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「ところでティア、昨夜ズワーダ王国とパトル公国に使者を出したって聞いたんだけど。」
後ろで話している3人に聞こえないように小声でティアに話しかける。そんな私に合わせるようにティアも近づき小声で返してきた。
「えぇ、今回は3カ国合同で協力していくそうだわ。それくらい相手も手強いということよ。」
「そうなんだ…」
「やっぱり戦に出るのは不安でしょ?」
やはりそう簡単に心配性のティアが変わるはずはないか。今にも戦に行くのをやめろと言い出しかねない。
「違う、違う!いや、確かに不安だけど…ってそうじゃなくて!ズワーダ王国から騎士が来たら不味くないの?」
なんといっても、ズワーダ王国ではティアは死んだことになっているのだ。まだ4年程しか経っていないのだから、ティアのことを知ってる者が来ても可笑しくは無い。というか、父親が騎士団に所属し、貴族でもあったのだから、かなりの者が知っているだろう。ティアも心配していたのか困った表情をしていた。
「そうね、不味いのよ。関わりの少ない部署に行く訳にもいかないし、顔を隠す訳にもいかないし。どうしようかしら。」
「今回の戦には参加しないとか?」
無駄だろう提案をしてみるが、案の定、ティアは険しい顔をした。
「それはだめよ。今回は相手が黒魔法を使うのよ…父がいるかもしれないのに外れる訳にはいかないわ。」
「そうだよね。でも、バレたらこの国にもいられなくなるよね。」
2人で唸り合っていると、急にウィリアム様が横にやってきた。
「心配する事はないよ。」
「「!」」
私達に優しく微笑みかけるウィリアム様は、物語に出てくる王子様のようだったが、先程の発言に驚く私達は恐ろしくさえ思えた。あの話の後に心配ないとは、どういうことだろう。ティアの正体を知っているという事なのか。それなら心配ないなんて王子が言うのか。訳がわからない、ティアも驚いて固まってしまっている。
「ティア、君の事は知っているよ。」
「そ、それはどういうことでしょうか、ウィリアム様。」
まさかズワーダ王国の頃のティアのことを知っているということ…なんでだろう。知ってるのは私とザックだけなのに。そんな私達のもとに1人の男性が近づいてきた。
「僕が調べたんだ。勝手に調べて申し訳ない。」
「フィルディン様…やはり知っていたんですか。」
「ティア、どういうこと?」
「フィルディン様はズワーダ王国に交換留学されていたのよ。」
ティアは観念したかのように呟いた。交換留学していたから、ティアのことに気づいたということか。でも、ティアの反応では気付かれていたことを知らないようだった。ということは、騙されていた?王子達はティアを騙して側に置いて危険な仕事をさせていたの?もしそうなら…許せない。せっかくティアが信用できる仲間として認識し始めたというのに、なんてこと。私はウィリアム様やフィルディン様だけでなく、彼らの後ろに立つヴェルモートさんやハイドさんをも睨みつけた。誰が味方かわからない。
「リリアン、そんな睨みつけないで。確かに僕も知らされていたよ。ティアさんの家族だと言う君の上司としてね。でも、ティアさんのことを認めている。」
「ハイドさん、私はあなたに感謝しています。何も知らない私に優しく何でも教えてくれるあなたを尊敬もしていました。でも、私はティアの味方です。ごめんなさい、黙っていた人を簡単に信用なんてできません。」
悲しそうな顔でこちらを見るハイドさんを見るのが辛い。信用したい、でもティアの敵なら私の敵だ。どうすればいいかわからず、心が揺れ動く。そしてその隣のヴェルモートさんを見て、心が大きく揺れた。ただこちらを真っ直ぐ見つめるヴェルモートさんが知っていたのは明らかだからだ。ハイドさんとは違うところが痛む。好意を抱いていた人に裏切られるのは辛いのではなく、痛い。ヴェルモートさんを見ていると苦しくて、段々視界が霞んでいく。でも、泣いてはだめ。今1番辛いのはティアで、守れるのは私だけ。グッと涙が流れそうになるのを目に力を入れて止める。ティアはただ下を向いて手を強く握っているだけ、そんなティアの手を思い切りつかむ。驚いたように顔を上げたティアに微笑みながら頷く。側にいるとわからせるために。
「リリアンと言ったね。安心してくれ、私達4人しか知っている者はいない。ロベルト直々に調べてもらったからね。」
安心させようとしているのか、それとも意図的なのか微笑みかけながら話すウィリアム様をただ見つめる。ここはティアにとっても私達家族にとっても大きな分岐点になるだろうから。判断を間違えてはいけない。
「なぜ、ティアに直接聞かなかったのですか。それはティアを疑っていたからですか。」
「リリアン、それは違う!」
ヴェルモートさんが言葉を挟む。それだけで心が折れそうになるのを必死に耐える。なぜ疑わなくてはいけないのだろうかと思う気持ちに必死に蓋をする。
「どうかお答えください、ウィリアム様。」
「リリアン、もういい。」
今まで黙っていたティアが急に話しに入った。
「ありがとう、リリアン。でもね、ウィリアム様達が疑うのは仕方がないことだよ。国を守るということは、疑いがある者を疑わなくてはいけないもの。たとえ部下であってもね。だから、私に責めることはできないわ。」
「そんな…そうやって納得しちゃうの?」
ティアが私に諭すように言うその言葉を私は信じられない思いで聞いていた。ティアは貴族でいたことがあるから、そのように納得出来るのかもしれない。でも私はできない。だって、疑いがあるのなら本人に聞いてから調べればいいじゃないか。どちらにしろ調べればわかる事なら、聞いてからでもいいだろう。そんな事されたら、信用されてないって思うのは普通でしょ。全て内密にする貴族の考えなんて知ったことではない。そんな簡単に納得などできない。
「ウィリアム様、黙っていて申し訳ありません。私はどんな処罰でも受けます。ただリリアン達はお許し下さい。私は彼女達に救われたのです。その恩を仇で返すことはできません。」
「ティア!」
私の悲鳴にも似た声が響く。
「ティア、先程も私は言っただろう。心配する必要はないと。君はエレントル王国に支えてくれるティアだ。そしてこの国の騎士だ。だから、このまま私の側にいてほしいのだ。処罰などない、わかってくれないか。」
「…ウィリアム様。しかし、私が今回の戦に出れば気付かれるかもしれません。それはこの国にとって良いことではありません。」
「だから、それも大丈夫。あちらからは第1王子のギルバートが来る。私の友人でね、話は通した。」
「ギルバート様が、来るのですか。」
第1王子と言えば、ティアが国王に会った際にいた人ではないか。共に剣を習っていたといい、処罰にも口を出したと聞いていた。そんな人があちらのトップにいるのか。
「心配することはない。ティア、君はこの国には必要なんだ。リリアン、君には嫌な思いをさせたね。申し訳ない。でも、疑うというよりは確認したに近いんだ。疑うように聞き出すのが嫌でね。でもそのせいで不快な思いをさせてしまったね。どうか、私達を信じてくれないか。裏切る事など決してしないよ。」
そんなウィリアム様の言葉に続くように後ろの3人が頷く。信じていいのだろうか。いや、信じたい。今まで共に過ごした時間を疑いたくないのだ。裏切られないと信じたい、でもティアはどうだろうか。そう思いティアを盗み見ると、真っ直ぐに4人を見つめていた。あぁ、ティアも信じたいと思ってる。それがなんだか嬉しくて、我慢していた涙が静かに流れた。握りしめていたティアの手を強く握りしめる。気づいたティアがこちらを見て、そっと涙を拭ってくれた。
「よろしくお願い致します。」
ティアの言葉にウィリアム様が嬉しそうに笑う。初めて安心してその笑顔を見ることができた。優しい笑顔だと思った。
「ギルバートがティアに会えることを楽しみにしていると言っていたよ。是非会ってやってくれ。そして、しっかり立っている自分を見せつけろ。」
「…はい。」
ティアの湿った声が小さく響く。ティアの居場所が確定した瞬間だった。




