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ハイドさんとティアが消え、残されたのは私とヴェルモートさんだけ。この状況は何だろうか、どうしたらいいのかと考えていると、ヴェルモートさんがこちらに振り返った。
「それで、ティアも言っていたが、なぜ相性確認をしていたんだ。」
「そ、それは…」
何と答えていいか迷い、言葉に詰まってしまう。ティアに反対されるのは目に見えているが、ヴェルモートさんはどうだろうか。私の甘い考えに呆れるのか、応援してくれるのか、反対されるのか…あっ、何も言われないっていうのもあるかな。なんかそれは嫌だな。
色んな考えを巡らせ黙り込んでいた私を、言いたくないのだと判断したのか、ヴェルモートさんは見極めるように私を見つめる。
「ティアを傷つけるようなことを考えているのではないのだろう?」
「え?」
「…そうなのか?」
「い、いいえ!」
眉をひそめて見つめてくるヴェルモートさんを見ていられない。ちゃんと見ないと変に疑われちゃうのに、さっきの言葉が気になってしまう。あれはどういう意味だろう…ティアを傷つけるのなら許さないってこと?それって、ヴェルモートさんはティアのことが、好き、とか?いや、考えすぎかな。それか、私達の関係を心配して…ってそれじゃあちょっと変だし。
…ズキン。なんか心が痛いな。…ズキ。なんか苦しいな。
なんでティアの事は呼び捨てで私の名前は呼ばないの。どうしてみんなと話す時は素でいるのに、私に話しかける時は固い言葉なの。なんで周りの人に優しい事なんてしないのに、私に勘違いするような優しさを見せてくれたの。どうして私はこんなに傷ついてるの。
「…い、おい、おい!」
突然、肩に重みを感じて現実に戻ると、眉間に深い皺を寄せ、私の肩を掴むヴェルモートさんがいた。
「なぜ泣く。」
「え?」
言われて自分が泣いてることを理解した。何でだろう、胸がグッと痛くて息が苦しい。何が悲しいのかわからない…いや嘘、わかってる。
最初はすごく嫌なやつで、怖い人だった。言葉もきついし、ティアが部下になるなんて心配だった。でも、言葉は酷くても行動は相手のためで、好奇心旺盛なところがあって。整った顔はいつも不機嫌で怖いけど、笑うと綺麗でかっこよくて、可愛くて……
人を好きになるなんて久しぶりすぎて、最初はこの気持ちを理解しようとしなかった。間違いだって自分に言い聞かせてたのに、今日抱いてしまった疑問で決定的になってしまった。私、彼のことを意識してる。…好きになってる。だから、ティアのことを心配してる彼に勝手に腹が立って、何もしていないのにティアが羨ましくて。この涙は、そんな自分に対しての悲し涙。
「…大丈夫です。なんでもありませんから。」
「だが。」
「ふふ、なんで泣いてるのか自分でもわからないんです。」
見栄を張って精一杯微笑んでみせる。納得していないヴェルモートさんにこれ以上踏み込ませないために。
あぁ私、彼を好きになんてなりたくない。これ以上の好意を寄せたくない。平凡な私が、地位も顔も全て完璧な彼とつり合うはずがないじゃない。隣なんて並べない、みんなの視線が怖いもの。それにティアの上司として見れないなんて、ティアとの関係が壊れそうで嫌。だめだよ、それ以前に気持ちが届くはずがない。彼はエレントル王国の将来を担う存在で、私との未来はありえないんだから。無駄な夢は抱いちゃだめだ。一生懸命これからも気づかないふりができていたらよかったのに。
そうだ、なら彼に事実を話せばいい。なぜ相性確認をしたのか話せばいい。それで呆れられたり、反応がなかったら諦める理由の1つになるじゃない。マイナスな印象になりたくないなんて、そんなこと考えてちゃだめだわ。そうよ、話せばいい。
「ヴェ、ヴェルモートさん。」
「なんだ。」
「今から話すことはティアにまだ言わないでもらえますか。」
「なぜだ。」
「まだ話す時期じゃないんです。でも自分からちゃんと伝えますから。」
「…わかった。約束しよう。」
「ありがとうございます。」
必ずそう言ってくれると思ってた。彼は優しい人だから。でも、必要だと思えば勝手に判断してティアに伝えるかもしれない。それは彼の仕事でもあるから。それを責められはしない。ただ、ティアのためにという判断でだけは伝えて欲しくないと思ってしまうのはいけないことだろうか。
「私、戦うための力が欲しいんです。だから相性確認をしました。」
「なぜそんな力が欲しいんだ。」
ヴェルモートさんは静かに、でも見極めようと私の瞳を覗き込む。私は逃げないように必死に彼を見た。
「近々、戦いがあるかもしれませんよね。あぁ、これはティアに聞いたとかじゃなくて、噂で聞いたんです。私、その戦に出たいんです。」
「なぜそのような危険なことをする必要がある?戦は私達の仕事だ。」
「それはわかっています。」
いつものように眉間に皺がよる。それが怖くて、話すのをやめたくなる。不愉快な思いをさせてごめんなさい。でも馬鹿な奴とか思わないで…いや、思って。あぁ、もう自分が嫌になりそう。
「私、今まで守られてきてばかりだったんです。家族が襲われた時も、旅をしていた時も、いつもいつも。でも、それじゃ嫌なんです。成長できない自分が嫌、待ってるだけの自分が嫌。だから、次は守る側に立ちたい。危険だからっていう反対は嫌なんです。だって、守る側の人は当然危険でしょ?それなら心配されないように戦える力を、いえ、守る力が欲しかったんです。」
嫌、嫌とただの我儘娘のような理由になってしまったと自分でも呆れてしまう。こんなんじゃ、彼も呆れてしまうに決まってる。黙っている彼の答えをただ待つ。その時間がとてつもなく長く感じた。
「人を殺めることになってもか。」
突然の問いかけに一瞬反応が遅れる。それは、私が1番考えたことだった。戦にいく、守りたい、それと同時に発生することが、人の命を奪うこと。奪われる側の気持ちは痛いほどわかるのに、反対はわからない。というか本当はわかりたくもない。でも、そんな考えじゃ許されない。その責任を彼等は背負ってきたのだ。相手の命をとる責任。この世で1番重たい責任を自ら背負い生きていかなくてはいけない。それでも、それを押し付けたくはないと思ってしまう私は甘いのだろう。背負うことができるかなんて、実はわからない。ただ、背負わせる側になりたくないのだ。背負っている人を他人事のように見ていたくない。だから、私は決めた。そこからのスタートではだめだろうか。
「今、人の命の責任を持ち切れるかはわかりません。でも、一方的に責任を他人に押し付けたくはないんです。」
これが私の精一杯だ。どうか彼に伝わってほしい。私の考えを理解してくれなくてもいい、それでも、共に戦う仲間としては認められたい。それくらいは許してくれないか。ヴェルモートさんが軽く息を吐く。ただそれだけでも心臓が速まっていくのがわかる。
「わかった。まぁ、すぐに覚悟を決めろなんて言わない。騎士でさえ、命の重みを知るのは殺めてからするものが多いくらいだ。ただ、その覚悟がなければ戦うことはできない。命を軽く見ない、それが大前提だ。わかったな。」
「はい。」
これは、私の考えを理解してくれたと思っていいのかな。最初に望んだ結果とは違うのに、嬉しいと思ってしまう。あぁ、だめだ。これ以上好きになったら戻れない。彼は尊敬できる人、そう思おう。それが1番いい距離感だ。
「ティアには言わない。きっと反対するだろうからリリアンも言わないのだろう?だが、いつかはちゃんと自分から言え。」
「…はい。」
尊敬できる人、それが1番いい距離感。でも、今までより近くなってしまった距離感を喜んでしまいそうな自分がいる。尊敬する人との距離ってどれくらいなの?
この回では命について触れています。
勝手なことばかり書いてすいません。あまり重いテーマを書くのは読んでいて不愉快な思いをされる方もいるかと思ったのですが、気楽に戦に行くって私には考えられないことで、リリアンはどうして行くのかなって思ったからです。様々な考えの方がいるとは思いますが、今回はこの様な形でまとめました。
せめて、戦に行くことを軽く考えていないということを伝えられればと思います。




