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雨とラジオ

作者: ミヤビ

夏の雨ってどうしてこうも憂鬱なのかしら。

湿気で広がった前髪をいじりながら窓を眺める。

受験生は夏が勝負、おかげで毎日塾に籠城。

遊ぶ時間なんてありゃしない。

周りの人たちはちらほら帰りはじめていた。

まだ理科の演習が残ってる私。

あと30分で閉めるぞ、塾長の声。

あの鼻声聞くといらいらする、とっとと終わらせて帰ろう。



あーあ雨降っちゃったか、傘持ってきてないや。

帰ったらなにしようか考えてたらもうこんな時間。

目の前のテキストの端には全然似てないアニメのキャラクター。

こんな調子じゃ第一志望の高校には受かりそうもない。

全然スイッチ入ってないなあ俺。

塾長があと30分で閉めるって言ってる。

にしてもあいつの鼻声、どうにかならないものかな。


いいや、多分このままここにいても勉強できない、帰ろう。

荷物をまとめて教室を出る。

ちょっとした運動と思って階段をぽんぽん降りて1階へ。

外へ出てすぐに引き返す。

雨は思ったよりは降ってなかったけどこのまま帰ったら風邪引きそうだ。

これでも俺は受験生だから体調には気を遣わないといけない、止むまで待ってみようと自分に言い聞かせてドアの横の柱に寄りかかる。



あぁ、もう10時半。

結局理科は終わらず、家でもうちょっとやろうと決めてリュックにテキストを突っ込んだ。

塾長にあいさつをしてエレベーターに乗る。

ボタンを傘の持ち手で押す、こんながさつなとこ誰にも見られてないよね。

私の通っている塾は地元の商店街のビルの5階にあって階段なんか使う気にはとてもならない。

止まるときにドンという衝撃、古いエレベーターだからしょうがない。


出口に向かうと一人の男子が柱に寄りかかっていた。

その細い身体はまるで外の闇と同化しているかのよう。

彼を縁取るものはなにもないように見えた、確かにそこにいるのに輪郭も体温もなにもかもないように見えた。

不思議な感覚だった。

片耳だけのイヤホンからはシャリシャリした音がかすかに聞こえる。

靴は少し濡れていて、よく見ると黒ぶちのメガネにも水滴がついていた。

彼とふいに目が合った。

私は思わず目を逸らした。

彼が重心を前に移す。

線が形成されて彼を縁取る輪郭ができた。

彼が一歩踏み出して私との距離が縮まった。

私は動けなかった。

彼が私に手を伸ばす。

私はその時はじめて彼の体温を感じた。



ラジオから流れる腐った商業的音楽を片耳で咀嚼しながら時間を潰す。

雨は一向に止む気配がない。

帰れないかもしれない。

いや、帰れないわけではないのだけれど。

自分は極度のめんどくさがりだと思うがこれは関係ないはずだ。

時間も時間だし、はやく家でゆっくりしたい。

ここは風邪を引く覚悟で走って帰るか。


そんなことを考えていた時だった、おんぼろのエレベーターのドアが開いた。

メガネ越しの世界は少し明るくなって、踊り場に一定のリズムが響く。

足音が一番大きくなったところで急に聞こえなくなった。

顔を上げた。

女子が一人立っていた。

俺のことを見ていた。

ふいに目が合う。

彼女は目を逸らした。

怠いと訴える身体を柱から離して一歩彼女に近づく。

手を伸ばして指差した。

目を逸らした先にあった、女子の好きそうな、ふりふりがついていて、持ち手の細い傘を。



私は状況が全く理解できていなかった。

外は雨が降っている。

だから私は傘の下。

いつも通りの帰り道、のはずだった。

隣に見知らぬ男子がいなければ。

なんでこんなことになったの。

傘に入れさせてくれなんて普通言うかな初対面の人に。

しかも女子相手に。

横目で彼を見る。

切れ長の目、細く高い鼻、整った顔立ちだった。

彼は相変わらずイヤホンを片耳に突っ込んだままで、細い目はただ前だけを見ていた。

とても下心があるようには見えない。

ましては傘を持ってくれているし。

もしかしたら彼、優しい人なのかもしれないな。


私の家は塾から歩いて15分ほど。

いつもは自転車だからもっとはやいのだけれど、こうやって歩くと思ったより時間がかかる。

彼の家はどこなんだろう。

私の進む方になにも言わずに来てくれているけど、大丈夫なのかな。

話しかける勇気なんて私にはない。



ちょうどいいタイミングだと思って声をかけた。

彼女は明らかに戸惑っていたけど返事をしてくれた。

並んで歩くと彼女はすごく小さいことに気付いた。

これじゃあ俺の頭がつっかえるから傘を持つことにした。

横目でちらりと彼女を見る。

首元のあたりで切り揃えられたショートカット、リップクリームで艶々とした唇、お世辞にも大きいとは言えない胸とワンピースから伸びる細い手足。

なかなか悪くない。


俺の家までついて来させるのも悪いし彼女の家まで行って傘だけ借りて帰ろうと思った。

傘は後日適当に塾の傘立てに差しておけばいいだろう。

「時刻は10時47分です、次のコーナーは...」

甲高い女の声でラジオ番組が進行する、アイドルかなにかだろう。

彼女の家にはまだ着かないのか。



この角を曲がればもう家。

結局ここまでついて来るとはなあ。

本当になにを考えてるんだかわからないや。

最初から送ってくれるつもりだったのかな。

もしかしてそのために1階で私をずっと?

いやいやそんなはずない。

きっと頭を使った後だから糖分が足りていないんだろう、非現実的な妄想に華が咲く。


家の前に着いて、いろんな意味をこめてお礼を言う。

せっかくだし、私も彼を送ろうと思った。

きっと隣の中学校だろう、そんなに学区は離れてない。

駆け足で家の中に入ってビニール傘を取る。

リュックを置いて外に出た。

彼の姿はもうそこにはなかった。



やっと彼女の家に着いたみたいだった。

意外と歩いたなあ、階段下りるよりいい運動になったかも。

傘に入れてもらったのになぜか礼を言われた。

さっきとは打って変わってにこにことした彼女のことをおもしろい人だと思った。

俺も礼を言おうとしたら彼女は駆け足で家の中に入ってしまった。

本当におもしろい人だ。


受験生は生活がパターン化する、明日も塾がある。

傘は明日持って行けばいいだろう。

握りしめる細い持ち手、ふちのふりふりから垂れる雫。

11時になったら補導されてしまうことを思い出して少しだけ早歩きする。

イヤホンが外れかかる、番組も終盤だった。


「明日も全国的に雨となるでしょう、お出かけの際には傘をお忘れなく」

活動報告のページに執筆後記を書きました、読後に是非ご覧ください。


http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/657992/blogkey/1332139/

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