番外編 (仮)婚約者達のバレンタインデー
バレンタインデー当日のお話です。
三人称です。
バレンタインデー当日の岸元家では、老いも若きも男も女も……まあ、つまり家族五人全員がもうすぐ来る次男の婚約者(仮)さんをウキウキ、ドキドキ、ワクワクと待っています。
「……娘からの手作りチョコ……男の夢だ……」
幸せそうに呟くのはイヴァンさん、彼はあまりおおっぴらには言っていませんでしたがずっと娘が欲しかったのです。
「うふふ、女の夢でもあるわよ?」
晩御飯に食べる茹でパンの準備をしながら静留さんも続けます、彼女はおおっぴらに娘が欲しいと言い続けて来ました。
「妹の手作りチョコこそ男の夢だよ」
一宏君も負けずに言います、彼は弟達をとても可愛がっていますが、妹は別枠で可愛いがりたかったのです。
「俺は好きな子からチョコを貰えたから今日はもう最良の日だけどね~」
光三朗君が浮かれながら言います、彼はつい先程本命の彼女から義理だと念を押されながらチョコレートを貰い、そして可愛いらしい箱に入った焼き菓子の詰め合わせを愛を綴ったカードを添えて渡したばっかりです……とても幸せそうな弟を一宏君がうらやましそうに見ています……彼の春は春に来るでしょう。
「くっ! 彼女との初バレンタインデーなのに……何故保護者付き!?」
「「「「小学生だからだよ」」」」
栄次君の漏れ出た本音に家族全員でツッコミます。
そんなことを話していると、何時もの様にキッチンの勝手口をノックして婚約者(仮)さんとそのお父さんが大量の甘いお菓子と共にやって来ました。
料理自慢の静留さんと一宏君と紗々蘭さんが共同で作った美味しい夕食を食べ、本日のメイン紗々蘭さん特製ザッハトルテをイヴァンさん自慢のエスプレッソメーカーで入れたメランジュと共に歓声を上げながら食べた岸元家五人と司皇さんと嬉しそうに見ている紗々蘭さん、緩やかな時間の流れる旧冬邸ですが、時刻はもうすぐ9時になります、小学生の紗々蘭さんはそろそろ帰って眠らなければなりません。
「紗々蘭そろそろ帰るぞ」
何時もの様に婿いびりをし娘に窘められていた司皇さんが紗々蘭さんに声をかけます。
「あっ、待ってパパ……あの、私、栄次さんに渡したい物が……」
紗々蘭さんは本命さんへのプレゼントをまだ渡せていません。
「……ああ、じゃあ俺の部屋に来て?」
栄次君も自室にプレゼントを置いたままです。
「………………十分で帰って来なかったたら、ドアぶち破るからな?」
司皇さんが凶悪な笑みで婿を威圧します。
「いえ、そもそも完全にドアは閉めませんから」
栄次君は婚約者(仮)さん限定で紳士な男です。
やっと二人っきりになった栄次君の部屋──宣言通りドアは半開きです──で紗々蘭さんは恥ずかしそうに持って来たコートのポケットからプレゼントを渡します、ダークグリーンの包装紙に黒いサテンのリボンが掛けられた落ち着いたラッピングです。
栄次君は慎重にその包装を解きます、そして出て来た物は……。
「……カードケース?」
異素材のダークグレーの布を組み合わせた一見シンプルながらとても凝ったデザインの薄いカードケースを紗々蘭さんは栄次君のプレゼントに作ったのです。手芸は紗々蘭さんの四番の趣味です。
「はい、あの、伸びるチェーン付きのクリップがついていますので……ええと、腰のポケットに付けて使う時に引き出せば便利かと……その、学生証をお財布に入れていると聞いたので……あっ、小物入れも付けましたから、何かちょっとした物を入れられますし……その」
紗々蘭さんは一生懸命栄次君にカードケースの利点をアピールします。
「……だから、その……毎日使ってほしいです……って!? あの!?」
紗々蘭さんは驚きの声を上げます。栄次君に抱き上げられたからです、栄次君は紗々蘭さんの額に自らのそれを当て言います。
「……ありがとう……凄く、凄く嬉しい……当然明日からずっと使うよ」
そして額を離し、ニッコリと微笑みます。邪気の欠片も無いそれはほぼ紗々蘭さん専用です。見つめ合って十秒後紗々蘭さんの顔が真っ赤に染まります。栄次君は彼女のその顔が一番好きなのです。
「ふふ、俺は欧米育ちだからその流儀で……俺からもプレゼント、受け取ってくれるね?」
栄次君は紗々蘭さんをソファーに下ろし、引き出しから淡いピンクの包装紙に包まれスカイブルーのリボンで飾られた長方形の箱を取り出し、紗々蘭さんに差し出しました。
紗々蘭さんは真っ赤な顔でそれをしばらく見つめ、そしてはっとした様に受け取ります。そしてその包みを開けようとした時……、
「おいっ! もう十分たったぞ! って!? 紗々蘭!? このガキに何かされたのか!?」
と、司皇さんが乱入し、栄次君が胸を張り堂々と潔白を主張したり、紗々蘭さんが怒りながら父をなだめたり、さらに乱入した岸元夫婦が引っ掻き回したりがあって、栄次君のプレゼントは綺麗にラッピングされたまま圓城寺家に持って帰られたのです。
そして帰宅後、自室のライティングデスクで紗々蘭さんが道具を使い丁寧にラッピングを剥がすまでその正体は謎のままでした。
自室に戻った紗々蘭さんはライティングデスクの前の椅子に腰掛け机の上に置いた物を見つめます。いつぞやにあった光景ですが置かれている物は違います。今日彼女が見つめているのは綺麗にラッピングされた長方形の箱です。
「……開けて良いのかな……」
開けねば中身がわかりません。
「……よし! 開けよう!」
紗々蘭さんは気合いを入れ、まずリボンを解きます。……そして包装紙を開けようとし、手を止めます。破れたら嫌だな……と、紗々蘭さんはプレゼントはラッピングも大事に取って置きたいタイプです。
紗々蘭さんは少し考えた後、引き出しから小さなペーパーナイフを取り出し、慎重にテープ部分を切ります。そして綺麗にはいだ包装紙を見て満足そうに息を吐きます。
ですがプレゼントはまだ箱に入ったままです。紗々蘭さんはまた気合いを入れ箱を開けます。そして入っていた物に喜びの声を上げます。
それは触り心地の良い柔らかな白い革の長財布でした。右下にパンチング加工で花模様が開けられた他はとてもシンプルなデザインです。金具は金色で中の革は優しいピンク色……どれも紗々蘭さんの好む色です。
紗々蘭さんはしばらくそれを見つめ、そして手に取り意味もなくパカパカと開いたりスリスリと触り心地を確かめたりします。……数分が経過した頃でしょう。紗々蘭さんは大事な事に気付きました。まだプレゼントの御礼を伝えて無いと……。
そして携帯電話を取り出しまたまた気合いを入れ婚約者さんに発信をしたのですが……。
これ以上は語るのは止しましょう…………野暮になりますからね。




