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思いがけない可愛らしい声に話しかけられ、浸入計画がばれたと知った私達は逃げる為に塀に背を向けた。その背に向かって「捕まえませんから、逃げないで!」とお願いしてくる声がかかり、踏み出しきれなかった。その後も畳み掛けるように声がかかる。
「お二人の話が気になったのです。通報も致しません。ですから、どうか逃げないでいただけませんか。」
通報しないと言われても、正直、私達自身が悪い事をしていると思っているので、その言葉も複雑である。信用してよいのか迷ってティアを見るも、ティアも首を傾げている。ティアが慎重に声をかける。
「私達はそのお言葉を信じてよいのか判断出来かねます。何故そのようなことをおっしゃるのか伺ってもよろしいでしょうか?」
「そうですね…特に理由はございませんわ。」
「「へ?」」
なんという回答か。予想外な返答に気の抜けた声をあげてしまった。
「お二人の会話からあまり魔術師についてご存知ないようでしたし、侵入方法がその…斬新でしたので、暗殺者などではないかと思いまして…」
これは…なんか逆に気をつかわせてないかな。恥ずかしすぎるんだけど。
「それに、先ほどザックに会えないとかなんとか…魔術師候補生の誰かをお探しですか?」
「え!?」
「もしそうでしたら、お手伝いできるかもしれません。」
まさかの提案であった。驚いてティアと目を合わせる。甘い誘惑の裏には何かあるのではないか。小声でどうするかティアと相談していると
「わたくしセレーナ・アルフォードと申します。アルフォード伯爵の娘でごさいます。」
「アルフォード伯爵令嬢!?」
驚いているティアに説明を求める。貴族の事なんてさっぱりわからない。
ティアの説明によると、アルフォード伯爵の領地はエレントル王国の北にある。海に面しているため貿易が盛んで、王都の隣ということもあり商人が多くいるところでもある。当主は城で文官としても働いていて、領地と王都を行き来しているという。…ティア詳しいな、なんでそんな詳しいんだろう。そんなことを考えていると、いきなりティアが塀へと頭を下げた。
「知らなかったとはいえ、数々のご無礼大変申し訳ございませんでした。」
「も、も、申し訳ございませんでした。」
ティアが謝罪をしたことで、やっと理解した私は慌てて謝罪を口にする。
「いえ、いいのです。この様に顔も見えないのですから、わからなくて当然です。今そちらに行きますので、少しお待ちいただけますか。」
「「はい!」」
それから10分程して私達の前に現れたのは、少し垂れ目がちの浅緑色の瞳に、輝くような金色の髪を軽く巻いたお人形のような少女だった。落ち着いた話し方から私よりも歳上の女性だと思っていたのに、実際は私と同じか歳下くらいの少女だったことに驚きを隠せない。ティアも少し驚いているようだが、すぐに立ち直っていた。
「はじめまして、私はティアと申します。」
「リリアンと申します。」
隣のティアを真似しながら挨拶をしてみる。すると、彼女は柔らかな笑顔で頷いてみせた。その優雅な振る舞いは貴族そのものである。
「こちらこそはじめまして。良い人達そうでよかったわ!いちを魔術はつかえるから何かあればと思って少し警戒はしていたのですよ。」
そう言いながら笑っているが、内容は恐ろしいかぎりだ。敵認定されていたらどうなってしまうのだろうか。顔が引きつらないように顔全体に神経を集中させる。
「すぐに探している方を見つけたほうがよろしいかしら?」
「あ、はい。」
彼女は立ち話ではなくカフェにでも入って詳しく話そうと提案してきた。さすがにすぐに学校内には入れられないという理由に納得し、近くのカフェへ案内してもらった。
セレーナさんは16歳で、私の1つ下であった。何故あそこにいたのか聞いてみると、まさかのさぼりだそうだ。貴族でもさぼったりするんだなと勝手に納得してしまったけれど、いいのだろうか。
ザックの話をすると一瞬考える素振りをして、たぶんわかると言った。セレーナさん曰く、ザックは最近よく話題に出てくるという。
「正直、名前はわからないのですけど、3か月程前に1年生に入った男の子がいるそうです。魔法省預りという珍しい存在ですし、若者ばかりが集まる学校は、編入生がかっこよければよいほど噂になります。」
ちょっとセレーナさんの発言に年相応ではない発言があって気になるが、確かにザックかもしれない。
「ただ…近寄りがたいという噂も流れていますわ。感情がないようだとも。」
セレーナさんは少し気遣いながら伝えてくれた。やはりそうか…立ち直れているはずはないだろう。心の傷が塞がっていないまま、いきなり知らない土地、知らない人に囲まれた生活を送っているのだ。発狂していないだけましなのではないか。ただ、魔毒に犯されていないかが心配だ。押し黙る私達の手をセレーナさんがそっとつつむ。
「今日、会いに行ってみましょう。」
「今日?…会えるのですか?」
「会えるかは保証いたしかねますが、忍び込みましょう!」
「「へ?」」
私達は何回彼女に驚かされるのだろうか。本当に突拍子もないことを言う人である。さすがに顔に出てしまったのであろう、苦笑いを返された。いや、苦笑いしたいのはこっちだよ。
「大丈夫ですよ。学校はやはり関係者以外立ち入るのが難しいですが、彼は魔法省預りなので寮にいるはずです。寮はそこまで警備が強くないのです。」
「それってまずくないかな?」
呆れてしまって、ついタメ口で話してしまった。慌てて謝ると、逆に歳上なのだし身分は気にせずタメ口で良いし、名前も呼び捨てのほうが嬉しいです、と言われてしまった。ティアと目だけで相談する。本人もいいと言ってくれてるし、そのほうがこちらも楽なので甘えさせて貰おうと頷くと、頷き返してくれた。気合いを入れてセレーナさんを見ると、何故か羨望の眼差しで見られていた。
「じゃあお言葉に甘えて。それで、どうやって忍び込むの?」
「実際は忍び込むとまでは言わないのですけど、寮に魔法省で働く友人がいるのです。その方に友人3人が会うという名目で忍び込みましょう?」
「その後はどうするつもりですか?」
「ティアさん、敬語ではなくていいのですよ?」
ティアの質問には回答ではなく、要望が帰ってきてしまった。彼女は少しかわっているのかもしれないな。
「ごめんなさい、つい…」
「セレーナ、ティアは人見知りが激しいから許してあげて?慣れていけば口調も変わるから。」
「そうですか?…わかりました。」
なんかちょっと納得してないけれど、まぁいいだろう。少し年相応の少女に見えた。
「それでその後のことですけれど、そこが1番の難関ですわ。友人に聞けば部屋の位置はわかると思いますけれど、誰にも見つからずに部屋までたどり着かなくてはいけません。」
「うわぁ、大変そう。」
「見られそうになったら気絶させようか?」
「まぁ、武術の心得があるのですか?素晴らしいですわね!でも、騒ぎには出来ません。それに、行ってみるまでどこの部屋かもわからないので、計画も立てられませんね。」
「行き当たりばったりでいけるかな…でも、行ってみるしかないか。よろしくお願いします!」
「お願いします。」
私達がお願いすると、セレーナは「もちろんですわ」と微笑み返してくた。こうして私達の行き当たりばったりな計画は続くのであった。