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今日もいつもと変わらない朝。カーテンを開けて空を見る。太陽は雲に隠れ、空気が少し湿っぽい。今日は森に行く予定なのについていない。
「曇りかぁ。雨じゃないだけましかな。早めに動かなくちゃ降ってきそうだけど。でも降ってないことに感謝しなくちゃね。」
急いで着替えて部屋を出ると、皆が朝の支度をしていた。ティアは森へ行く支度も整っているようだ。
「みんな、おはよう!」
「おはよう、リリアン。今日は天気が悪いから急いで行こう。」
「そのほうがいいわね。あの調子なら昼には降りそうだし。」
そんな話をしている私達の元にお弁当を持って母がやってきた。後ろから父とザックもやって来る。
「朝ごはんを詰めておいたわ。早めに行って向こうで食べて帰って来なさい。」
「気をつけるんだよ。」
「姉さん、ティアの言うこと聞くんだよ。」
「ザック、私を何歳だと思ってるのよ。森なんてよく行くんだから大丈夫よ。」
「信用がないのは日頃の行ないのせいだと思うよ。ティアよろしくね。」
「わかってるよ、心配しないで。アイリーンさんありがとう。」
ティアは苦笑いしながらザックに言い聞かせ、アイリーンからお弁当を預かる。今日は短期間しか咲かない花を採りに森へ入る。良く効く薬になるのだが、短期間しか咲かないため希少価値が高い。たまたまこの前発見し、そろそろ咲きそうだったので、今日採りに行くのだ。
「楽しみに待っててよ!いっぱい採ってくるからね!」
「無理しないようにな。いってらっしゃい。」
「「いってらっしゃい。」」
「「いってきます。」」
3人に見送られ私達は森へと入っていった。森の中は太陽が隠れているため、薄暗くジメジメしている。それだけじゃなく、何かおかしい気がした。これはよく入るリリアンの勘である。
「ねぇ、なんかやけに静かじゃない?」
「…確かに静かと言われれば、そんな感じがするかもしれない。」
「なんか嫌な感じ。早めに採って帰ろう。」
「そうだね、お弁当は後にしようか。」
川の近くには私達の求めている花がたくさん咲いている。お互い顔を見合わせて微笑むと持ってきた大きな袋を出し、花を傷つけないように慎重に摘んでいく。どれくらい経っただろうか。2人共袋がいっぱいになった頃、ティアが急に立ち上がった。摘むのに集中していた私は、目の前でティアが急に立ったものだから驚いてひっくり返ってしまった。
「ティ、ティア?びっくりさせない」
「しっ!」
「?」
険しい顔のティアが村の方角を見ていた。私も懸命に耳をすませてみる。微かに聞こえるのは人の声だろうか。それでもよくわからない。
「リリアン、村へ戻ろう。何かあったのかもしれない。嫌な予感がする。」
「わ、わかった。」
花の入った袋を抱え、ティアの後ろについて歩く。いつもよく通る道を通ってる筈なのに緊張してくる。それぐらいティアの纏う空気が緊張感に溢れている。そして、ティアの歩く速度が上がってゆく、途中からほぼ駆け足のようになっていた。
息が切れる、いつもなら全然走っても大丈夫だというのに、呼吸のペースをつかめない。ティアの思い過ごしであってほしい、村に着いて何もないじゃんと笑い合いたい。しかし、ティアの様子からしてそれは絶望に近い。そして、少しずつ村へ近づくにつれて聞こえてくる人の叫び声や血の匂い。どんな現実が待っているのか怖い。でも、皆のことが心配で堪らない。私はもつれそうになる足を懸命に前へと出した。
「きゃ、な、な、なに!?」
突然、遠くから爆発音が聴こえ、身体を下から突き上げるような衝撃を受けた。思わず足を止める。音は確実に村から聞こえた。村に爆発する様なものはない。相手が持ってきたのだろうか、何が起きてしまっているのか。ティアが立ち尽くす私の腕を引っ張る。
「リリアン、リリアン!急ごう、みんなが心配。」
「う、うん。」
どうか皆無事でいて。私はただ祈ることしかできなかった。これまでにこんなに自分が無力だと感じたことはなかった。村に着いた途端に目に入った村の状況に、動けなくなってしまったのだから。
目の前は正に、地獄絵図そのものだった。道にはたくさんの死体が転がっている。どの顔もよく知る人ばかり、その顔は血で真っ赤に染まっている。生きているものを探そうと思うが、絶望的だった。足が震える、人が殺されている姿など見たこともない。まさかお父さん達もと最悪なことしか考えられない。いつの間にか落としていた袋を拾い、ティアが私の手を握る。
「行こう、皆のところに。止まってはだめ。助けられるかもしれないんだから。」
私の目をまっすぐに見つめるティアに頷くしかできない。もはや、自分の考えで身体を動かせなくなっている。
ティアに引かれるように家までの道を行く。
そして家の畑付近まで来たとき、自警団の人と合流した。隣のおじさんは急に6人ほどの盗賊らしき者たちが村を襲い始めたと話した。たった6人なのに凄まじい強さで自警団の半分以上が殺られてしまい、村人も7割は殺されただろうと、口を硬く結び、手を握りしめ、悔しそうに絞り出した声で言った。
「それで盗賊は皆捕まえたの?」
「強すぎて捕まえれはしなかったが、4人は殺したことを確認した。2人はまだ未確認なんだが……リリーすまない。2人はこちらに行ったんではないかという話だ。」
「…そ、そんな。」
足から急に力が抜け、とっさにティアとおじさんが支えてくれる。
「ただ、先ほどリリー達の家の方角から凄まじい衝撃波があってな、急いで来たんだ。リリー、お前はここにいるか?俺たちが見てくる。」
「いや、連れてって。」
「しかし…」
「お願い。自分の目で確認したいの。」
私のお願いにおじさんは渋々頷いた。おじさんの気遣いは有難い、でも、人から伝えられるだけなんて嫌だ。どんな結果でも自分で受け止めたい。そんなことを考える私の手を、ティアがそっと握ってくれた。
皆で行った私達家族の畑には、信じられない光景が広がっていた。えぐれた地面、吹き飛んだのであろう柵、周りには盗賊らしき男の死体が2つ。そして、えぐれた地面の中心には、どこを見ているのかもわからない、立ち尽くしたザックと後ろに倒れている両親の姿だった。