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リリアン視点です
ドォォォン!
体を揺さぶるような衝撃音と同時に土煙が上がる。辺りは真っ白になり何も見えない状態の中から複数の咳き込む声が聞こえてきた。
「ごほ、ごほ…上手く、いったかな、ごほ…」
「ごほ…いい感じではあるけれど、この土煙はいただけないなぁ。」
辺りに広がっていた土煙が少しずつ収まっていく。その中から現れたのは、8つの光の中に佇むリリアンとハイドの姿であった。8つの光に見えたものは、視界がはっきりすると精霊達だったということがわかる。
「みんな大丈夫?」
「大丈夫よ。ちょっと気合いいれすぎちゃったかしら。ねっ、フリード。」
「あぁ、すまない。ちょっと大きくなりすぎた。」
苦笑いのディーナと困り顔のフリードが私の前までやってくる。今、私達はヴェルモートさんが貸してくれた訓練所で攻撃の練習を繰り返ししていた。というのも、精霊は自然界そのものに宿っているので、攻撃したり守ったりするには特性を活かして行うしかない。魔法のように攻撃する為の呪文があるわけでもないのだ。それを様々な仕事で戦闘もした事のあるハイドさんの精霊達に教えられながら、みんなのタイミングを合わせられるように練習をしている。といっても、精霊の寿命は果てしなく長い。そのため昔の戦を見ていたり、実際に戦ったことがあるらしく、戦闘の知識を持ち合わせていたので、私がみんなについていく為の練習といっても過言ではないのだが。
「そろそろ時間だね。切り上げようか。」
「はい、そうですね。」
「リリアン、汗凄いね!あたしが乾かしてあげるー!」
「わぁ、ありがとう!」
シルの優しい風に吹かれながら精霊達を見る。いつの間にかフリードとシルも溶け込んで、今では仲が良さそうに見える。ザックやティアとも仲が良い。まぁ、すぐに仲良くなった理由が私を心配するところっていうのが気にくわないけれど。本当に家族が増えて、家は毎日賑やかだ。お父さんにも早く合わせてあげたいと思っている。でも、今は行けない。ついに、騎士団が動き出したようだから。昨日から周りが忙しそうに動いている。戦が近づいているのだと思うと、緊張してしまって昨日はなかなか眠れなかった。そんな時も精霊達が現れて側に寄り添ってくれる。本当に優しい子達だ。
「じゃあ、僕はレオへの報告に行ってくるね。」
精霊を見て物思いにふけっている私にハイドさんが声をかける。慌てて返事をしようとすると、私よりも先に声がかかった。
「その必要はない。」
この声…まさか。そう思って振り向くと入り口に立っていたのは、案の定ヴェルモートさんと初めて見る黒髪の優しそうな美青年。そして、背後では驚いた顔のティアだった。まさか、こんなタイミングでティアにバレるとは。せめて、見つかる前に話す勇気を持つべきだった。なんて話そう、そればかりを考えて固まっていると、隣のハイドさんが突然頭を下げ、片膝をついた。
「ウィリアム様。」
「え、ハイドさん?」
今、ウィリアム様って言った?それって、エレントル王国の第1王子の名前と同じ…王子直下の騎士であるヴェルモートさんとティアが付いてる、ということは!
「し、失礼いたしました。ど、どうかご無礼をお許し下さい。」
慌ててハイドさんと同じようにしようと動き出す。まさか、この黒髪の男性が第1王子だとは思わなかった。なんて失態を!慌てすぎて転びそうになる私を支えたのは、他でもない、ウィリアム様本人だった。
「堅苦しいのはいらないよ。ハイドも辞めてくれ、彼女が驚くだろう。」
「あはは、いや、礼儀かと思いまして。」
「礼儀を気にするなら、その話し方を気にしろ。」
私の前で繰り広げられる3人の会話が友人同士のようで、私は目を見開き固まるしか出来なかった。これはどういう状況なんだろうか。というか、なぜここに王子様が?そんな私の疑問に答えてくれたのもウィリアム様だった。
「ちょうど騎士団の仕上がり具合を確認に来たら、訓練所で凄い音がしたから気になってね。レオには止められたんだけど、こういう事だったのか。」
ニコリと笑うウィリアム様の横では、複雑そうな顔をするヴェルモートさんがいた。ちゃんと止めてはくれたんだ、と嬉しく思ってしまったのも束の間、私はティアの声で引き戻された。
「リリアン、どういうこと?」
「ティア…黙っていてごめんなさい。」
いつもは凛としているティアが泣きそうな表情で近づいてくる。そんな表情をさせたことに罪悪感を覚え、うつむいてしまう。でも、しっかり説明しなきゃ。もう戦は近い、ティアに話すことからも逃げられない。私は意を決して顔を上げた。今にも泣き出しそうなティアの金色の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「私、戦に出ようと思うの。」
「な、なにを言っているの?」
ゆっくり近づいてきたティアが私の両腕をつかむ。ティアの背後では、少し離れて3人がこちらを見守っていた。
「私ね、これ以上守られるだけの存在でいるのは嫌なの。守って傷ついていく人を見ているだけで、何も出来ないなんて嫌。」
「リリアンはそれでいいのよ。あえて危険な所に行く必要なんてないわ!私はみんなを守る為に生きたい、そう決めたのよ。」
懸命に私を説得しようとするティアを抱きしめる。私の願いがティアに伝わるように。
「知ってる。ティアは大切な人を守るために戦っているんだよね。わかってるよ。」
「なら!」
「でも、アース村を離れる時にお父さんも言っていたでしょ?ティアも大切な家族だから自分を大事にしなさいって。私達の為に生きていてはだめ。もうティアも気付いているでしょ?あなたは強くなった。力だけじゃなく、心も。絶対の信頼をおく私達を失わないように守る事で、心を保っていたティアはもういないわ。」
「…リリアン」
すっとティアの力が抜けるのがわかった。体を離すと、困惑しているティアがいた。ゆっくりティアの頬を包む。
「ティア、あなたは信頼できる仲間ができた。助けてくれる街の友人もできた。全員を信じろなんて言わないわ。でも信じられる人ができたの。心が強くなった証拠よ。私達家族は守られなくても家族のまま。1番信頼し合っているのに代わりはないわ!ましてやティアから離れる事なんてない。だから、私達を守ることだけを考えるのはやめて。」
「それでも、リリアンが戦に行くなんて心配よ。もし何かあったら、私は壊れてしまう。」
いつもの強気のティアの面影など全くなく、ただ恐怖で怯える1人の女性になっていた。だから、いつものように微笑みかける。
「そんなこと言ったら、ティアに何かあれば私だって壊れてしまうわ。だから、ずっと失うかもしれない恐怖に怯えて過ごすより、一緒に助け合って生きるほうが何倍も素敵じゃない?」
少し悪戯っ子のような顔を作る私を見て、ティアが形の崩れた笑みをつくる。
「本当に、リリアンは1度言ったら聞かないもの。私が勝てる訳ないわね。」
「そうよ、諦めて!」
思い切り笑ってやると、今まで何度も見た姉が困った妹を見る表情のティアに戻った。
「その代わり絶対死なないで。恐怖を1人で抱えないで。約束できる?」
「約束する。でも、それはティアもよ。わかった?」
「ええ、わかった。これからは守るのではなく、共に戦ってみせるわ!」
そう笑い合い、もう一度強く抱きしめ合う。先ほどとは少し変わったお互いの立ち位置を確認するように。
その背後では…
「よかったね、2人が和解できて。これでレオもティアさんから小言を言われる程度で済むね。」
「どちらにしろ、バレれば文句を言われるのは覚悟していた。」
「ははは、その割には私がこちらに寄ろうとするのを必死に止めていなかったか?」
「それは…」
「あはは、やっぱり女性に問い詰められるのは避けたいよね。」
「うるさいぞ、ハイド」
「「あはははは」」
いつものように2人にいじられるレオナルドの姿があった。




