エピローグという名の報告。
第二章本編エピローグです。
秋本番を迎えようとしている九月の末の放課後、高等部自治会室、中高等部の主要執行部員達と風紀委員が揃ったその場所で私、桜花院優菜と桐生元治君はある報告を彼らにする事にした、
「あの、少し皆さんのお時間をいただきたいのですが……」
元治君が立ち上がり声をかける。全員が作業の手を止め、こちらに注目した事を確認し、元治君の隣に立つ、
「……実は、その、つい先頃……俺と優菜は六年間続けてきた婚約関係を解消しまして……」
「フミャアっ!?」
元治君の報告に、なんとも形容しがたい声を上げたのは中等部三年の桜庭君だ、彼は生徒会のマスコット的存在。うん、さすが先輩達におもちゃに……ゴホン、可愛がられるだけの事はある見事なリアクションだ。まあ、当然の様に他のメンバーは少しは驚いてはいるものの、動揺とまではいっていない、
「それで? 普通の恋人同士にチェンジしたのかしら?」
安堵と好奇心と飽きれが混じった笑みを浮かべ安曇様が問い掛ける、
「うふふ、残念ながらその程度の曖昧な関係では桜花院と桐生に釣書の山が出来てしまいそうで、ただの恋人だった期間は少しだけ、今はもう婚約者同士になってしまいましたの」
桐生の財産と桜花院の血統はすこぶる魅力的らしいからな、
「ふふふ、ではぁ、おめでとうパーティーをぉ、開きませんとぉ……うふふ、体育祭のお片付け後にぃ、自治会室でしましょうねぇ」
麗羅様がおっとりと祝福してくれると、集ったみんなから口々におめでとうの言葉と、やっとか、とか、よかったな元治、とかの声やかけられる……ええと、どうやら私達の関係に皆さんヤキモキしていたようだ……うん、すまなかった皆さん……、
そして私はこの温かな雰囲気に婚約を解消したいと桜花院と桂瀬の皆さんに伝えた時の事を思い出す。
「そう、もう何時でも出来るわよ、肩代わりしてもらった借金を返す準備は出来てるし」
婚約を解消したい、と、私が言うとお姉様はこともなげにそう言った………………、
「……って、ええ!?」
「……借金、返す当てがあったの~?」
私は驚愕の声を上げ、覚が少し驚きながらお姉様に問う、
「当然でしょ? あの時は現金化するだけの時間が無かったけど、さすがに六年もあれば色々売ったり貯めたり運用したりで、あの程度の金額用意出来るわよ」
……うん、確かに、いくら家が没落気味とはいえ、さすがに漫画家のヒット一本分の印税以上の金はあるよね……ほぼ動産と不動産で手持ちの現金は余り無かっただけだね……って!?
「あの、お姉様? ……もしや美術品は売っていませんよね?」
私がこう不安に思うのは我が家の資産の半数近くが美術品や名のある楽器などだからだ、
「当然。桜花院が美術品を手放す時は一家心中の一歩手前よ……売ったのは二十年ほど前に手に入れたあの別荘とずっと置きっぱなしになってたクルーザー、それに趣味に合わない宝飾品よ、別に構わなかったわよね? ……私達兄弟全員、別荘もクルーザーも嫌いだったし、宝飾品も歴史的価値の無い最近のブランド品だけだし」
うん、全然一切これっぽっちも惜しく無いな……と、言うよりも……、
「もちろん構いません、と、言うより……父上? あの美しく無い別荘やクルーザーをつい最近まで持っていたのですか?」
十年以上一切使って無いものを後生大事にとっておいたのか? 父上よ、さあキリキリ吐け、
父上はしばらくうろうろと目を泳がせると、
「……てへ?」
と、小首を傾けた、
「「「「五十路がてへ? とか言うな!!」」」」
これには普段、声を荒げ無い姉上や覚でさえ大声で叱り付けたのは至極当然の事だった。
その後兄弟全員で父上にお説教をした後、お姉様が教えてくれた事によると、
「元々家的には数年で借金を返す予定だったし、わざわざ婚約する意味は無かったわけ。でも桐生にどうしてもって頼まれてまあ随分先の事だし、って事で了承したの。もちろん優菜が恋人を作ったり、婚約を続けがたいと思った時は即解消、取り立てて問題無く来てても高校卒業までに優菜自身が婚約を続けたいって言わない限り、卒業と同時に解消……で、それで? 優菜はどんな理由で解消したいの? 事と次第によっては桐生の次期当主の首をすげ替える準備は出来てるわよ? ……春の一件、私も報告受けてるし……」
私達の婚約がコピー用紙ばりに破りやすいものだった事を暴露したお姉様は、解消の理由をものすごく綺麗な笑顔で私に問うた……ええと、うん、お姉様はあの父上の娘とは思え無いくらい決断力があるんだよね、ちなみに座右の銘は『攻撃は最大の防御』そして結婚の事といい手段は選ばないお人です、
「いえ、その……私が、家同士が決めた婚約者でいる事にたえられ無くなりまして……」
そう、単なる契約故の関係では無く、もっと互いの心に寄り添う関係になりたいのだ、
「? いいえ? この婚約は家同士で結んだものじゃ……てっ! あのヘタレ! まさかその事を!?」
お姉様は忌ま忌ましそうに顔を歪める、へ? どうしたの? っていうかお姉様の口から良家の若奥様にふさわしく無い単語が……、
「……まあ、良いわ……で? まだ元治には言って無いんでしょ? ……当然自分の口から言うのよね? ……まあ春の二の舞は避けたいからリビングを使いなさい……何かされそうになったら大声を上げなさい……覚を近くに待機させとくから」
「……はい、わかりましたお姉様」
私は元治君にちゃんと自分の口から伝えたい、たとえそれが今の居心地が良い関係を壊す事になっても……。
そして私は元治君を我が家に呼んだのだけど……ええと、
「……あの元治君……ええと、そのお茶でも入れてきますか?」
何と言うか……彼の挙動が……まだ何も言っていないのに……うん、とてもおかしいのだ、
「いっ、いや、だ、大丈夫だ、そ、それで? ええと、お、俺になんだ、言いたい事があるんだろう?」
……ええと、全く大丈夫そうには見えないけど……ええと、今婚約解消を切り出して平気かな?
「そ、それで? 何が話したいんだ?」
……どうしよう、平気じゃない香りがぷんぷんとする……まあ、覚が待機しているらしいし……うん、大丈夫だよ、ね?
「……あの、元治君は私達の婚約が期間限定で私が高校卒業時に解消される事をご存知でしたか? ……ええと、私はつい最近知ったのですが……」
……うん、いきなり核心は避けよう……って、あれ? 元治君、何故にこの話題で目を泳がせるんだ、
「……あ、ああ……うむ、知って、いた……俺がその、優菜を、うむ、納得させなかった場合はそうなっている、な……」
?
「納得、ですか?」
なんかお姉様の説明とは違っているような……、
「……ええと、その……それで話したい事とは?」
……うん、明確に話を変えたな……まあ、良い、そろそろちゃんと伝えねば、
「……では、単刀直入に言います……私は元治君との婚約を今すぐに解消するよう父を通じ桐生に申し伝える事を決めました」
私は意を決して元治君に伝えた、彼は呆然と私の顔を見つめる、その表情は完全に消えている。これは……どうとればいいんだ……うむ、とりあえず続けよう……とても緊張するが……うむ、女は度胸だ!
「その理由は家同士が決めた婚約者同士でいたくない、そう思う私の気持ちに気付いたからです」
元治君は私の顔を見つめ、そして、まだ何も反応しない……ええと……うむ、続けよう、
「……ええと、その……元治君……」
「……ああ」
あっ、やっと反応があった……うう、でも表情はまだ無い……だが! ええい! ままよ!
「好きです」
良し! 言った! 言ってやったぞ! さあ! 返事は! 反応は!
「えっ? 何が?」
……は?
「いや! 文脈からわかるだろうが! 君だよ! 君が好きなんだよ!」
元治君は表情が消えたままガクンと首を傾げる……いや、なんか怖いんだが……、
「それはずっと言っていた、幼なじみとしての好き?」
「いや! 家族愛でも友情でも無く……ええと、そのれ、恋愛的な……す、好き、だ……」
うう、恥ずかしい……だが! これで! 私の気持ちは通じた、よな? ええと……元治君? 表情が戻って来ないんだが……、
「……優菜」
「は、はい!?」
「抱きしめても良いか?」
は? ええと……まあ、
「良い、です、けど!?」
ちょ!? 元治君!? いや、少し拘束がきつく……たしかに良いとは言ったが……いや、あの!?
「元治君!? あの! 力、強い! 苦しい!」
私が背を叩き抗議するとやっと元治君は力を緩め体を離す、ホッと息をつこうとした私だが……、
「……え?」
今、なんか唇に触れませんでしたか?
「元治君!? って、ええ!?」
抗議しようと見つめた彼は、しとしとと涙を流していた、その顔には笑みと驚きが浮かんでいた、
「……優菜」
「は、はい?」
え? 何どうしたの?
「優菜」
「はい……」
うん、抗議どころじゃない雰囲気だ、
「優菜……」
「あの、元治君? ええと、大丈夫?」
いや、大丈夫そうには見えないけどいちおう聞いとく、
「大丈夫では無い」
ええ、そうでしょうね、
「もし、この夢が覚めたら、思わず心臓にナイフを突き立てるぐらい大丈夫では無い」
は? って、ええ!?
「いや、いや、いや! 夢では無いぞ元治君! ほら! 優菜さんはここにいるぞ! ここは現実だ!」
物騒な発言をする婚約者の頬をペチペチと叩きそのとても綺麗な顔を掴み、無理矢理視線を合わせる、
「……夢じゃ、無い」
「ああ! ほら! 抓られたら痛いだろう? 私の手は温かいだろ? ……だから、物騒な考えは捨てるのだ!」
私は頬を抓ったり、手をにぎにぎしたりして、彼にこれが現実だと教える……ええと、もしやこれはこれまでの私が彼のアプローチを意図的に無視し続けた報いか!? ……ああ、報いだろうな、
「ごめん……ごめんなさい、元治君……ずっと君から逃げ続けて……今更かも知れないが……好きなんだ……私は君が好きなんだ、……恋人同士になりたい好きなんだ……受け入れてほしい……受け入れてくれるか?」
私は伝えた、彼に自分の気持ちを、って!? また!?
「い、い、い、今! 唇に! 君の! 唇が! って!?」
私はそれ以上の抗議が出来無い、彼がまた唇を重ねたからだ、そして彼は私の唇の形を確かめるように少しづつ角度を変えながら口づけを続ける、そうだ、私は彼に口づけられているのだ!
混乱し、息の仕方も忘れそうになるが、決して口を開か無いよう気をつける……いや、多分開いた瞬間とても大変な事に──いや、現状すでに大変なのだが──なる事が想像出来てしまったし……って!? 手が!
「も、元治君!? 君はどこを触って!? ……いや! 真面目に答えなくて良い! というか回りを見ろ! ここはリビング! 共用部分! 家族みんなでくつろぐ部屋!」
不穏な動きを見せ始めた手に驚き、私は彼を突き飛ばし、叱り付ける、……うん、お姉様の言う通りリビングで話してて良かった……って!? おい!?
「元治君!? 人を荷物の様に抱え上げるとか!? いや、君は私をどうしようと!?」
「え? 確かにリビングでこれ以上は駄目だろう? 優菜の部屋に行こうかと……ん? 俺の部屋の方が良いか?」
は!? いや、いや、いや、
「どっちも駄目に決まってるでしょ~元治君、……いや、さすがにそれは止めに入るからね~」
私の内心を代弁し、本当に待機していたらしい覚が元治君を止める、いや、というか!
「覚! もっと早く止めよう!? そして元治君! 君は早く下ろして!」
私が全力で抗議すると、彼はとても不満そうに私を見つめる……いや、なんだ!? 私が悪いみたいなその顔は!?
「……あのね元治君……そのたしかにねーちゃんの今までの非道な態度を思うと、君の気持ちもわからなくは無いけど…………でしょ?」
覚は私をさらりと批判すると元治君の耳元に口を寄せ、何かを囁いた、するとやっと彼は私を下ろしてくれた、……うん、どうやら危機は去った様だが……なんだろう、この釈然としない感じは、
「……元治君は、なんだかんだ言って、私より覚の言うことを聞きますよね……」
この時より私は婚約者が自分よりも兄の方を信頼している件について悩み初める、そしてこの悩みが一生続くことになるのだが……それをまだ私は知らない。
まあ、そして色々と両家で話し合い私達の婚約はあっさりと解消されたのだが……、
「……何故に、まだ正式発表もしていないのにこんなに釣書が届くのだ……」
解消後、迎えた休日、私の目の前にはお見合い写真の山が築かれている……うん、ほぼ身内だけしか知らないはずなのに……凄いなお金持ちの情報収集能力は……、
「家にも、大量に届いたな、で……その、なんだ、やはり、その……婚約解消は無かった事に……」
「しませんね」
どうやら元治君の方にも釣書攻勢は来ているらしい、それにしても……、
「元治君? 婚約解消は両家の合意のもと既になされたのですよ? いまさら無かった事には出来ません」
彼は一度は頷いたのに今だにグチグチと言い続けている、
「……だが……その、優菜は……とてもモテるし……不安なんだ」
!? くっ! なんだその上目遣いは!? ……だが駄目だ! 女には譲れない一線がある!
「……元治君は私が信じられませんか?」
「……いや……ただ不安で……」
元治君はそっぽを向きながらモゴモゴと呟く……いや、あのな、
「ふー、私も不安ですよ、元治君はモテますし……」
「!? いや! 俺が優菜以外を見るとか! ありえん!」
……まあ、知ってるけど……でも、
「……私はまだ君から言葉を貰ってないんだ……そりゃ不安にも思うさ」
私は爪先を見ながらボソリと言う、……うむ、正直、前世今世合わせて半世紀近く生きている女の台詞と考えると気持ち悪いな、だが……、
「私の告白に君はちゃんと返事をしてくれていない」
言葉以外ではまあ、色々答えてくれたがな!
「言葉がほしい……元治君の言葉が……」
だって、だって不安なんだ。私は知ってる、桐生元治が他の女の子と寄り添いあう姿を、私では無い桜花院優菜を狂わんばかりに愛する姿を、だから、だから……、
「元治君の気持ちを感じたい」
私は彼を見つめる、そして彼は言ってくれた、
「愛してる! 大好きだ! 俺がほしいのは優菜だけだ! 俺のヒロインは初めから優菜だけだ! 俺と婚約してくれ!」
と、
……ああ、今頭の奥でカチリと音が鳴った、私の心が確定した音だ、これでもう平気だこれで私はただの優菜として彼と共に歩んで行ける……とは言え、元治君や、
「ふふ、顔が凄く赤いですよ?」
慣れ無い甘い──彼基準では──台詞を吐いた彼の顔は真っ赤だ……なんだろう……この可愛らしさは……うむ、堪らん、
「! それで! 返事は!」
もちろん私は笑顔で頷いたのである。
──孤高の生徒会長ルート消滅しました。
──斜陽の令嬢ルート消滅しました。
──他のルートに進みますか?
YES NO
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