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ティア視点です。
残酷な描写がありますので、お気をつけください。
ヒメラーヌ山脈の一角に陣を組んだまま合図を待つ合同軍の上を厚い雲が覆う。そんな軍団に一頭の馬に乗った騎士が走りこんでくる。その騎士はそのまま総指揮をとるウィリアム様がいるテントへと入って行った。
「ウィリアム様、相手が動き出しました。数は情報通り7千程がこちらにいる模様です。」
神妙な顔つきで報告を聞くウィリアム様の元に、もう1人騎士がやってきた。
「ズワーダ王国国境付近より信号弾が上がりました。あちらは開戦した模様です。」
その報告を聞いて顔を歪めたのは隣に立つズワーダ王国第1王子ギルバート様だ。シュザート国とズワーダ王国が接する国境付近はヒメラーヌ山脈がちょうど終わる境目にあたる。そこにはズワーダ王国第2王子が指揮をとる騎士団が配置されている。こちらの本陣よりも敵数が少ないと情報が入っており、武力の高い騎士が多いズワーダ王国騎士団が相手をするという事もあり、勝機は高いと見られているが、心配するのは仕方がないだろう。
その報告を受け、ウィリアム様が立ち上がる。周りに立つ側近や騎士団長達を見回し、威厳のこもった声で叫ぶ。
「これより各所、戦闘準備を行い、合図と同時に出陣する!皆、心してかかれ!」
「「「「はっ!」」」」
こうして後に『ヒメラーヌの黒戦』と呼ばれる戦が開戦した。
馬に跨り、陣形の中でも後ろに位置するところにいるウィリアム様の前の集団で待ち構える。先頭には騎士団が、その後ろに魔術師や精霊つかいが見える。その中にリリアンの姿も確認することができた。そして、ウィリアム様やギルバート様がいて、その後に結界や後方支援を行う魔術師などがいる。ここにザックやセレーナがいるのだ。
少し先には黒い集団が見える。いよいよだ。手綱を握る手に汗がにじむ。1度振り返ると、ウィリアム様と目が合った。強く頷くウィリアム様に同じく頷く。そうだ、前だけを見て進まなくては。どこかにいるかもしれない父を見つける為にも、みんなを守る為にも。
大きく合図の笛が鳴った。その合図とともに魔術師による遠距離攻撃が一斉に始まる。練られた魔術は相手陣地を無作為に攻撃し、結界の穴をくぐり抜ける。相手が動き出すのと同時に先頭の騎士団が走り込んで行った。辺りは一気に戦闘モードである。数はこちらが勝るが、黒魔法を使う相手は身体能力が高いだけでなく、死を恐れず向かってくるため、混戦状態だ。叫び声や血の臭い、魔術による破壊音が辺りに一瞬で広がっていく。
味方の間を抜けてきた敵を剣でなぎ払う。今の私の仕事は、この戦の要となる王子を守ること。何人たりとも通しはしない。敵の身体は固く、剣が通りにくい。また俊敏で、あっという間に乗っていた馬を傷つけられてしまった。
「くっ、速いし重い。」
「ティア!後ろだ!!」
その声に反応して振り向きざまに剣を振り落とす。決めきれないと判断し、身体ごと体重を乗せ貫く。声の主であるヴェルモート隊長の方を盗み見ると、すでに馬を降り、複数を相手にしていた。助けに行こうかと一瞬考えたが、必要なさそうだ。彼の強さは嫌でも知っている。
再び前を見据え、現れる敵と対峙していく。鎧をつけず、固い筋肉のみで迫る敵を、鎧をつけている私達が相手をするには俊敏すぎて、苦戦している者もいた。これ程までに身体能力が上がるとは、今まで村や町を襲っていた者よりも鍛えられているためだろうか。これは不味いかもしれない。長期戦では勝つことができないかもしれない。この集団の頭を討たねば終わりはない。先頭の騎士団は敵の集団に突っ込んでいるが苦戦しているようだし、倒し損ねた敵が魔術師達に挑んでいく様子が見てとれる。結界は魔術攻撃は、はね返せるが打撃攻撃をしに突っ込んでくる敵までは防げない。あれだけ早い動きをする敵相手に魔術を当てるのも大変だろう。やられていく味方を見ながら、リリアン達が心配になった。
「隊長!このままでは戦が長引いて不利になります!私も前線へ向かってよろしいでしょうか!」
「お前の仕事はお二人を守ることだろう!」
「しかし!」
険しい顔を向けるヴェルモート隊長と目が合う。言いたいことはわかるが、このままではどうしようも出来ない。それに、私には確信があった。
「この軍を率いているのは、きっと父です。黒幕かはわかりませんが、敵の剣術を見て確信しました。将軍と言われていたのは父だと思います。」
「なんだと。」
そう、武器流出の事件の際、戦った相手の剣術にズワーダ王国のもの、そして父のよくやっていた動きが見て取れたのだ。最初は、ズワーダ王国の出身者かと思ったが、拘束者は違うと言った。それが引っかかっていたのだけど、戦場での敵の動きを見て確信した。それぞれ独自の動きも入っているが、面影があるのだ。
「父を見つければ形勢逆転となるかもしれません。だからこそお願いします!」
「だが、お前の任務は…」
「私からもお願いします!」
私達の会話に突然入り込んできた者、それはリリアンだった。顔に血がつき、服が破れているリリアンに一瞬息を呑むが、大丈夫と笑いかける顔に安堵の息を吐く。
「私がティアの代わりをします。だから、どうかティアに行かせてあげて下さい!」
真っ直ぐ隊長を見つめる目は、いつものリリアンとは違い、1人の戦士のようだった。その目に頼もしさとこちらの道に踏み込んでしまった寂しさを感じるのは、私の勝手な気持ちだ。隊長はそんなリリアンの言葉に押されているようだった。1度隊長と目が合い、隊長は後ろのウィリアム様を見る。再び戻ってきた瞳は、もう揺れてはいなかった。
「わかった、許可しよう。その代わり、生きて帰ってこい。でないと私が王子に怒られる。」
「ありがとうございます。」
許してくれた事に感謝する。これで父の元まで行ける。
「それで、お前の父親はどこにいるかわかるのか?どうやってそこまで突破するつもりだ。」
「場所はあの敵がまばらな中央奥でしょう。父は強い分、近くに味方を置きません。」
そう言って敵陣奥を見つめる。必ずいるはずだ。父の戦い方を知っているのは、娘である私だから。
「突破は実力しか…」
「場所がわかるなら私が手伝う。」
「リリアン?」
父の元までは実力で行くしかないと思っていた私に、リリアンの思いがけない提案を受ける。
「一瞬なら直線で敵を薙ぎ払えると思う。」
「そんなことが?」
「大丈夫、みんなを信じて!」
いつの間にそんなことができるようになったのだろうか。でも、願ってもない提案なのは間違いない。
「わかった。お願い、リリアン。」
「ならば、私の馬を使え。」
「ギルバート様?しかし、そんなことは…」
「言ったであろう。私ができることはなんでもすると。」
戦場にいるとは思えないほどの柔らかな笑顔を向けられ、逆に困った顔をしている私は変ではないだろう。しかし、その気持ちが嬉しいと思う自分は変なのだろう。
「…ありがとうございます。」
深く礼をとり、ギルバート様の馬を借りる。
「必ず返しに来い。」
「はい。」
その馬に跨り、リリアンに合図を送る。強く頷き返したリリアンが両手を振り上げると同時に馬を蹴った。私の前にいる敵が、炎や水、鋭い風、光の矢、大木の攻撃を受け倒れていく。攻撃力もさることながら、命中率も素晴らしかった。さすがはリリアンと精霊達だ、と誇らしい思いを抱きながら走り抜ける。目指す先にいるのは黒服を身につけた大柄の男。しかし目は血走り、血管が浮き出て、身体を小刻みに揺らす男は私を見てもピクリとも動かない。
「…お父様。」
「…。」
「アルティアが、あなたの娘が、お母様の元へお送りします。」
その言葉と同時に馬を降り剣を抜く。その瞬間に響く金属音は、父と娘の剣が交わる音だった。




