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レオナルド視点です。
木でできた大きな机、派手ではないが統一されたソファやテーブル。そんな必要最低限の家具しかない部屋の壁には、様々な武器が飾るかのように並べられている。部屋の中央より奥にある机の上に積まれた書類の間から見えるのは太陽をも反射する銀色の髪。ここは騎士団本部の一角にある第1王子直下騎士団隊長の部屋である。その部屋にノック音が響き、扉が開く。
「やぁ。」
「…勝手に入るな。」
扉から現れたのは、何かと仕事で一緒になる蒼色の長い髪に濃い紫の瞳を持つ眼鏡をかけた青年、ハイドだった。人懐こい性格で、いつの間にか彼を受け入れている。自分の数少ない友人の1人でもある。
「忙しそうだね。」
「まぁな。書類仕事は体が鈍るから嫌なんだが、体力自慢が多い隊だから嫌でも回ってくる。」
「あははは、なるほどねー。」
本当にいつもよく笑うやつだ。ウィリアム様もよく笑っているが、笑いの系統が違う。ハイドは常に楽しそうだ。まぁ、俺は常に笑っているなどという芸当は無理だが。そんなこいつがこの部屋に訪れるようになったのは、つい最近のことである。別に訪れる必要はないのだが、律儀に報告にやってくる。
「今日も無事終了しました。」
なぜか騎士の礼をするように手を胸にあて、背筋を伸ばす。姿は様になるのだが、なんせ顔が緩みっぱなしだ。よく本当の騎士の前でふざけてやれるな、と変に感心してしまう。最初は注意していたが、意味がないとわかってからは注意もしなくなってしまった。
「そうか。別に報告などしなくていいぞ。」
「そういう訳にはいかないでしょー。それに、レオにも少しは責任とってもらわないと。」
「別に俺が責任をとることなどないだろう。」
そう言いながら1人の少女を思い出す、いや年齢では女性と言うべきか。藤色の髪を馬の尾のように結い、大きな空色の瞳を持つ取り分け美人という訳ではない、よくいる普通の女性。数日前、王宮の敷地内で大きな炎が上がったことから始まり、現在、ハイドと共に騎士団の使わない時間帯に訓練所を貸し出すことになった。
その女性、リリアンとハイドが申請することなく精霊使いが行う相性確認をしたことにより大きな炎が上がったと説明を受け、注意を促した。注意されているはずのハイドが全然聞いていない様子だったので、思ったよりも熱が入ってしまったが。しかし、その相性確認をした理由を聞いて驚いてしまった。まさか戦に出たいと言い出すとは。王宮内で本を運んでいるのをたまに見かけたり、ティアが家族自慢らしきことをしている時に話には出ていたが、想像していたよりもお転婆なようだ。女性が戦に出るなど、騎士にも女性は数人いるが全員を連れて行く訳ではない。命の危険を伴うだけでなく、鍛え上げた男性を相手にして敵うほどの力を持つものなど多くはないのだ。それに加え、集団で行動するためプライバシーはないし、興奮状態の輩から身を守れるほどでなくてはいけない。そこまでわかっていないのかもしれないが、それでも戦場に行くことは命の駆け引きをするということだとわかるはずだ。
しかし、俺の懸念していたことを聞いた時の反応を見て、邪険に扱ってはいけないと感じた。『人の命を奪う』その覚悟があるのかと。簡単にあると言うやつは連れていけない。無理だと言うやつも連れていけない。命の重みを理解し、相手を大切に思っている人から恨まれることも、人生を奪うことも覚悟しなければいけない。ないものは心を壊したり、道を踏み外すことになる。そういう者を何人も見てきた。彼女にそうはなって欲しくないからこそ尋ねたのだ。覚悟に正解などない。ただ適当に決めたのではないと感じたから、俺は彼女の決意を否定しなかった。
「僕はリリアンが戦に行くというのをレオが反対することを期待していたんだけどな。認めるし、ティアさんに気付かれない時間帯に訓練所まで貸すなんて。」
「お前がティアを連れて行ったのはそういうことだったのか。」
「まぁ、リリアンがレオに話すかは賭けだったけどね。」
本当にこの友人は…俺になにを期待しているのだろうか。思わずため息が漏れる。
「結局、リリアンは戦うための力をつけることになったと。リリアンに何かあったら、レオはティアさんにも僕にも恨まれるぞ。」
「まぁな…だがなぜお前にまで恨まれなければいけない。」
「…彼女は特別な存在だからね。」
「それはどういう」
「失礼します!」
ハイドに問いかけようとすると、突然ノックと共に声がかかった。返事をすれば部下の1人であるケインが入ってくる。
「お話し中でしたか。申し訳ありません。」
「いや、構わん。」
「じゃあ僕は帰るよ。またね、レオ。」
「ああ、すまん。」
ハイドが部屋を出るのを見送ると、険しい表情のケインが用件を伝える。それを聞いてすぐ、俺は第1王子のいる王宮の執務室へと向かった。
「そうか、そんなことになっているか。」
「はい、そのようです。」
目の前には腕を組みながら窓の外を眺める第1王子ウィリアム様の姿がある。捻くれて誰にでも反発するような生意気な小僧を受け入れ、共に成長することを望んでくれた王子に忠誠を誓ったのは、騎士として認められた15歳の頃だった。それからは王子直下の騎士として隊を任せられるようになった。最初の頃、騎士として未熟な俺は馬鹿にされ舐められていた。それが王子の評価の悪影響になってはいけないと剣術や魔術を鍛え、態度で舐められないよう過ごしていくうちに今の位置にまでなったのだ。
「こちらも動き出さなくてはなるまい。これから忙しくなるな。よろしく頼むよ、レオ。」
「はっ!」
支えられるようになったからこそ、俺は全力で王子のために動こう。ウィリアム様こそ国民を大事にする尊敬すべき主であり友であるから。




