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ティア視点です。
残酷な描写がありますので、お気をつけください。
異様に響く金属音と荒い息づかいが聞こえる。それは私のものなのか、相手のものなのか判別する余裕などない。剣を持つ手が痺れる。昔と変わらない動き、いや、重さや速さは変わってしまったのかもしれない。それでも、身体が相手の…父の動きを覚えている。その以前よりも速くなった動きについていけるようになったのは、私が成長した証なのかもしれない。
「お父様っ!気がついて!私よ!」
「…。」
言葉をつむげば隙ができ、その隙を相手は躊躇なく攻め込んでくる。それでも呼びかけたい。声を聞きたい。黒魔法で心が壊れているのかもしれないが、奇跡を信じて話しかける。
「アルティアよ!お父様!」
「?……アルティ」
「!」
相手が発した言葉に気を取られて思い切り飛ばされ、近くに生える木に衝突する。背中に痛みが走り、思い切りむせ、口元からは血が流れた。しかし、そんなことはどうでもいい。今、私の名を繰り返そうとしたのではないか。まだ、少し自我があるのか。そんな私の期待を握り潰すように、起き上がる私めがけて相手は剣を振り下ろした。
型や動きは変わらないのに、目つきは以前の父の面影などない。相手の味方も、父の剣が近づく者全てを斬ろうとしている事を感じ取るのか、私達の戦いに参戦してくる者もいない。その状況がなんだか悲しく感じるのは、どこかに昔の父を探しているからかもしれない。
もう戻る道はないのだろうか。いや、ないことは初めからわかっていたじゃないか。黒魔法に1度囚われた者は、元の姿には戻れない、これが現実。だからこそ決めてきたんだ。父は私自身が止めると。姿を見て緩んでしまった決意をもう一度固め、相手を見据え、剣を構える。その構えは父が教えてくれたもの。せめて昔の父の剣で決めたい。
「いきます!」
勢いよく走り込み、剣を振るう。かわされても受け流されても力が続く限り振り続けた。その速さに切っ先を見ることができる者はいない。ただ剣を交じり合わせる2人のみが経験と感覚だけで動いているにすぎない。その凄まじい斬り合いを止めたのは予期せぬ乱入者だった。
「ラ、ランマール団長!?」
ズワーダ王国第1騎士団団長ガイセル・ランマール伯爵は、幼い頃に騎士学校で父と共に過ごしてからの親友だった。王宮で剣術を習っていた時は、父と共に教えてくれていた程で、私が処罰を受けた際も居合わせた方である。そんな彼は、ギルバート様と共にこちらに来てくれていた事情を知る1人でもあった。
「手は出さん。だが、あいつは強い。その手助けぐらいはさせてくれ。」
そう言うランマール団長の表情からは友人を失う覚悟が感じ取れた。娘の私よりも長い時間を共に過ごし、様々な死闘をくぐり抜けてきた彼も、父と向き合うために葛藤をしてきたのだろう。そう思うと嫌とは言えなかった。私だけが父のことを抱えていたわけではなかったと改めて感じることとなった。
「はい、お願いします。」
「ありがとう、ア…ティア。」
こんな戦地の中で軽く笑い合う。そして、すぐに表情を引き締め父と向き合う。きっとこれが最後の戦いだ。何と言ってもランマール団長は、当時、父と名勝負を繰り広げてきた武術の達人なのだから。
息を軽く吐いて剣を構える。先に動いたのはランマール団長だった。重たい一撃を何度も繰り広げる2人の動きを逃さず見つめ、隙を探す。その一瞬のために踏み込む。せめて正面から決めて見せる!
「はあああああああ!」
声に力を乗せ、横から斬りかかる。懐に飛び込んできた私に弾かれるようにランマール団長が後ろに下がるが、そんなことは気にせず父だけを見定める。手に感じる重みに怯みそうになるのを必死に耐え、振り抜く。血が飛び散り、ゆっくりと倒れていく父を横目に見る。カランッと剣が手から滑り落ちる音と共に、身体が地面に打ち付けられる音が響く。
「お父様!」
倒れた父に駆け寄り、肩から持ち上げる。息が荒くなり目が虚ろの父の命の火が消え去りそうなのがわかった。覚悟してきたというのに、込み上げてくるものを感じる。
「…お父様、救えなくてごめんなさい。いつかお父様に勝てるくらい強くなってみせます。だから、どうかお母様と見守っていてください。」
そう言って父の硬い手を握る。この大きな武人の手で頭を撫でられるのが好きだった。一心不乱に剣を振る父の姿が好きだった。母を優しく見つめる目が好きだった。アルティアと呼んでくれる声が好きだった。全部好きで尊敬していた父が、苦しんでいたのに救えなかった。
ふっと手に力が加わるのがわかる。
「お父、さま?」
「…アルティア。」
「お父様!私がわかるのですか?」
先ほどより老けたように見える父と目が合う。その目には、しっかりと私が映っていた。
「すま、ないな。…お前にこんな、ことをさせて。」
「いえ、いいのです。お父様。お父様は強くて、やはり私はまだまだでした。」
こんな風に親子として話したのは何年ぶりだろうか。あの忌まわしい出来事があって、最後に父と会った日以来だ。涙が落ちないように必死に笑う。父には泣き顔など見せるまい。
「…そんなことはないさ。アルティア、母に似て美しい女性になったな。」
「…そうでしょうか?」
ズワーダ王国で1番の美貌を持っていた母と同じ紅色の髪を、父のゴツゴツした手が掬う。
「あぁ。お前に最後に会えて、よかった。前を向いているお前が見れて、よかった。……私の友にも、ありがとうと…」
父が口から血を吐き出す。そんな父から目を背けてはいけない。父の感触を確かめるように強く手を握りしめる。
「ア、ルティア。ありがとう…愛して、いるよ…」
その言葉とともに、父は息を引きとった。父の顔に、幾つもの涙の粒が落ちる。
「私も愛しております…お父様。」
1度父を抱きしめ、ゆっくり父の頭を置き、手を合わせて寝かせる。乱暴に袖で涙を拭い、側に置いていた剣をとり立ち上がる。
「ありがとうございます、ランマール団長。それと、父がありがとうと申しておりました。」
「…そうか。」
迫ってくる敵を相手にして、私達親子の別れる時間を作ってくれたランマール団長に礼を言い、再び敵を見る。指揮官であろう父を失った事により、勢いが落ちた敵を合同軍の騎士が攻め立てる。それでも、寄せ集めで作られた軍団にしては陣が崩れていないことに違和感を感じる。
「他に指揮官らしき人物はいないのに、なぜ崩れないのでしょうか。」
「わからん。しかし、隠れているのかもしれん。これだけの数がまとまっているのが不思議でならんな。」
敵を相手にしながら話していると、突然リリアンの声が聞こえた。
『ティア、こちらに戻ってきて!お願い!』
その言葉に慌ててウィリアム様達のいる場所へと視線を移す。まさかそこまで攻め込まれているのかと思えば、そのようなことはなさそうでホッと胸を撫で下ろす。しかし、送り出してくれたリリアンが無闇に私を呼ぶはずもない。何かあったに違いないのだ。だが、どうやってこの敵の中を渡ろうか。そう考えていると背後からギルバート様の馬が走りこんできた。
「さすがはギルバート様の馬ね。ちゃんと隠れていたのね。」
この戦場から逃げなかった馬を撫でる。しかし、馬に乗って駆け抜けようとしても、目立ってしまって狙われる。走っても阻まれるだろう。どうしようか迷っていると、大きな木のつるがこちらに伸びてきた。それを見て、すぐに馬に跨る。
「ランマール団長!私は王子の元へ向かいます!」
「わかった!気をつけていけ!」
「はっ!」
そして、伸びてきたつるに飛び乗り、うねるつるの上を走り抜けたのであった。




