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おじさんの家から帰ると、すぐにフェアさんの小屋へ行った。フェアさんの小屋で夕方に見た女性のことを聞いてみた。 宿があるわけでもないこの村には、外から訪れる人なんて滅多にいない。皆も見たようだったが、詳しく知るものはいないようだった。
家に帰ってみると、まさかの光景が広がっていた。後ろからきたザックも中を見て驚いている。そんな私達に気付いた呑気な両親。
「「おかえりなさい。」」
「…ただいま……えっと、知り合い?」
私達が困惑するのも当然だろう。目の前にはさっきまで話題に上がっていた紅色の髪の女性がいたからだ。私の問いかけに合わせて振り返った女性と目があった。長い艶のある髪に切れ長の金色の瞳を持つ女性は、隣にいる母と比べると可憐な母に対して、女性の色気をもつ美人さんというかんじか。無表情のその目を見た瞬間に飲み込まれそうになる。隣で息をのむザックの気持ちがよくわかる。
「あぁ、知り合いではないんだけどね。宿を探していたみたいだから、声をかけたんだ。なにせ、この村には宿がないからな。」
「まぁ!ロンは見惚れて動けなくなっただけじゃない。私が声をかけたのよ。」
「いや、見惚れてたわけじゃないぞ!俺にとって1番はき」
「はいはい、そこまで。」
この親はどこまで能天気なのだろうか。隣ではザックもため息をついてしまってる。それにしたって、警戒心の欠片もなさすぎやしないか。よく見れば帯剣までしてるではないか。
「声をかけたって、母さん…知らない人を簡単に家へ入れてはいけないよ。父さんもだ。」
「「はい……」」
もはやどちらが親なのかわかったもんじゃない。ザックに注意されて項垂れている2人を見ていると、クスクスと笑いを堪えようとして、堪えきれず漏れてしまっている声が聴こえた。そちらを見てみると金色の瞳と目があった。
「ごめんなさい、仲が良い家族ね。つい懐かしくって。」
そう言いながら女性は悲しそうに微笑んだ。その顔がとても寂しそうで、胸が締め付けられそうになった。
「そうですか?まぁ、面白い家族だとは思います。」
そう言ってなるべく柔らかく笑ってみる。女性はそれに答えるように笑ってくれた。そこに両親の注意を満足するまでしていたザックがやってきた。
「えーっと、お名前を聞いてもいいですか?」
「あっ、名乗りもせず申し訳ありません。私はティアと申します。今は気ままに一人旅をしているところで、この村に着いたはいいんですが、宿が見つからなくて困っていたところでした。」
「女性で一人旅!?すごいですねー!ちょっと羨ましいです。」
この国は各町に自警団という、その町や村に住んでいる人たちで作られたものがある。この自警団は、王都から派遣される駐在騎士と協力して治安を守っている。駐在騎士がいない小さな村などは、自警団が主体となって治安維持に勤めている。
他にも、騎士団は国王に支えている武に優れた者たちが所属する軍のようなところで、貴族なども多い。自衛団は国境付近の領地を治める侯爵が国王の許可のもと持つことのできる小さな軍隊だ。
これだけ見れば治安は酷く悪いとは言われないエレントル王国ではあるが、女性一人旅など危険極まりない。動物だけでなく、柄の悪い盗賊などだっているのだ。そう考えると、ティアの一人旅はとてもすごいことである。当然、なんの力もない私なんて不可能だ。
「そこでだ!もう夜になるのに1日はかかる隣町に行くのは危険だから、今日はうちに泊まってもらおうと思ってな!」
意気揚々と語る父…ザック、あなたの注意などこの2人には効かないようよ。ザックはもはや目頭を抑えている。
「大丈夫よ。お母さんの人を見る目は確かだから!ティアちゃんはとてもいい子だと思うわー!」
うふふっと笑いながら彼女の手をとる母…その自信はどこからくるのだろう。あぁ、ザックが頭を抱えて項垂れてるわ。将来禿げてしまわないか心配よ、お姉ちゃん。
とはいえ、父の言うことも一理あるし、母の言うように私も悪い人だとは思わないけれど。チラッとザックを見ると、諦めたように頷いた。結局、両親の意見に納得してしまう私達も私達だろう。
「じゃあティアさん、狭い家ですが、どうぞよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
丁寧に挨拶する姉弟に、逆にティアは驚いて動揺してしまった。
「ほ、ほんとに良いのですか?こんな身元もわからない旅人を泊めても。」
「自分で言っちゃいましたね。大丈夫です、ティアさんを信じますよ。」
私の言葉に頷く皆を見て、困ったような顔をしたティアに笑ってしまった。きっと、本当にいい人なんだろうなと思ってしまったから。
その次の日から、私達の家の住人は5人となった。何故って、そりゃ問題の両親のおかげである。夕食の時にティアに今後の予定を聞いたとき、ティアは特に計画を立てていなかったからだ。それを聞いた両親は「やりたいことがないなら、うちにいていいのよ。うふふ」といつもの調子で引き止めた。そんな迷惑はかけられないと断るティアだったが、両親に勝てる訳がなかった。ということで5人の生活になったのである。
ティアは私の2つ歳上の18歳だった。18歳であの色気って…美人が羨ましい。ある事情で家を出ることになり、町や村を転々と渡り歩いていたそうだ。そのため、ティアの話は実に面白かった。私たちの知らない話ばかりだからである。どんな町に行ったのか、どんな人に出会ったのか、何が盛んなのか。見て聞いたものを楽しく話してくれた。
無表情だったティアを怖がる人は多かったが、ティアが私達に慣れてくると、表情が柔らかくなり、周りの人も受け入れてくれるようになった。最初は気をつかっていたようだが、慣れるととても優しくて頼りになる姉のような存在になっていた。
また、学力も高くフェアさんの小屋で一緒に教えてくれもした。話し方といい、学力といい、いい所のお嬢様だったのではないかと思うけど、言ってくれるまで聞かないことにしている。
そして、私が今1番教えてもらっているのは、護身術である。帯剣しているだけあって、ティアはかなりの剣の使い手であった。それは自警団の人が驚くほど。私にはどれくらいすごいのかわからないけれど、初めて手合わせを見た時、舞を踊っているように美しかった。髪がティアの動きに合わせて動く姿は、正しく剣舞であった。
そのティアに護身術をお願いしたのは、森やら何処にでも行きたい私を危険だからと引き止めるザックに反論できる術がほしかったからである。反対されるかと思ったが、意外にもザックも一緒に習うという。女性らしくと言っていた割に、認めてくれたことに喜んでいる私は、後ろで頭を抱えているザックをティアが励ましていたことを知らない。
そんな毎日を送って1年が経とうとしていた。私達は相変わらず、畑を耕し、勉強をし、護身術を習うという何も変わりはないけれど幸せな日々を送っていた。
そんな私達は世界の歪みにまだ気づいていない。