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ティア視点です
太陽も届かない程の木が生い茂る中を黒い影が走り抜ける。その後から複数の影が木を縫うように進む。それは統一されているかのような動きをしていた。まるで獣が集団で獲物を追うような動きに、狙われたものが助かる術はなかった。深い深い森の奥、弱い生き物など近づきもしないところで世界の歪みは少しずつ、しかし確実に大きな歪みとなり世界を呑み込もうとしている。
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「やっぱり戻って来ないか。」
「お前が気に病むことではない。」
私の前には今朝、特別任務から戻ったケインさんが肩を落として椅子に腰かけ、隣で慰めの言葉をかけるネロさんの姿があった。
「くっ、逸れる事がなければ共に戻って来れたかもしれないのに。」
「…だが、誰も戻って来れなかったかもしれん。」
「あぁ…そうかもね。」
特別任務、それは以前の武器流出事件で捕らえた者からウィリアム様が聞き出したシュザート国での調査であった。
ふっと牢でのことを思い出す。ヴェルモート隊長に出るように促され、牢から出て数分。出てきた隊長は意識のないウィリアム様を抱えて出てきた。
「ヴェルモート隊長!ウィリアム様はどうなさったんですか!?」
「魔力の練りすぎで気を失っているだけだ。部屋へ送り届ける。背後の護衛を頼むぞ。」
「わかりました。」
その後、誰にも見つからない廊下を通り部屋へとウィリアム様を運び入れる。気づいた側近であるロベルトさんが近づいてくる。ロベルト・フィルディンはフィルディン公爵家の長男で、代々宰相を勤め、王妃を輩出するなど由緒正しい家柄の男である。ウィリアム様と同い年で、小さい頃は交換留学生としてズワーダ王国にいたということで、正体がバレないかと心配していたのだが、今のところバレている様子はない。また、態度はかなり軽い感じだが、武術に長け、仕事ができるため王子にこき使われているのか忙しそうにしている。まぁ、こき使われているのは隊長も変わらないか。あ、話が逸れてしまった。
「闇魔術を使ったのか。」
「そうだ。少し様子を見て差し上げてくれ。」
「わかった。こっちは任せとけ。」
「頼む。…では。」
短い会話で成り立つ。それはお互いのやるべきことを理解し、長年の信頼からできることだ。後でわかった事だが、闇魔術を使うことで周りに知られてしまうことを危惧し、対策を2人が各所でとっていたようだ。隊長の背後で軽く礼をとると、笑顔で手を振り返してくる。王子が寝ているというのにこの態度とは、これで有能な側近なのだからわからないものだ。
「ティア、皆を招集しろ。」
「はっ!」
それから拘束者のはいた『シュザート国の訓練所』『山』『将軍』このキーワードを調べ出すことになった。何組かに分かれて捜索を始める。シュザート国に入国し、武器の流れや人の流れを探る。民主主義国家であるシュザート国は、他の国で罪を犯し逃げて来た者や新しい商売を始める者など様々な人が出入りしている。歴史も浅く、隠れて何かをするには打ってつけである。疑われないように、何度も出入国をし、調べる用途に合わせて変装をしていく。もちろん、みんながみんな諜報活動を出来るわけではないので、得意な者がやるのだが、私は立候補し、シュザート国へと何度も行っていた。全ては父を見つけ、エレントル王国にできた大切な人達のため。
そして今日、仲間の犠牲と共に舞い込んできたのはエレントル王国だけでなく、ユーレン大陸全土を巻き込むであろう情報だった。
「揃ったな。始めるぞ。」
いつの間にか第1王子直下騎士団が集まり、ヴェルモート隊長がやって来た。いつも以上に険しい表情の隊長に、周りの騎士も表情を引き締める。
「シュザート国側のヒメラーヌ山脈において、武装集団を発見した。この数ヶ月の調査でズワーダ王国やパトル公国からかなりの数の物資が流れている。数は7000はあるだろう。ケイン、報告を。」
「はっ!相手は皆、黒魔法を使える模様。訓練所に近づく程、武力の高い者が多くみえました。ヒメラーヌ山脈の中にある訓練所と呼ばれる所では、将軍と呼ばれる者により訓練を受け、軍のような統率力になっています。どれ程の武力があるか確認しようとしましたが、その後、敵に発見され調査不可能となりました。」
途中、顔を歪めながら報告するケインさんを見て、仲間達の安否を心配するように皆の顔が下がる。
「調査に行った2人が未だ安否不明だ。しかし、情報は集まった。今までの黒魔法による襲撃事件も、獣の凶暴化も全ての原因はここであろう。黒魔法が使えるということは魔毒により身体能力が上がり、心が壊れ自我のない者が多いということだ。国に降りてきてはかなりの犠牲が出るだろう。そんなことがあってはならない。必ず国を守り抜くぞ、わかったな!」
「「「はっ!」」」
沈む私達を叱咤する隊長の声が辺りに響き、それに続くように皆の声が広がっていく。今までに感じたことのない胸の高鳴りを感じる。貴族では味わうことのなかった泥臭い結束感、家族との信頼とは違う信頼感、大切なものを守りたいと思う使命感。全てを合わせた高鳴りが私を襲い、身体が震える。仲間の仇はとってみせると思う程に、この隊の仲間に愛着が湧いてきている。リリアン達は心の拠り所として信頼しているが、仲間へは命を預けられる程、信用できるようになってきた。私が再びこんな気持ちを持つことができるとは思わなかった。ズワーダ王国では、両親が信用している人は信用できるという見解だった。しかし、今は自分の目や耳、体で信用できるか見極めている。だからこそ、この信頼は特別に思えてくる。
そして、父のことを思うのだ。こうやって信頼を築いていたからこそ、その相手に大切な人を殺される裏切りを受け、気づけなかった自分を恨んだのだろうと。最後の父の言葉を思い出す。自分の愚かさを謝る父の気持ちが、今は痛いほどわかる。だからこそ、私が見つける。どういう結果になろうとも。
そして、ウィリアム様が国王に現状を報告したことにより、エレントル王国騎士団は動き出した。国王の命により各国に使者が赴き応援要請が届く。今回の件は第1王子ウィリアム様が総指揮をとる、そう王宮内に報せが回った。これに第2王子派の貴族が反発するという事件が勃発し、こんな情勢の中、内部分裂が起こるかと危惧されたが、カール様自らが、ウィリアム様の下でサポート役に徹すると宣言したため事なきをえた。
これが後に、世界に影響を与える戦いの始まりである。




