35
リリアン視点に戻ります
ティアがギルバートさんと対面してから数日、エレントル王国に武力の高いズワーダ王国から騎士が、技術者の多いパトル公国からは魔石などの物資と騎士が集結する事となった。と言っても、ズワーダ王国の騎士の大半はズワーダ王国とシュザート国の国境付近に配置されているため、王宮内の各施設に振り分けられる程の人数であった。
共同の模擬戦などでズワーダ王国の騎士団と訓練することとなったティアは、数人の知り合いに会ったらしいが、ギルバート様が事情を知っていて信頼できる者のみを連れ、後はティアの事を知らないであろう者を選んだそうで大きな混乱はなかったようだった。何人かティアを口説こうとして痛い目にあっていたとティアの同僚に聞いた時に自業自得だと思ったのは仕方ないだろう。
私もみんなに話したことで隠れて訓練する必要もないので、空いた時間にハイドさんに付き合ってもらっている。たまにティアやヴェルモートさんが相手をしてくれる。最初は動く対象を捕らえるのが難しく、すぐに負けてしまっていた。なんせ2人の動きは尋常じゃなく早いのだ。それでも精霊達も負けずについていくところを見ていると、まだまだ足手まといだと痛感する。それでも、泣き言など言っていられないと自分を奮い立たせ、ティアに教えられていた護身術なども訓練し直し、持ち前の運動神経で何とか見られる様にはなってきた。だてに野山を駆け回る幼少期を送っていないよね、とティアに言われた時は、隣にいたヴェルモートさんの呆れ顔に褒め言葉ではないと悟った。
そして、ついに明日王都を出発することとなった。必ず生きて帰ってくると言っているけれど、ふっとこれが最後かなと思ってしまう時がある。お世話になっていたカフェに顔を出したり、お父さんに手紙を書いたりと無意識に身辺整理をしてしまった。生きて帰ってくるつもりだけど、もしも帰ってこれなかったら後悔したくない。そう思うと大切な人に会いたくなる。それでも行きたくないとはもう思わなくなっていた。怖いけれど、王宮で働くようになって多くの人と知り合ったからこそ、見送る側には立てなくなってしまった。見送られる側になるからこそ、ちゃんと会いたいと思うのは残される人には酷なことかもしれないけど、王都に残るザックやセレーナには今日ちゃんと挨拶しないと、そう思いながら王宮へと向かった。
「……それで、ザックは何してるの。」
精霊省の中にある通い慣れたハイドさんの部屋に向かうと、そこには魔法学校にいるはずのザックの姿があった。というか、なぜかハイドさんと優雅に紅茶を飲んでいる。入って第一声がザックへの問いかけだった私に、ハイドさんが笑顔で挨拶をしてくる。
「おはよう、リリアン。いやー、弟君はしっかり者だね。」
「…」
ハイドさんが何を言いたいのかわからない。いや、確かにザックは心配性な面倒くさい所はあるが、優しくてしっかり者の私には似ても似つかない程の優秀な弟である。でも、なぜ今ザックがここにいるのかという質問の答えにはならない。そんな私の気持ちがわかっているとでも言うように、ザックが答えてくれた。
「そりゃ、姉さんがお世話になっている人に挨拶しとかなきゃと思って。ですよね、ハイドさん。」
「だねー。」
顔を見合わせて同意し合うこの2人は何をしたいのだろうか。朝から私を怒らせたいのだろうか。
「そうじゃないでしょう。なんで今挨拶してるのかってことよ。学校は?」
「今日から休学。」
「は?聞いてないわ。」
「言ってない。」
ハイドさんそっちのけで姉弟喧嘩の始まりである。だって何も聞いてないのだ。明日には王都をたつという姉に何という爆弾を投げつけるのか。しかし、ザックは破壊力抜群の爆弾を幾つも投げつけてきた。
「僕も一緒に戦に行くから休学したんだ。」
「何言ってるの!?戦は遊びじゃないのよ?まだ学生のあなたが何勝手なことを言ってるの。」
「勝手に決めたのは姉さんだって同じじゃないか!」
突然椅子からすごい勢いでザックが立ち上がった。その迫力と行動に言い返せなくなる。飲み込まれてる場合じゃない。何が何でも許すことなどできない。
「それでも!」
「僕だけ王都で待ってろと言うの?僕だけ守られろと?もう守られるのが嫌なのは姉さんだけじゃない。僕が白魔法を習得したのは家族を守るためだ。今以外にいつその時が来る!」
「…ザック。気持ちはわかるけど、あなたはまだ学生なのよ。私達のように成人してる訳じゃないわ。ウィリアム様達だって許可しないわよ。」
説得しようとザックに歩み寄ると、突然部屋のドアが開き、ティアやヴェルモートさん、セレーナまでが入り口に立っていた。困惑する私達の前にハイドさんがやってくる。あれ、いつの間にか外に出ていたみたい…気づかなかった。
「ごめんね、僕じゃ姉弟喧嘩は止められないと思ってティアさん呼びに行ったら、レオも付いて来ちゃって。セレーナちゃんはそこで会ったから連れて来ちゃった。」
てへっという言葉が似合う笑顔で微笑まれても困るんですけど、ハイドさん。その空気に私も勢いを削がれてしまう。ザックが立ち直り、ちょうどいい、と呟きながら私に手紙を差し出した。それは見覚えのある、ザックが王都へ連れて行かれた時にお父さんが私に託した手紙だった。
「そこにはお父さんお母さんの過去が書かれてた。器の大きさは遺伝が多いのに、器量の普通な2人からなんで僕が産まれたのか疑問だったんだ。僕は本当は2人の子供じゃないのかとさえ疑ったほど。」
「そんな訳ないわ!ザックはお母さんの子だもの!」
「わかってるよ。手紙を読んでみて。」
そう促されて手紙を読む。そこにはお父さんとお母さんが王都で出会ったことが書かれていた。その中には、なぜ2人からザックのような器量を持つ子供が産まれたのかという理由も書かれていた。
「…お母さんの祖父は魔術師だったの?」
「そう。お母さんも、僕達の祖母も器量に現われなかったけれど、曽祖父であるロミオ・ランバートは相当な器量の大きさを誇っていた。」
「ロミオ・ランバートですって?」
突然驚いた様子のセレーナが話に入ってきた。初めて聞いた名前でわからずにいる私にセレーナが説明してくれる。
「ロミオ・ランバート様は魔術師の中では大変有名な方ですわ。器量の大きさはさることながら、王都を包み込む結界を1人で張られ、1度も破られた事がないほどの技術の持ち主です。今は第2王子カール様の管轄ですが、破れたことも歪んだこともないため、手はつけられておりません。」
「あぁ、思い出したぞ。ランバート様はその功績を認められ、一代のみ貴族の段位を賜わったお方だ。」
セレーナの説明に補足するようにヴェルモート様が話に加わった。
「それでザックは器量も大きく、魔力を練る才能が高かったのですね。先祖返りとでも言いましょうか…納得ですわ。」
1人セレーナが納得している横で、ティアは黙ってこちらを見ていた。
「これでも僕は学年主席だし、結界を張るのも得意だ。足手まといになるつもりはない。学生だけど、戦う術はある。だから、認めてくれよ姉さん。」
懇願するように詰め寄るザックになんと返せばいいのかわからない。ザックの気持ちは、私と同じ気持ちだからわかるのだ。でも、まだ17歳のザックを戦場へ連れて行く事に抵抗がある。例え私より戦闘能力や防御力が高いとしても、戦に出なくていい、守られていい年齢なのだ。そんな葛藤をしていると、今まで黙っていたティアが言葉を発した。
「ザックの気持ちはわかった。リリアン、1番ザックの気持ちがわかるのはリリアンでしょ。」
「そうだけど。」
「覚悟はしていると思うわ。そんな軽い気持ちで言う子じゃない事は私達が十分知っているもの。…ザック、復讐心や死ぬつもりはないでしょうね?」
ザックはそんな問いかけをするティアを真っ直ぐ見つめ、強く頷く。本当に立派になったと泣きそうになるのを必死に耐える。もうザックは1人で進めるほど大きく成長したのだ。前を向いて歩こうとしている、それを私は見届けるべきなのかもしれない。
「それに、私達のためだけじゃないのでしょ?」
「どういうこと、ティア。」
「セレーナも戦に出るのよね?」
驚いてセレーナを見返すと、困ったように笑うセレーナと目が合った。
「えぇ。私は王宮魔術師だし、光魔術が使えるから戦では重宝されるもの。後方支援ですけど行きますわ。」
そっか…言われてみれば、治癒力を高める貴重な光魔術を使えるセレーナが行くのは当たり前のことかもしれない。友人であるセレーナには安全な所にいて欲しかったが、そうもいかないのだろう。セレーナのお母様を思うと複雑だが、納得である。
ただ、ティアが言いたいことはわかった。ザックの方を見ながら頷いてみせる。
「そっか…ザックも男ね。」
「そうそう。」
からかうようにティアと笑いかけると、耳まで真っ赤にするザックがいた。
「勝手に結論つけないでよ!」
「あら、違うの?」
「いや、それは違わないと言えば違わないけど…」
歯切れの悪い小さな声になっていくザックを見て、私達が噴き出して笑ってしまったのは言うまでもない。今のセレーナとザックがどのような関係にまで発展したかはわからないけれど、ザックがセレーナを1人で戦に出したい訳ないか。そんな笑い続ける私達をヴェルモートさんやハイドさん、セレーナは温かい目で見つめていた。
こうして私達はみんなで戦いへ挑む事となる。因みにあの後、ティアがお世話になっているからと、ザックがヴェルモートさんにも丁寧に挨拶していたのは言うまでもない。私とティアは苦笑いしかできなかった。
そして次の日。晴天に恵まれてた王都から、ウィリアム様とギルバード様を筆頭に各国の騎士団や魔術師、数人の精霊使いが旅立った。目指す先は厚い雲に覆われたシュザート国に面するヒメラーヌ山脈である。
この先訪れる未来がどうなるのか、わかる者は誰もいない。




