何時か、鳥籠を出た彼女は……。
栄次君1人称です。
──考え直した方が良い……命が惜しいならば。
俺が舅になる予定の人物──圓城寺司皇と、二人っきりになった瞬間、初めに言われた言葉がそれだった。
……えーと、今のは殺害予告ってやつか? 俺殺されちゃう? ……いや、まあ、圓城寺家ならイッカイの高校生ぐらい、社会的にも物理的にも抹殺出来るだろうけど、
俺がその物騒な発言について、つらつらと考えていると、理事長はその解釈を修正した、
「ああ、もちろん、俺が実際に手を下したり、実行させる訳では無い、だが、君が紗々蘭──俺の可愛い娘との婚約を正式に結んだ瞬間……君の命はとても危うくなると、ただそういう事実があると、伝えているにすぎん」
……あー、つまり、
「圓城寺家の婿養子それを狙っている方々に命を狙われる、そういう事ですか?」
まあ、圓城寺家の資産を考えれば、そういう輩もいてもおかしく無いか、そう考えて発言したのだが……、
「まあ、一割程度はそういう輩もいるだろうよ」
それは不完全な正解、複数ある解答の一つを埋めたに過ぎなかったらしい……他に考えられるのは……、
「……あー、寡聞にして存じ上げ無いのですが、理事長にはご兄弟などの親しい親族がいらっしゃるのでしょうか?」
もの凄く、気の早い話だが、このまま紗々蘭嬢と俺が結婚し、尚且つ、その際俺が理事長──圓城寺司皇と養子縁組を行った場合、彼の遺産は万が一紗々蘭さんが俺より先に他界したとしても俺が継ぐことになる……さらに気の早い事を言えば、養子縁組をせずとも、俺との間に子供が出来れば、当然その子に相続権が生じる、
「ああ、極めて遺憾な事にな」
ため息混じりに理事長は頷く、解答欄がもう一つ埋まった、
「縁を切るのには、少々手こずる程度には有能で、俺の下についた方が有益だと、認められぬ程度に愚かしい、血族が半ダースほど、な、割合の過半数はそれだ」
……過半数、つまり解答欄はまだ残っているのか……あー、後、想定されるのは……えーと、資産に遺産の他に婚約で俺が手にするのは……、
「紗々蘭さん、か……」
そう彼女個人、
「そう、それで円グラフはほぼ埋まる、……紗々蘭は分かり切っているだろうが、異常に近いほど美しく、呪いじみた引力で人を引き付け狂わせる──あれの母、香奈子と同様に」
……理事長の言葉に、俺は先程聞いた、紗々蘭さんが母──俺達家族も近しく知っていた魔性の歌姫『牧野香奈子』──を亡くした理由を思い返す。
牧野香奈子さん、その歌声を知る者は多いけれど、その名、その容姿を知る者は極少数の謎の歌姫、彼女の歌声はあるカトリックの会派──俺達一家も所属しておりその縁で香奈子さんと知り合った──がチャリティの為に出したクリスマスキャロル集で世界中を魅了した、
とは言え、香奈子さんの希望と理事長の意向で彼女の名も姿も出さず、そのCDは会派の名前で発売された、……が、香奈子さんの歌声は『異常に近いほど美しく、呪いじみた引力で人を引き付け狂わせる』そんなものだった 。とは言え、香奈子さんの正体に迫った存在は一切現れなかった、
……まあ、当然だよな、世界屈指の大企業圓城寺グループの総帥が唯一人と定め、守り、隠し、慈しんでいたんだ、
だが、その隠された正体は最も厄介な連中にばれてしまう……理事長は明言しなかったが……多分、身内からのリークで、
そして、その事に気付けなかった理事長達は香奈子さんをここ、桜花市から出してしまった、そして、知るはずの無い彼女の正体を知った連中が、知るはずの無い彼女の予定を知り、知られているはずの無い彼女が乗っている車に──トラックが突っ込んだ、
──事故自体では香奈子さんは無傷だった、けれど、大破したトラックのそばでライターをちらつかせる男を見て彼女は僅かな、僅かになった護衛達と車外に出た──生まれて間もない娘を車に残し、
そして理事長が駆け付けた時には彼女と護衛達、そして彼女を襲った暴漢達は揃って重傷を負い、倒れていた、直ちに病院に搬送された香奈子さんは一命は取り留めた、……けれど、余命三ヶ月と告げられた、
自らの期限を知った彼女は残りの人生の全てをかけ、夫と娘への愛を歌い続けたそうだ──告げられた余命をこえ半年間。
これが紗々蘭さんが母を、理事長──圓城寺司皇が唯一を、失った顛末らしい。
「……紗々蘭に執着する者は多い、ほとんど人目に触れさせず、守って来たにもかかわらず……それに加え香奈子や、あれほどでは無いが俺にもいる信者連中も紗々蘭に執着している」
──その隣に立つ存在は間違い無く抹消されるぞ、……理事長は淡々と事実を語る、
「……紗々蘭は説明しなかっただろう、あの子にとっては直視したく無い現実だからな、だが父親としては言わずにはおれない……君の命を守る為と言うより、紗々蘭を……あの子の心を守る為に」
──だから、紗々蘭との婚約を取り辞めろ。
理事長は俺に命じた、退け、もう、関わるな、と、けれど俺はそんな事よりも紗々蘭さんに事情を伝えられなかった事に正直な所、かなり傷ついた、だってさ、
「……紗々蘭さんは俺の事を正しく理解した上で婚約の申し出をしてくれたと思ってたのに違ったのか……」
いや、それとも、
「万が一を冒せないほど俺を欲しがってくれたのか?」
そっちだったら嬉しいが、俺はそう思い理事長を見る……うん、紗々蘭さんはともかく理事長は完全に俺の事を見誤っているよな、むしろ、
「理事長は俺の事もそうですが、お嬢さんの事も馬鹿にしてますよね?」
ニッコリと理事長に笑いかけ、彼に挑発的な言葉をかける、そう理事長は娘を馬鹿にしている、
「紗々蘭さんは俺の知る限り、最も聡明で思いやり深い女性です、そんな彼女が選んだ俺がその程度の死亡フラグを折れ無い訳が無いんですよ」
て、言うか、その程度で死ぬ存在を隣に置く訳が無い、彼女は極めて真っ当で健全な──その生い立ちからは考えられ無いほど──価値観を持っている、……俺とは違って、まあ、真っ当で健全じゃ無い価値観の俺にして見れば、この状況は、
「帝国成り上がりプレイの前に、囚われの姫君救出ミッションかー、やー、飽きそうに無いわ」
想像通り、いや、想像以上に愉快で刺激的な毎日が送れそうだ、って感想が浮かぶ、
「……お前は、人生を遊戯だと思っているのか? 現実が見えていないのか」
理事長が異様なモノを見る目で俺を見る、いや、現実は見えていますよ? 人生を遊戯だと思っている、そっちはまあ、自覚してますが……、
「まあ、俺が異常な人格破綻者なのは紗々蘭さんは良く分かっているでしょうし」
むしろそこを買われての婚約だろう、
「命が惜しく無いのか……」
いえ、いえ、命あっての物種ですし、
「出会う前にご忠告頂いていたら、きっと聞き入れたと思います」
でも、出会ってしまったから──知ってしまったから、彼女の、紗々蘭さんのいる世界を、もう戻れ無い、つまらない世界には、だから……、
「理事長、共闘しましょうよ、俺も死にたくは無いですし、足元が確かな分10年前より楽になってるはずですよ?」
それに、何より、
「籠の中でも紗々蘭さんは楽しむ術を知っているでしょうが、自由な空で笑う紗々蘭さんは──絶対的に極上で最高に可愛いらしいですよ?」
きっと命を賭けても良いと思えるほど。
そして理事長との話を終え車──高級車の後部座席で話し合っていた──からおり、家に戻った俺と理事長は、玄関に圓城寺家の使用人さん──壮年のものすごく恰好良い人だ──と、うちの男達がいる事に驚いた、
「え? そんなところで何してるの?」
「ああ、栄ちゃんか、僕のシズルが紗々蘭ちゃんと女の子同士の話をするって、追いだされちゃったよ」
はぁっ!? 母さん、何を吹き込む気だ!? それに女の子って……、
「で、こちらのスチュワートが我が家と圓城寺邸との間のフェンスにドアをつけないか? って提案なさってね」
ええと、壮年の紳士は家令さんでうちと紗々蘭さんちの直通通路を提案した、と、
「臣! 何、勝手に決めてるんだ! 俺はまだ許可して無いぞ!?」
家令さん──臣さんというらしい、は当主に怒鳴られているのに気にした様子も無く、
「可愛い紗々蘭お嬢様が、やっとまともな大人の女性と出会えたのです、いつでも相談出来る様、気軽に行き来出来る様にするべきでしょう? それともなんです? 貴方が服装の相談にのると? お化粧を教えられるのですか? 下着を共に買いに行けるのですか? どうなんですか司皇?」
と、理事長を追い詰める、……ん? なんで理事長は呼び捨てで紗々蘭さんは様付けなんだろ?
「……無理だ、だが! ……いや、ふむ? このガキは気に食わんがこの縁組みにはそういった利点があるのか」
……わー、男親っぽい発言、ただ、
「……圓城寺家には女性の使用人はいないんですか?」
俺の素朴な疑問に理事長も臣さんも目を逸らす、……聞いてはいけない部分らしい、……じゃなくて!
「母さんが紗々蘭さんに、色々暴露する前に止めないと!」
……俺は真っ当とは言いづらい人生を歩んできましたからね……、
そして俺がリビングに戻ると、顔を覆い俯く紗々蘭さんと、ニヤニヤと笑う母さんがいて、俺は嫌われたんじゃないかと怯え、母さんに悪事をばらされていないかった事に安堵し、話の流れで理事長に睨まれ、理事長の心の狭さと一途さに驚き、賑やかに両家の顔合わせを終えた。




