5
その光景は異様であった。えぐれた地面の中心にいるザック、後ろには倒れている両親。どう見てもザックが何かしたようにしか見えない。でも、ザックに今までそんな力があるなんて知らないし、聞いたこともない。それでも、あの爆発音の発現場所はここだろうということは容易にわかる。
その光景に呑まれていた私は、はっと気がついて走り出した。それで現実に戻った面々も私のあとに続く。
「ザック!ザック!!」
必死に呼んでいるのに全く反応がない。近づくにつれて、ザックが血まみれである事に気づき、血の気が引いていく。それでも必死に走り続ける。私に追いついたティアの顔は、悲痛に歪んでいた。そのままザックの元までたどり着いた私達とおじさんは、魂が抜けたかのような瞳をしたザックに息を飲んだ。すぐにティアとおじさんは両親のもとへ、私はザックに駆け寄る。
「ザック!ザック!私よ、リリアンよ。ザックお願いよ、返事をして。」
ザックの身体を確認しながら、ザックの頬に触れる。どうやら本人の血ではないようだ。ふっとザックの瞳が揺れ私を見た。
「ザック、わかる?リリアンよ?」
「……ねぇ…さ…ん?」
かすれた声が聞こえ、少しホッとする。頬を包む私の手に手を重ねるザックは、まだしっかり意識が戻っているかんじはない。
「えぇ、そうよ。ザック、姉さんよ。」
「…ねぇ…さん……かぁ…さん、が…」
そう言いながら、ひと粒の涙を流しザックは気を失った。私はしっかり抱きしめ、横にする。その後ろでは、ティアが父に応急処置をし、おじさんは父から少し離して母を横にしていた。
「おじさん。」
そう呼びかけると、おじさんはこちらに顔を向け顔を歪めた。わかっている、ザックの発言と今の状況を見れば、わかってはいるのだ。ティアは懸命に父の処置をしていて、応援にきた自警団の人も加わってくれている。
「…ティア。」
「大丈夫、おじさんは出血は酷いけど息はあるわ。必ず助ける。」
私に背を向けたまま、ティアは小さな声で私に語りかけた。ティアがそう言ってくれるのなら、父は助かるだろう。でも、やはりティアの発言が決定打だった。
母はもう助からないと。
「……さん。」
もはや力の入らない足を必死で引きずり、四つん這いになりながら母のもとまで進んでゆく。
「…おかあさん……おがあさん……おがあああああ…」
言葉にならない声が漏れていく。まだ少し温かい母に触れると現実逃避したくなる。それでも、真っ赤に染まった母はいつものように笑ってくれない。泣いてる私を撫でてもくれない。ただ私の声だけが周りに響くだけだった。
ポツポツと雨が降り出す。おじさんはザックを抱き、自警団の人が父を運んでくれていた。私はただ母につかまり泣き叫び、隣でティアは静かに泣いていた。いつもは恵みの雨なのに、今日は母のぬくもりを急激に奪ってゆく。どうか、私の哀しみもきれいに奪っていってくれないだろうか。
その日小さな村は壊滅した。
100人ほどいた村人は20人ちょっとにまで減ってしまっていた。そんな状況をつくったのは、たったの6人である。
あの出来事から半日が経った。私は父の寝るベットの横にいる。あれからザックには会えていない。何故なら、あの爆発はザックによるものだろうと結論がついたからだ。どうしてそうなったのかわからない以上、村長の家で隔離されている。隔離といっても、ただ村人から離しているだけだから安心しろとおじさんは言っていた。
ティアはちょっと席を外すと言って部屋から出て行った。おじさんとの会話で殺された盗賊を見に行ったようだが、今はどうでもいい。
ただ、まだ現実を受け入れられないだけだ。昨日まで、いや、朝までの何も変わらないけれど、幸せだった毎日が、たった一瞬でなくなった。一瞬すぎて、何がなんだかわからないというのが正しいのかもしれない。
父が目を覚まさず、ザックが隔離され、母は亡くなり、仲の良い村人達もほとんど亡くなった。たった6人の盗賊に、何故?盗賊なのだから、何故この村だったのかとかは疑問に感じない。きっと、たまたまなのだろうから。でも、何故8割近い人が、自警団までもが、たった6人に殺されてしまったのだろうか。
そんなことを考えていると、ティアが部屋に帰ってきた。
「おかえりなさい。」
「ただいま。」
あぁ、こんな会話だけで涙が出てくる。ティアがどんどん霞んでくる。どうして、なんでこんなことに、と誰かに問いたくて堪らない。誰に聞いてもわからないことなのに。苦しい…悲しい…なんでこんな思いをしなくてはいけないの。誰のせいなの?憎い…母を殺した奴が、憎い…父をこんな目に合わせた奴が、憎い…弟を壊した奴が。憎い…憎い……。
ふっと誰かに抱きしめられて、意識が戻ってくる。
「そっちにいってはだめよ、リリアン。」
「…ティ…ア?」
目線を上げると、苦しそうに歪むティアの顔があった。
「こんな目に合わせてきた奴が憎いと思っているでしょ?」
「え?」
「その気持ちは痛いほどわかるわ。でも、現実から逃げて、憎しみだけに染まったら、あいつらと同じになってしまう。」
「…あいつら?」
「そう、襲ってきた盗賊は黒魔法を使っていたわ。黒魔法については知ってるわね?」
昔、フェアさんに教えてもらったことを思い出した。
『黒魔法は人の負の感情から生まれるの。負の感情を強く抱くと器から魔毒というものが発生する。それを取り込むと身体や力が強くなるけれど、代わりに心が壊れ理性がなくなってしまうわ。』
『なにそれ、怖い。』
『そうね。とても怖いことだわ。でも、怒ったりすることは必ずあることよ。それをどう乗り越えるか。それがとても大切になってくるの。今回はそういう風になってしまうことがあるって、しっかり理解して欲しかったから話したの。』
まさに今の私だと思った。
「このまま憎しみだけを抱いていたら、いつかリリアンも魔毒にやられてしまう。」
「でも、どうしたらいいの?憎むなってこと?」
「違うわ。憎しみを抱くことはあって当然よ。でも、憎しみだけに溺れてはだめ。現実を受け入れなくてわ。」
「受け入れる?」
「そう、受け入れるのはすごく大変なこと。簡単にできることじゃない。でも、現実から目を背け続けてはだめ。リリアン、あなたには私がいる。守るべき父がいる。救うべきザックがいる。憎しみだけを抱いていてはだめ。あなたにはまだ、たくさんの人がいるのだから。」
「ティア…」
「亡くなった人のことを受け止めることも、憎い相手のことを考えるのも、少しずつでいい。でも、今あなたがいる場所から目を背けてはだめよ。」
涙が止まらない。そうだ、今私には守らなきゃいけない人がいる。憎しみだけを抱き、忘れるところだった。まだ、私は一人じゃない。お母さんのことはまだ受け止められないけれど、止まっていては今を救えない。
ふっとザックのことを思った。
「ティア、ザックは大丈夫かな。私よりも、目の前で起こった出来事を受け止められないと思うの。このままじゃザックが堕ちてしまう。」
「えぇ、私もその事が心配。あの様子だと、危ないと思うわ。」
その時、村が急に騒がしくなった。慌てて窓の外を覗くと、外には騎士の様な格好の集団と魔術師の格好の人がいた。その集団は村長の家へと向かっている。
「まさかザックになにか!」
私達は急いで村長の家と向かった。そこで見たのは、魔術師に抱えられたザックだった。
「ザック!ザック!」
「お前達、なにをしている。」
駆け寄ろうとする私を1人の騎士がとめる。
「私の弟に何をするの!どうするつもりなの!離して!!離してください!!」
騎士に抱えられながらも暴れまくる私のもとに魔術師が近づいてきた。真っ白なローブを着た彼は、私の前まで来ると騎士に離しててあげてと伝え、騎士は渋々離してくれた。
「お姉さんですね。彼はこれから王都に連れて行きます。」
「王都へ?」
「はい、彼が起こしたのは魔力の爆発です。彼は相当な器を持っているようだ。何故今まで放置されていたのか不思議なくらいですよ。」
「魔力の器が大きいって…どういうこと。」
「そのままの意味です。彼は魔術師になれるほどの器を持っています。このままでは制御できず危険です。ですから、王都へ連れて行きます。」
「そんな…」
初耳である。ザックがそんな身体だなんて。でも、1人で行かせるなんて心配だ。しかし、お父さんを1人になんてできない。後ろのティアへ振り返るが、ティアは首を横にふった。どうしようもないの?ザックを1人にするなんて、そんなこと今のザックにしてはいけないのに。
大人しくなった私を見て、魔術師は納得したとでも思ったのか仲間の元へと引き返す。そして、騎士に何かを話した後「それでわ」と言って魔方陣を作り、ザックと共にいなくなった。私は初めての魔法と一瞬の出来事に動くことすらできなかった。
本当に私はなんて無力なんだろうか。