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リリアン視点です
「さぁ、私達も準備して学校に行こうか。」
大きく1度伸びをして、ティアへと振り返ると、そうね、と返事が返ってきた。あの戦から半年程が経ち、ザックが魔法学校を卒業する。私が王都に残ると決めていた日数が終わるのだ。明日、私とザックはお父さんのいる町へと帰る。
「帰りにティアのお父さんのお墓に挨拶していこうかな。」
戦から帰ってくる際、ティアは父の亡骸から大事にしていた剣と肌身離さず付けていたというアクセサリーを持ってきていた。そのティアの母が送ったというアクセサリーは、ズワーダ王国騎士団長ランマール様が、ティアの母の眠る墓に埋めてくれるという。ティアは、これで父は母とずっと一緒にいられる、と言っていた。そして剣は、ひっそりとエレントル王国に作った小さな墓の中に収められている。これは私達家族だけの秘密だ。なんせティアの父はどの国でも犯罪者扱いになってしまうから。
「そうしてくれると嬉しいわ。」
そう言って笑うティアは、戦から帰ってきて初めてお父さんとの戦いの話をした時に泣いたきり、お父さんのことで泣くことはなかった。きっと、あの涙で心の中の苦しみを流したのだと思う。それが私達の前であったことが、嬉しかった。
ティアは王都に残り、騎士として働くことを決めたらしい。立派な騎士になった姿を両親に見せたいのだそうだ。離れるのは寂しいけれど、ティアが前を向いて進んでいるのなら応援したい。離れても家族なのは変わらないのだから。
私はといえば、王都へ帰ってきた後、国王様に面会する機会が与えられた。極度の緊張で半分以上覚えていないが、今回の働きの感謝と極秘事項にすることで私を守ると誓って下さった。私はそれで納得している。祭り立てられるのは嫌だったし、面倒事に巻き込まれるのも真っ平御免である。それでも、報酬も頂けたのでお父さんのために使おうと取っておいてある。
セレーナとはあの後、何度もお茶会をしている。戦で多くの人を救ったことで「わたくしに出来ることを精一杯することにしますわ」と吹っ切れた顔をしていた。ザックも連れて帰ることを謝ると、顔を真っ赤にして、いいのですを繰り返し言っていた。…からかい過ぎたかな。
そういえば、ウィリアム様は戦の功績を讃えられ、晴れて王太子となられた。その後、お会いする機会があったが、今回の戦いでかなり考えさせられたようだ。2度とこのようなことが起きないよう、苦しむ国民を1人でも救える国作りをしたいと意気込んでいた。背後に立つ側近のフィルディン様が、もはやグッタリしていたのだが大丈夫だろうか。少し心配である。
ハイドさんは相変わらず、精霊ラブであった。逆に、精霊が歴史に大きく関係している事を知って、前よりも仕事に精を出しているようにさえ見えた。つまり、私の注意が増えたということである。
ヴェルモートさんとは、あれ以来あまり会う機会がなかった。戦で多くの人が犠牲になり、後処理が忙しいようだ。廊下で見かける程度なのだが、あの戦の緊張感で忘れていた、手を繋いだことや抱きしめられたことを今更思い出し、会うに会えなくなっている。でも、これでいいのかもしれない。ヴェルモートさんに好意を抱くのは戦の時までと決めたじゃないか。これから国を支えていく彼を諦めなくてはいけないのだから、未練がましく追うほうが自分によくない。そう自分に言い聞かせ続けて今日まできた。気持ちを伝えず諦めるのは、せめて頼もしい仲間であり続けたいからだ。
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そしてついに別れの日が来た。挨拶に来いと言われて訪れた王宮前にはウィリアム様をはじめ、ティアやセレーナ、エリンさん、ハイドさん、フィルディン様、そしてヴェルモートさんと勢揃いしていた。改めてザックと共に礼を言う。
「「本当にありがとうございました。」」
「気をつけて行くんだぞ。」
「「はい!」」
ウィリアム様に笑顔で頷く。ウィリアム様の隣ではフィルディン様が優しく笑いかけてくれた。次に、ティアが前に出て来て、私達を抱きしめる。
「手紙書くから。気をつけてね。」
「私も書くわ。ティア、頑張って立派な騎士になって。」
「離れていても家族だよ、ティア。ありがとう。」
その後ろから泣いているセレーナと、肩を抱くエリンさんがやって来る。
「さ、寂しくなりますわ。でも、わたくしも頑張りますから。」
「気をつけてね。」
「そう言ってくれてありがとう。2人ともまた会えるよね。」
「もちろんですわ。」「えぇ。」
挨拶をしている私達の横でザックが黙っていることに気づく。手に小さな箱がある事に気づき、軽く背中を押してやった。すると、真っ赤な顔のザックがセレーナの前に箱を持ち上げた。
「こ、これ、魔石を組み込んで作ったんだ。結界術式を組んであるから、よかったら…どうぞ。」
受け取ったセレーナが箱を開けると、セレーナの瞳と同じ色の宝石のように輝く緑色の魔石がはめ込まれたピアスが入っていた。
「まぁ、綺麗。ありがとうございます、ザック。大切に使わせて頂きますわ。」
そう言いながら潤んだ瞳に頬を染め上げ、微笑んだセレーナはとても美しかった。なんとも幻想的な光景である。やっぱり美男美女は絵になるわぁ。そんなことを考えて見つめていると、ハイドさんが近づいてきた。
「時間が押しちゃうとまずいだろうから、割り込んじゃうね。ということで、2人とも気をつけてね。リリアン、精霊のことで聞きたいことがあったら、なんでも相談して。」
「ハイドさん、本当にお世話になりました。研究、ほどほどにしてくださいね。」
「あははは…」
苦笑いで誤魔化そうとするハイドさんを睨みつけていると、ウィリアム様に押されるようにヴェルモートさんがやって来た。思わず身構える。そして、今までと違い緊張する。
「気をつけて行け。」
「…はい。ありがとうございます。お世話になりました。」
「え、レオそれだけ?」
頭を下げた私の上で、ウィリアム様の驚いた声が聞こえる。いつもと変わらない不機嫌そうな顔で、短い言葉。うん、ヴェルモートさんらしいじゃないか。別に何か期待していたわけじゃないし、この方がらしくていい。そう思うと可笑しくなってきた。だって、そう納得してしまう私はよっぽど彼を知っているつもりのようだから。まだまだ知りたいと思ってしまうけれど、少しずつこの気持ちを忘れていければいい。
「ふふふ。それだけで十分です、ウィリアム様。それでは皆様、本当にありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
「では、いってきます!」
私達は再び頭を下げると、大きく手を振ってくれるみんなに背を向け王都を旅立った。今日も素敵な青空で、太陽が私達を見守ってくれているようだ。いや、精霊王が見守ってくれているのかもしれない。
「僕達、お父さんお母さんに見せられるぐらい成長できたかな。」
空を見上げながらポツリとザックが呟く。アース村にいた頃と今の私達を比べる。
「成長してるよ。心も守る力も…だから、胸を張って帰ろう。」
「そうだね。帰ろう、2人の元に。」
この道の先に待つ未来には何があるのだろうか。不安ではなく期待を胸に歩けるようになったのは、たくさんの人が側にいてくれると知ったから。それが強くなれる私の源。




