……」


 と、見るとソファーに腰掛ける栄次の、隣に座った紗々蘭が横からしがみつく形で寝ている。その両手はがっちりとシャツを握り離れそうに無い。……貴重だ。


「あー、色々疲れたんだねー、お昼が出来るまで寝かせておいてくれます?」


「俺は良いけど……ええと、良いの?」


 …………栄次に欲の色は無い……俺も頷く。


「良いんです。それより声抑えなくても良いですよ? 紗々蘭寝るとなかなか起きないんで」


 今璃が紗々蘭の寝起きを暴露する。紗々蘭は無理に起こしても不機嫌になったりしないが最低十分はぼんやりしている体質なのだ。


「……え、ああ、うん、わかった、二人が良いって言うならこのままで……それでその……ええと、元樹君が婚約者候補って話しが出たって聞いたんだけど……」


 ……嫉妬? いや、不安か……、


「……紗々蘭に聞かなかったのか?」


「……泣き止ませるのを優先してたら寝ちゃったんだ」


 ……栄次も紗々蘭が無表情の下で泣いているのが見えたのか……安心だな、……ではこちらも安心させよう、


「……昔そう言う話があって消えただけ」


「は?」


 ……安心しなかった。怪訝な顔で見ている。


「あー、ほら、自動車の共同子会社、あれが出来る頃、話しが出て……ええと年齢、容姿、能力、その他諸々がピッタリってことと父親同士が親友ってことでお見合い? みたいな顔合わせがあったんですけど……一時間で完全消滅しました」


 今璃がすかさず補足してくれた。


「? 何で?」


「……泣かせて」


 ……あれは酷かった。


「え? 元樹君が?」


「……を、です。紗々蘭が見たことが無いほどの攻撃性と舌鋒を発揮しボロ泣きさせました」


「………………何で?」


「……一番有力な説が前世でのかたき説」


 それ以外に説明がつかなかった。


「…………つまり、良くわからないけど気に入らないってこと?」


「ですね。……双方共にそう思ってますから……ですけど子供達が仲悪いとか経営的にまずいんで、絶対に候補のとれない婚約者候補で居続けた訳です」


 顔合わせ時元樹君も泣きながらやり返した。……未だに二人は会う度に周囲を凍り付かせている。


「……なるほど」


「……ええと、聞きたいのはそれだけですか?」


 ? 栄次が知りたいのはそれぐらいだろう。


「………………ん、ああ、二人が付き合ってることは何と無くわかってたから……だって今璃ちゃん史のことだけ兄、って呼んで無いし」


 ……あ、『俺の』宣言、か…………何だか面倒な臭いが、


「……他の皆さんも気付いてますかね?」


 今璃が顔を曇らせる。……気付いていて欲しいが……、


「…………少なくとも光君と元治もとはるひゃくちゃんは気付いて無いな……基本鈍いプログラマーコンビも多分……先輩方は微妙かな? んー、携帯確認すれば?」


 ……………………。


「…………なんかものすごい着信とメールっぽいんでちょっと……」


 俺達は顔を見合わせ先送りにした。



 その後昼食の為に起こした紗々蘭はぼーっとしばらくは栄次に抱き着いていたが完全覚醒をした後、顔を真っ赤にし、離れようとして転びかける──栄次が抱き留めた──などと動揺頻りだったが気分は浮上した。……それどころではなくなったとも言える。そして四人で少し遅い昼食を摂り『紗々蘭回復』を同僚達に報告したところ直ぐやって来た緑郎と楡晶に俺と今璃は残念なお知らせをされた。


「二人の関係について多方面から連絡を受けた。で、付き合ってる、詳細は当人達からって返事しておいた」


 ……午後はメールと電話で潰れた。



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