彼らは人懐っこい庶務とヒロインその3、又は、捨てられメイドと爽やかな当て馬、でした。~楪編~
楪ちゃん一人称です。
一万字オーバーです。
【世界が輝きだした瞬間】
十歳の春、初めて『お嬢様』を見た日、私の世界は一変した。
蝶の柄の黒い振袖を着たお嬢様はとてもとても綺麗で本当に息をしているのかと疑うほど現実味が無く、私は夢を見ているかと思った。
けれど集まった『七席』家の面々を見渡し、末席に座る私に目を止めた瞬間、
お嬢様は笑いかけてくれた。
私の世界が彼女の為のものになった瞬間である。
そしてそれまでは家業だからと何と無くやっていた護衛術の鍛練を本気で始め、貴人のお側に侍るのだからと礼儀作法を習い、さらには彼女のお世話をさせていただけるように着物やドレスの着付け、湯殿での髪や肌の正しい洗浄の仕方、そしてあの見事な黒髪のアレンジ技術を習得した。その際の練習用としてお嬢様ほど見事では無い自分の真っすぐな黒髪を伸ばすようになったのだが……いや、色気づいて無いからっ!
後、これは蛇足だがその時私の側に居た親戚の兄ちゃん達も自分に笑いかけてくれたと感じたらしく、現在、六崎の『月持ち』の半数以上は彼らである……まあ、あれは絶対私に笑いかけて下さったんだけどねっ!!
【ど田舎の青春】
我が家は山ん中にある。隣家まで徒歩十分、中学校や商店までは徒歩三十分、ちなみに憧れのコンビニまでは車で三十分、ど田舎である、超ど田舎である。
「うう、梁ちゃん……せめて学校にいる時にメールして~」
私は計一時間のお使いを終え、帰って来た家の台所で母に文句を言う。ちなみに買って来たのは一リットルの醤油と牛乳二本……うん、年頃の娘に頼むものじゃない、しかも時刻は現在午後六時季節は真冬、街灯など無い山ん中重たい懐中電灯を持ちリュックに醤油と牛乳を入れたよれよれのジャージ姿の私、どうよこれ?
「ん? すまん、気付いたのが料理を始めた後でな、まあ良いだろう? 良い鍛練だと思え」
そんな梁ちゃんはそこそこ有名な書家、作務衣に割烹着姿、練習用にと無理を言って伸ばしてもらっている黒髪は適当にゴムで一結び、なのに娘の私すらクラッと来るほどの色気、うん、どうよこの理不尽、
「おー、ゆずお帰りー、梁ちゃんご飯まだー?」
こちらも作務衣姿の父の十悟君がタオルで湯気の立つ頭をガシガシと拭きながら妻に声をかける、ちなみに父は専業の山葵農家で入り婿、元五藤分家、山葵は主家に収めています。
「んー? もう少しー、だから楪、お風呂は早めにな?」
「はーい」
梁ちゃんの言葉に適当な返事をし、私は空いた風呂に入る、忠告を聞き入れずにゆっくりと……出た頃には夕食のぶり大根は冷めていた。うん、仕方ない。
これが六崎分家、崎坂家の日常である。
「ゆずってさー、彼氏とかいらんの?」
中学からの帰り道、たんぼの中にぽつんとある自販機でお汁粉を買い何故かその前にあるベンチに座り一つ下の幼なじみで親友の星螺とキャイキャイ話しているとそういえばって感じで聞かれた、少し前に近隣の高校の制服を着た男子に私が告白されたのを思い出したんだろう。
「いらんねー、それよりお嬢様、だもん」
実は私は結構モテる、どうやら美少女らしい、まあ幼少期から美人な両親や美形な親戚の兄ちゃん達を見て育ち、十歳で絶世とか傾国とか極上とかの形容詞が付く美貌のお嬢様を見た私としてはそこそこかな? って感じのレベルの顔だが、
「ふーん? それで、その世界一素晴らしいお嬢様? その護衛に本当になれそうなの?」
「フフフ、六崎には私以上の女子実力者はいないからねっ! お嬢様がお年頃になったら間違いなく呼ばれるさっ!」
「ふーん、まあ頑張って? 青春をお嬢様にかけた女子力皆無な楪ちゃん?」
「う、着物とドレスの着付けが出来てヘアアレンジが上手いは女子力だろう?」
「自分に生かされてるのがツヤツヤの黒髪だけな時点で女子としてアウト、そもそも登下校ぐらい制服着れば?」
ええ、私は常にジャージ一択ですが何か? だって、
「あの山ん中でスカートとか十中八九怪我するしっ! それに護衛だからっ! 女子力多分いらないからっ!」
実は必要とされていたことを知ったのは勤め始めてから、大好きなお嬢様──主君にとてもがっかりされた時に……ううう、もっとそっちも努力しとくんだった……。
【圓城寺家は賑やかな職場でした】
「ゆず、しっかりと勤めるんだよ」
「楪、失敗したら帰っておいで、ここはお前の家だから」
「ゆず、私も高校は東京に行くからっ! その時は遊ぼうねっ!!」
夏休みに入り混雑する新幹線のホーム、私は圓城寺邸へ向かう為正午過ぎのそれを待ちながら両親と親友との別れを惜しんでいた。ちなみに星螺よ桜花市は東京では無い、きわめて近いが、
「大丈夫、梁ちゃん十悟君、実力も礼儀作法も問題なしってなったから呼ばれたんだし、それから星螺、離れるんだからメールの既読スルーは控えてね」
そして私は新幹線に乗り、私鉄に乗り換え、桜花市にたどり着いた、が、職場兼住居の圓城寺邸がある『桜花市』はさらにバスに乗り換えねばなら無い、だが……、
「君が楪? ふーん? 余り崎坂っぽくは無いね、うん、素晴らしい……ああ、申し遅れたね、私は四倉の深子、紗々蘭の運転手、君とは同じチームだから、よろしくね」
今日は違うんだ、駅前にスカイブルーの国産車──圓城寺と桐生の共同子会社の物──に寄り掛かった妖精のような美人が待っていてくれたから、
「はい、はじめまして、崎坂の楪と申します、これからお手数をおかけするかと存じますがよろしくお願いいたします」
私は深子さんにきっちり四十五度のお辞儀をする。彼女はお嬢様の御母堂の運転手も勤めていた筋金入りのお方だ、尊敬します。
「んー、真面目ちゃんか……六崎らしい……多分これから苦労すると思うけど、まあ紗々蘭の側に侍れるんだ、我慢しなさい」
深子さんは苦笑し謎の言葉を言い、そして車の後部座席のドアを優雅に開いた、私は恐縮しながら車に乗り込みつつ思う──真面目な人間は苦労する? ってどういうこと? と。
その答えはその日の夕食時にわかった、恙無く──いや、ものすごく緊張したが──御当主とお嬢様──約四年半の間にさらにお綺麗になっていた──に御挨拶をし、直属の上司で養母になる女性、仄さんに引き合わされ、他のお嬢様の専属達にも紹介され、そして案内された自室──綺麗な洋間──で着替えた私は、お嬢様に手を引かれ──超恐れ多いッス──連れて行かれた本邸──ものすごく立派な伝統建築──で何故か上座に座らされ、しかも隣はお嬢様で、と、もうテンパりまくっていたところ、
「じゃあ、楪ちゃんの歓迎会を始めるずぇい!!」
と、先程紹介されたばかりのお嬢様の『七席』四倉の緑郎先輩がマイク片手に立ち上がった、…………へ?
「まずは、圓城寺を仕切る影の重鎮達のご挨拶と一発芸からだ!!」
そしてマイクを隣の男性に渡す、………………あれ?
「では、まずは私から──楪さんお久しぶりですね、貴女の大叔父の臣です、ここでは家令兼護衛頭です、覚えていてくれてましたか? フフ、では一発芸……バク宙!」
大叔父の臣さん──ちょっと前に祖父になりました──がにこやかに挨拶するとクルンとその場で回る、周囲からはやんややんやの掛け声と拍手、………………はい?
「では、次は私が……はじめまして、圓城寺邸保守管理総括を務めます霜です、気軽にそうちゃんと呼んでくれて構いませんよ? では一発芸……釘の一発打ち!!」
若い男性達が板と釘と金づちを持ってきて霜さんの前にセットする、そしてカンカンカン! と、霜さんが一振りで釘を板に打ち付けた、またしても拍手と歓声………………おお?
その後も自己紹介と一発芸は続いた。料理長の竹生さんは流れるような包丁捌きでアジを下ろし刺身にし、そして私に薦めてくれた、……美味しかった、造園部長の水幸さんは旦那さんと見事なクイックステップを披露、四倉家は兄弟五人でマジックとジャグリングとパントマイムを披露、それからは志願制になりヒップホップダンスやラップや詩吟や落語が披露された。
…………うん、みんなノリノリですね…………、
そして、そのまま全員で夕食、何故か庭──見事過ぎる日本庭園──で流しそうめんをし、ちらし寿司やら天ぷらやらお刺身やらとにかくたくさんの美味なる料理を堪能、そしてデザートにお嬢様がお作りになったという水羊羹を食べ──最高に美味でした──もうお開きかな? と、思ったところ緑郎先輩がとんでもないことを言い出した。
「んじゃ、最後に圓城寺の女王、紗々蘭姫に一発芸を披露してもらいましょう!!」
…………………………はい?
唖然とする私を置き去りにし周囲は大歓声と拍手の嵐、待ってました! の掛け声が響く、…………えっ、恒例なの?
そしてお嬢様は立ち上がり今まで色々な芸が披露されていた場所に立つ、そして彼女の執事で今さっき義兄となった人──お嬢様『七席』のリーダー、史義兄さんがうやうやしく白い革張りのケースを差し出すとお嬢様はそれを開け飴色の楽器を取り出した、…………わー、ヴァイオリンだー、超似合うー、
お嬢様はしっかりと時間をかけ調弦をする──それすらも芸術的に美しい──そして弓を構え、ピタリと止まる、
周囲から音が無くなり、そして極上の音色が響いた。
今、私は大浴場にいます。当然全裸です。そして美女と美少女に囲まれています。当然皆さんも全裸です、うん、どうよこの状況、
「あらー、楪ちゃんお肌ツルツル、うふふ若いって良いなー」
「まあ、無駄の無い体、芸術的ですねー」
「フフ、綺麗な黒髪、見事だねー」
そして既婚美女トリオに愛でられています。
「うへへ、梅子ちゃーん、また胸が育ったんじゃー?」
「一玻ちゃん、私も二十代後半です、もう育ちませんよ」
これは御当主の秘書の一玻さんと三澤家の梅子さん……お二人ともゴージャスなお胸です……うらやましい、
「紗々蘭、シャンプー流すから目を閉じて」
「はーい」
これはお嬢様と秘書の今璃先輩の声、お二人は仲良く洗いっこ中です……うらやましい。私が羨望の眼差しで今璃先輩を見つめていると、お風呂上がりに、
「ああ、そういえば楪は着付け等の侍女技術を学んでいるのでしたよね……では明日からはメイドとして紗々蘭の側に侍りなさい」
と、義母に言われました……ん?
「……ええと、私はお嬢様の専属護衛では?」
「ええ、もちろん、それに加え史が執事も兼任するようにあなたにはメイドとしても仕えることを紗々蘭も望んでいます」
確かに六崎は執事や家令を務める家系だ。女児ならばメイドということだろう、とは言え、
「……ええと、義母さんはメイドでは無いですよね?」
義母は常にダークスーツです、
「……楪、私にメイドが似合いますか?」
……義母のメイド姿…………ええと、
「……はい、了解しました」
うん、人には向き不向きがありますよね……、
そして翌日、お嬢様と被服部長の紀香さんに用意済みだったメイド服を着せられて私は圓城寺邸ではその制服でメイドをすることになりました。
あ、あと、その後行われたお嬢様と専属達だけでの懇親会でお嬢様では無くて主君と呼ぶことが専属達の間で決定しました……ええと、『七席』達が全員、呼び方が違うのはチャットとかでわかりやすいからだとか……なるほど……、
「まあ、何と無く楽しいからだけどなー」
……うん、真面目ちゃんは苦労する、か……まあ主君も楽しそうですし良いよね!
【イケメンとエンカウント】
崎坂楪から六崎楪影になりました。現在の私は主君の護衛兼メイドです。学校には通っていません……転入試験難し過ぎるよ! ……うう、おかしいな……田舎では学年トップだったんだけど……さすが名門城生院学園ってことか?
そして今日はお休みをもらいました。曜日は日曜日です。
ちなみに昨日、主君が婚約(仮)を結びました。相手の方は裏のお宅の次男さんで学園の特待生の高校一年生だそうです……うん、主君が幸せなら良いよね……、
「……まあ、変質行為をしたらフルボッコだけどね」
複雑な心の内をため息で流し、黒いジャージ姿の私はランニングのペースを上げる。今日はお休みで人気の無い城生院学園を探索しつつ鍛練中、平日には出来無いからね。
「んー、ここらは屋外部活のクラブハウスだっけ……うーん? まあ、主君は来ないよね」
ちなみに理由は護衛としていざという時に備えて、です。ん?
「おっ、良い木…………ああ、のぼりたい」
田舎じゃ真っ当な娯楽がなかったから木登りが趣味だったんだよね……さすがに圓城寺の木に登るわけにはいかず……まあ、つまり欲求に負けました。
……これが人生二度目の転機になるとは思わずに。
「ええと、痴女、です、か?」
今、男性に人生初の姫抱っこをされています。そしてその相手に不思議そうに痴女かと尋ねられています。
「……ちっ、違う!! ええと、あの、とりあえずありがとうございます? そして下ろして!!」
うう、とりあえず下ろしてほしい……私は主君一筋だったから男性に免疫が無いんだ。しかもこの彼、美形には免疫のある私でさえクラッと来るほどの健康的な色気のあるイケメン、少し垂れ気味のグレーの瞳がセクシーです……ん? グレーの瞳? ……大陸の血が入っているのか?
「うん、下ろす、だから少しじっとしてて、俺、加害者にはなりたくないから」
つらつらと現実逃避的思考をしているとイケメンに優しく諭された……ああ、無意識に暴れていたのか、そして声もセクシー、少し高めで甘い声……って? ……ん? 加害者?
「ヘ?」
思わず間抜けな声が出た、だって! この彼上半身裸ですよ! しかもめっちゃ鍛えてる!! 髪が濡れてるからシャワー後かな!? ……あれ? いやまさか……もしかして下半身も……、
「僕には露出癖は無いから!! だからとりあえず目をつぶって!! そしてじっとしよっ!!」
テンパりました、暴れました、焦ったように叱られました、うん……すみません、そして言われた通り目を閉じました。
「あっ、」
……その二秒後に聞こえた声の意味は考え無いことにします。
ようやく下ろしてもらえました、お尻の下はベンチのようです。けれど、
「……まだ目を開け無い方が良いよ……痴女じゃないなら」
了解です、開けません、忠告をコクコクと頷きながら聞き、私はじっとしている。すると側で衣擦れの音が聞こえます。うん、本当すみません。
そしてしばらくいたたまれない気持ちで座っていると、目を開けても良いと声がかかりました、
「……で? 痴女じゃないならなんで男子更衣室に侵入なんてしたの? そもそもここ二階だよ?」
怖ず怖ずと目を開けた私の前には当然イケメンがいました。そして腰に手を当てながら私を詰問します。ええと、それは……、
「ええと……その……のっ、のぼり易そうな木だったから……」
「……は?」
私が正直に答えるとイケメンは呆れたような声を上げます……ええ、正しい反応です。
「で、のぼって、ちょうど目の前に窓があって、で、開けてみたら開いて……そしたら目が合って……で、バランス崩して堕ちました」
……いや、だって誰もいないはずだったし、そもそも開くとは思ってなかったし、いきなりイケメンと目が合ったし、うん、でも私が悪い、ちゃんと謝ろう、ちゃんと感謝しよう、と、決意したが、
「ええと、その……なんかゴメン?」
逆に謝られた……え? いや、その……、
「いえ、その……すみません……ええと、では、失礼しました!」
思わず私は早口で謝罪を告げるといたたまれず立ち去ってしまった。
そう立ち去ってしまったのだ……ああ、もう本当すみません! 名も知らぬイケメンよ! 多分春まで会わないので忘れて下さい!
けれど再会は早く訪れた。
あの痴女未遂事件から一夜明けました。私はなんとか生きています。……とりあえずなかったことにしようと思います。
さて、先程言ったかも知れませんが私は転入試験に失敗しました。なので高等部入学試験の勉強をしながら護衛とメイドをしています。主な仕事は義兄が学園生活中の主君の護衛です。登下校の付き添いをし、授業中は校舎の隅に待機しながら勉強、放課後は御友人達との歓談にお側でメイドとして仕える、そんな毎日です。
そして今日も主君と御友人──いえ、大親友の桐生元佳様との歓談に水を差さないよう、気配を殺し控えます。……うん、それにしても美少女コンビだなぁ、主君の黒髪黒瞳の凄みと清らかさを兼ね備えた美貌も凄いが元佳様の茶髪に茶色の瞳の可憐さと華やかさが同居した美貌も凄い、うん、眼福な職場です。
そしてしばらくにこやかに会話をしていたお二人ですが、元佳様が晩御飯の準備があると、暇を告げます。……え? 大企業のお嬢様なのに?
ですが、主君はそれをスルー……うん、そういえば主君も毎日朝食を作ってるしね、
そして元佳様が鞄を手にほぼお二人専用の創立御三家のサロン──中央塔にあります──から立ち去ろうとしたところで、
「実は……モカたんに報告したいことがあるんだが……」
と、主君が怖ず怖ずと元佳様を止めます。ちなみに主君は幼少期を『お兄ちゃん達』と遊んで過ごした為かタメ語は基本男口調、……うん、それも可愛い、
「は? 何? 早く言いなさい」
そして元佳様の方は基本上からのお嬢様口調。こちらも可愛い、
「……ええと、その……」
おや? 普段しっかりとしている主君らしからぬ、モジモジとした態度、うん、これも可愛い、
「……はあー、明日聞くわ、じゃあね」
おっと、元佳様、呆れて帰宅しちゃいます。どうします主君?
おお、追いかけますか、……うん、報告って一昨日のことだよね……、うん、親友にはまず報告したいよね、
「ちょっと待って、モカたん!」
元佳様が階段を下りるのを主君が止めます。けれど元佳様は止まりません、あっ、ちなみにサロンは二階、エレベーターでは行けませんので階段です。
「あの! 私恋に堕ちたの!」
主君が叫びます。元佳様が振り返ります。そして……、
「!!」
階段を踏み外しました……って!?
「モカたん!?」
幸いほとんど階段は残っておらず、元佳様は足を捻るに留まりました。けれど、原因を作ってしまった主君は動揺してます。ちなみに私は軽くテンパりましたが主君の動揺を見て落ち着かねば、と思い、なんとか平静を保っています。
「モカたん!? 大丈夫!? ああ、大丈夫じゃないな! とりあえず……ええと、どうしよう楪!?」
「はい、主君落ち着いて……元佳様、少しおみ足を拝見します……ああ、これは立たない方が良いですね」
主君を止め、元佳様に断り軽く足を見て診断したところ軽度の捻挫のようでした。とは言え私は怪我には慣れているが素人、ここはやはり、
「元佳様、失礼します……主君とりあえず診療所に行きましょう、ご連絡を」
私は元佳様を姫抱っこし、主君に連絡するよう頼み診療所に向かう、ちなみに診療所は大学部の敷地内にある、女医しかいないのは御三家のこだわりだ。
女医さんの診断も私の見立て通り軽度の捻挫でした。とは言えお一人で帰らす訳には行きません、ですので心配し付いてきた主君のお願い通り私がまたしても姫抱っこでご自宅まで運ぶこととなりました。うん、こう言うの役得って言うんだよね。
ちなみに元佳様は、
「……紗々蘭……とりあえず帰ったら電話するわ……覚悟なさい」
と、主君に宣告しました……うん、主君ファイト、
そして訪れた桐生邸……うん、圓城寺邸に慣れてなければ、ビビったね、……まあ、元佳様を出迎えた元佳様の長兄の元治様とその婚約者の桜花院優菜様の美形っぷりにはビビったけど……何だろう、桜花市の美形の割合は、
で、現在、私は桐生邸のリビングで薄茶の髪と瞳のモデル体型の気品ある涼やかな美人、優菜様に歓待されています……うん、どうしよう、
「ふふ、楪さんは中学三年生なのね……ふふ、学園には?」
「ええと、その……転入試験がその……」
すみません、私出来無い子です。
「ああ、確かに……転入資格は直近の試験と同程度の試験を上位五位以内の得点でクリア、でしたものね……では来年、後輩ちゃんになるのね」
へ? そんな厳しかったの? ……ああ、だからみんな責めないのか……、
「……はい、義兄達に教わり受験勉強を頑張っていますので……はい、なれる、と、思います」
ちなみに入学試験は義兄達に通るだろうと言われています。多分転入より条件が緩いのだろう、そして優菜様と元治様は義兄や先輩達と友人関係らしい、
「ふふ、大丈夫よ、緑郎も月史君も優秀ですもの、ふふ、でも少し残念ね……」
「残念、ですか?」
「ええ、楪さんは白いブレザーも似合うでしょうけれど、紺のブレザーも似合うでしょうから……ふふ、残念だわー」
そして優菜様は美少女好きらしい……うん、私レベルでも良いんですか?
その後元佳様のもう一人のお兄さんが帰宅したところで私は辞去した……うん、皆さん良い方だった、来年からの学園生活はなんとかなるかな?
そして四季門──主に桜花院家専用の門──から帰ろうとして気付いた──身分証が無い、と、
城生院学園は基本ICカードによる身分証明システムを採用しています。授業の出席管理や学食や購買での支払いにも使いますが、主な用途は学園への出入りです。
私は学生では無いのですが職務でほぼ毎日過ごすので学生証とほぼ変わらない物を与えられています。とは言え普段は圓城寺邸内の専用門──こちらは複数の生体認証です──を使う為ほとんど使う機会が無いのです。今日も使いませんでした。
しかも先程出る時は元佳様の学生証を使った為、今気付いた訳です。……うん、どうしよう、
「とりあえずこのまま圓城寺邸に戻るか……」
うん、色々なことは帰ってから考えよう。そう決め、私は帰路につく、そして……、
曲がり角でゴッツンコしました。昨日遭遇したイケメンと、
「……なんでメイド服?」
呆然としながら目の前のイケメンを見つめていたら不思議そうに尋ねられました……ええと、その……、
「ええと、コスプレ?」
答えに迷うと、失礼な誤解をされました、……いや!
「ちっ、違うしっ!! ……多分……ええと、じゃあ!!」
そして私はまたしても立ち去ってしまった……だって、恥ずかしいし! ……それにコスプレ……かも知れない、だって『七席』の正式な制服はダークスーツなので……メイド服は主君の趣味です……しかも手作りでした……うん、主君は配下を着飾らせるのが好きなのです……ご自分の方が着飾りがいがあるのにね……。
【運命では、無い、と、思う】
今日は火曜日、現在時刻は午前七時、私は男子更衣室の入口付近でグレーの瞳のイケメンの膝の上に座っています……うん、どうよこれ!?
「なんで三日連続でエンカウントするんですかー!」
うう、少女マンガじゃあるまいし、同時にドアを開いて押し倒す、とか、何この状況!? しかも二回目のいわゆるラッキースケベ……どうしよう……、
「んー、運命だから? って言うかやっぱり圓城寺のメイドさんだったんだねー」
私がグルグルと考えているとイケメンはとんでもない発言をします……はあ!? 運命!? しかも職業バレた!?
ちなみに私がここにいるのは日曜日のあの痴女未遂事件の少し前ICカードで飲み物買ったことを思い出したから、そして紛失がバレていなかったから、なのでここに落ちているかと考え、まだ生徒が入れない時間帯に来た訳です……ん? あれ?
「ううう運命って!? いやそれよりもなんでこんな時間に!? 不法侵入!?」
じゃないですね、叫んだ瞬間に気付きました、この人と昨日四季邸付近でゴッツンコしたと、つまり……、
「ん、違うよ? 昨日四季邸近くで会ったじゃん? 俺ん家は四季邸の冬、四季門から入ってるんだよ」
ええ! わかってますよ! そこまで馬鹿じゃないです!
「ですよねっ!! つまり貴方様は我が主君の婚約者殿ですか!?」
違うだろうけどな! もしそうだったら主君に何と無く申し訳無いし! ……ええと、確か主君の婚約者(仮)さんは三人兄弟の真ん中で……、
「違うよ? 俺はその弟の光三朗です、だからフリー、なんで──結婚を前提に付き合って下さい」
私が彼の正体を考えていると、予想通り三男だったイケメンは突然手を握りプロポーズ紛いの告白をしてきた…………へ?
「君のその顔と声と上腕二頭筋と腹筋に惚れました! 結婚うんぬんはおいおいで良いんで──とりあえず名前と連絡先を教えて下さい!!」
……ええと、顔と声と上腕二頭筋と腹筋? ……いや、ちょっと待て!?
「わー、超素敵! あー、堪らない……ねぇ? ちょっと触っても……」
告白の台詞に呆然としていたらなんか顔が近づいて来た、っ!?
「……わー、いきなり床にキス? 凄い!」
私は思わずイケメン──岸元光三朗さんを床に組み伏せてしまった……いや、だって免疫無いし! けれど光三朗さんは一切怒らずに私を褒める……うわあ!? 何!? この人!?
「なっ!? 変態ですか!? とりあえず今日までのことは忘れて下さい! そしてもう構わないで!!」
私は身分証のことも忘れ逃亡した、
けれど、心は逃げられそうに無い、……だって、
──主君は大好きだけど、その為に鍛え抜いた体は嫌い、
──綺麗だと褒められるけど、不幸そうなこの顔も嫌い、
──落ち着くと褒められるけど、低くて地味な声も嫌い、
──何より暴力以外に取り柄の無い私と言う人間が嫌い、
「……こんな、可愛く無い女が好みとか……あの人は変態ですね……」
だけど、私の顔は赤く、口角は上がっている、
──私も親友に報告しないとな、
多分、もうすぐ恋に堕ちる、と。
【でも、やっぱりまずは主君】
その後何があったかといえば。
週末に再会しました。主君が婚約者(仮)さん一家を自宅に招待したからです。そして色々と主君と上司の義母さんにバレました。
うん、まず身分証は彼が拾ってました。自分用だと貼っといたシールから女の子が持ち主だとわかり、ずっと私に返す機会を待ってたそうです。……ええ、つまり痴女未遂事件やらその後の二度の逃亡もバレました。
そして彼はいつの間にか主君と義母さんに私を口説く許可なるものをとっていました……なんだそれ!?
「だから!! なんで筋肉ばっかり褒めるんですかー!!」
「俺が筋肉萌えだからだよ」
今日も彼は私を口説きます、……筋肉萌えって何!?
「で、今日のプレゼント、可愛いシュシュを遠征先で見つけたんだー」
「うう……ありがとうございます」
そして私に貢ぎます。以前遠慮したところ『良い女に貢ぐのは男の最大の娯楽だ』と、言われました。ちなみにそれはご友人の名言だそうです。
「で、結婚を前提に……」
「ごめんなさい」
そして今日も告白し、私は今日も断ります。だって……、
「主君に仕えつつ恋愛と学業を両立とか無理だもん、だから告白を受ける訳には行かない」
星螺との電話で私は誰に対するのか謎な言い訳をする。
「……だから、その……とりあえず、受験が終わるまでは……」
「ま、相手がそれまで待ってくれると良いわね」
「……う、……多分平気……その……スッゴく糖度が高い人だから……」
ちなみに主君の婚約者(仮)さんも凄いです。ええと多分これは岸元一家の特徴です。
「ふーん? じゃあ良い報告を期待してるー」
星螺は楽しげに電話を切りました。……では、春には二つの良い報告が出来るように、
「まずは受験勉強頑張るぞー!」




