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ティア視点です
ウィリアム様から黒魔法の真実を教えられてから数日が経った。あの日、王宮でセレーナに会ったリリアンは戦に出ることを伝えたようだ。一緒になった帰り道に教えてくれた。最初は驚いたようだったが、自分のやりたい事が見つかったんですね、と優しく微笑んでくれたようだ。セレーナは受け入れてくれた、と嬉しそうに語っていたリリアンを見て、相当緊張しながら伝えたのだろうと思った。
残る問題は我が家にいる心配性のザックだけだ。案の定、リリアンがザックに戦に出ると告げると、ザックは大反対した。ザックにも近々、戦いがあると告げていたのだが、まさか姉が行くとは思っていなかったのだろう。私も思っていなかったのだから当然と言えば当然だ。
「姉さんが戦に行く必要はないだろ!第一、精霊使いは自分の身を守れないじゃないか!危険すぎる!!」
「危険なのはわかってるわよ!でも、ちゃんと戦えるように訓練だってしてきたわ!」
「訓練だって?」
凄い勢いでザックがこちらを振り返る。本当か、と鋭い目で聞いてくるザックに頷くしかできない。口を挟むと巻き込まれそうだ。
「なんでそんなこと急にするんだよ。ティアもなんか言ってやってよ!」
「ティアは私が守られるのではなく、守りたいって言ったら認めてくれたもの。」
またもや凄い勢いでザックが振り返った。今度は、なぜ?と困惑した目で聞いてくる。…どちらにしろ巻き込まれるのね。
「ザック、ごめんなさい。私もリリアンを危険な目に合わせたくないわ。」
「なら!」
「でもね、何もしないで待つだけがどれだけ辛いかもわかるの。」
ザックは優しい子なのだ。私が何を言いたいかわかったのか、険しい顔のまま口をつむぐ。過去の私を知るからこそ、大切な人に命がけで守られた事があるからこそ言い返せないのだろう。人の気持ちを汲み取る優しい子だ。
「ザック、私がリリアンを死なせはしない。もちろん、私も死ぬつもりはない。だからリリアンの気持ちを理解してあげて。」
顔をうつむかせ強く手を握りしめるザックを黙って待つ。きっと葛藤している。姉の気持ちと自分の気持ち、どうやって折り合いをつけるか揺れているのだ。するとザックが肩の力を抜き、側にあった椅子へと座り込む。顔を上げたザックはいつものように振り回されて困っている弟の表情だった。
「姉さんは頑固だから、折れることはないか。はぁ…ティアいつもごめんね。」
「いいのよ。」
「ねぇ、私はなんでティアとザックに同じ台詞を言われなきゃいけないの!」
そんなむくれているリリアンを見て、ザックと同時に噴き出してしまった。それにまた怒るリリアンを宥めるのに少し時間がかかるのはいつもの事だ。こんな毎日を送るのもあと少し…
「ティア、行っておいで。」
あの日の家での出来事を思い出していた私を現実に引き戻したのは、ウィリアム様だった。王宮の中にある来賓用の部屋のドアから出てきたウィリアム様に頷き返す。この部屋の奥には、昨日到着したズワーダ王国第1王子ギルバート様がいる。今日はギルバート様との面会のために滅多に来ないフロアへと来たのだ。何を話そうかと昨日まで考えていたが、リリアンとザックにありのままを見せればいいと言ってもらったので、あえて何も考えて来なかった。私はありのままのティアとして、ギルバート様に会えばいい。そう決意して部屋へと入った。
「失礼致します。エレントル王国騎士団に所属しております、ティアと申します。」
騎士の礼をとりながら挨拶をする私の声に反応して振り返ったのは、記憶の中よりも大人の男性へと成長を遂げたギルバート様だった。赤みがかった短い金髪に意志の固そうな鋭い赤茶色の瞳、武人のようにがっしりとした体ではないけれど無駄な肉のない引き締まった体。そして、大人の落ち着いた風格と王族としての気品が合わさった男性へと成長していた。そんなギルバート様は私を見た途端、懐かしい変わらない笑顔を向けた。
「アルティア…いや、ティアだったな。会ってくれてありがとう。再びお前に会えるとは思わなかった。」
「ギルバート様…」
その優しい声色が心に染み込んでくる。あぁ、私は受け入れられるようになったのだと思った。処罰を受けるために向かった城の中では受け入れられなかった、いや、興味も示さないほど心を閉ざしていた。それなのに、今は小さな頃のような懐かしさが心に広がる。
「今でもティアには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。何も気づかず、何もしてやれず、私は見ていることしか出来なかった。悔やんでも悔やみきれない。ティアを見送ったあの日、もう二度会えないのだと思った。いや、会ってくれと頼む事さえ出来ない立場だとわかっていた。だからせめて、ティアに失望されるような男にだけはならないと誓った。何もできない男にだけはならないと誓ったのだ。」
そう言って私を見るギルバート様は、私に決意表明をしているように見えた。きっと、ギルバート様も苦しんだのだ。大好きだった叔父に裏切られ、尊敬していた私の父や友の私を失い、何もできない己の情けなさと孤独に戦ってきた。これは彼なりの私への謝罪の方法。2度と過ちが起きないようにしてみせるという宣言。それがいずれ王になるであろう彼の謝罪なのだ。だから私は、ギルバート様の肩の荷が少しでも減るように伝えなくてはいけない。彼の気持ちを受け入れられるようになった私が出来る、唯一のこと。
「ギルバート様、私は今生きている喜びを噛み締めております。あの時、国王様に救われたことを感謝しております。家族と思える人と出会い、信じる仲間が出来ました。エレントル王国で騎士として前向きに生きております。だから、もう私達のことで自分を責めることはしないでください。」
「アルティア…」
顔を歪めてうつむくギルバート様に近づく。最後にかつての友として彼に伝えたい。ゆっくりと手を握ると、驚いたようにギルバート様が顔を上げた。
「ギル様、ずっと気にかけてくださってありがとうございます。あの時剣術を共に習わせてくれたお陰で、今の私があるんです。だから、ズワーダ王国で過ごした時間は素晴らしい事もあったと思えるようになったんですよ。」
「…そうか、ありがとう。私の凛々しき妖精よ。」
ゆっくりと私を包むギルバート様の匂いが懐かしい。小さい頃はよくギルバート様の兄弟と同じように抱きしめてくれていた。そして、ギル様と親しみを込めて呼ぶことを許してくれた。
「その呼び方、懐かしいですね。大きくなってからはなかなか呼んでくれなかったですけど。」
「ははは、そうだったかな?」
短い抱擁の後、昔のように少し距離が縮まったことが何だか嬉しかった。また1つ過去に向き合えたと思うから、私もギルバート様に宣言をしよう。
「私、この戦にはお父様がいると思っています。だから、私がお父様を止めようと思うのです。」
「それでいいのかい?」
心配そうにこちらを見つめるギルバート様に、頷き返す。
「私がお父様にしてあげられることは、もうそれしかないですから。」
「……そうか、わかった。私に出来ることがあれば、なんでもしよう。」
「ありがとうございます。でも、私がエレントル王国の騎士としてズワーダ王国の騎士と共に戦えるだけで、十分です。」
そう言って微笑むと、そうか、と小さく漏らしながら笑ってくれた。ちょうどその時、ノック音がしてウィリアム様が入ってきた。
「そろそろ時間なんだが、いいかな?」
「あ、はい。ありがとうございました。それではギルバート様、失礼致します。」
「あぁ。ティア、会ってくれてありがとう。」
その言葉を聞いて私は部屋を後にした。
残された部屋の中では…
「ウィリアム、感謝するよ。ありがとう。」
「いいや、こちらこそ協力してくれて感謝するよ。」
お互いに笑顔で握手を交わす2人の姿があった。
「あんな表情のティアを見られる日が来るとはな。」
「いいや、彼女は家族の前だともっと表情豊かだよ。」
訓練所でのティアを思い出しながらウィリアムが答える。
「そうか。ではその方達にも感謝しなければな。…ウィリアム、ティアのことよろしく頼む。」
「言われるまでもないよ。」
「あぁ、そうだな。私のように大切な人を守れない苦しみを友には味わってもらいたくはないからな。」
情けなく表情を歪めるギルバートを驚いたようにウィリアムが見つめる。そして、どこか納得したように頷いた。
「そっか。幼い頃、ギルバートが言っていた凛々しき妖精はティアの事だったんだね。」
そのウィリアムの言葉には反応せず、ギルバートはティアの出て行ったドアを見つめていた。
◎ギルバート・ズワーダ
年齢:23歳(ティアの2歳上、ウィリアムの1歳上)
見た目:赤みがかった金髪を短く切り、赤茶色の鋭い瞳、無駄な肉がなく引き締まった身体
役職:ズワーダ王国第1王子
補足:下に弟と妹がいる。ティアは兄弟と同じく大切にされていたと思っているが、幼い頃からティアは特別な存在で、僕の凛々しき妖精さんと呼んでいた。年頃になると恥ずかしさが勝り呼ばなくなった。普通ならその呼び方に疑問を持つが、小さい頃から綺麗だと言われて様々な名称を付けられていたティアは気にしなくなってしまっていたらしい。慣れって恐ろしい…
ウィリアムとは友好関係向上という名目で度々会っている。
剣術はレオナルドと良い勝負ほどの腕前だが、魔術は火のみ。




