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リリアン視点です。
「このままでは不味いな。私が行く。援護を頼むぞ。」
「はい。」
そう言ってヴェルモートさんが剣を構え、すごいスピードで相手に向かって走り込む。相手の戦い方がわからない以上、無闇に手を出すことはできない。あっという間に距離を詰め、剣を振り下ろす。男は懐から出した短剣で一撃を受け止めた。2人が睨み合った瞬間、勢いよくヴェルモートさんが後方へと飛んだ。
「その目…お前は闇魔術を使うのか。」
「ふんっ、お前も引くか。そうだ、俺は闇魔術を使う。気付いたお前は、もう接近戦をとれまい。」
精神に干渉する魔術、闇魔術。味方なら心強いが、敵ならば最も厄介な相手だ。なんせ、近づけば心を捕らえられ、操られてしまう。集中さえすれば、離れていても術にかけることもできる。
「なるほどな。駒という理由がわかった。お前、あの軍団を操っているのだな。だから、寄せ集めの集団なのに、あそこまで統制されていたのか。」
「正解。」
険しい表情で語るヴェルモートさんとは反対に、男は笑いを含んだ声で答える。
「因みに、他の魔術も使えるから気をつけろよー。」
もはやこの状況を楽しんでいるようにしか見えない。魔力を消耗させれば、私達に勝利があるかもしれないが、黒魔法で強化されている相手の限界がわからない。男を観察して突破口を探す。すると、黒い水晶に目が止まった。あれはなんだろう。大事そうにずっと持っている。そういえば、精霊達が言っていた強い力とはどれのことだろう。
「フリード、あなたの言ってた強い力ってどれのこと?」
すると、姿を隠していたフリードが現れる。
「あの男の持つ水晶のことだ。あれには精霊がついていない。この世界にとっては異物だ。」
「精霊がついてないですって?」
改めて水晶に目線を移す。真っ黒な水晶は輝きも何もない。あれが、この世界の異物。
「あれは負そのものの塊と言っていいだろう。」
「負そのもの。」
あれが力の源なの?あれを壊せば勝てる?ならばどうやって壊せばいいか考えていると、男が驚いたようなわざとらしい仕草をした。
「お前、精霊つかいだったのか。道理で場所がばれた訳だ。しかし、この力を感じとれるとは、よっぽど精霊に愛されてるようだな。だが残念、これは壊せないよ。なんせ550年存在し続け、負の感情や魔毒を吸い続けてきたんだから。」
「550年だと?」
男の言葉に素早く反応したのはヴェルモートさんだった。
「…550年前といえば、カルルスが王座を下ろされ姿を消した頃。」
「愚か者!カルルス様だ!そうだ、あの方が作り出したのさ!俺はそれを受け継いだのだ!」
ヴェルモートさんの呟きに男が激しく反応した。カルルス様とは、誰のことだろう。王座と聞こえたけど、王族のこと?ならば、なぜヴェルモートさんは呼び捨てに?わからないことだらけの会話に置いていかれる。しかし、今は聞ける空気じゃない。
「あの方の作り出した水晶は、長い年月をかけて満たされたのだ!俺はその力でこの世界を滅ぼす!」
興奮したまま男が水晶を掲げる。これは不味いことになった。ヴェルモートさんが剣に炎を纏わせ斬りかかる。あれは集中させないためであり、目が合わないため。それでもただの時間稼ぎにしかならない。なぜなら、興奮状態の男は、しっかり魔術で攻撃を防いでいるからだ。どうにか私がしなければ。しかし、あんなに動いていてはヴェルモートさんにも攻撃が当たってしまう。
私達で防がなければ、この世界は終わる。家族も友人も好きな人もみんな守れない。私は守りに来たのに、あの時のように何もできず、見ているだけなのは嫌だと決めたのに。助けようとしてくれる精霊にも応えられないなんて。
『…アン…リリアン…』
どこからか私の名を呼ぶ声がした。辺りを見回すが誰もいない。それでも遠くで呼ぶ声がする。聞いたことはないのに、懐かしいような声。
「誰?」
『我の声が聞こえるか。』
低く、落ち着いた声が心に響く。いや、心に直接聞こえてきている。この感覚は、精霊?
「あなたは精霊?」
『さよう。我の声が聞こえる者に出会ったのは700年振りか。』
「え?そんなに前?」
『まぁ、其方にとってはそうだろう。』
確かに、精霊にとっては700年前など、つい最近かもしれない。
『人間と再び話せる日が来るとは。これで友との約束も果たせよう。』
「約束?」
『さよう。其方の力を貸して貰うぞ。よいか?』
「それで世界が救われるなら。」
そう答えるが早いか、たちまち真っ暗だった辺りが光に染められてゆく。戦っていた2人もこちらを振り返り、突然の光に目を覆い隠す。再び目を開ければ、目の前には白い衣服を纏い、優しい顔をした大きな大きな男性が浮かんでいた。その神々しさに思わず息を呑む。
『我がこの邪悪な魔力を浄化しよう。』
「なんだと!そんなことさせるかあああ!」
その大きな精霊の言葉にフードの男が反応し、攻撃を仕掛けるが、何ひとつ当たることはなかった。標的を私に変えようとしたところをヴェルモートさんが迎えうつ。今、この状況を打破できるものはこれしかない。そうヴェルモートさんも理解したのだろう。
突然の状況に取り残されている人間達を置き去りにして、その精霊が手を掲げる。すると、柔らかく温かな光が私達を包み込んでいく。その光は、戦場だけでなく、世界全てを包み込んだ。その光の中では、家族全員が生きていた懐かしく優しいあの頃を思い出させた。心に染み込む温かさに涙が溢れる。あの時は幸せだった。そして、今も沢山の人に支えられ幸せなのだと実感が湧く。しんみりと温かさに浸っていると、突然フード男の声が響き、現実に引き戻される。
「やめろおおおおお!やめてくれえええ!」
頭を抱え叫ぶフード男の足元にある黒い水晶にヒビが入っていく。そして、パリンッと砕け散った。
「があああああああ!」
砕け散った水晶から黒い煙が上がる。すると、力が抜けたかのように男が地面にへたり込み、フードが落ちる。その瞬間、私と変わらない年齢の青年が現れた。まさか、世界を崩壊させようとしていたのが、青年だったとは。ショックが隠せなかった。
「どうして、こんなに若いあなたが…」
勢いよく振り返った青年が私を睨みつけた。その目には憎しみさえ抱かれていたようだった。それが私に対してなのか、世界に対してなのかわからない。
「どうしてだと?そんなの俺が聞きたい!なぜ瞳が黒いだけで疎まれなければならない!なぜ闇魔術が使えるだけで悪者にされなければならない!なぜ俺のせいで家族が騙され殺されなければならない!なぜ周りは知らない振りをする!…ちょっと自分と違うだけで嫌いになり、害を与えなくても恐れられる。何もしていない家族まで罠に陥れる。そんな世界で俺はどう生きろと?俺はあの時死んだんだ。あの時にいないものとなったんだよ!」
全てを吐き出すように青年が叫ぶ。ザックの言っていた、珍しい力をしっかり知らないで判断してはいけないとは、こういうことなのだろう。彼は闇魔術が使えるせいで辛い想いをしたのだ。そして彼は周りを恨み、自分を恨み、最後にはこの世界そのものを恨んだのだ。そうすることでしか、治らなかったんだ。もし彼を受け入れてくれる人が1人でもいれば。いや、いたのだ。家族が…しかし奪われた。そして1人になった彼は壊れてしまった。そう思うと責めきれない。
「お前だけではない。闇魔術を持つことで迫害されていた人を私は知っている。だが、その方はその目にも負けず、自分のできることを精一杯やっていた。逃げることなく、受け止めた。だからこそ、私はその方を尊敬し、支えたいと思っている。お前も逃げたり、他人のせいだけにするな。どうせなら見返してやると思え。」
「何を勝手なことを言ってんだ!そんなこと出来る訳ないだろ!」
ヴェルモートさんの言うことは素敵なことだけど、彼が怒るのも仕方がない。そんなに気持ちが強い人ばかりじゃないのだから。
「たしかに言うだけなら簡単だな。だが、自分を変えず、周りが悪い、理解してくれない奴が悪いなどと思うのも勝手なことだ。それで世界を壊そうなど許される事じゃない。」
「うるせええええ!」
青年がヴェルモートさんに魔術を発動しようとする。それを迎えうつようにヴェルモートさんが構える。しかし、衝突する事はなかった。突然、青年が意識を失い崩れ落ちたのである。上から声がかかる。それは大きな精霊の声だった。
『その青年の魔力を奪った。当分、意識は戻らぬだろう。』
魔力を奪うなど普通の精霊にできることではない。
「あなたは…いったい?」
私の質問に柔らかく笑いかける精霊を見つめる。そして語られるのはこの世界の秘密だった。
すみません、勝手なことを言ってます。
ただ一つの考え方としてとらえてもらえるだけでいいです!レオナルドはウィリアムの事を見てきているからこそ強く言っていますが、青年の気持ちもしっかり理解できる人です。ただ、国を守る者として、ウィリアムに支える者として、彼の考えを認める訳にはいきませんからね。許してやってください。
因みに、この青年の名前はヒューリと言います。他にも過去設定を考えてあったのですが、入れると長くなりすぎるのでカットしました。何故カルルスについて知っていたかと言うと、意外と黒魔法界では有名というだけです。王族だとは知りませんが…そこは王家の力ですね。
設定では穏やかな少年設定でした。家族に起こった事件のせいで、変わってしまったのですが、リリアンと会話する最初の方は昔の名残でしょうね。




