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ザック視点です
合図と共に始まった戦を、エレントル王国第1王子ウィリアム様の斜め後ろから眺める。それは、僕が想像していたよりも恐ろしいものだった。目が狂った体の大きな敵が味方を斬り、時には味方が敵を斬る。そんな戦では当たり前の光景が、本当は普通の光景ではないと何人が気付いているのだろうか。いや、みんな知っていて誰かを守るために戦っているのかもしれない。ならばせめて、戦に出ると決めた以上は僕のできることを精一杯やらなくては。
長い呪文を唱えながら大きく結界を張っていく。僕の使命は、後ろに控える救護班や各所に結界を張る魔術師、要救護者を戦地から連れてくる人達、そして王子を守るための固い結界を張ること。そして、敵を近づけないことだった。黒魔法を使う相手に持久力において勝てる筈はないと判断したウィリアム様が救護班を置き、まだ息のある者、怪我をしただけの者を治療し、戦力の減少を少なくしたいという狙いがあった。
戦が始まってすぐ、要救護者が次々と運ばれてくる。王子の前では、ティアが剣を振るう。それを横目に見ながら、結界近くまできた敵を魔術で攻撃する。結界を張りながら攻撃するのはとても難しいことだが、器量が普通の魔術師よりも大きい僕だからできることでもある。人を攻撃する事に戸惑いのあった僕だけど、甘いことを言っている状況ではない。僕は守りたいと決めてきたんだ。そう自分を奮い立たせ、懸命に背後を守り抜く。
ティアが父を討ちに行った時すごく心配だったけれど、姉さんが送り出したのだからと黙って見守った。それに、ウィリアム様を盗み見ると、僕よりもそわそわしていたから、なんだか僕がしっかりしなくてはと思えてしまった。
姉さんとヴェルモートさんが突然森の奥へ走って行ってから数十分、セレーナ達救護班の魔力が限界に近づいていた頃、終わりの見えない戦に変化が起こった。突然、温かい光に辺り一面が包まれたのだ。光の中で、僕はお母さんとお父さんを見た。あの懐かしい光景に心が温かくなる。少し心が軽くなった感覚さえあった。そんな優しい空間から現実に戻ってくると、異様な光景が広がっていた。
敵が皆崩れ落ち、黒魔法により強化されていたのであろう体は、元の人の姿へと戻っていたのだ。もしかしたら、姉さん達が何かしたのかもしれない、そう思った。今のうちに敵を討とうとする者達を止めたのはウィリアム様だった。
「敵は戦意を喪失した!無駄に血を流させる必要はない!直ちに捕らえろ!」
その命令に騎士達が従う。歯向かおうとする者もいたが、ウィリアム様の言葉にほとんどの者が戦意をなくし、大人しく捕まった。興奮状態が収まらない者も味方には多くいたが、王子の放つオーラに次第に収まっていく。さすがは王族と言う他ない。こうして「ヒメラーヌ山脈の黒戦』は多大な犠牲を伴い、敵の捕縛という結果で終戦したのである。
その後、気を失った姉さんがヴェルモートさんに抱きかかえられた状態で戻って来た時は心臓が止まるかと思った。ヴェルモートさんが疲労だと言ったので、渋々納得し、ウィリアム様とギルバート様、家族ということでティアと僕がテントに集まり、洞窟で起こった話を聞く。驚くべき内容だったが、他言無用とされた。何故なら、リシウス様が精霊王と繋がりがあったと伝えるとしたら、繋がりを持った姉さんが政治的に利用される可能性があるからだ。姉さんを守るためなら、その決定に反論などしない。僕達は、ウィリアム様の要請に頷いた。
その後王都まで帰るのに、行きよりも1週間ちょっとかかった。今回は捕虜が多いためだ。捕虜になった者達は、反逆罪のために処刑となる。辛い過去によって黒魔法を使うまでになった彼等の気持ちを思うと、何とも言えないやるせなさを感じるが、合同軍が多大な犠牲を受けたのも事実なのだ。せめて安らかにとウィリアム様が闇魔術で心に干渉し、辛い過去だけを消されたというのは数人しか知らない。
また、精霊王からの言葉も国王を通して各国、国民全てに伝えられた。この世界の秘密を知った国民は、様々な想いを抱いただろう。ただ、魔力の恩恵を得て生きている国民が、精霊王を恨むことはないだろう。あとは、どのように負の感情と付き合うかという問題だけだ。
この戦によって、僕は多くのことを考えさせられた。僕が敵側にいなかったのは、姉さん達がいたからに過ぎないと思うと恐ろしいと思うこともある。でも今、僕はたくさんの人が側にいることを実感しているから、立ち向かえる人間に成長できていると信じている。
「ザック、遅刻しちゃうわよ!」
「わかってるよ!」
玄関先から元気な姉さんの声がする。色々と詰まっていた半年程を振り返っていたから、なんだか急に現実に引き戻されたようだ。自然と表情が緩む。
「もう!最後なんだから、しゃんとして。」
「わかってる。」
なんだか姉さん、お母さんに似てきたなぁ。苦笑いで答えていると、リビングからティアが出てきた。
「おじさん、おばさんの分も、立派な姿が見られるのを楽しみにしてるよ。」
「うん、ありがとう。」
そっといつも手紙が入っているところを触れる。少しは両親に近づけているだろうか。少しは2人に見せられる姿に成長しているだろうか。
玄関の扉を開ける。今日、僕は魔法学校を卒業する。




