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ティア視点です
王宮内の廊下をウィリアム様の後に続いて歩く。先程まで騎士団の訓練所で知った色々な事実を消化しながら、この後、ウィリアム様に何を言われても動揺しないように心を落ち着けようと必死だ。
リリアンが何かをしていたことは、薄々感じていた。何度か騎士団の敷地内を歩くリリアンを見つけていたし、セレーナからは悩みがあるようだと教えられていたから、何かを考えているんだろうとは思っていた。でも、まさか共に戦いたいと言われるとは思わなかったし、私がリリアン達家族だけを心の支えにして生きていたことを気づかれているとは知らなかった。もちろん、リリアンを危険な目に合わせるのは嫌。本当は王都にいて欲しい。しかし、ただ待っているだけが辛いということは痛いほどわかるのだ。あの時、共にお父様と向き合えていればと後悔しているからこそ、リリアンの気持ちを邪険に扱うことはできなかった。それなら、私がリリアンと共に戦い、守れる位置にいた方がいい、そう思えたから認めたのだ。まぁ、ザックを説得するほうが大変だろうけど…
そして、私の抱える問題も同時に解決された。私の目の前を歩くウィリアム様達によって。貿易問題になり兼ねない私を受け入れ、ましてやズワーダ王国と交渉してくれた王子。簡単なことのようだけど、ズワーダ王国では処刑された身である私をエレントル王国の中核に入れるというのは危険な事である。事情を知り、私が国を出る際に見送ってくれた人なら理解してくれるかもしれないが、ほとんどの人が真実を知らない中で私が気づかれればただでは済まない。
それでも、心配ないと言い、側に支えてほしいと言ってくれるのなら私は自分の責任の上で彼らを信じよう。いや、信じたいと思う。リリアンが言うように、あんなに貴族を毛嫌いしていたのに王子達を信じたいと思える様になっていた。不思議と自分から距離をとっていたのに、その事実が嬉しい。ウィリアム様がギルバート様に今の姿を見せつけろと言ってくださったのが自信へとつながる。
もう一度ウィリアム様の後ろ姿を見つめる。闇魔術を持つことで苦しい状況で生きていたのにも関わらず、自分の王族としての責任を果たそうと真っ直ぐ背筋を伸ばし前へ進む姿。何があっても笑顔でいようとする意思の固さ。友を心から信じきる気持ち。全て尊敬できる人だと思う。最初はウィリアム様への忠誠心などなかったけれど、支えたいとは思えるようになった。
いつの間にか目的の部屋に着いたのか、ゆっくりとこちらを振り向いたウィリアム様と目が合う。いつもと変わらない柔らかな笑顔なのに、自分の心の変化に気づいたことで心が温かくなっていくのを感じる。受け入れることで心が軽くなるのがわかる。
「ロベルト、もう大丈夫だ。」
「わかりました。それでは失礼します。」
そう言って側近のフィルディン様が部屋を出て行った。何を言われてもいいように心を落ち着かせる。大切な話とは何だろうか。
「ティア、改めてこれからよろしく頼むよ。」
「はい、よろしくお願いします。」
ニコリと笑いかけたウィリアム様に言葉を返すと、椅子に座るように促され、侍女が紅茶を入れて部屋を出る。入れられた紅茶を一口飲むウィリアム様は、どこから見ても王族であるとわかる風格があり、思わず見惚れてしまった。カップをゆっくりと置きこちらを見るウィリアム様の表情が引き締まる。
「貴族の中でも限られた者しか知らない黒魔法の真実を、ティアには私から話したいと思うんだ。」
「…黒魔法の真実?」
突然の内容に困惑してしまう。黒魔法…負の感情により魔力を生み出す器から魔毒が発生し、その魔毒は身体能力を上げる代わりに、心を破壊し自我がなくなる。通常の人が使う魔法を白魔法と呼ぶことから、反対に黒魔法と呼ばれている。一般の人はこれ位しか知ることはないし、これが全てだと思っている。勿論、貴族の学校に通っていた私もその程度しか知らない。しかし、ウィリアム様の表情から、そんな軽いものではないと思った。
「黒魔法の歴史は古く、恥ずかしい話だがエレントル王国の王族が原因なんだ。」
「王族が…ですか?」
ウィリアム様は頷いた後、遠くを見つめるように目線を外し話し始めた。
「700年程前に初代国王のリシウス様がエレントル王国を建国した。リシウス様が賢王と呼ばれる由縁は、あの時代に作られた国のシステムがほとんど変わりなく今に活かされているからだ。しかし、4代目国王カルルスにより1度エレントル王国は壊滅の危機に陥った。」
「…壊滅、ですか?しかし、そのような歴史は聞いたことがありません。たしか…4代目国王様は病によりすぐに亡くなったのではありませんでしたか?」
「よく学んでいるな。」
ズワーダ王国では、友好関係を結んだエレントル王国の歴史もしっかりと学ばされる。だからこそ、自信を持って言うことができた。
「しかしな、その歴史は王族が作った話なのだ。」
「そ、そんな。」
まさかそんな事があるとは知らなかった。いや、知らなくて当然か、貴族の中でも知るものが少ないというのは4代目国王についてなのかもしれない。しかし、なぜ黒魔法と関係するのだろう。
「事実は違う。4代目国王カルルスは器量がとても大きい人だった。今では器が大きい者も多いが、当時はまだ貴重だったのだ。なんせ、神は魔力を同じ量分配されたと伝えられている。だから大きな器はある意味、突然変異の様なものだ。血筋により国王になったのだろうが、精神が狂った王だった。力でねじ伏せ、人を殺すことに躊躇しない、自分勝手な愚王。それにより国は崩壊の危機に陥った。それを救ったのはカルルスの弟であるアレクサンダー様だ。民を味方に付け、実力で王の座から兄を引きずり下ろした。後に5代目国王になるお方だ。」
そこまで言うと、ウィリアム様は1度大きく息を吐き出した。なにか言いにくそうに目をつむり、こちらを振り向くとゆっくり目を開ける。話し始めてから初めて目が合った。
「カルルスを王座から引き下ろした後、アレクサンダー様は改心なさる事をカルルスに望んだ。しかし、怒り狂った彼は魔力を爆発させ、外道へと落ち、逃亡した。その巨大な魔力が黒魔法の始まり。そう、王族が黒魔法を産み出し、世に放ったのだ。」
そう言うウィリアム様は何百年も前に起こった事なのに、自分達王族を非難するかのような表情をしていた。しかし、このような事実が知られれば王族の地位は落ち、エレントル王国は確実に崩壊するだろう。何故なら、賢王リシウス様は未だに尊敬され、その血を受け継いでいるからこそ王族は大切にされてきたと言っても過言ではない。だが、黒魔法により苦しめられた民は多い。その事実を知れば反乱が起こっても可笑しくないだろう。
「国を守るためとは言え、この真実を隠してきたことに変わりはない。だからこそ、黒魔法の勢力が高まる今、私達王族が責任を持って立ち向かわなくてはならないのだ。そのために直下の騎士団を作り、レオなどに協力してもらっていた。本当はもう少し早く話さなければならなかった。だが、それで離れていかれるのは嫌だったと言ったら怒るだろうか。…ティア、もう一度確認したい。君にとって黒魔法の根源を作った私達は許せないだろう。そんな私達の使命に勝手に協力させて申し訳ないとも思っている。だが、私を支えてはくれないだろうか…頼む。」
初めて見るウィリアム様の怯えるような顔をただ見つめる。この人はどれだけの恨みを抱えようとしているのだろうか。そんな何百年も前に起きた事への恨みまで1人で抱え込むつもりなのか。国民の為にどれほど自分を犠牲にしようとしているのか。そう思うと、王族への憎しみなど湧いてこなかった。
「4代目国王のせいで黒魔法ができたからといって、ウィリアム様達を恨むことなどありません。人は負の感情を抱いてしまうものです。その感情に負けてしまうのは本人の責任です。父が黒魔法を使っているかもしれないのは、私達自身の問題なのです。それに、私もこの騎士団を使って父を探そうとしていました。だから、おあいこですよ。私はウィリアム様直下の騎士として、しっかり働かせて頂きます!」
最後の言葉は騎士の礼をとりながら叫ぶ。少しでも私の事を気づかい、信用して話してくれたウィリアム様に敬意が伝わりますように。
すると、怯えた顔を崩し、安堵するような笑顔に戻ったウィリアム様が近づいてくる。
「ありがとう、ティア。」
そう言いながら、なぜか私はウィリアム様に抱きしめられた。突然の事に身体が固まる。というか、どうしてこうなった!冷静さを取り戻した私が引き離そうとした時、ウィリアム様が小刻みに震えている事がわかった。こんな状態の人を押し返していいものだろうか、と葛藤し動けないでいると、急に締め付け感がなくなる。
「ティア、優しいのはいいけれど、もう少し警戒心を持たなきゃね。」
ウィリアム様がニコリと意地の悪い笑みを向ける。
「なっ…ウィリアム様!」
くっ、からかわれた。王子にだって少しぐらい怒鳴ったってバチは当たらないでしょ!怒る私をウィリアム様は嬉しそうに見つめ、笑うだけだった。




