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リリアン視点です
「大丈夫か?」
「え?あ、はい。」
ティアのお父さんがいるであろう場所に誘導するため、精霊達の力を使いティアを見送ってすぐ、ヴェルモートさんに問いかけられた。一瞬誰に聞いているのかわからなかったが、振り向くと目が合い、私に問いかけたのだとわかった。しかし、何についてかよくわからない。それがわかったのか、ヴェルモートさんは険しい顔をさらに深くした。
「いや、大丈夫ならいいんだ。」
そう言うヴェルモートさんの視線を辿ると、私についている血が目に入った。きっとこの血について心配してくれたのだろう。私の血ではない…他人の血。ふっと開戦直後を思い出す。
笛の音と共に魔術師が攻撃し、騎士団が走って行く姿を見つめる。始まってしまった戦、もう後戻りはできないと腹をくくり、敵の進行を見守る。この時は気づかなかったが、ティアの道を開いたように精霊達に遠距離攻撃も出来たはずなのに、私が指示することも、精霊から打診されることもなかった。きっと、精霊が私を気づかったのかもしれない。
それでも、すぐにその時は来た。目の前にいた魔術師が敵に討たれ、突然目の前に黒い塊のような敵が現れた。一瞬体が固まる。しかし遠くでハイドさんが私の名前を叫ぶ声が聞こえて我に返った。振り下ろされる剣を後方に飛んでかわす。躊躇すれば私が死ぬ。そう思った時、私は精霊に指示を飛ばしていた。
「ディーナ、フリード!」
その瞬間、姿を現した水の精霊と火の精霊が水と炎で攻撃する。大きな破壊音が響くが、動きの速い相手には当たらなかった。
「カリシア!動きを止めて!」
植物の精霊が現れたのと同時に、つるが地面から伸びて男に絡む。男が切っても切っても出てきて絡みつく。その間に再びディーナとフリードが攻撃を当てた。つるに絡まったままの男はピクリとも動かなくなった。カリシアがゆっくりと降ろす。私が初めて殺めてしまった瞬間だった。なんとも言えず、強く手を握りしめる。覚悟してきたじゃないか、そう自分に言い聞かす。寝かされた男はいつの間にか村人のような姿となった。姿が変わった男を見て、これが魔毒の影響による変化かと思った。その後も何人もの敵が攻めてきた。ごめんね、と心の中で思いながら力を振るう。魔術師と違って、魔力を消費する訳ではない精霊使いは、体力が落ちていくことはない。しかし、私は自分を守る力がないから、周りに気を張り続け、攻撃を避けながら戦うしかない。
精神力がどんどん削られていた時、ティアの叫び声が聞こえたのだ。ふっと忘れかけていた何のために戦っているのかを思い出した。逃げる為ではなく、みんなを守るため。そのために戦っていたのだと思うと、少し気持ちに余裕ができた。だから申し出たのだ。ティアの願いを聞いてやりたい。私ができることは手助けしたいと。あの時のことを思い出していると、光の精霊トールが声を上げた。
「リリアン!余所見してる場合じゃないよ!」
「ご、ごめん!」
とっさに謝り周りを見ると、ティアの突撃で崩れた敵陣が戻っていた。これは長そうだ、と思い気を引き締める。
「リリアン!お前はあちら側を頼む!」
「はい!」
ヴェルモートさんに頼られている。その期待にしっかり応えて、王子を守りぬかなければ。王子の背後にはザックが結界で救護者を守り、セレーナ達が治癒を行っている。たくさんの仲間達も背後にいると思うと、下など向いてはいられないと強く思った。
そんな戦いの中、精霊達が突然同じ方角を見た。山脈の急斜面側をじっと見つめる。
「…何か強い力を感じる。」
「えぇ、なんだか気持ち悪いわ。」
「今まで全然気づかなかったですぅ。」
「もしかして新たな敵か!」
「敵の匂いと同じような匂いが風にのってくる!」
精霊達が口々に言う。あちらにも敵がいるのか、しかし、この戦場から姿は確認できない。今の状況で戦力をさいて確認に行く事もできないだろう。どうしよう。
「みんなはその場所がわかる?」
「わかるわ。」
代表してディーナが答え、みんなも頷く。ならば、私達が見に行くのが早いかもしれない。でも、ここを抜けられない。その時、風の精霊シアが声を上げた。
「ティアが、お父さんを討ったみたい。」
「そう、過去にちゃんと向き合えたのね。…ならシア、ティアを呼び戻して。カリシア、ティアのもとまで木のつるを伸ばせる?」
「うん!」「はいですぅ。」
そして私の意図を読み取り、ティアがつるの上をかけてきた。これでここは大丈夫。ティアなら守り抜いてくれる。
ティアが私のもとに駆け寄る。
「どうしたの、リリアン。」
「うん、ちょっと気になることがあるの。だからティアに戻ってきてもらったんだ。ここはお願い。」
そう言ってすぐに目的の方角へと駆け出す。あまり話していると止められそうだし、何が起こるかわからないものを放っても置けない。背後からティアの叫び声が聞こえる。
「リリアン!待って!どこ行くの!」
「わかったらシアに知らさせるから!ティア、みんなをお願いねー!」
「待ちなさい!」
ティアの静止の声を聞き流し、そのまま駆ける。ティアが追ってくることはない。あそこには守るものがたくさんあるから。
「みんなお願いね。」
先頭を飛んでいく精霊達に声をかければ、みんな振り返り頷いた。私には心強い仲間がいるから、1人で行っても大丈夫、そう自分に言い聞かす。不安がないと言えば嘘になるけれど、確証がないのに軍を動かせない。ここは私が頑張らなきゃ!そう決めた矢先、足音が近づいてくる。もう追っ手がと振り返り構えると、そこには走ってくるヴェルモートさんがいた。
「私も行く。」
「え、でも、王子様達が…」
「ティアや他の部下がいれば大丈夫だ。まぁ、王子も戦えるしな。」
なんか最後のほう、部下としてはあるまじき発言を聞いたような。いや、気にしちゃだめだ。ヴェルモートさんがいれば心強いのだし、有難い申し出に違いはない。
「何かあった時の責任は私がとる。それでどこに向かっている。」
「ありがとうございます。実は、みんなが何か不審なものを感じとったみたいなんです。その方向に向かっています。」
「不審なもの?…わかった、行ってみよう。」
私の根拠もない理由を疑うこともなく信じてくれた事が嬉しく思えた。その信頼に応えるため、強く頷き返すと再び走り出した。精霊は生い茂る木々をかわしながら、突き進んで行く。私に合わせて飛んでくれる精霊を必死に追うが、隣を走るヴェルモートさんは余裕そうだ。悔しく思うリリアンは知らない、ヴェルモートが騎士のように鍛えている訳ではない女性のリリアンが、これほどまでに走れることに驚いているなど。
そして、急斜面にある小さな入り口の洞窟の前で精霊が立ち止まった。
「この中?」
「そうだと思うよ。洞窟の中から嫌な風が来る。」
「俺が先頭で照らしてやるよ!」
トールが今にも飛び込んで行こうとするのを落ち着かせ、ヴェルモートさんを見る。
「よし、行こう。」
「はい。」
こうして私達は洞窟の中に足を踏み入れた。




